ご注文はトラップですか?
作戦は効果的だった。
相手はまず、こちらの予想通りに少数で班分けして森を探索し始めた。
森の中には少し入り込んだところに、集団が拠点を築ける開けた広場もある。
誘いこみを目的として、その地点まではあえて手を出さずにベースキャンプを展開してもらった。
次に行われるのは、兵たちの水場の確保だ。
初回の探索で襲撃が無かったことに安心して、同様に少人数での班分けによる水場捜索が行われたので、そこを容赦なく叩かせてもらった。
落とし穴にハマって身動きが取れなくなる班。ナイロンネットに絡め取られ、もがいて自滅する班。とにかく水の確保を邪魔する罠を展開しておいた。
なお、本来の小さな水場に続く道には有刺鉄線を配置してある。
これは里に続く道も同様で、柵ではなく畑のように広く分布した有刺鉄線は装備の合間に露出した身体を傷つけ、衣服に絡みつき、それ以降の探索を諦めさせた。
草や木立の中に張り巡らせてあるから、引っかかるまでわからないのだ。
『有刺鉄線は効果的のようです。探索を諦め迂回する班が多く、水場にはたどり着かれていません』
『こちらもです。他の罠も同様に機能しています』
見張りのエルフたちの報告が、里に置いたレシーバーに次々と届いてくる。
中央指令所と化した里の広場で、ぼくたちは作戦の初動成功に胸を撫で下ろしていた。
『初日の行軍と水の捜索は諦め、今日は林道の罠の捜索と撤去に費やすようです。作業中に襲撃しますか?』
「自由にさせておきましょう。万が一、水場に近づいた部隊がいたら威嚇してください。それよりも、相手に大きな動きが無いなら今のうちに身体を休めてください。皆さんには夜襲をかけてもらいます」
ぼくがそう指示すると、隣の村長さんもうなずいた。
「便利なものですな、この通信の道具は。これだけ広い森の中の様子が、里の中にいながらにして手に取るようにわかる」
「そうですね。ぼくの制御魔術、領域掌握網も合わせると、敵の動きは丸裸になります。相手がどんな動きをしようと、邪魔できますよ」
ぼくは魔術の光に包まれながら、そう答えた。
魔術制御術式『デック』を介して発動するこの領域掌握網は、地下都市遺跡全域をもカバーできる広範囲感知術式だ。
遠隔魔術を使う場合には必須になるので、夜の分も考えてあまり多用はできないけど、相手の初動を伺うにはうってつけの魔術と言えた。
特に懸念されていたのは、相手が魔術士部隊で森を焼き払って無理やり道を作る可能性があったけれど、術者の技量がそれほどでもないのか、その手段は取られなかった。
もしその予兆があれば、網を介して制御魔術で相手の魔術式を分解して魔術の発動を阻止してやろうと思っていたけど、その必要も無さそうだ。
「さて、ぼくは夜に備えて仮眠を取ります。後の指揮はお任せしていいですか?」
「承りました。水の確保を阻止すればいいのですな、お任せください」
力強くうなずく村長さんとロアルドさんに後を任せ、ぼくは村長さんの家で仮眠を取らせてもらうことになった。
緊張感を和らげようとしたのか、それ以外の目的でもあるのか、ミスティとシャクナさんもついてきたけど。
「……二人も、夜の番だっけ?」
「えと。いや、あのね?」
「万が一の場合があったら困るだろ? だから、ツナグの主義はわかるけど、今は非常事態ってことで、初体験と子作りなんてのもいいかねぇ、なんて……」
「しませんから!」
もじもじと恥らいながら寝室に入ってくる二人に、ぼくは顔を真っ赤にして断った。
縁起でもないこと言わないで欲しい。不安に思うのはわかるけど!
だいたい、真っ昼間から、他の人たちに見られたらどうするの?
でも結局、添い寝は勘弁してもらえなかった。ぼくは二人に挟まれて、ぎゅうぎゅうになったベッドで仮眠を取ることになった。
*******
夜になり、ぼくは魔術の網を起動した。
夜番に交代した監視のエルフたちの報告からも、兵団が足を止めて野営していることがわかる。
不寝番は立たせているけど、基本的には休息を取っているようだ。よほど、昼間のトラップ攻勢とその撤去が体力に響いたんだろう。
監視からの報告をまとめると、敵は騎士団と銘打ってはいるけれど、騎兵は一割ほどで、森の中では下馬している。
兵団を主に構成しているのは、軽装備の歩兵が五割。輜重兵という、食糧や物資の運搬・管理を担当する兵士が一割。ローブ姿の魔術士部隊が一割で、残りはどうも随員として同行してきた奴隷兵ということらしい。
ただ、兵とは言っても奴隷には装備らしき装備は無く、年齢や性別も老若男女を問わないまちまちなものであるそうだ。
そして、重要なことは、その奴隷兵すべてが獣人種であるということだ。
歩兵の中にも獣人種が混じっていて、罠の撤去や囮などを率先してやらされていたが、奴隷獣人の扱いは酷く、牛馬と同じ労働資源として働かされているらしい。
気分の悪くなる話だ。
けれど、相手が動きを止めて寝入っているなら、付け入る隙はここしか無い。
制御魔術、領域掌握網に乗せて熱魔術を発動する。
「熱魔術、焦熱の渇き」
空間が軋むような耳鳴りが聞こえ、魔術が発動する。
この魔術は特定範囲の気温を上げるものだ。じりじりと上がり続ける気温は、脱水症状と熱中症を引き起こさせる。
人間の快眠環境は、おおむね気温が二十五度、湿度は五十パーセント程度らしい。
初夏の大森林は湿度が八十パーセントに届く。夜の気温が十五度前後と低いため気にならないだろうけど、三時間ほどかけて気温を五十度以上まで上げるとどうなるか。
水の備蓄は持っているだろうけど、五千の兵が消費する水の量は半端じゃない。
そう何日分も用意は出来ていないだろう。
魔術士部隊の冷却魔術は、解析して威力を落とさせてもらう。睡眠時の気温を四十度以下には下げさせない。
大森林の攻略は一日二日じゃ効かないはずだ、三日も四日も眠れなくて、森の中をさまよわなきゃならないとなれば。さぁ、騎士団の精神はどうなるかな?
「改めて、えげつない作戦ね……平和的と言えば、平和的だけど」
「まぁ、焼き尽くさずにこんなもんで済ませてやるだけ、温情豊かなんじゃないかい?」
ミスティとシャクナさんが表情を引きつらせる。
エルフの里は風通しが良くて熱帯夜が少ないから、結果も強烈に想像できるんだろう。
ぼくは、二人に向けて笑顔で言った。
「大丈夫。騎士団の気合と根性が尽きるまで、寝かせてやらないからね!」
侵略者め、平和の威力を思い知れ。