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停戦は成るか


「来ましたね。ツナグ様」

「ええ、カネルさん」


 日本で購入した双眼鏡を覗きながら、ぼくらはお互いにうなずきあった。

 地平線の向こうに、砂煙を上げる人の群れが見える。日光を返す銀の輝きで武装した、人族の兵団五千だ。


 街道に近い大森林の端で、ぼくらは兵団の動向を伺っていた。

 ぼくが、最前線とも言えるこの場にいる理由は二つ。一つは、目視できる場所なら(ポータル)での移動が可能なため、旗色が悪ければ即、里に撤退できるからだ。


 そして、大きな理由がもう一つ。停戦交渉のためだ。

 この六日間、エルフの里は厳戒とも言える防備体制を敷いて進軍に備えてきた。

 けれど、エルフ側に戦う理由はない。

 人族のぼくを仲介して戦が避けられるならば、試すに越したことはないとぼくは周囲の反対を押し切ってこの役目に志願した。


「本当に行くの、ツナグ?」

「うん。止めても無駄だよ、ミスティ」


 ぼくの後ろには、ぼくらと同じマントに身を包んだミスティが、渋面を作って控えている。その表情にはぼくを気遣う不安と、ぼくを止めたいと言う葛藤が浮かんでいた。


「あの部隊の前に(ポータル)を作る。ミスティ、カネルさん。土煙を起こして門を隠せる?」


「今の、初夏の湿度だと土煙を起こせるほど土は乾いてないわ。それよりも、離れた場所から風の精霊魔術を使って街道を高速移動した方が良いと思う」


「わかった。それで行こう」


 追い風を作り出して移動速度を速める精霊魔術はミスティの得意技だ。おかげで、里から二日かかるこの大森林の端まで、ぼくらは一日でたどり着いた。

 それを使って、もしもの場合は高速離脱。

 門まで先に駆け込めれば、閉じるのは簡単だ。


 退路の目処が立ったところで、ぼくは門を開いた。

 それをくぐり、行軍の遥か手前で兵団を待つ。


 地響きのような集団の足音が迫り、やがて裸眼で見えるところまで軍勢が進軍してきた。


「つ、ツナグ様。今ならば、遺跡でお見せになられた炎の魔術で、あの兵団の食糧だけを狙って焼き尽くせるのでは? 食糧がなければ、あの兵団も引き返さざるを……」


「だと、話が早いんですけどね。双眼鏡で見ると近くに村があるんですよ、カネルさん。あの村から食糧を略奪されでもしたら、里が村人の恨みを買いかねません」


 外の種族との関係を渇望するエルフ族にとって、これ以上の風評被害は致命的だ。

 カネルさんの案を泣く泣く却下し、ミスティに向き直る。


「ミスティ。手伝うから、風の魔術で拡声と集音をお願い。あの集団と会話する」


「わかったわ。やってみる」


 ぼくは制御魔術を起動し、集団に届く範囲まで魔術の網を展開させた。

 今回は情報の収集ではなく、ミスティの風の精霊魔術の効果を解析し、拡大させる。前方の集団に会話を届けるためだ。

 領域の掌握が完成し、精霊魔術が発動したのを感じる。ミスティを見やると、彼女は力強くうなずいた。


 息を吸い込み、大きく叫ぶ。



「止まってください!」



 ざわめきとともに、兵団がわずかに速度を落とした。

 間髪入れずに、続きを叫ぶ。


「ここから先は、エルフの住まう大森林です! あなた方はなぜ、この先へと進軍しようとするのですか!?」


 やがて兵団が歩みを止め、馬に乗った騎士らしき人影が集団の前に歩み出た。


『我らはバルバレア王国第三騎士団である! エルフの魔術士よ、この声は貴様らの魔術によるものか!?』


「そうです!」


 正確には違うけど。

 相手の出方を伺うためにも、ここは誤解してもらったほうが良い。


『我ら騎士団は、大森林に根付く鉄資源と言う富を不当に占有する、悪しきエルフ族を誅するために遣わされた! エルフたちよ、大人しく投降し、バルバレア王国に忠誠を誓うが良い!』


「鉄資源は交易によるものよ! それに大森林は王国の領土じゃない、私たちエルフ族は居住地域の資源を用いて正当に生活をしているわ! それを妨げようと言うの!?」


『黙れ! 邪悪なる容貌と魂を持つエルフ族の主張など、信じるに値せぬ! 選ばれし我ら王国の民に従属し、その富を明け渡せ!』


「エルフ族が邪悪だと言うのは言いがかりです、エルフにはあなた達と敵対しようとする意思はありません! それなのに、一方的に富を奪い、服従を強いるのは侵略と何が違うのですか!?」


『ふん、言いがかり? 侵略? はっ、亜人どもの言い分など何になる! 醜きエルフどもに正統性などあるはずがない! 我ら選ばれし民の礎となれ!』


 ダメだ、聞く耳を持ってない。

 偏見と選民意識に凝り固まってる。この世界の人族ってこんなんばっかか。

 科学に根ざす客観性と公平性の欠如した、中世的な倫理観と、階級制度と人種に基づく選民思想が組み合わさるとこうなるのかもしれない。

 なにが邪悪なエルフだ、あんたたち人族の思想の方がよほど醜悪じゃないか。


「ミスティ、カネルさん。ダメだ、離脱しよう」


「ええ、そうね。これは、行くところまで行かないと話し合いは無理だわ」


「撤退の援護をします!」


 カネルさんが弓を構え、けん制の構えを取る。

 カネルさんをしんがりに、ミスティが目くらましの強風を集団の中に起こし、ぼくらはその隙をついて門まで撤退した。


 大森林の入り口まで移動し、(ポータル)を閉じる。

 向こうからしてみれば、姿も見えない遠い位置から声をかけ、いずこかへと消え去ったようにしか思えないだろう。


 この魔術の規模でこちらが簡単な相手じゃないと思ってくれればいいけれど、それは虫が良すぎるか。

 双眼鏡を覗くと、向こうにも魔術士らしきローブの一団が従軍してる。

 これは、魔術戦も覚悟しなきゃいけないな。


「カネルさん、ぼくらは報告のために里に戻ります。この場は任せても大丈夫ですか?」


「お任せください、ツナグ様。この『れしーばー』と『いんかむ』なる魔道具の使い方は覚えました。随時、敵の動きを監視して里に報告いたします」


「充分に気をつけてくださいね。食糧なんかの補給物資は森の中に隠してありますから、それを使ってください。あ、それと――」


 木陰に積んでいた荷物から、緑のまだら模様の外套を取り出す。


「森の中ではこのコートを使ってください。迷彩柄と言って、森の景色に溶け込む配色に染めてあります。相手からすると、色では見分けがつかなくなるはずです。鉄の胸当てや篭手の輝きも隠してくれます」


「ありがとうございます。これをまとって樹上を移動すれば、危険は少なそうですね」


「では、お気をつけて」


 カネルさんに監視を任せ、本拠地である里へと戻る。


 交戦は避けられそうにない。森での戦いが始まるだろう。

 あの軍勢に、エルフの里を蹂躙させるわけには行かない。






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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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