自重なき備え
日本に戻ってきたぼくは、真っ先に社長に電話した。
商品の受け取りに倉庫にやってきた社長は、ぼくからの説明を聞いて顔を真っ青にした。
「……繋句。ラナは、何て言ってる?」
「村に残るそうです。ラナさんも弓が扱えるから、防衛のための戦力にはなるでしょうと、自分から」
社長の恋人のエルフ、ラナさんにも意思を確認したけど、結果はわかりきっていた。
日本に来ることを拒否して村に留まっていたラナさんだ。今回の件でも、日本に避難しようだなんて考えは持たなかった。
社長としては、自分のところに避難してきて欲しかったんだろうけど。
社長は大きく息を吐き、懐からスマホを取り出した。
「今日の業務は中止……というわけにも行かないかな。最悪、エルフの里の全員が遺跡や日本に避難することを考えた場合、業務を続けて経済基盤だけは確保しておかなきゃならない。経済的に支えるのも俺たちの役目だ」
「そうですね、社長。幸い、もうすぐ連休が明けます。仕事は一段楽するでしょう。ぼくは業務の傍らでエルフの里の警戒準備をしておいて、間を空けて加勢に行く予定です」
「何にせよ、俺たちだけで話すことじゃないな。春村会長と武田副市長にも連絡を取ろう」
そう言って社長はスマホを操作し、二人に連絡を取り付けた。
二人はすぐに時間を作り、ぼくらに会いに来てくれるそうだ。
「ロアルドさん。二人への説明は任せていいですか? ぼくは門で商品を届けがてら、デパートで買い物をしてきます」
「わかりました。資金は里のものを使ってください」
ロアルドさんがうなずき、ぼくはミスティと一緒にデパートへと向かった。
*******
ぼくがデパートから戻ると、倉庫には春村会長と武田さん、シャクナさんが来ていた。
全員、事情は説明を受けたらしい。
表情は厳しく、緊迫した空気を湛えていた。
「おかえり、ツナグ。何を買ってきたんだい?」
シャクナさんが、凍った場を和らげるように第一声を発する。
ぼくは肩の力を抜き、抱えてきた箱を倉庫に置いた。
「レシーバーって言う、通信機です。電話と違って、これ単体で離れた人と会話できるんです。一番強力な奴を買って来ましたから、森の中でもかなり広範囲で使えるはずです」
箱を開けてレシーバーを見せる。
インカムも買ってきたから、音が漏れて相手に気づかれることはないはずだ。
後は大型のスピーカーを買ってきた。行軍のかく乱には役立つだろう。
「まぁ、その辺りじゃろうな。――今回の件では、わしも協力するぞ。防犯用品店から、スタンロッドの強力な奴を大量に仕入れておこう」
「ありがとうございます、春村会長。後は、猟友会の人に、森の中で仕掛けられる罠の類を聞いておこうかと思ってるんですが」
ぼくの目算を聞いて、武田さんが頬に手を当てる。
「一番強力で簡単なトラバサミが、この辺じゃ禁止されてるからねぇ……現実的には、落とし穴や投網かしら。鳥獣用の狩猟罠は、人間なら見破れるものが多いのよね」
確かに、それはある。
禁止猟法のカスミ網なんかは、鳥が飛び立つ際に地面を蹴るという習性と、足に触れたものを反射的に掴む習性を利用して反動のない網で一網打尽にする強烈な狩猟法だけど、人間相手にはまったく効果がない。
囲い罠や箱罠なんかも同様に、人間の集団相手には効果が薄い。
対人用の罠と言えば軍用のブービートラップの類になるだろうけど、この平和な日本でそんな危険な技術を持ってる人が身近にいるわけがない。
「一応、大型のナイロンネットは複数注文してます。中学校の紹介で、体育館の仕切りに使う奴ですけど。二日ほどで届くそうです」
「繋句よ。レシーバーを使うのはいいが、充電はどうするんだ? 発電機を持ち込むのか?」
「ぼくが毎日バッテリーに充電しに行きます、社長。あまり大型のオーバーテクノロジーを導入すると、里から避難したときに鹵獲されたら騒ぎが起きますから」
雷の魔術に、精密機械に充電するような繊細な魔術は、本来存在しない。
電化製品のない異世界では必要がないからだ。
けれど、制御魔術の集大成、ぼくの魔術管理システム『デック』は状況に応じて新しい魔術の構築を可能としていた。
手間はかかるけど、発想次第でどんな無茶でも叶えてくれる頼れるシステムだ。
弱雷流を使った無力化もできないかシミュレートしてみたけど、やはり電気の性質上、心房細動による心肺停止の可能性は消えなかった。
治療魔術を組み合わせれば、まだ取れる手段はあるかもしれないけど……
今回は、試している時間がない。
「電気が使えるなら、無線式の防犯カメラを仕込んでおくという手もあるかの」
「できれば一両日中に注文できますか、春村会長?」
「任せなさい、繋句くん」
ぼくの確認に、春村会長がどんと胸を叩く。
さすが会長、資材の購入に関してはすごく頼もしいなぁ。
ぼくらの及びもつかない業者への伝手を持ってる。
「ともあれ、エッケルトさんとは一度話し合いたいな。繋句、明日は無理だが、明後日の連休明けに里へ伺うよう伝えてくれ。春村会長と武田さんはどうされます?」
「わしも行こう。連休商戦は終わるでの、時間も少し空くじゃろう」
「私は無理だわ。その翌日なら空けられるけど、連休明けに休みを取るのは難しいわね」
「大丈夫だよ、ユメコ。きみの代わりに、私が里にいるから」
「ロアルド……気を、つけてね」
抱き合う武田さんとロアルドさん。
砂糖を吐きそうな二人の空気に、その場の全員が苦笑した。
明日の臨席は無理としても、武田さんも可能な限りの協力を申し出てくれた。
春村会長の提案で、村を要塞化するためのセメントと、木工用のチェーンソーやカンナ、ワイヤーに有刺鉄線等の手配をお願いできるようになった。
篭城戦で時間が稼げれば、最悪はぼくの門で遺跡なり日本なりに移動できる。
有刺鉄線はロアルドさんも存在を知らず、銀製の同様のものは向こうにはない、未知の技術と予想できる。
森の中に落とし穴と有刺鉄線を仕掛けておくだけでも、かなり進軍速度を落とせるはずだ。
とにかく、できることをやるしかない。
目標は人族の軍隊の撃退。
可能ならば、途中で行軍の真意を聞き出しての停戦交渉か。
エルフたちの話を受け入れてくれるかはわからないけれど、もしもの場合は人族のぼくが間に立てば交渉になるかもしれない。
日本人のぼくらが初めて直面する、異世界での戦争が始まろうとしていた。