表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/96

エルフな彼女はあべこべです



 思考が停止した。


 呆然とするぼくの唇から、彼女の唇がゆっくりと離れる。

 上目遣いにぼくを見て、彼女は恐る恐る尋ねた。


「きもち……わるく、ない……?」


「……うん」

 柔らかかったです。

 それに、いい匂いがした。水で洗った後なのだろうけど、ふんわりと、花のような甘い匂いがぼくの鼻先をくすぐっていった。彼女の匂いなんだろうか。

 ぼくの頭は、茹で上がったように上気していた。顔が熱い。


「あ、あの……何で、こんなこと……?」

「……やっぱり、嫌だった?」

 

 しゅん、とうつむく彼女。

「い、嫌じゃないよ! でも……そんな、大胆な……!」

「あ、あのね。人間の街だと、親しい間柄だとこうするんだって。親愛の証なんだって、里に来る行商人が話してたの。だから……」


 親愛。確かに、そうだろうけど。

 彼女の服装からして中世っぽい世界だし、そんな文化もあるのかもしれない。

「ふ、普通は……男が、女性の手の甲に口づけたりするんじゃないかな?」

「く、口同士ではやらないの?」

 欧米か。


「唇同士でやるのは、恋人……同士、だよ?」


 言ってて顔が熱くなる。

 彼女も、ぼっ、と頬といわず顔中を真っ赤に染めた。

「こ、恋人だなんて……ごめんなさい、会ったばかりの貴方に。迷惑だったでしょ?」

「う、ううん。ぼくは、気持ちよかったけど」

 彼女は平気だったのかな?

 と、呆けていると、彼女はもじもじと頬を染めてぼくを見た。

 口を尖らせて、少し、ぶっきらぼうに。

「ほ、本当に……気持ち悪がったり、しないのね」

「それは、こんな可愛い子にキスされて……恥ずかしい気持ちはあるけど、気持ち悪くなる奴なんていないよ」

「私は、私たちの種族は、人族からいつも気持ち悪がられているわ」

 何でだ?

 ぼくが目を瞬かせると、彼女は言いづらそうに眉尻を落として続けた。



「……私たちが、醜いから」



「醜いって……この世界は、そんなに顔のいい人たちが多いの?」

 こんなに綺麗な彼女が醜いだなんて、どんな美形だらけな世界なんだろう。

 平凡な顔立ち、とみんなから言われるぼくには厳しい世界かもしれない。


「丸くない、とがったあご。大きな瞳。白くて起伏の無い肌。薄い唇。――人族にも多いけど、私たちエルフは例外なく、みんな、そういう世間から忌み嫌われる特徴をすべて備えて生まれてくるの」


 ――ん?

 眉根を寄せる。何かおかしいことを聞いたような。


「あの、つかぬことを聞きたいんだけど」

「……な、何?」

「この世界で美しい人って、どんな特徴の顔をしてるの?」



「それは……色々あるけど。――丸く膨れた頬、肉に埋もれたあご、にきびやあばたの多い肌、魚のように離れた目つき、もしくは、ごつごつと岩のような顔なんかが、一般的に美しいと言われているかしら」



 逆やん。

 彼女の説明に、ぼくの脳のネジは吹き飛んだ。


「それは……ええと……ぼくの世界とは、ちょっと価値観が違うかなー……なんて」


 さすが異世界、と言うべきか。

 美しいの基準が、地球とまるで逆だ。

 確かに、地球でも中世の欧州なんかでは太っている方が富裕の証として美徳扱いされていた例もあるけど。ところ変われば文化も違うし、価値観も違う、ということかな?

 異世界、恐るべし。


「……せかい?」

「うん。信じてもらえるかわからないけど――ぼくの住んでたところでは、きみの言う顔立ちの人たちは、その、ちょっと『残念』な風に思われてるかもしれないかな」

「……え?」

「ぼくから見たら、きみみたいに可愛い子はいないよ。気持ち悪いなんてとんでもない」


 彼女の瞳が、また潤む。


 もしも彼女の言うとおりだとしたら、彼女の容姿は、この世界ではとても醜いものだ。言われ無きひどい扱いを受けて、辛い思いをしながら生きてきたのかもしれない。

 そんな彼女の苦痛を、振り払ってしまいたかった。


「初めまして。ぼくは、繋句。高町繋句だよ。――さっきは、助けてくれてありがとう」


「ツナグ……」

「きみの名前を、聞いてもいいかな?」



「わ、私の名前は……ミステリカ。ミステリカ・サルンよ」



「うん、ミステリカさん。よろしくね」

「ミスティ……」

「えっ?」

「み、ミスティって呼んでね。家族は私のこと、そう呼ぶから!」

 か、家族って……そんな親しい呼び方、使っていいのかな?

 怯んでいると、彼女の一生懸命な瞳が目に飛び込んできた。

 美人な彼女に詰め寄られ、思わずどぎまぎしてしまう。

「わ、私、ツナグと仲良くなりたいの!」

「……うん。わかったよ、ミスティ」

 ぼくが笑顔でそううなずくと、ミスティの表情は、ぱぁっと花が咲いたように明るくなった。

 あぁ、可愛いなぁ。

 そう和んでいる間もあらばこそ、ぼくは彼女に抱きつかれてしまう。

「み、ミスティ!?」

「私ね、他の種族にこんなに優しくされたの、初めて!」

 当たってる、当たってるから!

 服越しに柔らかいものが、ぼくの顔を覆いつくしていた。

 ミスティって結構着やせするんだな、そういえばさっき水浴びしてるところを一瞬見たときは――って、何を考えてるんだ! 煩悩退散!

 でも、柔らかいんです!

「ミスティ、苦しいよ!」

「ご、ごめんね? 本当に嬉しくて、つい」

 ようやくミスティの胸から開放される。

 男って、悲しい生き物だなぁ。

 表情には出さないけど、何だか自分が情けない気持ちになる。


「ね、ツナグは一人なの? どこから来たの?」


 一瞬だけ迷った。

 本当のことを話して、信じてもらえるだろうかと。

 でも、ミスティに嘘はつきたくない。ぼくは嘘が下手だ。変に勘どられたりしたら、ミスティに対する言葉まで疑われて、彼女を傷つけてしまうかもしれない。

「不思議な話なんだけど、聞いてくれるかな」

「どんな話?」

「ぼくは、こことは違う場所から来たんだ。遠い遠い、何もかもが違う場所から」

「そんなに遠い場所から? 長旅だったのね」

「違うんだよ。旅なんかしてない、ほんの散歩気分でここまで来たんだ」

 ぼくの話に、彼女の目が瞬く。


「ぼくは、魔法が使えるんだ」

「――あ、ツナグもなの?」


 あっさり信じられた。

 これにはぼくの方が驚いた。っていうか、ミスティも魔法使えるの!?


「私はエルフだから、自然の中では精霊魔術が使えるの。さっきも、風の精霊に頼んで矢の速度を倍加したのよ? ――あ、ツナグたち人族の魔術は、精霊の力を借りない、もっと学術的なものなんだっけ?」


 何てこった。

 さすが異世界、魔法が普通に技術として普及してるらしい。

 ていうか、そりゃそうか。ぼくに魔法をくれたおじいさんだって、元々は魔法のある世界の出身だったんだろうな。じゃなきゃ、いくら研究したって身につかないもの。


「あー……あのおじいさんの出身地って、この世界だったのかな?」

「ツナグはどこの国から来たの? 遠いって言ってたわよね」

「日本っていう国だよ」

「ニホン? 聞いたことないわ、カトラシア大陸の外の国かしら」

 ミスティは頬に指先を当てて、考え込んでいる。

 全部話した方が良さそうだなー。

 ぼくはこの世界のことを何も知らない。変に誤魔化すより、正直に打ち明けて色々教えてもらった方が、お互いぎくしゃくせずに済みそうだ。


「あのね、ミスティ。聞いてくれる? ぼくの世界、世界っていうのは――」


 そうしてぼくは、自分の出自を打ち明けた。

 環境の概念が大陸止まりだったミスティに、世界というくくりを説明する。

 その上で、ぼくはこことは違う地球という世界からやってきたことを、根気よく理解してもらった。


「……つまり、この大地とは違う天地からやってきた、ってこと?」

「そうだよ。――それで、ぼくの国じゃミスティみたいな人は美人の部類なんだ。ぼくの世界の人間だったら、誰もミスティのことを醜いだなんて思わないよ」

「ふぁぁ……」

 ぼくの説明を理解したミスティは、感動に打ち震えていた。

 価値観も文化も、法則すら違う異世界。

「そんな、夢みたいな大地……セカイが、あるだなんて」

 彼女の表情は、理想郷を夢見るように緩んでいた。

 と、突然ミスティはぼくの手を掴み、きらきらと輝いた瞳をぼくに近づける。


「ねぇ、私たちの里に来て、ツナグ! ――エルフの里のみんなにも、ツナグの話を聞かせてあげて。きっと、みんなも喜ぶわ!」


 エルフの里、かぁ。

 どんなところなんだろう。

 まだ見ぬ場所には興味がわく。里というくらいだから、変な牙の生えたウサギみたいな、危険な動物はいないだろう。

 一番危険なのは人、だとは言うけど、ミスティと一緒ならそんなに極端なことにはならないかもしれない。

 何より、こんなに期待してくれているミスティの気持ちを裏切るのは気が引ける。


「うん、わかった。案内してね、ミスティ」

「嬉しい! ありがとう、待っててね、ツナグ。準備するから」


 そう言って彼女は、泉のそばに置いていた荷物をまとめ始める。

「狩りの獲物も、持って帰らないとね」

「そのナイフで解体するの?」

 ミスティは、荷物の中から取り出したナイフで、牙ウサギ――サーベルラビットというらしい――を血抜きして解体し始めた。

 ぼくの住んでる土地にも山はあるし、獲物をさばくのは猟友会の老人がやってるのを見せてもらったことがある。結構グロいけど、人間が命を食べて生きていることを知りなさい、と勉強させられた経験があるので平気だ。

 手馴れたナイフさばきで、あっという間に毛皮と牙、肉を切り離していく。

「もしかして、ミスティはこの森に狩りに来てたの?」

「そうよ。春先は冬の蓄えを使い切っちゃってるから、獲物を捕りにこないといけないの」

 エルフはお肉も普通に食べるらしい。

 森の妖精、というイメージがあるから菜食主義なのかと思ったけど、そんなことはないようだ。話を聞くと、人間とまったく変わらない食生活だった。


「寒い冬を越したばかりだから、このサーベルラビットも脂が乗ってるわ。煮込んだらきっと美味しいと思うの。夕飯は楽しみにしててね、ツナグ!」


 夕飯もご馳走してくれるつもりらしい。

 異世界料理、どんな味だろう。楽しみだなぁ。


 ぼくを追いかけたウサギ以外にも、ミスティは狩りの獲物を持っていた。

 小分けして袋に入れられた荷物の半分を背負い、ミスティの里へ向かう。

 道中では、色々な話をした。

 日本の話や、この世界――カトラシア大陸の話。

 触り程度だけど、簡単な常識を教えてもらいながら、二人で森の中を歩いた。


 ミスティの里は、それほど離れてはいなかった。

 ぼくらは、日が沈む前にエルフの里に辿り着いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

こちらもよろしくお願いします。





小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ