足音が聞こえる
月日の経つのは早いもので、二週間が経った。
世間は初夏の大型連休に突入し、デパートの客入りも増えている。
おかげ様で業績は好調、納品と搬送の頻度も増えた。
つまり、ぼくらは休日返上で働いているということでもある。
「すまんな、繋句。ここを乗り切ったら、まとめて休暇を取らせるから」
「仕方ないですね。取引先がかきいれ時ですし。デパートの担当者さんたちも忙しいみたいですから、文句は言えないです」
とは言え、いい加減身体がキツい。
ロアルドさんを始め、ミスティやシャクナさんにも色々と負担をかけているけれど、まさに踏ん張り時という感じだ。
ぼくは通信制高校の登校日なんかもあるから融通を利かせてもらっているけど、角田社長も里中さんも休み無しだ。目に見えて疲れが溜まっていた。
本当、人手が足りてないなぁ。
「はい。はい、わかりました。それじゃ、失礼します。――繋句、すまん。また向こうに商品を補充しに行ってくれ」
電話を切り終えた社長が、ぼくに指示を飛ばしてくる。
向こうと言うのは、エルフの里のことだ。里中さんがいるからぼかしてるんだろう。
商品の追加発注が来たということは、電話の相手は売り場責任者の千石さん辺りかな。
「はい、わかりました。人手を借りて良いですか?」
「おう。ロアルドさん、行ってくれ。後、下の店舗からミスティちゃんも連れてって良い」
「わかりました。ツナグ殿、行きましょう」
ロアルドさんが立ち上がり、外回りの支度をする。
「二時間で戻ります、社長。会社の倉庫で待っててください」
「わかった。頼んだぞ」
目が回りそうだよ、本当に。
*******
「お疲れ様です、ツナグ殿。最近は頻繁ですな」
「たびたびすみません、村長さん」
里に向かうと、村長さんが苦笑しながら出迎えてくれた。
そんなに酷い顔してるかな?
「ツナグ殿。此度は、いかほど必要で?」
「はい、ロアルドさんに書類を作ってもらってます。具体的には、ここに書かれてる数字ほど」
ロアルドさんから、エルフの文字で書かれた発注書を受け取り指し示す。
と、今日は他に渡しておく書類もあったんだった。
「あと、里に入るお金の明細もまとめて来ました。ロアルドさんにこちらの文字で清書してもらってるんで、確認してください」
「ありがとうございます。この書類に書かれた金額が、里の収入となるわけですな」
「内訳に書いてあるとおり、三割は現金で日本に保管してありますんで、急遽資金が必要になった場合でも大丈夫です。ご安心ください」
日本円は日本でしか使えないから、現金で渡しても意味が無い。
七割は未払い金として会社で一時プールして、後日里に渡す予定だ。残りの三割はロアルドさんたちが即座に使えるように現金で会社に保管してある。
このお金は里の物資の購入に回され、ぼくやロアルドさんは運営する村長さんの指定に沿って日本で各種の物資を購入する、というのが主なやり取りだ。
村長さんは十進数の四則計算が出来るようなので、里の経理は任せている。
「確かに、受け取りました。書類を作るのも大変だったでしょう、忙しい時期に申し訳ない。重ねてありがとうございます、ツナグ殿」
「いえいえ、村長さん。これが仕事ですから」
清算は基本的に月毎の報告なので、今月の仕事が一つ終わったことになる。心なし、肩の荷が少し下りたような気分だった。
「そう言えば、使者として旅に出た方はどうなりました? 何か、連絡がありましたか?」
「はは。人里までは十日足らずですので、まだ連絡はありませんな。ツナグ殿たちのように、遠方の相手と直接会話が出来れば別なのでしょうが」
そっか。この世界に携帯電話は無いもんなぁ。
遠くの相手と会話できる魔法の道具は存在するみたいだけど、貴重品らしいし、人族の社会にしか流通してないんだろう。
村長さんといくつか打ち合わせをしていると、不意に村の入り口が騒がしくなった。
どうしたんだろう?
隣のミスティと顔を見合わせる。
すると、いくらもしないうちに村長さんの下へ村人が駆けてきた。
「大変だ、村長! 旅に出てたカネルが、帰ってきた!」
「何だと、もうか!? 何があった!?」
表情を変える村長さん。これはただごとじゃなさそうだ。
早く来てくれと村人に手を引かれる村長さんの姿に、ぼくとロアルドさんとミスティは互いに頷いた。
ぼくらも行った方が良さそうだ。
これは、この里に何か良くないことが起きている。
慌てて村長さんの後を追って村の入り口に向かうと、そこには人だかりが出来ていた。
その中心で、村長さんに抱きかかえられてぐったりと倒れている旅装のエルフが目に入る。布のマントに身を包み、首元にネックウォーマー、足元には日本のブーツ。
足のサイズを測るときに顔を見た。
外部への使者として旅に出た村の若者、カネルさんだ。
カネルさんは疲労困憊しているようだった。
擦り傷のようなものは見えるけど、出血はしていない。怪我ではなく、疲労で倒れているのだ。渡された水を飲み、意識を取り戻すと、カネルさんは息も絶え絶えに村長に報告していた。
「そ、村長、危険だ、すぐに、準備してくれ……」
「カネル。落ち着いて話せ。何の準備をしろと言うのだ」
「お、俺は、人族の町で、聞いてきた。だから、急いで帰ってきたんだ。伝え、伝えないといけないと、思って!」
「……わかった、聞こう。カネル、お前は人族の町で何を聞いたんだ? 十日もかかる距離を、数日で駆けて必死で帰ってくるほどの情報とは、何だ?」
カネルさんは、蒼白を通り越して土気色をした顔に、汗を滲ませて言った。
「ひ、人族が、この森に攻めてくる。国が五千の兵を向かわせる準備を、今、この瞬間にしているんだ」
その報告に、ぼくたちも居並ぶエルフたちも、皆――
言葉を失った。