買い物はベル・エ・キップで
「ここで、私たちの里の銀食器を売ってるのね!」
「ミスティ! しーっ! しーっ!」
興奮するミスティを慌てて口止めする。
このデパートに卸している銀食器が異世界産だと言う事は、絶対に広く知られちゃいけない企業秘密だ。
まして、ミスティたちエルフの三人はその容姿から周囲の客の注目を浴びてるものだから、誰かが今の会話を聞いてないかと冷や冷やした。
「丁寧に飾り付けられてるね。こうして飾られてると、高級品らしく見えるよ」
「価値もそうですが、売り方で印象が変わるものなのですな。参考になる」
シャクナさんとロアルドさんは、マイペースに食器の展示されている棚を眺めて思い思いに感想を述べ合っていた。
ぼくらが最初にやってきたのは、七階の高級家具売り場に並列展示されている銀食器売り場だ。高級感を出すためデザイナーさんに発注した広告ポップを背景に、サテンや絹地の装飾布なんかの上に種類ごとに商品が展示されている。
売り場には意外と人が多く、シックで高価な服やアクセサリで着飾ったお客さんが多数、展示されている銀食器を見て回っていた。
贈答品として贈る相手を考えているのか、ご夫婦で話し合って購入を検討している姿も多い。
ぼくらが売り場の様子を観察していると、売り場の店員さんが笑顔でやってきた。
「こんにちは、何かお探しですか?」
「初めまして。こちらに商品を納入させていただいております、『Elvish』の高町と申します」
「ああ、これはご丁寧に。本日は売れ行きの調査ですか?」
懐から名刺を取り出し、腰を折って名刺交換をする。
売り場の店員さんは、シックなスーツに身を包んだ熟年の女性だった。角田古物商の販売担当、里中さんよりも歳はかなり上かな。
富裕層向けの高級品販売と言うことで、ベテランの販売員さんを就けてあるんだろう。
視線が他の三人に向いていたので、納入元の関係者だと紹介すると、顔を赤らめて恐縮していた。ロアルドさんだけでなく、ミスティたちの容姿にも見蕩れていたようだ。
販売員さんにいくつか質問をしてみると、売れ行きは好調のようで、値段の手ごろ感と高級感のバランスが上手く取れているのが理由だろうということだった。
富裕層が実用品として購入できる値段で、歴史的背景のある貴重品ではないので使うことに余計な躊躇いも無い。それでいて年季と高級感を持つ商品と言うことで、贈答品等の需要に上手く合致したようだ。
日用品と比べるとかなり値段は張るけど、中流層のお客さんも多い。
特に三十代から四十代以上の女性が多く、食器棚の飾りとして購入する人が多いんだろう。異世界の装飾だけど、西洋嗜好の日本人受けしているようで良かった。
販売員さんにお礼を言い、売り場を去る。
世界を隔てた日本で、自分たちの容姿のみならずエルフの文化が受け入れられたことに、三人とも安堵と喜びの感情を表していた。
「いつか、日本とエルフの里が仲良くなれる日が来るといいね、ツナグ」
「そうだね、ミスティ」
日本は輸入大国でもあるから、日本の発展は外部との交流が契機になったと言っても過言じゃない。日本が発展したように、エルフの里も交流によって発展すれば良いなと思う。
もちろん、懸念はあるのだけど。
ぼくはカトラシアの他の種族を、人族のあの行商人しか知らない。他の人族の国などが、エルフの里の発展を知ったときにどう反応を示すか。
カトラシアの他の種族は、エルフと同じように日本人と交流できるのか。
その心配は、口には出さなかった。
悪意に満ちた人間がお互いの世界に混乱をもたらさないよう、話す相手を選ぶしかない。
それは個人単位でも国単位でも、日本でもカトラシアでも同じことだ。
販売の様子を確認したので、残りの時間は私的な買い物に当てることにした。
先にロアルドさんに確認を取りながら、里に持っていく旅行用品を揃える。
予算は村長さんから受け取っていたので、財布を別にして領収書をもらう。文明の利器とも言える日本の品々に、これだけ揃えれば野営で困ることはないだろう、とのことだ。
「わぁ、可愛い服!」
「落ち着いた装いだけど、布地が輝いてるようだね」
婦人服売り場では、ミスティとシャクナさんが表情を輝かせた。
二人とも日本で過ごすための服は持っているけれど、よそ行きの服は持っていない。
たまにはお洒落をするのも良いだろうと思って、ぼくは意を決して奮発することにした。
「二人とも、遠慮しないで好きな服を選んで。買ってあげるよ」
二人は驚いていたけど、大丈夫。残業代も含めて今のぼくには余裕があるのです。
なので、二人には着飾って欲しい。
華やかな服に包まれて、自分が綺麗なんだということを理解して、ここでの暮らしを楽しんで欲しい。二人を蔑む人は、この世界にはいないんだから。
ぼくのそういう気持ちが伝わったのか、二人はぼくに口付けをして、口々に礼を言った。
店員さんの勧めに従って弾んだ笑顔で服を選ぶ二人を眺める。
二人は色とりどりの服に囲まれて、新品の服を自由に選べる楽しみを満喫していたようだった。
「ツナグ、ありがとう。大好きよ」
「ありがとうね、ツナグ。愛してるよ」
可憐な装いの美少女と、華美な装いの美女は、幸せそうに笑っていた。
このまま舞踏会にでも行きたいくらいだ、という感想にぼくも笑顔が浮かぶ。
穏やかで賑やかな一日に、この幸せがこのまま続けばいいな、と思った。