デパート名店街
旅に出る人との直接の打ち合わせも追え、ぼくらは春村物産のデパートにやってきた。
午前中で仕事を終えたミスティとシャクナさんも合流している。
春村物産の経営する大型デパート、『ベル・エ・キップ』は藤巻市の北端にある中心街にあり、ぼくらの住んでいる住宅街とは少し離れている。
北端ながら中心街というのも変だけど、商業区域として歴史を持つのが北端なのだ。
普段は社長の業務用車で行ってるけど、今日は荷物も無いので電車だ。
初めて電車に乗る三人は、緊張しながらも切符を購入し、ホームから乗り込んだ。
「車もそうだけど、これだけの鉄の塊があんな速さで動くなんて、魔術にしか見えないよ……」
「電気の力って凄いのね。できないことなんて、何もなさそう。シャクナ姉さんの言うとおり魔法みたいね。カトラシア大陸にもあったらいいのに」
シャクナさんとミスティが感嘆したようにつぶやく。
異世界鉄道か。地球でも鉄道技術は流通の革命だったから、もし異世界で実現すれば文化が激変するだろうな。蒸気機関ならぬ、魔術機関車が出来るかもしれない。
「国土のほとんどを徒歩ではなく、この鉄道で移動できると言うのは凄いものですな、ツナグ殿。旅と言う概念が崩れそうだ」
「そうですね、ロアルドさん。南は鹿児島から、北は北海道までつながりましたから。でも、東南の全地域に配備されたのは日本でも最近のことなんですよ」
正確に言うと、今年に開業した北海道新幹線は北海道の南端を本州と繋いだだけだ。道内まで開通するのは後十五年はかかるらしい。
それでも、青函トンネルやフェリー、空路しかなかった頃に比べればすいぶん気軽に行けるようになったんだろうけど。
電車を降り、徒歩で『ベル・エ・キップ』に向かう。
住宅街や近所のスーパーとは違う瀟洒な内装に、三人は目を剥いていた。
『いらっしゃいませ』
お辞儀する店員さんに会釈を返し、中に進む。
「以前連れてきてもらった、刃物店をぐっと豪華にしたような感じだね?」
「そうだね、シャクナさん。大型店舗はこういう風に開放的なデザイン性がある内装が多いです。ここは、規模も商品の種類も段違いですけどね」
「お店の大きさから違うもの。この辺のお店は、どれもお城みたいに高いわ。街を歩く人も多いし、伝説に聞く空中都市って、こんな感じなのかしら」
「あはは。確かに、住宅街とは建物の高さが違うね、ミスティ。大きな建物をビルって言うんだけど、この辺のビルはお店ばかりじゃないよ。ぼくらみたいな会社の仕事場も多いんだ」
住宅街も人通りは多いけど、中心街はその三倍から五倍は通行人の姿がある。
まだランチタイムの寸前だけど、これが昼の休憩時間になればこの近辺は昼食を求める勤め人や買い物客で溢れ返すだろう。
「約束は一時なので、どこかで昼食を済ませていきましょうか」
デパート一階に常設されている食堂街に向かう。
三人に意見を聞いたところ、たまには中華を食べたいということだったので、ランチタイムに合わせて適当な中華料理店に入った。
ミスティはエビチリ、シャクナさんは中華丼、ロアルドさんは東玻肉という豚の角煮、ぼくは鳥の甘酢がけを、それぞれ定食で頼んだ。
家庭では作らない中華料理を前に、三人はそれぞれご満悦だ。
「美味しい! 身がぷりぷりしてる!」
「うん。このチュウカドンってのは、家でも作れそうだね? 今度試してみようか」
「これは美味い。食べるたびに思うのですが、豚肉というのは臭みも少なく、栄養的にも優れているということで非常にありがたい家畜ですな。里でも育てられないものか……」
ぼくも鳥の甘酢がけを頬張る。うん。トリカラだ。一番代わり映えしないメニューを頼んでしまったかもしれない。
それは、確かにトリカラだけに表面は香ばしく、上からかけられた甘酢がぷぅんと食欲をそそる匂いを漂わせていて、噛み締めると肉汁の豊かな味が甘みと酸味に彩られて、ほかほかと湯気を立てる淡い味わいのご飯にとてもよく合うのだけど。
でも、トリカラだ。
ぷりぷりと弾けるエビの弾力を楽しんでいるミスティや、中華あんのとろりとしたのど越しを堪能しているシャクナさん、ほろり崩れる豚角煮の柔らかな脂を味わっているロアルドさんと比べれば、つまらないメニューを選んでしまったかもしれない。
と、思っていると、ミスティがレンゲをぼくに差し出してきた。
「はい、ツナグ。あーん」
まさか、そんなことをしてくれるなんて。
ミスティが手ずから食べさせてくれるエビチリに、レンゲごとぱくりとかぶりつく。
「ツナグ、こっちも食べるかい?」
シャクナさんもレンゲを差し出してきた。遠慮なくいただく。
お返しに、ぼくも鳥の甘酢がけを箸でつまんで差し出すと、二人は表情を綻ばせてかぶりついた。
「こっちの鳥って、柔らかくて美味しいよねぇ」
「本当だね。エサが違うのかねぇ」
何でも、一般的な鶏肉であるブロイラー種の肉付きは、飼育技術の向上により、数十年前に比べて同じ年齢で倍くらいの体重で出荷されるらしい。
それだけ筋肉の密度が下がり、肉質も柔らかくなっているんだろうね。
なんてことを意味もなく思い出したけど、二人が食べさせてくれた料理の前にはどうでもいいことなのだった。まる。
「ははは。仲が良さそうで何よりですな、ツナグ殿」
ロアルドさんが豚角煮をつつきながら、朗らかに笑う。
「……最近、二人に色々教えてるのは、ロアルドさんと武田さんですよね?」
「何の話でしょう?」
ぼくが睨むと、さっ、と視線をそらすロアルドさん。確定だね。
まったく、もう。
満腹になったところで、仕事に戻るためいったん、ミスティとシャクナさんとは別れることになった。
二人にはフードコートで待っていてもらい、その間に上階のバックヤードを訪れて販売責任者の人と会う。
銀食器販売コーナーの責任者は千石さんという方で、四十代ほどの男性だ。
落ち着いた物腰の、品の良い人だ。
千石さんに挨拶をして、店頭調査と言う名目で後ほど売り場へ伺うことの了承を取る。同時に、ロアルドさんを研修社員と言うことで紹介しておいた。名刺はまだ出来ていないので、ロアルドさんは受け取るだけだ。
これから、搬入の際に顔を合わせることもあるだろう。
顔見せはつつがなく終了し、追加の注文等が当面は無いと言うことを確認して、ミスティたちのところへ戻ることにした。
さて、後は買い物の時間かな。