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挿話 とある王国で


 カトラシア大陸にある人族の王国、バルバレアは、人口八百万を誇る大国だ。


 この大陸には獣人族、魔族を含めた多種の国家が大小を問わず乱立しているが、中でも人族が中心となる国は平均的に規模が大きいことで知られている。

 生来の身体能力で獣人に劣り、習得できる魔術の種類で魔族に劣る人族は、群れることで大陸の覇権を握った。


 数は力だ。


 個人では微力ながら、群れとなれば多種族の寡数勢力を圧倒する。

 大陸という閉鎖環境の中で生存競争を勝ち抜くために人族が選んだ「団結」という戦略は、数の暴力というわかりやすい形で人族社会を隆盛させた。


 バルバレアは、そんな人族国家の中でも、最大規模の国家である。

 国民は多種族が入り混じっているが、人族以外を亜人族と定め、統べている。古くは戦乱の世に人族社会の構築に大きく尽力し、周囲の同じ人族国家からも一目置かれる存在だ。


 そんな大国バルバレアの王宮では、今、大きな騒動が巻き起こっていた。




「稲光が止まぬ! 天変地異か!?」

「違います! 『蒼嵐の賢姫』様のお怒りです!」


「――また姉上か! このところ、毎日ではないか!」


 轟音に震える王宮で、玉座の陰に隠れながら、王は頭を抱えていた。

 人族の最高戦力、現代の魔術を極めし者、王国の護国の矛たる最強の存在が、その機嫌を損ねているのだ。


 ――『蒼嵐の賢姫』。


 洪水を起こす規模の水魔法と、草原に荒れ狂う風魔法。二つの魔術は王国の運営に回せば天候を整備する安寧の魔術となり、いざ戦場に立てば、水攻めと暴風雨で他種族を水没させる最強の戦略兵器ともなる。

 その戦果はバルバレアを大国たらしめんと支え、その侵略政策と発展に大きく寄与した。一個人の戦力としても国有の騎士団を大きく上回り、王姉という一公爵位に過ぎぬ身分でありながら、国王でさえもかしづくほどの実力と権力を有している。



 だが、そんな偉大な女賢者にも、欠点があった。


 気まぐれなのだ。



 戦場では常に大きなローブで身を隠し、素顔を晒さずにいた。

 弟である王さえ、姉はその魔力の大きさゆえ人前に出てはならないと、幼い頃から隔離して育てられ、その性格をようとして掴めていない。

 二月ほど前の狼人族相手の戦勝式典を境に、ようやく姉の姿を認識したほどだ。


 その容姿はごつごつと岩のように美しく、広く離れたぎょろりとした目が妖艶であり、巨大な樽のように豊満な体型も相まって、式典に集まった衆目の視線を独占した。


 しかし、疑問はいくつも出た。

 あれほど美しいのならば、なぜ今まで容姿を隠していたのか。

 戦勝式典からこちらは頻繁に、その美貌を機嫌よく王宮の人間に晒していたのに、この数日ほどは、なぜ人前に姿を見せようとしないのか。

 そして、今ではかんしゃくのように頻繁に放たれる嵐の魔術。


 揺れる王宮の中で、王たちは思う。戦勝を重ね、当面の敵もいないこの時勢に、何をそんなに苛立っているのか。


 すべてが王たちの思考や判断とは逆である。


 謎は深まるばかりだ。


 機嫌を損ねた王国最大の叡智の苛立ちに、王宮の人間は日々戦々恐々としていた。



*******



 専用に与えられた研究室の中で、『蒼嵐の賢姫』は猛り狂っていた。


「なぜ! ウッドフォックスの毛皮が手に入らぬ! 金に糸目はつけぬと言うのに!」


 ウッドフォックスは王国の領土の外、はるか東に進んだ、大森林に生息する魔物だ。


 大森林はその広大さから独自の生態系を作っていて、そこにしか生息していない魔物も多い。

 ウッドフォックスもその一種で、俗に化けギツネと呼ばれる変異種だ。毛皮に周囲の認識を誤魔化す能力を持っていて、魔力を使って他の獣に擬態する。


 毛皮は高級品で、衣類にもよく使われるが、通常はウッドフォックスの魔力が無ければただのキツネの毛皮だ。

 だが、彼女が調合した試薬で溶かして使うと、毛皮の特性となる擬態能力を発揮する化粧品が精製できる。

 彼女にとっては、他の何にも変えがたい素材だ。


 今までは、大森林のエルフの里と交易を持つちっぽけな行商人がそれを取り扱っていた。

 目的を悟られぬよう、すべての魔物素材を倍額で買い取る約束を交わしたところ、行商人も奮起していっそうの仕入れを約束したと言うのに。


「これも、すべてはあの木っ端商人のせいじゃ! あのくだらぬ男が、(わらわ)を謀り、約束を果たせなんだどころか、大森林との交易ルートも潰してしまいおって!」


 ローブのフードを目深にかぶり、振り下ろした小さな拳が、机を打ち据える。

 無意識に発動した術式が天を鳴らし、微かな振動が戸棚に置かれていた銀製の器具を床に叩き付けた。


 部屋の隅では、侍女たちが賢姫の憤慨にぶるぶると身を震わせて避難している。いずれも、容姿に明るくない賢姫専用の侍女たちだ。

 選んだのは賢姫自身だが、気まぐれで暴発しやすい賢姫の世話をする嫌われ仕事を担当しているため、王宮内でも笑われている、不憫な者たちだ。

 その存在がまた、賢姫を苛つかせた。


 果敢にも、侍女たちの中から一番年かさの――二十代中盤ほどの醜い侍女長が、賢姫の機嫌を取り成そうと一歩前に出る。


「姫様。姫様を謀ったあの行商人は、今頃処分されていると思います。お気をお鎮めください。……代わりの商人を探すと言うのは、いかがでしょう?」


 侍女長の言葉に、フードの奥に隠れた賢姫の目が、ぎらりと剣呑に光る。


「大森林に行くということは、あの噂のエルフどもを相手にするということじゃ。禍々しい容貌を持つエルフたちの里へ行くなど、まともな感性を持った人間ならば避けるに決まっておる! 代わりなぞおらんわ!」


「で、では、姫様。独自に狩人を派遣して、エルフを介さずに獲物を狩るというのは?」


「もう試しておる! 森は深く、広大じゃ。並みの狩人では歯が立たん、森に慣れたエルフどもの手引きが必要となる。だが、エルフどもはあの行商人の件で警戒しておるのか、武装して里に人を近寄らせようともせん!」


 また一つ、魔力が弾け、王宮が天が大きく鳴いた。

 侍女長は心が折れたのか、頭を抱えてその場にうずくまってしまう。

 賢姫は苛立たしげに爪を噛み、吐き捨てた。


「行商人の話では、エルフどもは鉄の鏃や武器で武装していたと聞いておる。彼奴ら、どこでそんなものを手に入れたのか……」


「て、鉄の鉱脈でも見つかったのでしょうか……?」


「鉄を精錬するには、炭作りを始め、大量の燃料が必要になる。里の近くの森林が乱伐されていたという話は聞いておらん。どこかから買い付けおったのじゃ」


「あの森では、塩が採れないはずです。生物の血から塩分を摂るにしても、魔物の血には毒が含まれていることもあります。限界があるかと……」


「それも含めて考えるに、新たな商人に乗り換えたのやもしれぬな。この王国の商会ならば良いが、もし他国の商人であるならば、妾には毛皮は手に入れられぬ……」


 大森林は、王国の領土の外だ。

 正確に言うならば、広大すぎて人の立ち入る余地の無い大森林は、どの国家の領土ともなっていない。

 理由の一つは、あらゆる種族から嫌われ畏れられるエルフ族の領土として、天然の要塞と化しているからだ。どの国も大森林を忌避し、放置しているのが現状だ。


 少数で迂闊に攻め入れば、返り討ちに遭う。


 熟考した賢姫は、追い詰められた獣のような唸り声を漏らし、侍女に命じた。



「妾の権限で、国を動かせ。国軍をもってエルフ族の領土、大森林に攻め入る」



「姫様!? エルフなどを攻めて、何を得ると言うのです!? 奴隷にしても獣人ほどの力はありませんし、愛玩奴隷にもならないのですよ!?」


「エルフが別の国と国交を持つ前に、捉えて森の猟犬として飼い馴らしてくれるわ! 弟である国王には、鉄資源の入手先を調査するためとでも言っておけ!」


 雷鳴が響く。

 賢姫の怒りにこれ以上晒されぬよう、数人の侍女が飛び跳ねるように研究室を飛び出していった。

 賢姫の決定を、王へと伝えるために。


「……毛皮を、手に入れねば……あれが無ければ、妾は……っ!」


 ほぞを噛むように自分の爪を噛み締める賢姫の姿を見ながら、その場に残った侍女長は内心で訝しんだ。


 なぜ、これほど毛皮にこだわるのか?


 その答えは、身を隠すように全身を包んだローブの奥底にあるのだろうか。


 もしや、衆目を一身に集めた賢姫の美貌は……


 だが、その疑念を口にすることは躊躇われた。

 賢姫の怒りに触れれば、自分のちっぽけな命など簡単に吹き飛ぶだろう。

 侍女長は己の背を撫でる恐怖を必死に噛み殺し、何も気づいていないフリをした。




 その後、王命により、総勢五千のバルバレア兵団が大森林に進軍することが決定した。





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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