角田古物商異世界事業部
途中、何度か残っていた魔物と遭遇したが、ぼくが魔術を使うまでも無くエルフたちが撃退していた。鉈は切れ味がよく、やはり銀製のものより使い勝手が良いそうだ。
そうこうしているうちに、銀器の倉庫に辿り着いた。
大きな建物の近くに併設されており、隣の建物には炉などの設備が見えたので、この倉庫は工房のものだったのではないかと推測できる。在庫の規模からして民間ではなく都営工房だろうな、と社長が漏らしていた。
倉庫の中は、銀の輝きに包まれていた。
「わぁ……」
「圧巻だな」
薄暗く広大な倉庫の中に、銀の棚が林のように立ち並んでいる。現代のスチールラックのように骨組みに板を置いた簡素な棚は、中に保管している銀器の輝きを通していた。
入り口から差し込む光に照らされて、きらきらと星のような輝きが倉庫中に満ちていた。
「あちらに、食器類が箱にまとめられています」
ロアルドさんの先導に従って、銀器の林の中を進む。途中、いくつか棚に抜けがあったのは里で使うために持ち出したものだろう。
「工具類も置いてあるんですね」
目に付いたのは、銀製の金槌、やっとこ、ノコギリなどだ。青銅らしき色合いのものもあったので、工房で使う備品を置いていたのかもしれない。
鉄らしきものは見当たらなかった。たぶん、埋蔵量が少ないと言っていたから、この魔法文明時代には採掘されていなかったか発見されていなかったんだろう。地球でも鉄の発見と精錬方法が確立されたのは、青銅期を経た後だ。
「ここの工具は、里の家屋を作るために重宝しました。ですが、ツナグ殿に手配してもらった鉄製のノコギリに比べると、どうしても銀製は分厚く、刃が柔らかいために木材の細かな加工が難しかったのです」
「それで、里の家屋は丸太を切ったログハウスのような造りになっていたんですね」
「はい。刃の磨耗を抑えるために、木板で作るのは難しく……」
ちなみに、農具と一緒に日本で購入したノコギリは、里の木工職人さんの手に渡ったらしい。箱や木板が作りやすくなったと喜んでいたそうだ。
目当ての、銀食器が詰まった箱を開ける。
箱も銀製で、装飾の無い無垢の大箱だった。一抱えもあり、ゲームの宝箱にも見える。
中を開けると、布も敷かずにフォークやスプーン、ナイフなどの食器が無数につめられていた。
社長が軍手をはめた手で取り上げ、品質を確かめる。
「銀製ということで、民間用だったんでしょうな。装飾が入っている以上、商品として売っていたのか、あるいは日用品に装飾を求める文化だったのか」
「途中で休んだ民家にも、浮き彫りみたいなものが多かったですから、こういう装飾を好む文化だったんじゃないですか、社長?」
「そうだな。何にせよ、文化的に装飾の傾向が統一されているというのはありがたいよ。ブランド化もできる」
社長はつぶやくと、銀食器を箱の中に戻してぼくに向き直った。
「繋句。この倉庫とエルフの里を門でつなげることはできるか?」
「やってみましょうか」
日本と異世界をつなげることはできるが、異世界同士だとどうなるか。
答えは可能だった。時間の流れが日本と変わらないこともあり、やはり二つの世界は同じ宇宙にあるのかもしれない。
いや、魔法が魔術と違って万能なだけかもしれないけど。
「この倉庫は入り口を閉めれば、魔物も入ってこなさそうですね。ロアルドさん、ここと村の倉庫をつなげてもいいですか?」
「お願いします、ツナグ殿。これからの立ち入りも楽になります」
了解を得て門を作成する。
村への直通経路ができたことを確認し、もう一度倉庫に戻って全員で戸締りをしっかり施した。この門を通って、遺跡の魔物が村に溢れたりしたらたまったもんじゃない。
これにて、遺跡探索は終了となる。
ぼくらは、門を通って村へと帰還した。
村の倉庫の前で、ぼくら遺跡探索組はひとまず解散という流れになった。
ロアルドさんとミスティ、ぼくと社長はそれぞれ報告と狩り支度の解除を含めて村長さんの家に向かうことになる。
シャクナさんやそれ以外のエルフたちは、三々五々、自分の家へと戻ることになった。「それじゃあツナグ、また後でね」
「はい。お疲れ様でした、シャクナさん。ありがとうございました! 他のエルフの皆さんも!」
倉庫に資材を戻し、にこやかに手を振り合って、遺跡探索組は解散した。
「これはこれは、ご無事で何よりです。遺跡はいかがでしたかな?」
「思った以上に量がありましたね。それで、エッケルトさん。この後、お話したいことがあるのですが……」
「わかりました。お伺いしましょう」
社長と村長さんの話はひとまず後に回すことになり、ぼくらは先に遺跡での出来事を報告した。
鉄器の使い勝手のよさ、カップ麺等非常食の有用さも話題に上ったが、村長さんが一番驚いていたのは、ぼくの魔術のことだった。
「――ツナグ殿の魔術は、町を燃やせる規模です、父上」
「何と。さすがは、伝説の世界を渡るもの……!」
「ですが、妹やカドタ様を始め、皆で話し合ったところ、その力をツナグ殿に使わせるようなことがあってはならないと決めました。心優しいツナグ殿に、武力という負担を負わせるのは、個人的にも、我らエルフという種族の道義的にも賛成できません」
「そうだろうね。むしろ、我々がツナグ殿をお守りする立場だという考えは、ツナグ殿が初めてこの村を訪れたときから、私の中で変わってはいないよ」
村長さんは、ぼくに向き直り、その手を握った。
「ツナグ殿、ご安心ください。我らエルフは、社会的に虐げられはしても、我らは決して弱くはない。降りかかる火の粉を払うくらいの力は持ち合わせております。ツナグ殿には、この村で心安らかに過ごされてほしい」
「……ありがとうございます、村長さん。エルフの皆さんを頼って、お言葉に甘えさせていただきます」
やっぱり、この村はぼくにとって居心地のいい場所だ。
ぼくが、大切に思う人たちがいる。
ぼくを、大切に思ってくれる人たちがいる。
そのことが気恥ずかしく、心がとても温かくなる。隣に立つミスティが、そっと僕の手を握り締めてくれた。
「ところで、ツナグ殿。私はこの後、倉庫の資材の確認と、父上に代わって、里にできた門を囲う小屋を作る指示を出しにいくつもりですが――ツナグ殿はどうされます?」
「そうですね。まだ日も高いですし、向こうの世界に戻って、遺跡で話したジャガイモや他の作物の苗を買ってこようと思ってるんですが」
「ふむ。……ミスティ、預けたお金はまだ残っておるかね?」
「大丈夫よ、お父様。ツナグの話だと、そんなに高いものじゃないらしいし」
お金の話をする村長さんとミスティに、社長が付け加えた。
「予算の心配はあまり必要ありませんよ、エッケルトさん。商品の在庫は確保してるし、残りの装飾箱の完成に合わせて後金をお支払いしますから」
社長の言葉に、村長さんがうなずく。
一時的にぼくが立て替えることになっても、お金は後から村が出すので心配いらない、ということらしい。ぼくも気が楽だ。
「社長は残るんですよね? だったら一応、ぼくの部屋に通じる門をこの家に残させてもらいます。ぼくの部屋の合鍵は持ってますよね?」
「おう、あるぞ。――俺はこの後、エッケルトさんと今後に関して大事な話がある。泊まりになるかもしれんから、お前も向こうに泊まらずにこっちに一度戻ってきてくれ」
「わかりました」
大事な話……たぶん、社長の計画のことだろうな。
ミスティとぼくは、午後の買出しに出かけるため、シャクナさんを誘いに行った。
一休みして、畑の世話でもしてるかな?
*******
慌しく二日が経った。
エルフの里は、日本から持ち込んだ作物の植え付けが終わり、育成を始めている。
植え付けのための有機肥料の作り方は、農家の人に尋ねたりネットで調べたりしてエルフの里に伝えている。形になるにはまだ時間がかかるけど、ジャガイモ、サツマイモ、カボチャに大豆などの作物が実れば村の食生活も改善されるだろう。
村では麦も植えているので、収穫を増やすためノーフォーク農法という方法も取り入れた。近年一部で有名になりつつある、かぶとクローバーを使った、土地を四交代式で回す輪作法だ。飼料ができるので、併せて魔物の家畜化も推し進めている。
結果がどうなるか、一年後が楽しみだ。
装飾箱は明日すべて仕上がる予定だ。村の木工職人と鍛冶職人のクダンさんが精魂こめて細工を仕上げている。
村のエルフたちはその前に遺跡から持ってきた在庫の銀器すべてを磨き上げて見せると意気込んでいた。
ぼくと社長は、先に仕上がった見本二セットを受け取り、いよいよ計画を進めた。
ぼくと社長の、角田古物商異世界事業部の立ち上げだ。
「面会の予約を取っていた、角田古物商、角田と高町です。春村会長はご在宅でしょうか」
『はい、伺っております。ようこそおいでくださいました』
都市区の中に民家数件分の敷地を占有する煉瓦造りの豪邸に、ぼくらは招きいれられた。
門を超えて常緑樹や針葉樹でガーデニングされた小道を歩き、玄関に辿り着く。チャイムを鳴らすと、門のインターホンで受け答えた家政婦さんが出迎えてくれた。
「旦那様は応接室でお待ちです」
「お邪魔いたします」
社長と二人、家政婦さんの先導に従っていくと、応接室では一人の老人が待っていた。
白髪頭に精悍な顔つき、老いてなお一線を退かず、現役として大企業を采配する人物。
主要都市を始め、国内数ヶ所に大型デパートを複数持つ一部上場企業、春村物産を一代で築き上げた傑物、春村会長その人だ。
「おお、繋句くん! 久しぶりだな、学業と仕事の両立はどうだ? 三つ掛け持ちじゃ大変じゃないか?」
「春村会長、お久しぶりです。本日は面会を受けていただき、ありがとうございました」
「はは。口調まですっかり社会人だな。昔のように、春村のじいじと呼んでくれてかまわんぞ!」
春村会長は、実家の定食屋たかまちの四十年来の常連だ。
若かりしころは事業の経営に相当苦労したらしく、爪に火をともすような生活をしていたそうだ。父や祖父によく無料で賄いを食べさせてもらったから今の自分がある、と口癖のように言っていて、ぼくが生まれたころからずっと孫のように可愛がってくれている。
だいぶ前に奥さんを亡くしていて、今は悠々自適の一人暮らしだ。
「会長。私もいるのですが」
「何だ、角田の三男坊か。相変わらず厳つい顔をしよって。少しは繋句くんを見習え」
ちなみに、社長の経営の師匠でもある。
社長が大学生の頃から、定食屋たかまちでよく顔を合わせては、喧嘩交じりに経営の議論を交わしながら教えを受けていた。社長が春村物産に就職せず、古物商として独立したときには少しさびしそうだったけど、どこかで納得もしていたらしい。
「それで? 今日は見せたいものがあるそうだが、また出物か?」
「はい。それと大きな土産話もあります。――繋句」
「はい、社長」
お茶も運ばれ、ぼくらは席に案内された。
ぼくは抱えていたトランク型の装飾箱を、机の上に差し出す。
その装丁に会長は眉をピクリと動かし、中身を開いた瞬間には喜悦の表情を浮かべていた。
「なかなかの美品だな。これは、どういう出自かね?」
会長の質問を前に、社長は相手の目を見据え、尋ねた。
「会長。会長は、西洋文化だけでなくファンタジーなどの幻想文学もお好きでしたよね?」
「ああ、映画化されたトールキンの作品の翻訳版は初版本で持っておるよ。事業立ち上げの頃は苦しくてなぁ、それを読んで幻想の世界に夢を馳せることが唯一の娯楽だった。それに感化されて、豊かになった老後は西洋古美術を買い集めてるわけだが」
「そのファンタジーの世界が、実在するとしたらどうします?」
「角田。何が言いたい? 海外を回って、新たなガラパゴスでも見つけたか?」
「この銀食器は地球上のものではありません。また、これを入れる装飾されたトランクを作ったのは、幻想文学で『エルフ』と呼ばれる種族です」
春村会長は、無言になった。
社長の真意を測る視線を向けた後、冷徹に口を開く。
「角田。何のつもりだ、新手の詐欺でも始めたか? わしは、現実と虚構の区別がつかんほど耄碌してはおらんぞ」
「誓って真実です。私も始めは会長と同じ反応をしました。――繋句」
呼ばれて、ぼくは二人の話に割り込むべく居住まいを正した。
「春村会長。――ぼく、魔法使いになっちゃったんです」
春村会長は、ぼくが生まれてから見たことも無いような表情をしていた。