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ぼくもチートで無双してみました


 遺跡は思ったよりも規模があった。

 エルフの村よりも断然広い。日本の地方都市区くらいの広さはある。

 地下空間はヒカリゴケの他にも淡い光に包まれていて、制御術式で解析してみると『保全』の術式が刻み込まれていた。この大規模な地下空間も、力学ではなく魔術で固定してあるのだろう。

 

「こりゃ、ド迫力だな……」


 社長が呆気に取られたようにつぶやく。

 これだけの遺跡、地球にあれば文化遺産指定待ったなしだ。


「ロアルドさん。この世界の人たちは、ここまで大規模な古代遺跡に歴史的価値を見出してないんですか?」

「そうですね。王家以外の歴史に価値が認められるというのは稀だと思います。歴史は権威ですから、人族も他の種族も、実存する血筋や国柄に歴史を誇示したりはするのですが、すでに滅びたものを評価することはありません。無駄ですから」

 諸行無常ってことか。

 えらく刹那的な価値観だけど、考古学といった時間的縦軸に因果性を求める概念より、今あるものに利用価値を付加するという認識しか持たないらしい。

 里の銀器に価値がつかないわけだ。

 古美術品という文化が無いんだから。


「まして、この森はエルフの森。他の種族の目から見れば魑魅魍魎の森です。あるかどうかもわからない魔術の資料を探しに立ち寄る価値はないということなのでしょう」

「何か、魔術文明の名残らしきものは見つかったんですか?」

「いいえ。資料庫の羊皮紙は魔物に食われていましたね。羊皮紙自体は結構使われていた痕跡があったのですが、全部魔物の餌になったようです」


 羊皮紙ってタンパク質だもんなぁ。

 肉食の魔物にとっては干し肉と変わらないだろうし、長く保存すれば虫も湧くよね。


「じゃあ」

「はい。それに味を占めた魔物、その魔物を捕食しようとやってきた魔物、がこの遺跡には多くはびこっています。注意してください」


 要するに魔物の巣ってわけだ。いよいよダンジョンだなぁ。

 姿が見えたり、息遣いや鳴き声が聞こえてくるわけじゃないから、溢れるほどにはいないんだろうけど。それでも、どこから襲い掛かってくるかわからないというのは脅威だ。


「倉庫にご案内します。周囲の警戒は我々が行いますので、ご安心を」


 ロアルドさんたちエルフの先導に従ってついていく。

 遮蔽物のある静謐な空間というのは森と似た環境らしく、エルフの皆さんは襲撃してくる魔物を即座に察知して弓で撃退していた。


 途中で、建物の影から二つ首のある狼の群れが姿を現した。

 背後も囲まれている。この遺跡を根城にする肉食の魔物だろう、地形を熟知しているようだった。

 二つ首……オルトロスかな? 神話のケルベロスの弟の。


「バイファングよ。毛皮に魔力が通っていて、矢や刃物を通さないの。それに、生命力が高くて多少の怪我や毒はものともせずに立ち上がってくる、恐ろしい魔物よ」


 ミスティが緊迫した面持ちで教えてくれる。

 矢が通じず、風の刃でも切れない。エルフの天敵みたいな魔物だな。


 魔力、という単語が聞こえたけど、この世界の魔物の定義は魔力を持っていて何らかの形で使うことができる動物を指すらしい。

 大抵の魔物は牙や爪を強化するらしいが、たとえば洞窟のサイレントバットは魔力波で羽音や鳴き声の逆位相の波を形成して音を消す能力を持っていたようだ。


「ツナグ殿の持ち込んでくれた鉈なら、刃が通ると思うのですが……」

「いや、距離のある今のうちに、まとめてしとめましょう。火を使います」


 これだけ広大な空間なら、酸欠に陥ることはないだろう。

 空気穴が多数開いているのか、風の流れもあるようだし。



「広範囲魔術を使います。――紅蓮の嵐(パイロストーム)!」



 宣言が行われ、魔術式が起動する。

 多方向への広範囲魔法なので、即時起動(クイックスペル)は対応していない。

 術式が収束し、魔術が発動するとともに前後左右、バイファングたちのいる場所から無数の炎の竜巻が巻き起こった。巻き起こった大火力で焼き焦がすと同時に、竜巻内の空間を高温の熱波で蒸し焼きにするえげつない術だ。


 ぎゃいんぎゃいんと二倍の悲鳴がそこらから聞こえ、ぬるい余熱が頬を撫でる。

 炎の竜巻が消え去った後には、もはや動くものの姿は何もなかった。

 強敵を造作も無く一瞬でなぎ払った大魔術に、エルフたちはみな唖然としていた。

 じょうずに焼けました!

「素材として毛皮が重要っぽかったので、蒸し焼きにしてみました!」

 ぼくが笑顔で振り返ると、なぜだかロアルドさんの表情が引きつっている。


「け、結構なお手前です……」


 解せぬ。




 バイファングの素材は残念ながら利用価値が低いらしい。

 毛皮もバイファングの魔力が通るからこそ高い防御力を誇るのであって、剥ぎ取った後は普通の毛皮と変わらないとのこと。

 肉も臭みが強く筋張っていて食べられないそうなので、獲物としてはまったく美味しくない魔物なのだった。


「要するに害獣か。駆除していいですよね?」


「え? ああ、うん。でもどうやって?」


 ミスティとロアルドさんが、置いてきぼりにされたように、ぽかんと尋ねる。

 バイファングは群れ単位で活動するらしい。この辺りの食物連鎖の頂点に位置しているらしく、他の有益な魔物の数を減らしているそうなので、全滅させてしまおう。


「『Deck(デック)』起動」


 ぼくの意識に、情報が錯綜し、整理して羅列される。

 これはぼくの持つ制御魔術の中核を成す、魔術制御複合術式群――検索エンジンを兼ねた制御システムだ。複雑な魔術はこのシステムを使うと管理が楽になる。


「広範囲魔術、領域掌握網(スキャン・ネットワーク)


 宣言からやや置いて、魔術式が起動する。

 雷がぱちりと弾けて拡散し、広域の電子の動きを制御して監視ネットワークを構築する。その範囲は都市遺跡全域に拡大し、ぼくは制御魔術を介して遺跡全域の情報を手にすることができた。

 さすがに詳細情報までは無理だけど、何がどこにいるかくらいは感知できる。

 ネットワークの情報を頼りに対象範囲を指定し、もう一つの魔術を宣言した。


「家屋に潜んでる奴はいないみたいですね。炎獄の猛火(インフェルノ・ブレイズ)!」


 空間が凝縮したような耳鳴りが微かに耳の奥で鳴る。

 制御魔術の奥義『デック』が術式を制御して調整する音だ。



 次の瞬間、都市遺跡は炎に包まれた。



「――な!?」

「ツナグ!?」

「心配いりません。すぐ収まります」


 ぼくの言葉通り、十秒ほどして熱気が引いていく。術式制御によって炎が消えたのだ。

 遺跡中から微かに、悲鳴や足音が外に消えていくのがわかる。獲物以外の魔物が外の森に逃げ出したのだろう。

 ぼくは、みんなに向き直ってにこりと説明した。


「都市遺跡中にいるバイファングを全部駆除しました。高火力でピンポイントで燃やしたので、疫病も火災の心配も無いと思います」

「い、遺跡中って……」

「そんなことが可能なのですか……!」

「今ので建物の内外に潜んでた他の魔物もあらかた逃げ出したみたいなので、たぶんこの遺跡はもう安全だと思いますよ?」

 

 なるべく平静に言ったつもりだったけど、この世界の住人からすれば常識外のことだったんだろう。こともなげに口にするぼくの言葉に、エルフたちは全員が茫然自失していた。

 一部始終を見ていた社長が、ぼくの肩を叩く。


「……あのな、繋句」

「何ですか、社長?」


 社長が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「……やりすぎだ」


 がんばったのに。



*******



「ツナグ、すごいすごいっ!」

「やるねぇ、あたしらの旦那様は」


 魔物のいなくなった安全な道中を行く最中、ミスティとシャクナさんがぼくに寄り添いながらニコニコと相好を崩していた。

 自分たちの夫が周囲から羨望の視線を浴びるということが誇らしいようだ。

 同行していたエルフたちはロアルドさんを始め、ぼくに向けて畏敬の念を抱くようになっていた。


「いや、実に桁外れですな。さすがは大魔術士殿、と言ったところですか……」

「面目躍如、と言ったところでしょうか?」

「そうですね。ツナグ殿と友好を結べていることが、とても心強く思えてきました。今までは人柄による生活面での大恩に尊敬の念を抱かせていただいていましたが、実力まで一級品とは。あれだけの魔術、人族や他の種族のどの魔術士でも及びますまい」


 ロアルドさんが興奮した様子で語りかけてくる。

 魔術に長けた存在は精霊を始めとして多数存在し、主に人族の社会に多く在籍しているそうだけど、これだけの範囲を対象だけを狙ってピンポイントで殲滅する、という技術は聞いたこともないそうだ。

 この規格外の性能を持つ制御魔術こそが、ぼくに魔法をくれたおじいさんが人生を懸けて研鑽した成果なのかもしれない。


「ぼくの魔術は、もらいものですけどね」

「しかし、頼もしい限りだな。惜しむらくは熱エネルギーとか、この世界じゃ攻撃にしか向いてない魔術に特化してることか。繋句の性格にはあまり合ってないな。土とか水魔法なら、里の生活環境の整備に使えたろうになぁ」


 社長の言葉にうなずく。


「そうですね、社長。でも、あるだけありがたいですよ。これで大切な人たちを守ることもできるわけですし。回復も同じくらい熟達してるみたいなんで、怪我や病気は任せてください!」

「はは。俺としては、お前がその攻撃魔術を人に向ける必要の無い世界であってほしい、と思ってるよ」

 社長が、切なそうな笑顔でぼくの頭に手を置いた。

 ぼくも同感だ。この魔術はたやすく人間の命を奪える。

 その機会がなければいいな、と甘い願いを抱かずにはいられない。


 と、そんなことを考えていると、背後からミスティがぼくを抱きしめてきた。


「み、ミスティ?」


「ツナグ。――ツナグが人を傷つけそうになったら、私たちが代わりに戦うよ。ツナグが戦いを好きじゃないってことは、私にだってわかるもの」

「妹の言うとおりです。ツナグ殿は、私たちの里を救ってくださった。これ以上は望むべくも無い。もしツナグ殿を害する者があれば、その心を守るために我々は剣を取ることを厭いません」

「一人で何でも背負おうとする必要は無いってことだよ、ツナグ」


 ミスティ。ロアルドさん。シャクナさん。

 三人を皮切りに、周りのエルフたちも口々にその言葉に賛同してくれる。

 抱きしめてくるミスティの腕に手を添え、ぼくはエルフたちの思いの暖かさを噛み締めながら言った。


「うん。……でも、みんなが危なくなったときには、守らせてね。親しい人たちに危害が及びそうになったとき、ぼくはたとえ人間が相手でも、この力を使うと決めてるから」


 その言葉への返事は、ミスティからの頬への柔らかな口づけだった。




「――そろそろ昼食にしない?」


 言い出したのは、ミスティだった。

 全員がきょとり、とミスティの方を向いて足を止める。

「そういや、ちっと腹減ったな」

「時間も正午くらいですね。でも、食糧を使っちゃっていいの、ミスティ?」

 スマホを確認しながら尋ねる。

 電波が届いてないので、だいたい時計かメモ帳代わりだ。


「そうだね。さっきから魔物の姿も見ないし、遭難したりどこかの建物に篭城することはもう無いんじゃないかな。食事にしても良さそうだねぇ」

「そうですな。我々はともかく、ツナグ殿とカドタ様の習慣ですと食事が必要でしょう。出先ですので簡素なものですが、用意させていただきましょう」


 シャクナさんやロアルドさんがうなずくと、他のエルフたちが首をかしげた。

 昼食とは何ぞや? なぜこの時間に食事? と言った感じだ。

 村人の食生活は一日一食か二食だからなぁ。そのうち、村の食生活も三食が基本になるように改善したい。

 卸売業者から小麦粉を大量購入したら、安く買えるかな?


「火はぼくが出して維持するとして……食材はどうするんです?」

「里から、妹たちの運んできた、かっぷらーめんを持ってきております。後は干し肉などになりますね。魔物が狩れたら良かったのですが」

「やりすぎましたね。ごめんなさい」

 さっきの魔術で、食糧になる魔物まで追い出してしまった。

 たぶん森に逃げ出したろうから、里が餓えることにはならないと思うけど。ぼくらが餓える。

 というわけで、手近な無人家屋の中で湯を沸かして、エルフたちのインスタントラーメン試食会と相成った。


「私、とんこつ味っ!」


 ミスティが、荷物から出したトンコツラーメンを一番に確保する。

 有名店舗監修の、ちょっと本格的な生麺タイプの奴だ。クリーミーな味で初めて食べたときに気に入ったらしい。他の香辛料の尖った味つけより好みだったとか。


 気のせいか、ミスティがだんだん食いしん坊エルフと化してきた気がする。いいけどね、身体に肉をつけたがってるし。


「ぼくも同じのにしようかな? 生麺は年単位の長期保存に向かないので、早めに食べたほうがいいですよ」

「なら、俺も同じのにしとくか。カップ麺なんて久々だな、学生時代を思い出す」


 ぼくと社長が手に取ったのを皮切りに、他のみんなも真似して同じカップを手に取る。シャクナさんだけ、シーフード味の乾麺タイプを選んだ。日本で食べた海産物の味が気に入っているようだ。


 水を持参した鍋に入れ、湯を沸かしてカップ麺タイム。

 ダンジョン攻略中の、ちょっとした安らぎのひと時である。


「……ふむ。塩が強いですが、スープのまろやかさと釣り合っていますな? この麺というものも面白い。スープの味と小麦の味が良く合う」

「遺跡探索で汗をかいた身体には、この塩気が嬉しいねぇ。この丸くて紅白の虫みたいな塊も、見た目は奇妙だけど噛み締めると良い味が染み出て美味しいよ」


 温かい汁をすすり、ほぅっと一息つく。涼しい地下だから温かい汁物が美味しいなぁ。

 エルフたちは塩気の強さと麺という形態に戸惑っていたようだけど、一口食べると受け入れてくれた。トンコツ味の臭みは獣肉を食べ慣れているだけあって、それほど気にならないようだ。

「ツナグ、この麺ってのは、里でも作れるかい?」

「つなぎになる卵と塩と、小麦粉をよく混ぜて練ればできますよ。これからは塩が潤沢に使えるでしょうし、里で作るのは良いかもしれないですね。風の魔術で乾麺にすれば保存もしやすいし」


 銀のフォークで麺をすすりながら答えると、シャクナさんが嬉しそうに微笑んだ。

 ビールも好んでたし、のど越しの良いものが好きなのかもしれないな。


「細長いだけが麺じゃないぞ、繋句。ジャガイモを使ったニョッキなんてどうだ? 断食の前に食べられるってくらい腹持ちがいいから、手軽に食生活改善になるぞ」

「ああ、ジャガイモは良いですね。今度、栽培用に持ってきましょう」

 鉄製の農具があれば、耕すのも掘るのも楽だろうから、生産性の高いジャガイモはうってつけだ。

「芋ですか、ツナグ殿? 森の中に自生するものとは違うのでしょうか」

「それはたぶん山芋ですね。ジャガイモは、ほら。ハンバーグの付け合せに揚げられてたホクホクした奴です」

「ああ! あの、はんばーぐというのは美味でしたなぁ……」

 ロアルドさんにとっては、ハンバーグの印象の方が強いらしい。

「数ヶ月で数十倍に数が増えて、小麦の代わりになるくらい栄養価も高く、お腹にたまる魔法の芋です。同じ土地で連作できないという欠点はありますけど」

「そんなに都合の良い植物が存在するのですか」

 ロアルドさんが真顔になる。本当です。

 普段食べてると気にしないけど、食糧となる農作物として改めて見た場合、ジャガイモのスペックはチートだと思う。こんなに人間に都合の良い食べ物が自然に存在していいのかってくらい優秀だ。

 連作障害さえ克服できれば、飢饉避けになる魔法の作物である。



 腹ごしらえも済んだし、そろそろ目的の倉庫に向かおうかという話になった。

 カップ麺は、塩気を好むエルフたちにはおおむね好評だったようだ。 


「ごちそうさまでしたー!」


 トンコツラーメンを食べ終わったミスティの幸せそうな笑顔を契機に、全員が食事を終える。ゴミは屋外で燃やして、風の魔術で煙を散らして、出発準備完了。

 そこでふと、気づく。


 自分の持つ力の大きさに対する不安は、いつの間にか消えていた。

 中休みになる昼食を提案してくれた、ミスティのおかげかもしれない。


「――ん? どうしたの、ツナグ?」

「ううん。何でもないよ、ミスティ」

「そう? なら良かった!」



 さぁ、いよいよ遺跡のお宝こと、銀器の在庫の確認だ!






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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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