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遺跡ダンジョン、探索開始!



 同じように給仕の日を挟んで一日後、出社の日がやってきた。

 出勤しようとすると社長から電話がかかってきて、出張扱いになるのでタイムカードは押さなくて良いとのことだった。社長が直接この部屋に来るとのこと。

 宅配の荷物も前日に受け取り、買出しも済ませていたので、ぼくらはお茶を飲みながらのんびりと朝を過ごした。


「よぅ、待たせたな、繋句! 銀行寄ってたら遅れちまった!」


 社長だった。

 前回と同じアウトドアルックで、書類一式と買い付け資金の入ったビジネスバッグを持っている。別に背中のリュックに詰めている荷物は、泊りがけを想定したものだろう。

 まぁ、前回仲良くなった女性のことを気にかけてるんだろうなぁ。

「おはようございます、社長。大荷物ですね?」

「まぁ、中身は大して入ってないよ。見本を持ち帰らなきゃならんから用意しただけだ」

「おはようございます、カドタ様」

「おはよう、カドタの旦那」

 帰り支度をしたミスティとシャクナさんが頭を下げる。

「お。おはよう、二人とも。ツナグと新婚でゆっくり過ごせたかい?」

「ええ、とってもっ!」

「夫婦の営みは結婚できる年齢になってから、って言われたけどね」

「そりゃもったいない。繋句、お前、こんな綺麗な嫁さんが二人もできたんだから、逃げられないようにしっかり捕まえとけよ?」

 ばんばんと背中を叩く角田兄さんに、がんばります、と苦笑した。

 今度、婚約指輪でも用意しようかな?


「さて、じゃあ行くか……って、今回も大荷物だな?」


「里の鉄器と、農具と、二人が里の備蓄食糧にしたいって言ったんでスーパーで買い込んだ缶詰とカップラーメンと……一度で運びきれるかな?」


「台車を持ってくれば良かったな。繋句の魔法は、往復できるか?」

「毎回消してるだけで、一度くぐれば消えるわけじゃないです。今度、角田兄さんの家にも、里行きの(ポータル)を設置しましょうか?」

「そうだな。防犯的には問題あるだろうが、エルフの里なら大丈夫だろう。頼もうかな、そうすれば今度から現地集合にできる」

 万が一、魔物が門をくぐってきた場合を考えて消しているだけなのだが、誰かの家の中にでも出入り口を設置すれば、問題は無いかもしれない。エルフの里は村長の管理配給制だし、空き巣はいないようだから。


 魔法を起動し、エルフの里に向かう。

 四人がかりで三度往復し、広場に荷物をすべて運び終えた。

 ぼくらの姿を見かけた村人が村長さんに連絡したらしく、村長さんとロアルドさんはすぐに飛んできてくれた。たぶん、朝から自宅で待っていてくれたんだろう。


「おはようございます。いらっしゃいませ、ツナグ殿、カドタ様」

「どうも。お世話になります、エッケルトさん」

「こちらこそ。――ミスティとシャクナも、ご苦労だったね。それがニホンの鉄器かい?」

「ああ。ツナグが手配してくれたんだよ」

「またお世話になってしまいましたな、ありがとうございます、ツナグ殿」

「大した手間じゃないので大丈夫ですよ、村長さん」


 挨拶も終わり、資材を倉庫に運ぶ組と装飾箱を確認する組に分かれる。

 ぼくは社長のお供で確認するほうだ。資材を運ぶ組になったミスティとシャクナさんが、別れ際笑顔で軽く手を振ってきたので、ぼくも手を振って答えておいた。



 村長さんに連れられて、鍛冶師をやっているという家に行く。

 火を使い薪を必要とするからか、村のはずれの森に近い場所にその家はあった。

「私だ。クダン、用意はできておるかね?」

「これは村長。へぇ、できておりやす」

 敷居をくぐると、家の主人らしき人が出迎えてくれた。ところどころ煤にまみれているけれど、筋肉質でアクション映画俳優みたいな整った顔立ちをした男性だ。さすがエルフ。


 職人らしくさっぱりした笑顔を浮かべて、鍛冶師のクダンさんはぼくらを案内した。


「これが、見本の箱になりやす」


 そう言ってクダンさんは、鍛冶場の机に銀色の大きな箱を二つ置く。


「食器は全種類一式揃えるという話でしたんで、二十客すべて入る箱をご用意しやした。意匠は森林を象った銀細工と、木の葉を象った銀細工。二種類ご用意しておりやす」


 磨かれた銀の光に包まれ、その二つの箱は光り輝いていた。

 トランクのような大きな木箱に銀の縁取りが飾られており、切り絵のような美しい銀細工が打ち付けられている。

 一つは森林の木々を彩った、枝葉のそよぐ小路を意識したもの。

 もう一つは、ツタの生い茂る中に木の葉の舞い散る様を象ったもの。

 どちらも見事だ。容姿に関する美醜は逆転しているけど、美術品に関する美的感覚は地球と共通するらしい。

 社長も思わず唸ってしまうような、幻想的な装飾だった。


「ううん、いいですね。この木材の表面に塗ってあるのは、防腐剤ですか?」

「はい。森の木の脂と草花の汁を混ぜたものを使用しております。泉の近くに獲物を溶かす粘液を持つ魔物がいまして、その粘液に材料を溶かして乾かすとこういう色合いになるのです」


 作り方を聞いてると、ニスの製法だな。魔物素材を使ったファンタジーなニスか。

 無垢の木目と違って飴色に輝いていて、銀の輝きとうまく調和している。落ち着いた色合いが年季と年代を感じさせる、古美術品といえる仕上がりだ。とても出来立ての新しいものとは思えない。

 中は二段になっており、上段に食器類、下段に器類が収納される。


「いかがでやしょう、お客人。お好きな方を選んでくだせぇ」

「これは……いや、選べませんね。手数でなければ、五セットずつ依頼したいのですが。すでに見本があるのであと四セットずつですね」


 社長がそういうと、村長さんとクダンさんは「わかりました」と力強くうなずいた。

 仕事が認められた喜びか、クダンさんの表情には意気がみなぎっている。


「どうでしょう、社長。売れそうですかね?」

「ああ。これなら大丈夫だろう。あとは交渉しだいだ。お前も頼むぞ、繋句」

「はい、それはもちろん」


 社長の確認を取り、ぼくはにっこりとうなずいた。

 後はぼくが日本でがんばるだけだ。



*******



 見本の受け渡しが終わり、村長さんの家へと戻ってくる。

 お茶をご馳走になりながら、先日作成した契約書を読み上げ、サインをもらう。

 これで契約は完了だ。後は商品である装飾箱の数が揃うのを待つだけ。


 と言ったところで一段落してのんびりしていると、資材の搬入をしていたロアルドさんとミスティが戻ってきた。

 村長さんが弾んだ声で、調子を尋ねる。


「ロアルド、どうだったね。鉄器の具合は?」

「はい、父上。いくつか試しに使ってみましたが、どれも銀より硬く、作業効率が段違いでした。農具は土が軽く掘れる程度だったのですが、斧と鉈が……」


「斧と鉈が、どうかしたんですか?」


 言葉を濁したロアルドさんに、ぼくが尋ねる。何か不都合でもあったんだろうか?

 そう不安そうな目を向けると、ミスティがふるふると首を横に振った。


「斧と鉈の切れ味が良すぎて、奪い合いが起こりそうになっちゃったの。斧はともかく、鉈の方が切れ味が良すぎて、試しに使った人が、いつから使えるんだ、いつ回してくれるんだ、って騒いじゃって」

 なるほど。

 日本刀の鍛え方で作った鉈だもんな。確か鉄自体も銀の1.5倍ほど硬度があるし。


「まぁ、そんな騒ぎはさて置いて、父上。あの鉈と手斧があれば、遺跡に向かう分には問題ないかもしれません」

「魔物にも通用するということかね?」

「どちらも、薄いものですが銀の板をたやすく切り裂きました。刃こぼれもありません。魔物の毛皮も同様に切り裂けるかと」

「何と。さすが鉄器、と言うべきか、異世界の武器と言うべきか……!」


 村長さんの驚く様子に、社長がこっそり耳打ちしてきた。


「繋句。そんなに良いもの買ってきたのか?」

「父の紹介で、日本刀の鍛冶師さんが卸してる刃物店で買ってきました。手入れは必要だけど、良い物の方が長く使えると思って」

「親っさんの紹介か……あの人、道具にはすごくこだわるからな……」


 製法のおかげで、鉈とは言え一種の片手剣みたいなものだ。

 もちろん、無茶な使い方をすれば折れるだろうけど、魔物との戦闘にも使えるだろう。


「ツナグ。もし遺跡に行くなら、私も準備するわよ?」

 ぼくも魔術の準備は万端だ。

「社長、どうします?」

「エルフの皆さんが可能だと判断したなら、すぐにでも行きたいな。在庫を確認できれば、この後の話が進めやすくなる」

「ならば、さっそく準備をさせましょう。ロアルド」

「はい、人手を集めてまいります」

 即断即決の村長さんの指示に、ロアルドさんがうなずく。

 ロアルドさんが広場に向かって出て行くと、部屋に残ったミスティが力こぶを作るように細い腕を曲げ、ぼくに向かって片目を閉じた。


「たまには、私も良いところ見せなくちゃね!」




 二十分ほど経って、広場にはエルフたちの人だかりができていた。

 同行するのは狩り装束に身を包んだロアルドさんの他に、弓手が四人、手斧とナイフで武装したエルフが五人だ。鉈はロアルドさんと、弓手の三人が携えている。

 その中に、意外な顔があった。


「あれ、シャクナさんも遺跡に行くんですか?」

 ミスティだけでなく、シャクナさんも弓手として参加していた。

 豊満な胸を革の胸当てで包み、ばいんと張り出してうなずく。

「もちろん。あたしも、畑をやる前は森に入って狩りをしてたんだからね。足手まといにゃならないよ?」

「頼りにしてます。でも、怪我がないようにお願いしますね」

「私もいるからね、ツナグ?」

 森の中で会ったときと同じ、狩り装束のミスティが後ろから抱きついてくる。

 弓を携えてマントを羽織るその姿は、物語に出てくるエルフそのままだ。

「ミスティは、鉈を持たないの?」

「私は風の精霊魔術があるから。他の村人もみんな使えるけど、私が一番上手いから他の人に譲ったの」


「妹の精霊魔術は、この里でもっとも強力なのです、ツナグ殿。精緻と言った方がいいかもしれない。強風で敵を凪ぐことも、真空で切り裂くこともできます」


 ロアルドさんが妹を褒めるように説明してくれる。

 ふふん、と得意げに胸を張るミスティ。チョコで一際育った胸が、ぷるんと揺れた。

「私が一人で森に入れるのには、理由があるのよ、ツナグ?」

「はは。頼りにしてるよ。でも、危なくなったらぼくが守るからね?」

「お願いね、だんなさま!」

 嬉しそうにぼくの腕に抱きついてくるお姫様。可愛いなぁ。


「ラナ!? どうしてここにいるんだ!?」


 社長の声がした。

 見ると、先日里からの帰り際、外でお辞儀をしていたあの純朴そうな女性が一緒に来ていた。狩り装束ではないので遺跡行きに同行するわけではないのだろうが、友人らしき女性に背を押され、心配そうな表情を浮かべながら、社長に駆け寄る。


「カドタ様……どうか、これをお受け取りください」


「これは――お守り、か?」


 小さな、手製らしき木彫りが手渡される。


「エルフに伝わる厄除けのまじないの文様を彫ったものです。いつか、遺跡に行かれると聞いて、カドタ様の安全を祈って彫っておりました。……無事に、帰ってきてくださいね」


「心配するな。お前のところに、また帰ってくるさ」


 社長はその人を強く抱きしめる。

 その光景に付き添いらしき女性たちは盛り上がり、お互いにはやし立てていた。

 あの様子だと、社長も女性のことを憎からず思ってるみたいだな。

 社長の分の『門』は、あのラナさんの家につなげるのが良いかもしれない。


 社長が鉈を受け取り、一振りしてその感触を確かめたところで、準備が完了した。

 万が一のための食料と水、道具はぼくと社長以外が分担して背負っている。身軽な分、率先して動くのは自分の役目だ。


 さぁ、行くぞ、異世界の遺跡へ!



*******



 十人のエルフたちに案内され、森の中を進む。

 エルフたちの感覚は鋭く、魔物の気配を捉えた瞬間、ミスティたち弓手が射かけてしとめていた。風の精霊によって威力を高めた矢だろう。

 どの矢も、眉間や腹部など、急所を射抜いていた。

「エルフって、強いんだね……」

 ぼくの魔術の出番はないかもしれない。

「ふふ。エルフは全員が魔術を使えて、弓の名手よ。ほとんどのエルフが子どものころに狩りを経験してるから、実戦経験もあるしね」

「ツナグ殿。森の中でのエルフの戦闘力は、同数の他の種族に決して引けをとりません。容姿で蔑まれる我々の里が今まで攻め滅ぼされていないのは、単純にエルフの自衛の戦闘力が高いためです」

 なるほど。魔術を使う狩人の集団か。

 確かに、集団戦闘を行いづらい森の中での弓による遠隔狙撃は脅威だ。ロアルドさんたちも今日は前衛だから弓を持っていないだけで、弓術の腕前は一級品なのだと言う。


「コンパウンド・ボウとか持たせたら、強そうだなぁ」

「社長、何です、それ?」

 こんぱうんど?


「コンパウンド・ボウ。滑車を使った機械弓だよ。日本じゃアーチェリーより弓道のほうが有名だが、海外のアーチェリー人口の間じゃ結構普及してるんだぞ」


「弓にまでキカイが使われるんですか!?」

「ああ。よく飛んで威力も高く、精度も良いみたいだぞ。興味があるなら、そのうちメーカーを紹介してやろう」

 社長の説明に、目を輝かせるミスティ。

 知らなかったな。海外事情はやっぱり社長の方が詳しいらしい。



 そんなこんなで魔物をしとめながら、森の中にある丘へ。

 盛り上がった丘の斜面が大きく口を開け、巨大な洞窟と化していた。

 深すぎて底が見えない。だが、冷やりと乾いた風が流れてきたので、空気の動きと奥に広い空間があるのがわかる。


「ここが入り口です。松明を用意しましょう。ツナグ殿、火をお願いできますか」

「ああ、無用だ。一応、明かりはある」

 社長が荷物の中から懐中電灯を取り出す。山歩きのための常備品だろうか、準備がいい。

「これは……手に持てる、デンキですか」

「ああ。もしもの場合に備えて、三つ持ってきた。先頭と最後尾が持っててくれ」


 ロアルドさんと門田社長が手に持ち、もう一つは最後尾のシャクナさんが持つ。

 途中、懐中電灯の明かりは洞窟に潜むコウモリ型の魔物の姿をありありと照らし出した。

「サイレントバットです! 羽音を消して近づくので、血を吸われないように注意してください!」

 狭い洞窟内では矢は使えない。前衛組が鉈で切り落としていくが、数が多く手間取っていた。

「みんな、下がって! ぼくが前に出ます!」

「繋句、火は使うなよ、酸欠になる! 弱い雷を使え!」

「はい! ――即時起動(クイックスペル)感電網(スタンネット)!」

 二つの魔術を起動する。

 一つは弱電流を広範囲に流して感電による無力化を狙うもの。

 もう一つは、制御魔術による魔術の起動ラグの短縮呪文だ。威力の低中高、規模の大中小、それぞれ中までの魔法を含まない魔術をタイムラグ無しで起動できる。

 検索してこの魔術を見つけたときは、これで実戦的に魔術が使用できると安堵したものだ。高等魔術に属するようだけど、汎用性が非常に高く、使い勝手の良い便利な魔術だと言える。

 バチリ、と空中に広く放電が起こり、感電したコウモリがばたばたと落ちていく。

 残った数匹が入り口の方へと逃げて行き、ぼくらは難を逃れた。


「ツナグ殿の魔術は、すごいですね。洞窟の中は弓も風も使えず、サイレントバットはなかなかの難敵なのですが……」

「すごいのは、ぼくに魔法をくれたおじいさんです。まだまだ、こんなものじゃないみたいですよ?」

 制御した結果か、感電に巻き込まれた仲間もおらず、感電したコウモリが目を覚まさないうちに駆け抜ける。


 どれだけ地下へと下ったろうか、やがて、地の底で開けた空間に辿り着いた。



 空のように遥か高い天井から密生したヒカリゴケが、広大な都市を照らしている。

 果ての壁も見えないほど巨大な地下空間の中に並び立つ、シダの張った石造の家々。

 無限の広大さと無人の静謐さを同時に讃えるその場所は――



 まさしく、ファンタジー世界の都市遺跡(ダンジョン)だった。







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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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