きみが好き
「皆のもの、我らエルフの里の危機は、遥かなる異国の天地、ニホンより訪れたお二方によって救われた! もはやこの里に憂うことは無い、新たなつながりと里の未来をもたらしてくれた二人を讃え、今日は存分に祝ってくれ!」
村長さんの開始の演説に答え、怒号のような歓声が上がった。
かがり火に照らされた広場にカンテレとアイリッシュフィドルの音色が流れ、村のエルフたちは酒と料理に群がる。
料理に向かうのに出遅れて立ち呆けしていると、両手の皿に料理を盛ったミスティが運んできてくれた。
「はい、ツナグ。エルフの里の料理を味見してみてね」
「ありがとう、ミスティ。楽しみだな」
銀製のフォークを使い、料理をほおばる。果実酒とコショウを使ったローストビーフのような料理だった。肉は牛ではなく、魔物の肉だろう。牛肉より癖が少なく、あっさりしている。
「大角鹿のローストよ。長い二本の角を持っていてね、頑丈な角は削りだして弓の材料にも使われるの」
「鹿の肉は食べたことがあるけど、日本の鹿より旨みが濃いね。脂があっさりしてる上に肉は繊細な味で、食べてて飽きないよ」
「こっちも食べてみて」
ミスティの持つ皿は、味噌を使った根菜と肉の煮込みだった。
うん、これも美味しい。
民族音楽のような素朴な音楽に耳を傾けて、料理に舌鼓を打っていると、酒の入ったエルフたちがぼくらに話しかけてきた。
ぼくらより少し年上の青年のエルフたちだ。
彼らは酒を片手に陽気にぼくに話しかけ、里のために物資を持ち込んだことに口々に例を言った。日本の話を聞き、いつか一度で良いから言ってみたいと口にしていたので、日本に買出しに行くのは彼ら若いエルフたちの役目になるかもしれない。
中には結婚を控えた若いエルフもいたが、子どもが作れるかどうかを危ぶんでいた。
いくらぼくの魔術でも、遺伝子異常を治療することまではできない。他に比べて異常とはいえ、生まれ持った者にしてみればそれが正常だからだ。制御魔術と治療魔術を併用すれば遺伝子改造まで行えるかも知れないが、ぼくの技量だとリスクが高い。
外の存在に冒険心を刺激され、いつか外の種族と結ばれたいと願う者もいた。
いつか、違う世界も巡って、彼らの伴侶となる人を見つけに行こうか。そんな考えも浮かぶ。エルフの里の血の問題は、いつか解決しなくちゃならない。
次々と酒を片手に訪れるエルフたちにもみくちゃにされ、ぼくは避難するように人だかりから抜け出した。
「あ、社長だ」
「お父様もいるわ」
社長と村長さんは、広場に設置されたテーブルで差し向かうようにして杯を傾けていた。
様子を伺ってみると、里の果実酒を好んで飲んでいる社長の声が聞こえる。
「この果実酒は美味いですな! 私はあまり酒が強くないんですが、甘くて飲みやすい。風味もよく、良い酒ですね」
「お気に召していただけたなら良かった。交流の記念に、今夜は満足されるまで寝かせませんぞ」
そこで社長は、ふと、笑顔ながら表情を引き締めた。
「この際です。本音を申しておきましょう、エッケルトさん。私個人の本心では、当初、この取引に乗り気ではありませんでした」
「それは、どういうことですか?」
「ビジネスチャンスとしては大きいが、なにぶん魔法のある世界だ。我々古美術商の最大の敵は贋作でしてね。魔法で贋作を作られるとどうしようもないという懸念が、常に頭の隅にあったのです。魔法は、当方には未知の技術ですので」
「では……なぜ、信用していただけたのでしょう」
「繋句のおかげです」
社長は短く告げ、そして続けた。
「繋句は、あいつは人を好きになり、人に好かれる。人とのつながりを大事にし、人を裏切らない。だから信用される。……私もこの顔ですので、商売をする上で人脈を作るのに苦労しました。それを補って人を紹介してくれたのがあいつです」
「わかります。ツナグ殿は誠実だ。あれほどの方は、この大陸で見たことがない」
「繋句が薦めるから、会ってみよう。繋句が信用するから、信用してみよう。過去に何度もそういうことがありました。そうして私も、日本では恐れられるこの顔でどうにか商売を続けていられるのです。うちの会社が持っているのは、実は繋句の人柄が大きい」
「得がたい人材ですな。まだ若いのに、大したものだ。人との繋がりは、我らエルフの里が今、心から望むものです。それを持ち、人と人を優しくつなげる力を持つツナグ殿を、我々は尊敬しています」
「繋句が騙されそうなときには、年長として上司として、守るつもりでいます。今回はそういうことにならなかった。今回も、かな? エルフの里の皆さんは信頼できる。――どうぞ、末永いお付き合いをよろしくお願いいたします」
「はは。それはこちらが申し上げることですぞ、カドタ様」
そうして二人は笑いあいながら、杯を交わす。
自分の話題になっていたんで、どうにも顔を出せなかった。
社長がぼくのことをそんなに評価してくれてただなんて。ぼくは、ずっと社長に守られてると思っている。学生のぼくが就職できたのは、昔から付き合いがあった角田兄さんのおかげだもの。
でも、少しでも、ぼくが会社の役に立てているなら良かった。
「ささ、もっとどうぞ、カドタ様」
「ああ、いけません。これ以上は、何か間違いを起こしてもよろしくない」
「間違いはあってくれた方がいいのです。この里は血が濃くなりすぎましてな、外の血を受け入れる必要がございます。カドタ様さえよろしければ、どうか里の娘たちと夜をすごしていただきたい。後のことは、村が責任を持ちますので」
「ええ!? いいのかなぁ。いや、参ったなぁ」
角田兄さん、顔がにやけてますよ……
お酒が入ってるとはいえ、良い雰囲気が台無しだった。
おとなってきたない。
海外の仕入れに行くと、各国に現地妻がいるって里中さんが話してたけど、満更冗談でもなさそうだ。顔は怖いけど、体つきはたくましいし男気があるから、そういうのが好きな女性も世の中にはいるもんなー。
「み、ミスティ。これ以上は聞かない方が良さそうだから、あっちに行こうか」
「う、うん」
顔を真っ赤にするミスティの手を引いて、ぼくらはそそくさとその場を去った。
*******
手を引いているつもりが、いつの間にかミスティに手を引かれていた。
広場を出て、村のはずれに出てくる。
人気が無くなると、ミスティは周囲を確かめてぼくに抱きついてきた。
「んっ、ツナグ……」
「ミスティ……」
ぼくの胸に顔を寄せてくるミスティを抱きしめ、その髪をゆっくりと撫でる。
撫でられるのが気持ちいいらしく、ミスティはされるがままに身を任せていた。
「やっと……二人きりになれたね……」
「そうだね。宴の広場は、誰かしらがいたから」
「ふふ。シャクナ姉さんに言い寄られたりもしたしね」
「あれにはビックリしたなぁ」
ミスティがぼくの胸を掴み、寂しそうな声を出す。
「シャクナ姉さんね……ツナグに色々教えてあげるって言ってたけど、本当は、旦那さんに抱かれたことがないんだって。旦那さんは、シャクナ姉さんの体つきが嫌いで、里の外に他のエルフを探しに出る役に志願して、そのまま里を出ていっちゃった……」
「……そうだったんだ」
エルフの中でも、そう言った美醜の好みの悲劇はあったらしい。
そう言えば、最初にあったときのシャクナさんは少し蓮っ葉だったな。そのことが、尾を引いていたんだろうか。
綺麗で、体つきもすごくて、ぼくにはとてもまぶしい人なんだけどな。
「ツナグ……私たちを、幸せにしてね……」
「ミスティは、それでいいの?」
ぼくは、尋ねた。
ミスティがぼくを見上げる。
「ツナグ……?」
「聞いて、ミスティ」
ここから先は、口にするだけで胸が締め付けられそうだ。
でも、ミスティのためには、絶対に尋ねなければならない。
「ミスティ、ぼくの顔は平凡だよ。ミスティや他のエルフたちみたいに綺麗でもなければ、角田兄さんみたいに、この世界に認められる顔でもない。それでもいいの?」
ミスティは、言葉を失っていた。
呆然とする美しい彼女に、ぼくはさらに続ける。
「ミスティ、聞いて。ぼくはこれから、もっと日本の人とこの里をつなげるだろう。――ミスティの容姿は、ぼくの世界ではとても綺麗なものなんだ。ミスティには、相手を選ぶ権利がある。ぼくみたいな平凡な奴じゃなく、ミスティが美しいと思う相手を選ぶ権利が」
ミスティを認める相手はぼくだけじゃない。
他の世界の人間がエルフの容姿を認めるように、誰もがミスティの美しさに見蕩れるだろう。その先にあるだろう幸福の選択肢を、ぼくが勝手に縛るわけには行かない。
「ミスティ。きみはもう、醜い嫌われ者じゃないんだ。美しい、エルフのお姫様なんだよ」
ミスティは何も言わなかった。
ただ、目のふちに涙を滲ませ、そして思い直したように気丈に涙を拭った。
「……もし、私が他の人を選んだら、ツナグはどうするの?」
「身を引くよ。エルフの里への支援は続けるけど。――きみに、幸せになって欲しいんだ。この世界で初めて、ぼくと仲良くなりたいと言ってくれた人だから」
ぼくは、精一杯の微笑を浮かべた。
ぼくの隣にいるのはきみでいて欲しいけど。
きみの隣にいるのがぼくでなければいけない理由は無い。
きみに、本当に幸せになって欲しいんだ。
「そうして他人に幸せを譲って……貴方には、何が残るの?」
「きみの幸せが残る。ぼくは、きみのことが好きだから」
ミスティはうつむき、そして本心を告白した。
「ツナグ。私ね、本当に好きな人がいるの」
「……どんな人?」
心が締め付けられる。
けれど、表情には出さないようにした。
「優しくて、温かくて、陽だまりみたいな人。私に色々な感情を与えてくれて、心を満たしてくれる人。私は、その人といると本当に嬉しくなる。幸せを感じるの」
「……そっか」
ぼくがうなずくと、ミスティは突然、ぼくを包み込むように腕を回してきた。
「だから、私をもらって、ツナグ。色々なものをくれた貴方に、私は私を全部あげたい。もらうばかりでなく、私も貴方の心に寄り添いたい。温かい貴方の一番そばにいさせて」
ぼくは、目を見張った。
驚くぼくの目を見つめ、彼女はにこりと笑った。
「愛してるわ、ツナグ」
「ぼくもだよ、ミスティ」
お互いの唇が近づく。二人の距離がゼロになる。
目を閉じて、抱きしめあい、時間がゆっくりと流れていく。
宴の賑わいを遠く感じ、ぼくらは静かに唇を重ねあった。ミスティは情熱的に身を寄せ、ぼくは彼女の細い身体を強く抱きしめた。
やや置いて、唇が離れる。互いの顔を見つめあい、どちらからともなく微笑んだ。
「唇同士での口付けは……」
「恋人同士のやること、だよ」
「私、今とても幸せよ。他の誰かを選んだら、きっとその方が後悔するわ。私のことを、抱きしめて離さないでね。愛しい旦那様っ!」
「手放さないよ。ずっと一緒にいてもらうからね、お姫様」
ぼくの胸に飛び込んで甘えてくるミスティの頭を撫でる。
宴の夜は、ゆっくりと更けていく。
なお、そのやり取りを、通りすがったシャクナさんに興味津々で見られてたとか。
その後、すごいおばちゃんスマイルで冷やかされた。
……シャクナさん、まだ二十代って本当ですか?
*******
宴が終わり、ぼくは村長さんの家に泊まることになった。
角田兄さんは一緒ではない。
詳しくは聞いていないが、村長さんの勧めで村のどこかの女性の家にお泊まりに行ったようだ。まぁ、同意は得てるし、良い大人のやることに口出しはしないでおこう。
子どもができたら、村にとって万々歳なんだろうし。
今日も色々なことがあった一日だった。
疲れ果て、ぼくは枯れ草に布を敷いたベッドの上に倒れこんだ。
寝間着は用意していたけど、衣服を重く感じるほど疲労していたので下着姿のままだ。
明かりの無い部屋の暗闇は神経を休めるのにちょうど良い。ぼくは目を閉じ、そのまま眠りに就いた。
浅く寝入っていると、物音に目が覚めた。
部屋の扉が開くような音がしたのだ。
誰かがこっそりと、部屋に入ってきている。夢うつつにぼくは目を凝らした。足音は一人ではないようだ。人影が、互いに何かをささやきあっている。
やがて、人影がかがむと、部屋の中に微かに衣擦れの音がした。
だんだんと、目が部屋の暗闇に慣れてくる。
そこにいたのは、下着姿のミスティと、裸になったシャクナさんだった。
「な、何してるの、二人とも!?」
村長さんに聞こえないように、小声で尋ねる。
「ありゃ、起きちゃったか」
「えへへ。ツナグ、一人で寝ちゃうんだもん」
二人がしずしずとぼくのベッドに歩み寄ってくる。
ミスティは下着を着ているからともかく、シャクナさんは隠そうともしていない。二人の豊満な胸と、白い肌が丸見えだ。シャクナさんにいたっては、モデルのような歩き方をする長い足の間に、見えてはいけないところまでちらちらと見えている。
ぼくは、慌てて顔を背けた。
「ふ、二人とも、何て格好をしてるんですか!」
「……何って、これから一夜を共にするんだ。おかしなことでもないだろ?」
「ツナグ、私たちをお嫁さんにしてくれるんだよね?」
そう言ってミスティが、日本で購入した下着をはらりと外す。
足の間から下着を抜き取り、一糸まとわぬ姿になってぼくのベッドに迫ってきた。
「優しくしてね、ツナグ……?」
「優しくも何も、まだ結婚して無いでしょ! まだ早いよ、そういうのは!」
「なに言ってんだい、今夜は宴の夜だよ? どっちが先か後かなんて、些細なことだよ」
けらけらとシャクナさんが笑いながら、ミスティとは反対の方向から同じくベッドの上に腰掛ける。
右に左に、裸の美少女と美女に囲まれて、ぼくは大いにうろたえた。
「私たちの身体、どう? やっぱり、見れたものじゃない……?」
「見たら後に引けなくなるから困ってるんだよ! っ……!」
「ツナグ? どうしたんだい?」
不意に、めまいを感じてベッドの上に伏せる。
一度眠りに就きかけて、ここ数日の疲れが噴き出したらしい。ものすごく眠い。
「ごめん、二人とも。今日は本当に無理……」
「そうだね。考えてみれば、慣れない村と故郷を往復して、気の張り通しだったろうね」
「……ごめんね、ツナグ。貴方のことを考えないで。ツナグ、里のことを相談する段取りを考えたり、ずっと里のために動きっ放しだったもんね」
「うん……」
興奮よりも疲労が勝っていた。落ちかけるまぶたをつなぎ止めるのが辛いくらいだ。
ぼくの様子に諦めてくれたのか、二人は顔を見合わせてうなずいていた。
そしてなぜか、二人ともぼくのベッドに潜り込んでくる。
「もしもし?」
「添い寝してあげるね、ツナグ」
「その方が温かく眠れるだろ? もちろん、寝てる間にあたしたちの身体を好きにしても良いんだよ?」
「だから、そんなことしませんってば!」
「ほらほら、疲れてるんだから」
「ゆっくり休まないとね」
「――うわっ!?」
大声を出しそうになるも、二人にベッドに引きずり倒される。
そして二人は毛布の中で両側からそれぞれ、ぼくの腕を抱いて身体を密着させてきた。
「えへへ。素肌を合わせるのは、どきどきするね」
「どこを触ってもいいんだよ……?」
腕が、身体が、柔らかい感触と体温に包まれる。
ミスティも大きいけど、シャクナさんはそれに輪をかけて大きい。腕が丸ごと二人の胸にくるまれてるみたいだ。
「……こんな顔の私のことを、好きって言ってくれてありがとう、ツナグ」
「……こんな身体のあたしを、認めてくれてありがとうね、ツナグ」
身体も、心も、ふわふわと心地良い。
興奮して眠れないかと思ったけど、二人の体温に挟まれて、ぼくの意識はあっという間に夢の中に落ちていった。
三人で眠る幸福な夜は、安らかに更けていった。