非常招集 二話
前話の続きになり、この話は次まで続きます。
楽しんで頂ければ幸いです。
二十分後、凰樹達永遠見台高校GE対策部はKKS二七三方面にある食堂跡地に辿り着く。
乗ってきたマイクロバスを大型バス用の駐車場に移動させると、そこには既に守備隊が所持する輸送用のバスが停まっていた。
バスの前面に掲げられている部隊旗には、ちょっとコミカルな魔女の上半身と周りを守る三匹の子犬が書かれており、戦歴の長い凰樹や神坂などはそれが誰の部隊のマークなのかよく知っている。
先に到着した守備隊は食堂跡地の三十メートル先に作られた迎撃用の拠点で、小型GEを待ち構えていた。
この拠点を選んだAGEは、守備隊に所属するセミランカーの桐井眞子と十五人の隊員だけだったが、桐井は凰樹の姿を確認し少し笑みを浮かんで近付いてくる。
「やっほ~♪ や~っぱり君達も此処に来たか~。私の勘も鈍って無かったかな?」
桐井は学校を卒業後、対GE民間防衛組織から持ちかけられた首都への転属の誘いを断ってこの地区に残った、この地区の守備隊では有名なセミランカーで学生のAGE達からは気さくで話しやすいお姉さんとして慕われていた。
学生AGE達に生き残る事の大切さと撤退のタイミングを見極める術を徹底して教え込みひとりでも多くのAGEが作戦から生還できるよう尽力している反面、自らは危険を顧みずにより厳しい戦場で戦い続けている、
桐井は今年二十四歳になった為、そろそろ結婚などを機会にAGEを引退するのではないかと守備隊では噂されているが今の所そういった話は聞こえてこなかった。
「ここでGEを食い止めれば、ここから後ろの拠点での被害は格段に減る。がんばりどころだよな」
「そうでんな。あまり稼ぎにならんのはかわいそうやけど、犠牲が出るよりマシでっしゃろ」
「KKS二七三方面で無数の小型GE、しかもMIX-Aを迎え撃つなら此処しかないでしょう。若干拠点晶に近いですが、いざとなれば拠点晶を破壊すれば勝ちですから」
「うんうん。わたしも拠点晶破壊名人の凰樹がいるなら、その手もあるかなって思っちゃった……。その時はお願いね」
最後の「その時はお願いね」の部分だけはトーンが違い、真剣な雰囲気を漂わせていた。
ランカーとはいえ学生である凰樹に拠点晶破壊を託さなければならない状況、それがどんな事態なのかを他の隊員たちも十分に理解していた。
◇◇◇
「拠点晶傍、道路の三百メートル先、画面が真っ赤で~す!! 拠点晶方面から大量の小型GEが迫ってます……。いえ、情報を訂正、二匹、中型GEが混ざっていると予測されま~す」
伊藤の通信を受け、桐井は傍に用意していた超小型PCの画面を覗き込んだが前方を埋め尽くす紅点の違いなどつく筈も無かった。
「すごいわね、あの子。この状態で紅点の見分けが付くの?」
「自慢の隊員でっせ。聖華ちゃんには何度助けられたかわかりまへんな」
小型GEに混ざって中型GEが存在するかしないかといった情報は、迎撃できる高純度の特殊弾を用意している凰樹達の部隊であっても死活問題だ。
通常の部隊ではその情報を得るか得ないかで最悪全滅する危険性まであり、凰樹達は伊藤の索敵能力に高い信頼を置いていた。
「ああ。あそこの奥、MIX-Aなのは間違いないが、小型GEに混ざって以前見た鼠タイプの中型GEが二匹いるぞ」
「あれは私が倒す。まわり、お願い」
「了解。派手にいきまっせ!!」
窪内はM60E3フルカスタムに高純度弾の詰まったマガジンを装着し、数十メートル先の地面を覆う小型GE目掛けて特殊弾を撃ち始めた。
高価な高純度の特殊弾が無駄弾にならない様に距離を見極め、ギリギリ効果が発揮できる距離に着弾させ、十分に距離を保てる状態で小型GEを倒し続けていた。
その窪内に続き、凰樹、荒城、霧養が攻撃を開始してひとり竹中だけが冷静に中型GEとの距離を測り、最高純度の特殊弾が込められたPSG―1で中型GEの頭部に狙いを定めていた。
「そこ!!」
一発五万円する最高純度の特殊弾は一撃で中型GEの頭部を半壊させ、次の一撃で中型GEの息の根を完全に止めた。
隣で小型GEを迎撃していた荒城がその威力に驚いていた。
「ちょ……、なんだ輝、今の弾は?」
「特別ルートから入手した防衛軍で使ってる最高純度の特殊弾だ。ま、中型GE用の切り札って所かな」
今回、どんな事態になるか分からない為、赤字覚悟で一発五万円する最高純度の特殊弾が十五発詰められたマガジンを用意して竹中に渡していた。
それを託された竹中はその特殊弾を一発たりとも無駄にせず、僅かに四発だけ使い無数の小型GEに混ざった二匹の中型GEを撃破した。
「羽振りのいい部隊はやる事が派手よね……。守備隊の隊員が目を点にしてるわよ」
「他の弾はただの高純度弾です」
「普通、学生の部隊だと、その高純度弾使うって選択肢なんて無いんだけどな……。そういえばキミ達、うちの部隊より良い装備してない? まあ、おかげで此処の防衛は上手くいきそうだけど……」
GEに思考能力があるかどうかは分かっていないが、ここにこんな強敵が待ち構えている事は予想外であったに違いない。
しかも、この群れの中心的存在であった筈の中型GEはあっさりと倒され、後ろが閊えている為に直進するしか無くなった小型GEの群れは、高純度の特殊弾を受けて瞬く間に数を減らしていった。
「上空から飛行タイプ多数、倒した後の魔滅晶に気を付けてください」
「当たると痛いでっから。頭はヘルメットで護られてますし、顔はゴーグルとマスクで覆われてまっから、当たると痛いのは身体の方でんな」
「キミ、タクティカルベストの下に、分厚い防弾チョッキ着てるよね?」
「コレは肉でっせ!!」
GE用の特殊装備は多少の衝撃を吸収でき、GEによる様々な攻撃に対応して破壊されにくく作られている。
その上、タクティカルベストなどを重ねて装備している為に相当打ち所が悪くない限り怪我などする事は無かった。
「見ててください、飛行タイプは得意っス!!」
霧養は空中から襲い来る小型GEの動きを先読みし、一匹一匹確実に撃ち落としてゆく。
こうした霧養に対する信用があるからこそ、窪内、凰樹、竹中の三人は地上を埋め尽くす大量の小型GEの撃退に専念する事が出来、その腕前を知らない荒城と守備隊のうち五名が上空から襲い来る小型GEに向かって銃撃を繰り返していた。
しかし、霧養の様に小型GEを倒す事が出来ず、たまに流れ弾が狙ったGEとは違う別のGEに当たり僅か数を減らしただけだった。
「提案があるんですが、小型GEの数が一定以下になったら、この先にある拠点晶の破壊に向かいませんか?」
「拠点晶の破壊? 確かにそれも一つの手だけど……」
その時、守備隊ひとりが別の守備隊からの緊急連絡を受けた。
「KKS二七六の守備隊から緊急連絡。小型GE尚も増加中、迎撃に向かった学生AGEは被害甚大、事態収拾の為、守備隊の決死隊による拠点晶破壊を決行する。KKS二七三方面の守備隊は、増援の小型GEに注意されたし。以上!!」
考える事はどちらも同じらしく、KKS二七六の守備隊も事態解決の手段として拠点晶の破壊を選択した。
このまま指を咥えて状況に流されれば、追加で小型GEがどの位押し寄せて来るか予測もつかない。
こちらは凰樹達の活躍もあり、かなりの数の小型GEを殲滅できているが、向こうも同じ状況とは考えにくいからだ。
「向こうも同じ手に出るみたいね……」
「そうみたいですね。撃破ポイントがうちの部隊に入る分、副産物の高純度魔滅晶はそちらに差し上げます。共同撃破として申請すればポイントも多少は……」
守備隊に所属しているとはいえ、地方の居住区域にある部隊の運営は楽ではない。
上の連中が重要視しているのは首都周辺、それに良くて元政令指定都市にある居住区域位だ。
先日、凰樹がランカーに昇格した為、首都か都市部の守備隊から防衛部隊が派遣されてくると予測されるがその下で働く桐井達の部隊の予算が増える事など無い。
「よし、それで手を打ちましょう。拠点晶が無くなれば、この辺りの小型GEは一気に消滅するわ」
「大量に残ってる低純度魔滅晶はどうしまっか?」
目の前の道路だけでなく、拠点の周りにも空中から落下した低純度魔滅晶が無数に転がっていた。
ひとつひとつ手で拾っていたら、どれくらい時間が掛かるか分かったモノでは無い
「うちが持って来てる野外用の大型掃除機で掻き集めましょう。塵も積もればじゃないけど、うちの部隊なんかだとアレも貴重な収入源なのよ……」
「俺にだって貴重なポイントの種だよ。人数割りでいいからこっちにも寄越せよ」
「人数割りって、いいの?」
実家が金持ちで、資金には困っていないが、潤沢な資金がポイントに換算出来る訳では無い為に荒城はその事に難色を示した。
ただ、此処で撃破した小型GEの大半は凰樹の部隊の戦果であり、更に言えば二匹存在した中型GEも竹中が撃破したという事実がある。
撃破ポイントは個人に振り分けられるとはいえ、人数割りにするには桐井達の部隊の戦果が少なすぎる上に凰樹の部隊の費用が桁違いだ。
「そちらがそれで良ければ問題無いですよ。数が数ですから、掻き集めるのも大変でしょうけど」
「拠点晶破壊後に集めればいいから。ホント、羽振りのいい部隊はその辺が適当よね……。キミ、少し年上の彼女なんて欲しくない?」
「隊長!! 純朴な学生をからかわんでください。すまんな、うちの隊長はいい人なんだがそろそろ婚期が……」
「毛利川、後で此処の低純度魔滅晶、全部集める様に」
「了解です」
「「「馬鹿が……」」」
周りの隊員は全員、迂闊な発言をした毛利川に冷たい視線を向けていた……。
十分後、周りの小型GEをほぼ殲滅し終わり、拠点晶へ続く三百メートル程の距離には数える程の小型GEしか残されていなかった。
「今が好機ね。行くわよ!!」
「了解!!」
先頭を桐井が担当し、その周りを守備隊が陣形を組んで防御し、その後に凰樹の部隊が続いた。
数体の小型GEを倒し、道路脇の畑跡に進んだ時、索敵を続けていた伊藤から緊急の通信が届いた。
「輝さん!! 拠点晶の後方に大型の紅点が出現しました!! 大型GEと予測されます!!」
「突然? ……いや、活動を半停止状態にしてたんだろう。滅多には居ない筈だけど、過去にそういったタイプがいたと確認されている」
全長五メートル程のヒキガエルの身体を持ち、頭部から蟷螂の上半身を生やしたMIX-Aの大型GEはゆっくりと拠点晶の前まで進んでいた。
なにかを威嚇するように素早く舌を出し入れし、頭から生える蟷螂の上半身も鎌を振り上げて戦闘態勢をとっていた。
「大型GE!? うちの装備だと歯が立たないわ。撤退するわよ!!」
「待ってください、ここまで来たんです。大型GEも何とかしないと、何処かで被害がでます」
「そんな事は分かってるけど……」
大型GEクラスになれば凰樹達がいつも使っているような、一発十円程度の低純度弾ではダメージすら与えられず、一発五百円の高純度弾ですら役に立つかは分からない。
防衛軍では大型GEと戦闘になった時は、AGEや守備隊と違って最高純度の特殊弾のみで戦いそれを無数に叩き込んで討伐すると言われている。
予算の少ないAGEや守備隊にそんな真似が出来る訳も無く、通常の部隊では討伐がほぼ無理な大型GEは、全ての地区で最高危険度に指定されている。
「此処まで近づいたなら、あいつを倒すいい機会です。龍、高純度弾で大型GEの気を三秒ほど惹いてくれ」
「アレをやるきでっか? 了解でっせ」
凰樹は左方向に進みながらゆっくりと大型GEに近づき、そしてその動きに合わせ、窪内が高純度弾でヒキガエル姿の大型GEを攻撃し始めた。
中型GEにも十分に効果がある高純度弾が大型GEの身体に当たり、激しい閃光と共に弾け飛んでも、大型GEの身体にはほんのわずかな傷しか残せない。
「高純度弾でもアレなの? うちが持って来てる弾じゃ、ダメージなんて……」
「大丈夫。後は凰さんが、アレを叩き込むだけですわ」
「アレ?」
凰樹は拠点晶を破壊する時と同じ様に、腰に下げていた特殊マチェットを引き抜いて右手に構え、人差し指で柄の部分にあるトリガーを押しながら精神を集中させ、マチェットの刀身に眩い光りを発生させる。
ヒキガエル姿の大型GEのやや後方から突進し、身体の中央部分に斬撃を叩き込み、その部分からヒキガエル姿の大型GEの身体を真っ二つに斬り裂いた。
バランスを崩し、短い前足を起点として頭部が前方に向かって倒れ落ちる。
頭部に生えていた蟷螂の上半身は、カマキリの部分が地面に叩きつけられて身動きが取れなくなり、凰樹は身動きが取れない僅か数秒の隙を逃さず更に縦方向に真っ直ぐ斬り裂き、僅か二太刀で一般には脅威とされている大型GEを葬った。
「嘘!! なんであんな真似が出来るの!?」
「ま、あんな真似が出来るのは、世界広しといえど凰さん位でっしゃろ」
「あ、ついでに拠点晶に一撃入れて破壊したっスね。これでこの辺りに増援の小型GEはもうこないっス」
拠点晶の消滅と共に、周りに僅かに残っていた小型GEの動きが鈍くなり、やがてその身体が爆ぜる様に消滅してその後に低純度の魔滅晶が残された。
今まで凰樹達が拠点晶を破壊してきたエリアに残る低純度の魔滅晶は全部が全部回収しきれておらず、予算が少なく、装備が十分でない部隊などは凰樹が解放したエリアを後で探索して低純度の魔滅晶を拾い集めたりしていた。
「これでこの辺りは安全ですね。副収入で大型GE産超高純度魔滅晶もありますし、撃破ポイントも拠点晶破壊に近い位あるんじゃないかな?」
「私達は見てただけだから、それはそっちで受けとって」
「でも……」
「いいから。それを受け取ると、私達はもう、守備隊続ける自信が無くなっちゃうから……」
高純度弾を撃ちまくっている時も、守備隊の隊員は凰樹を何か別の生き物か何かの様に見ていたが、ヒキガエル姿の大型GEを倒した後、それはまるで大型GEを見る様な物へと変化していた。
「ランカーの率いる部隊って、皆、あんな化け物ぞろいなのか?」
「あの霧養って隊員は俺達と同じレベルだと思ったけど、あの飛行タイプを、ああも簡単に撃ち落してたからな……。人は見かけにゃよらないな」
「あの紅点を見分ける索敵担当とか、カスタマー窪内に、スナイパーも……。極め付けが大型GEを特製マチェットで斬り殺す隊長の凰樹か……」
「俺達普通のAGEじゃ、ああはできゃしないよ」
普段は凰樹ばかりが注目されているが、神坂や霧養達もそれぞれがトップクラスの戦闘能力を身に着けている。
状況を整えてキッチリ作戦行動を行わせれば、余程の事が無い限りGE相手に不覚を取る事は無い。
守備隊のメンバーは地面に点在する魔滅晶の回収を申し出て、戦闘で消耗した凰樹達には先にマイクロバスに戻って休んで貰っていた。
通常であれば、超高純度魔滅晶などをネコババして懐に忍ばせる者もいるが、凰樹達の凄まじい戦闘能力を見た後ではそんな事を考える者など一人もいなかった。
そして最初の拠点周辺では余計な事を口にした守備隊員の毛利川が半泣き状態で一生懸命野外用の大型掃除機を使い、低純度の魔滅晶を回収し続けていた……。
この数十分前、KKS二七六の拠点晶周辺で何が起きていたか知っていれば、凰樹達は魔滅晶など放置してKKS二七六の拠点晶に向かっていた事だろう…。
読んで頂きましてありがとうございます。