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刑事達の苦悩
作者:なんじ
2002年作です。
警察手帳のデザインが変わってまだ日がたっていない頃のお話です。
佐藤は「犬飼」と書かれた玄関のチャイムを押した。
中から出てきたのは、頑固そうな老婆だった。
「なんじゃ、あんたは?」
佐藤は警察手帳を示した。
「私は、本庁一課の刑事、佐藤美和子と言います。少しお話を・・・」
佐藤に皆まで言わせず、老婆は吐き捨てるように言った。
「そないな、おもちゃの手帳を出してからに。
年寄りの田舎もんと思って馬鹿にせられな!
どうせ、あんた、テレビのキャスターなんじゃろう。
まったく近所でおかしな事があると、でえれえうるさいわ」
「あ、あの、犬飼さん。この手帳は本物・・・」
「あんなあ、ほんもんの警察手帳は、黒いメモ帳みたいなもんで、
表紙に『け・え・さ・つ・て・ちょ・お』って書いてあるんじゃ!」
「それは、ちがいます。それに、警察手帳は、
新しいデザインになったんですよ」
「わしゃあ、そんな事、聞いとりゃせんが。」
言ったいどうすれば、
この老婆に自分を刑事だとわかってもらえるのか?
佐藤は、次に出す言葉を見失った。
そこに高木がやってきた。
「佐藤さん、4階の聞き込み、終わりましたよ」
「高木君、この人に警察手帳を見せてあげてよ!」
必死の表情の佐藤を不思議そうに見ながらも
高木は、老婆の前に自分の手帳を出した。
「ほら、この刑事さんも、同じ手帳をもっているでしょ?」
笑顔の佐藤に、老婆は言い放った。
「ふん、こんな迫力の無い顔の男が刑事なわけないじゃろ」
老婆の迫力にひるみながらも、高木は自分の手帳を示した。
「でも、僕ほんとに刑事なんですよ」
老婆は、高木も、手帳も無視して言った。
「最近のテレビ局の取材は本当に手がこんどるわ」
「だから、犬飼さん、私たちは、本物の刑事なんです。手帳だって本物」
「その証拠はどこにあるんなら」
そう言われて、二人は絶句した。
自分達が刑事である証明は、手帳以外何があるのだろう?
「おい、佐藤君、高木。二人で何やっとるんだ」
目暮警部の声に、二人は救われた思いで振り返った。
佐藤は、目暮を、老婆の前に押し出した。
「ほら、犬飼さん。こちらが私たちの上司の目暮警部。
立派な方でしょう?この方なら刑事さんだって納得して下さいますよね」
老婆は鼻先で笑った。
「何を言いよるんな。
そないに太っとったら犯人をおっかけたりできりゃあせまあがな。
太った刑事なんかおるわけ無いじゃろうが」
「ちょっと待って下さいよ。
太った刑事だって、ちゃんといますよ!」
「太ってるって、犬飼さん。目暮警部は、恰幅がいいだけよ!」
老婆の言葉に深く傷つき、
部下二人の善意のフォローにも、微妙に傷ついてしまう目暮であった。
「目暮警部、下で千葉君が指示を頂きたい物を見つけたそうです」
やってきたのは由美だった。
「由美!どうしてここに?」
佐藤は驚いて言った。
「このマンション付近は、路上駐車が多くてね、
重点的に見回っているのよ。
で、下で千葉君に会って、ちょっと、電話じゃまずいから、
って伝言頼まれちゃった」
老婆が笑顔で由美に話し掛けた。
「おや、お巡りさん。お疲れ様」
「犬飼さん、この人が警察官だってどうして信じられるんですか」
佐藤の言葉に老婆は呆れたように言った。
「お巡りさんの格好をしとるじゃろうが」
高木が佐藤の背後で大きなため息をついた。

その日の夕刻
本庁の自動販売機の前で佐藤は由美と話をしていた。
「なんだか、今日はがっかり。
制服を着ていないと、警察官だって認めてもらえないなんて」
「でも、私服で、見るからに刑事ってわかるのも、問題多いと思うよ」
佐藤は、肩を落として、缶コーヒーを両手で包み込んだ。
「でもねえ、刑事とわかってもらえなくて捜査に支障をきたすようじゃあダメよ。
あ〜あ、警察手帳のデザインが新しくなったって、もっと知れ渡るまで
私服の下に、制服着ておこうかしら。
 手帳出して、信じてもらえない時は、ぱっと制服になるの」
「いいじゃない。変身ポーズは、警察手帳を高く右手でかざすのね。
で、掛け声は『ジャスティス・ポリースパワー・メーク・アーップ!!』
決め台詞はどうしよう?
『法の名のもとに確保しちゃうぞ』ちょっと、字余りかな?」
佐藤の手の中で、かすかな音を立てて、スチール缶が形を変えた。
「ねえ、由美。私、すごく真面目なんだけど」
「ごめん、ごめん。そうだ、写真とろうよ、美和子」
「写真?」
「制服着て、手帳持って写真撮るの。
それをケータイの待ち受け画面に入れとくわけよ。
普通の写真だと、落したり忘れたりしやすいけど、ケータイならね。
 で、手帳で信じてもらえない時は見せれば良いじゃない」
さ、善は急げ、すぐ写真とりましょうよ」
「でも、私今疲れた顔してるし・・・」
「大丈夫、友川さんは、似顔絵だけじゃなくって
メイクも得意だから、美人にしてもらえるわよ」
佐藤は少し考えた。
「いいかも」
「よーし、じゃあ決定。友川さんのところへ行きましょ」
そういいながら、由美は内心ほくそえんだ。
“制服姿の美和子のケータイ待ち受け画面か。
絶対売れ行き良いわよ。
これで、ボーナスの目減り分は補填できるわね”

高木はデスクの前でため息をついた。
「迫力のある顔になりたいなあ〜」
独り言のつもりの言葉に背後から返事があった。
「ほう、高木そうなのか」
振り向いた高木は、思わず、
椅子ごと後ずさりしようとしたが、机に阻まれた。
いつの間にか、強面の刑事達に取り囲まれている。
「今日、美和ちゃん、戻ってから元気が無いなあ」
もっとも迫力のある面構えの男が言った。
「あの、それ、僕のせいじゃあないんですけど」
高木の言葉をきいて刑事の目に凶悪な光が宿った。
「高木ィ。美和ちゃんと仕事をするものにはなあ
美和ちゃんを、肉体的にも、精神的にも守るという、
神聖な義務が生じるんだよ。
お前、其処の所、まだよくわかってないようだなあ。
 さて、と、お前、迫力のある顔になりたいんだな。
じゃあ、取調室、行こうか」
男達は、じわじわと高木の方にやってきた。

その夜の目暮家
「あら、あなた、もうお食事おすみですの?」
みどりは驚きの声を上げた。
「ああ、ちょっとダイエットしようと思ってな」
「まあ、どういう風の吹き回しですの?」
「いや、ちょっと人から太ってるっていわれてな」
「それ御婦人からですの?」
みどりの声が、かすかに硬くなった。
目暮は慌てて言った。
「御婦人って、婆さんだよ」
「そう、私が体によくないからやせましょうって、何度言っても
聞く耳を持たなかったのに、その「婆さん」の言う事はきけるんですね。
さぞ、お美しいのでしょうね、その「婆さん」」
「おい、みどり。何言っとるんだね。
今日の捜査の途中で、ちょっと話を聞いただけのほんとの婆さんだよ。
なんなら、佐藤君や高木に聞いてくれてもいいぞ」
みどりは冷たく言った。
「彼らはあなたにとって部下。
上司をかばって適当な嘘をつくかもしれませんわ。
被疑者と親密な関係にあるものの証言は、参考にしかならない。
そうですわね、あなた」
目暮は自分が容易ならざる立場に立っている事を知った。
「べ、弁護士を呼んでくれー!」
目暮の声は空しく響くのであった。

(おまけ)
そして、翌朝の本庁
携帯を覗き込む美和子は自然と顔がほころぶのを感じていた。
“さすが顔の専門家の友川さんが張り切って
メイクしてくれただけのことはあるわ。
でも、由美も結構写真撮るのうまい。
なんだか自分じゃないみたいに可愛く撮れてるわ、この写真”
「おはようございます」
元気の無い声に振り向いた佐藤は声をあげた。
「どうしたの、高木君、その顔」
「いや、先輩からちょっと」
「あら、どんな失敗をしたの?」
「いえ、まあたいした事じゃないんですよ」
力ない声で高木は答えた。
元気づけようと、声をかけようとした佐藤は,
部屋に入ってきた目暮を見て、言葉を失った。
佐藤の視線を高木も追って息をのむ。
目暮の挨拶に、平静を装って答えた二人は、ひそやかな声で会話を交わした。
「ねえ、目暮警部、昨日の事を気にされて
過激なダイエットに走ってるんじゃないの?」
「体によくないですよね、あんなにやつれて」
「そうだ、千葉君にも声かけて、昨日の事件解決のお祝いしましょうよ。
皆で美味しい物食べれば、昨日の事なんて忘れちゃうわ。
痩せた目暮警部なんて刑事らしくないもの」
その言葉に高木はうなずいた。
あくまでも、上司思いの部下達であった。
(おしまい)
微妙に変えている所がありますが
これも、某サイト様に置かせて頂いたものです。
刑事さんがいつも制服を警視庁に置いているかどうかが、よく分からないですが、さらりとお流しくださいませ。
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