第12話 これから
「あだだだっ」
「ほら、やっぱりまだ休んでた方が良かったじゃない」
痛みを訴えるのはアッシュ。彼に対し、呆れた声を出すリン。
「アッシュちゃん、帰ったらゆっくり出来るんだから我慢しなさい」
リンの肩を借りて歩くアッシュの前で、ジェインが子供を諭すように言う。
「『もう大丈夫だから帰ろう』って言い出したのは、おめぇだろうが」
そういうクリフは、アッシュの事など全く気に掛けていないようだったが、彼を知る者から見れば十分に気遣っている方だった。
……アッシュが倒れた後、皆が彼の元に駆け寄った。
皆が心配するなか、彼には息があり、倒れたのは過労によるものだとわかった。
それから1日をテントで過ごし、今朝起きたアッシュは全身筋肉痛の状態だった。
「それにしても、お前、本当に大丈夫か?」
アッシュの隣で歩いていたパグフィが、訝し気に顔を覗き込む。
「なにが?」
「…いや、悪いけど、俺はてっきり、お前が死んだんじゃねぇかと思っちまったよ」
パグフィは言った後で、リンから全力で睨まれていることに気付いて目をそらした。
「…ああ、確かに俺自身そう思ってた」
アッシュがそう口にすると、リンが今度は驚いたのか、悲しいのか複雑な表情になった。
そんな彼女を見て、『感情の豊かな奴だな』と思いながら微笑む。
「いや実際、腑に落ちない点もあるんだよ」
「…どんな?」
「俺は、あの薬の作り方を村長から教わったんだけど、村長は『全部飲むことは避けろ』って言ってたんだ。だから、てっきり全部飲んだら死ぬのかと思ってた」
「!」
リンは、その言葉に驚愕したようだったが、彼女以外はそれほど驚いていないようだった。
「なんで、そんなもの……っ!」
今にも怒鳴り付けそうなリンに、アッシュは…
「…まぁ、いいじゃないか、生きてたんだし」
と、笑いながら言うと『よくない!』とリンから一撃をもらい、悲痛な呻き声をあげた。
そのアッシュを珍しい物でも見るようにしていたのは、ジェインとクリフだった。
「…なんだか、アッシュちゃんらしくないわねぇ」
ジェインが言うと、クリフも頷いた。
「てっきり、いつもみたく暗い顔して詫びるのかと思ってたがな」
「…俺、そんな感じの奴だった?」
誰にともなく放ったその問い掛けに、少しの間を置いた後、付き合いの短いパグフィをも含めた全員が頷いた。
あまりの一致団結に反論出来なくなったところで、ジェインが口を開いた。
「でも、良い変化よね」
そう笑って、クリフが『だな』と肯定する。
するとアッシュは、今度はなんだか少し照れ臭くなって、結局何も言えないでいた。
それから少しの間歩き続けると、珍しくクリフが口を開いた。
「なぁ、おめぇら、逆鱗にまつわる昔話を知ってるか?」
クリフの予想通り、その質問に頷く者はいなかった。
「リオレウスとかの一部の飛竜には、逆鱗てもんがあって、それに触れるとブチ切れちまうんだとよ」
言われて、アッシュ以外は思い当たる節があった。
「あの、明らかにリオレウスの様子がおかしかった時、やつは逆鱗に触れられてああなったんじゃねぇかと思う」
そこまで言って、クリフは一呼吸置いた。
「だが、あのリオレウスは多分、今まで逆鱗に触れられたことはなかったんだろうな。変化はあったがぶちギレたわけじゃねぇ」
アッシュだけが何の話かわからずに皆の顔を見比べていたが、クリフは気付いてないのか、構わず続ける。
「それじゃ昔話と違う。に、してもだ。もし逆鱗に変化をもたらす効果があるなら、あれに触れないに越したことはないってのは事実だ」
そこで、ようやくアッシュも自分が感じたリオレウスの違和感のことを言っていることに気付く。
「で、だ。もし俺らが逆鱗のことを誰かに伝えるとしたら、昔話と同じようにぶちギレれて暴れ回るってような事を伝えた方がいいだろ?」
全員が少しの間考えて、頷く。
曖昧な真実を伝えて好奇心をあおるよりは、嘘でも好奇心がわかなくなるようにした方が良いと考えたからだ。
「で、話は戻るが、アッシュ。村長が『絶対に飲み干すな』って言ったのは、それと似たようなことなんじゃねぇのか?」
「………」
言われて、アッシュは考えてみた。
鬼人薬がもたらす反動は彼自身が体験してわかっている。
飲み干したところで死ぬことはないとはわかったものの、だからといってこれから先、似たような、あるいはそれ以上の危機が押し寄せた時、その度に鬼人薬を飲み干していては、確実に身を滅ぼすだろう。
『そうさせないために、村長はあんなことを言ったのでは?』と考えると、納得出来た。
そう考えると、最初の瓶の時点でそう言える。
(それに、あの“力”…)
アッシュがあの時感じた“力”。
あの、何者をも超越したという錯覚すら覚えるほどの高揚感。
もう一度あの感覚を得たくなり、その誘惑に負けたのなら……。
どちらにしても答えは似たようなものだった。
「まぁ、いいか。過ぎた事だし」
アッシュは言う。要するに考えるのが面倒になっただけだが。
「…そうだな」
それからは、疲労からか全員しばらく黙って歩いていると、いつの間にかアッシュと、彼に肩を貸すリンが最後尾になり、皆から少し離れていた。
(もしかしたら気を使ってくれたのか…?)
『リン以外、誰も肩を貸そうとしなかったのは俺の人徳がないからじゃなかったってことかな』などとを考え、隣のリンに声を掛けた。
「何?」
リンと目が合う。
「…お前さ、これからどうするんだ?」
「どう、って?」
「あぁ、いや、出て行けなんて言うんじゃなくてだな」
少し不安気に問い掛けるリンに、弁解するように言ってから、質問を続ける。
「お前がハンターになったのって、リオレウスを倒すためだったんじゃないのか?」
アッシュは直接リンにそう聞いたやわけではなかったが、リオレウスという名を聞いた時の彼女の反応を見て、そうではないかと思っていた。
そして、それを達成したのならば、もうハンターである必要はない、とも考えていた。
「リオレウスを……?」
リンは首を傾げて考えていたが、それを否定した。
「いや。確かにリオレウスに恨みがないわけじゃないけど。でも、あたしの目的は別。そんな事じゃない。それに…」
「それに?」
「色が違った」
「色?鱗のか?」
アッシュは『まさか』と思った。
大型のモンスターの中には、皮膚や鱗の色が違う、亜種と呼ばれるタイプのものがいる。
そして、それらは本来の飛竜よりも戦闘能力が高いと言われていた。
リオレウスにも亜種が存在し、鱗は青い色をしていると、アッシュは聞いていた。
「青だったのか?」
アッシュがおそるおそる尋ねると、リンは…。
「いや、銀色だった」
と、否定した。
「銀?」
はて、とアッシュは首を捻った。
(そんなやつは聞いたこともないな…)
「でも、いいの。それはあたしの目的じゃない」
アッシュの思考を妨げたリンは、どこか遠くを見るようにして言った。
「あのリオレウスに何か特徴があったわけじゃないから、どれがそうなんてわからないし…何より、復讐は…悲しいだけだしね」
「…」
その言葉にすぐには反応出来なかったアッシュは、かろうじて『そうか』と口にした。
きっと、この言葉をパグフィが聞けば、彼は頷くだろう。
それは、リオレウスを倒した後の彼に、どこにも満たされた様子が無かったことからわかりきっていた。
「あたしはね、人を探してるの」
「人?その人もハンターなのか?」
「うん」
「アッシュの目的は?」
アッシュはリンの探している人物の名前を尋ねようとしたが、その前に質問をされた。
「俺は……」
答えるのに少し間があったのは、先程の彼女の言葉のせいかも知れない。
「俺は、ある人のために有名になるんだ」
「ある人?…恋人、とか?」
「いや、会ったこともない」
「なにそれ、変なの」
「変、か。そうだな」
不思議そうに顔を眺めるリンに、アッシュは自嘲気味に笑った。
しばらく黙って歩く。
『とりあえず、今回はこれまでだな』とアッシュは思った。
お互い、これ以上質問すれば、必然的に“過去”が出て来ることになる。
そして、二人はまだ、それを語るのをためらっている。
焦る必要はない。少しずつ、知っていけばいい。
そう思って、二人はその話を止めた。
「これから、ってことで思い出したけど、アッシュ。それ、どうすんの?」
代わりに、とばかりにリンが問いかける。
「………」
アッシュが嫌なことを聞かれ、苦い表情になる。
リンが『それ』といって指したのは、見事なまでに折れたマカライトソードだった。
無理な動きの中で何度も力任せに振るったせいか、最後の一撃と同時に役目を果たしたかのように折れたのだ。
アッシュは、そのことを後で村長やディールに伝えることを思い、ため息を吐いた。
更に、当然、武器がなければ狩りも出来ない。
「何とかするよ」
『早急にな』と心の中で付け足す。
「おっ、見えて来たな!」
先頭を歩くパグフィの声に、今まで黙っていたジェインとクリフも、もうすぐ自宅でくつろげる事からか、雄弁に話しだした。
達成感からか、皆、遠足の帰りのような不思議な気持ちの昂ぶりを感じていた。
「あ、そうだ。アッシュ」
「ん?」
思い出したように言うリンに、どうしたのかとアッシュが顔を向ける。
しかし、それに彼女は返事をしなかった。
代わりに、防具を外した右手を高く上げた。
「昨日、出来なかったから、ね?」
友人に挨拶でもするようにして手をあげて微笑む姿に、アッシュも釣られて微笑む。
そして、彼も右手の防具を外し、リンの掌を思い切り叩いた。
ぱぁん。
周囲に響いた音に、前方を歩いていた三人が何事かと振り返り、アッシュとリンは何となく一緒にいたずらをした子供達のように笑った。
さぁ、これから何をしようか。
アッシュは、そう考えることが楽しく思えていた。
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