第11話 決戦
昼と思えないほどに薄暗い森の中。
雨を全身に感じながら、自らが放った戦闘開始の合図とともに、アッシュは駆け出していた。
リオレウスの反応が少し遅れ、先制をとったつもりだったが、彼は数歩駆けたところで即座にぬかるんだ地面を滑りながら停止した。
目にリオレウスの大木のような尻尾が鞭のようにしなりながら迫るのが映ったかと思うと、次の瞬間には轟音が響いた。
(っ、早い…!!)
昨日とは明らかにスピードが違うことを一瞬で悟る。
反射的にマカライトソードで受けたが、その勢いを殺しきれず地面をえぐる。
「だあぁぁっ!!」
同時に、リンが火竜の死角から飛び出し、気合とともに高速の突きを放つ。
しかし、リオレウスはその攻撃に野性生物の勘といえる感覚で反応していた。
火竜はその巨躯をものともしない速度で回避。放たれた突きは虚しく空を裂く。
攻撃を空振りしたリンは無防備だったが、アッシュの大剣を警戒した火竜は彼女を狙うことはせず、素早く前方に跳んで距離をとる。
「っっ…!!」
「リン!!」
翼による激しい風圧にリンが吹き飛ばされるが、土をぶちまけながら旋回するリオレウスの眼光はアッシュを捉える。
その瞳はもはや、自分の領域を侵されることによる怒りなど微塵もなく、あるのはただ目の前のハンターに対する殺意だけだった。
その眼光に動じることなく、リンが狙われる心配は薄いと感じたアッシュはすぐさま迎え撃つ姿勢をとる。
が、停止するのとほぼ同時に突進を開始した火竜のスピードは、彼の常識の枠を超えていた。
鈍い金属の音が響く。
「が…っ!!」
何とか防いだものの、ぬかるんだ地面では踏ん張りきれず、そのまま押されて大木に思い切り押し付けられる。
リオレウスはなおも頭を押し付け、アッシュの体を圧迫する。
「ぉ・・・ぉおお・・・っ!!」
渾身の力を籠めて押し返すと、不意に押さえつけていた力が消えた。
突然のことにアッシュの体が前のめりによろめく。
(しまっ……!?)
バキバキと木の折れる音が耳に届くが早いか、アッシュの脇腹に激痛が走った。
リオレウスは片足を軸に回転し、木をなぎ倒しながら攻撃を仕掛けたのだ。
地面に何度か全身を打ちつけながらもなんとか受け身を取るが、片膝をついてその場で数回咳を繰り返した。
ほとんど無防備だったため、脇腹のダメージは動作に影響を起こしかねないほどだったが、嫌な汗を流しながらも極力考えないよう努め、すぐに大剣を構える。
(長期戦はマズイな…)
「アッシュ!」
「!」
アッシュが息を飲み、腰のポーチに手を伸ばした時、すっかり泥だらけになったリンが息を切らしながらアッシュの隣に並んだ。
双剣を構えたことから本人はまだ戦うつもりだろうが、しかし、彼女の体力は限界に近いはずだった。
その証拠に、荒い呼吸を繰り返し、雨のせいなのか、意識が朦朧としているのかはわからないが、構えた双剣を落としそうになる。
にも関わらず、アッシュが来たことによってその表情にはどこか高揚しているのを見て取れた。
健気とも言えるその姿を見たアッシュは、居たたまれない気持ちになる。
極力、彼女の顔を見ずにアッシュは口を開いた。
「リン。…後は、俺に任せてくれ」
「え……?」
突然のことに、リンはすぐに反応が出来なかった。
何が起こったのかわからないような表情でアッシュを見つめるが、彼が彼女を見ることは無かった。
「…頼む」
リンはその言葉がどういう意味であるか察すると、同時に胸が締め付けられるほどの寂しさを感じた。
彼なりに気遣って言ったことなのかも知れないが、リン自身は自分が足手まといであることを認識せざるを得なかった。
アッシュは意識的に彼女の気持ちを考える事をせず、ポーチの中の“元々は三つあったが、残り二つになった瓶”の内、一つを取り出した。
現時点で彼は既にこの薬を服用していた。
(まだ…一つだけじゃ力が及ばないらしい…)
思いながら、アッシュは村長の言葉を思い出した。
「アッシュ、お主に“鬼人薬”の作り方を教えよう」
村長がそう言ってきたのは、数ヶ月前のことだった。
正確にはそんな台詞ではなかったはずだが、とにかく急なことにアッシュは呆然としていた。
夢遊病患者のようにふらふらと現れた老人は『いつか来るかもしれない時のために』と、明確な理由も語らず調合の方法をアッシュに伝授し、次に簡単な注意事項を説明し始めた。
「これを使う際に注意することじゃが、まず一つが“絶対に一気に飲み干さないこと”じゃ」
「はぁ…」
何が何だかわからないアッシュは、しかし、ちゃんと村長の説明を聞いていた。
「この薬は服用した者の能力を飛躍的に向上させる。が、一気に飲んでしまうと身体がその力についていけずに身を滅ぼすことになる。小瓶に三等分に分けるのが良い。よく覚えておくことじゃ」
いつものアッシュならば、『そんなヤバそうな薬なんて願い下げです』と丁重に断っただろうが、この時の村長の真剣さが、そうはさせなかった。
「二つ目の注意は“少し時間を置いて飲むこと”じゃ。理由は先程と同じじゃな」
村長の言葉にアッシュが頷く。
「じゃが、実際にはさほど時間を空ける必要はない。身体がその状態に慣れるまで、ほんのニ、三分ほどでいい」
さらにアッシュが頷くと、村長は続けた。
「そして最後の注意じゃが…“全て飲み干すという状況は避けろ”」
その言葉に、アッシュがぴくりと反応した。
先程思ったことと同じ疑問が頭をよぎったが、辛うじて留めた。
「んむ、いささか脅しが過ぎたようじゃな。極力じゃ、極力」
そう言い直した村長の言葉に、アッシュが『そうですか』と言うはずもなかった。
『村長…』と軽く挙手して呼び、返事を待たずに質問をする。
「村長は、これを全て飲み干したことは…?」
「ない」
即答した後、村長は『じゃが』と続けた。
「“飲み干した者の末路”を知っておる」
その時、村長の口から紡がれた、その重苦しい言葉が“飲み干した者の末路”を暗に語っていた。
「まぁ、それを無理に使う必要は全くもってない。使う際はよく考えてくれ。ではな」
その日、村長はそれだけ言うと身を翻して出て行った。
(あの時は『なんで俺に?』と問い詰めたかったが、今ならなんとなくわかる)
あの時、村長は既にアッシュのことを心から信用し、そして、こういった時のためにこの薬の作り方を伝授したのだ、と。
アッシュは即座に小瓶のフタを外し、一気に飲み干した。
そして、間もなく“力”は溢れた。
その代価を恐ろしく感じるほどの“力”が。
心臓の鼓動と共に全身に“力”が脈動する。
炎のような闘気が全身から溢れる。
同時に、彼は今の自分がかつてのガンドウィルと同じ状態にあることに気が付いた。
彼ほどのハンターでも、少なからず重く感じる大剣が嘘のように軽い。
その腕は全力で剣を振るいたがり、両足はその脚力の限界を試したがっているかのようだった。
熟練の双剣使いが使いとされる“技の鬼人化”とは違う“力の鬼人化”。
単純な筋肉の増強などとは違う、例えようのない“力”が、自分の中で目覚めたことを、アッシュは感じていた。
一つ目の瓶の時と比べると想像を絶するほどの変化に、彼は少なからず恍惚としていた。
目を見開き、駆け出した数瞬、距離をとっていたはずのリオレウスの姿が目前に迫る。
アッシュはそのあまりの感覚の短さに一瞬物足りなさを感じた自分に気付いた。
身を裂かれる風の悲鳴を耳にしながら、鉄の塊と言える大剣とは思えないほどの猛スピードでの剣撃を連続で浴びせる。
突然の変異に、リオレウスにも少なからず逡巡があった。
火竜は受けに回るが、その反応速度も脅威的だった。
不意を突かれたにも関わらず、リオレウスは翼をまるで腕のように器用に使い、翼爪でアッシュの攻撃を受ける。
火竜の翼爪は、並みの武器では弾かれるどころか、折られる危険性もあるほどの硬度を誇る。
しかし、ディールが言うだけのこともあり、マカライトソードの切れ味は鋭く、その上に今のアッシュの腕力をのせた一撃は翼爪を難なく粉砕した。
その表情に驚愕の色が見て取れるほどに、火竜は怯む。
だが、それも一瞬のことだった。
驚くべきことに、火竜はアッシュの二撃目以降を見切り、地面と水平に放たれた大剣を後方へ跳躍して避け、間合いを詰めて垂直に振り降ろされた攻撃を人間がそうするように身体を最小限にずらし、次々とアッシュの攻撃を回避した。
それどころか、ほんの数秒の後にはアッシュが隙を見せようものならば即座に反撃を繰り出すほど攻撃に慣れていた。
どちらも回避能力は凄まじく、一撃たりとも当たることはない。
その戦闘を見つめていたリンの頭の中に“この状況に似つかわしい、場違いな言葉”が浮かぶ。
“舞い”だ。
彼らは“舞っている”のだ、と。
生死を分かつ戦いの最中、まるで示し合わせたように、踊るように攻撃と回避の動作を続ける。
その光景は実に幻想的なものに思えた。
だが、それは神聖であるだとか、華麗であるという言葉とは結びつかなかった。
アッシュの一撃が大木を薙ぎ倒し、リオレウスの火球が岩を砕く。
直撃すれば即死に至るであろう威力をもつ一撃が破壊を生む。
だが、彼らを止めることが出来る者はいない。
常人では決して踏み込めないと思えるほどの荒々しい空気が、その場にはあった。
そんな中、リンは“舞う”アッシュの口元に笑みが浮かんでいるのを見て…戦慄した。
動作が速過ぎて正確に捉えたわけではないが、その横顔はこの戦闘を心から楽しんでいるように見えた。
アッシュは、最低でもリンの知る彼はこんな戦闘を楽しむような人間ではない。
(止めないと…!!)
発作的に、リンはそう思った。
しかし、抑制の欠片もない壮絶なこの戦いを第三者が介入し、止められるとは思えない。
いや、それ以前にリンは両足が震えて、彼らを止めようと一歩を踏み出すことも出来ないのだ。
火竜の猛々しい咆哮に、リンが我に返った。
思考するよりも早く、視界を巡らせ、戦況を確認する。
実力はほぼ互角だが、双剣使いであるリン以上の速度で反撃の隙をほとんどつくらせないアッシュの方が少しだけ優勢だった。
リオレウスが、鬼人の如く繰り出されるアッシュの猛攻に一歩後退る。
(もらった…!!)
アッシュは、リオレウスのわずかな隙を見逃さなかった。
大剣が地を滑走し、無防備な火竜の首を捉える……。
が、突如として、今まさに火竜の首目掛けて大剣を振るわんとするアッシュの身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。
アッシュ自身、何が起こったのか理解出来なかった。
額から嫌な汗が流れる。
『動け』と念じるよりも早く、吐き気を催すほどの疲労が全身を襲った。
気を抜けばその場に倒れこみそうになり、渾身の力で耐えた。
最初、鬼人薬の効果が切れたのかと思ったが、そうではないと気付く。
(まさか…強走薬、か……!!)
アッシュがここへ向かう途中で使用した、一時的に肉体の疲労を無視することの出来る強走薬。
その効果が切れた途端に今まで蓄積された疲労が彼にのしかかっていたのだ。
これは、普段こういった薬を使用しなかったために、効果が持続する時間と、その反動の大きさを知らなかったアッシュの誤算だった。
隙を突くはずが、逆にリオレウスにその隙を突かれた。
唸りながらその巨大な口腔を開く。
(まずい…!!)
この至近距離で直撃を受ければ跡形も残らない。
身体が否定する暇を与えず、火球が放たれるよりも一瞬早く動く。
至急距離で爆音が響き、超高熱が肩を撫でる。
「ぐっ…あぁ…っ!!」
あまりの熱に気を失いそうになるが、気力で保つ。
(まだ…っ!)
薄れるというよりは落ちてしまいそうな意識に鞭を打ち、リオレウスの脇を抜けて後ろに回り込み、安堵してほんの少し気を抜いた瞬間に、今まで以上の疲労と脱力感がのしかかった。
このままでは一方的にやられるのは目に見えている。
そう考えた時、アッシュは自分でも気付かないうちにポーチの中にある、最後の小瓶を取り出していた。
村長の言葉が脳裏をよぎる。
迷いがないわけではなかった。
だが、じっくりと考えてる暇はない。
数瞬の内に、昔からあった自分の中の後ろ向きで考えすぎる自分が語りかける。
鬼人薬を全て飲んで大丈夫か?
強走薬も使った。
時間は?体は今の状態になじんでいるのか?
全ての行動を慎重に。失敗を恐れて行動をためらう自分。
―――うんざりだ。
その言葉が頭をよぎったかと思うと、次の瞬間…。
アッシュは鬼人薬を一気に飲み干していた。
その時、視界の端にリンの姿を見つけた。
もしかしたらこの薬の危険性に気付き、止めようとしたのかも知れない。
『だったら後で怒られるかな』と思いながら、アッシュは心の中でリンに語り掛けた。
(これが終わったら、また、この前みたいに皆で騒ごうな…)
更なる“力”の奔流が身体を巡った。
“力”を具現化した闘気が膨れ上がる。
リオレウスすら小さな存在と感じずにはいられないほどの圧力が、その闘気にはあった。
火竜がその存在を脅威と感じ、それを払うようにして牙を剥いて襲いかかった瞬間。
だが、完全な鬼人化を果たしたアッシュはそれよりも速く動くことが出来た。
一閃。
目にもとまらぬ速さで一撃を繰り出したアッシュは、大剣をぴたりと止め、攻撃を終えたままの姿勢で硬直していた。
一息ほどの間。
遅れて、思い出したかのようにリオレウスの右脚が吹き飛ぶ。
「が、は…っ!!」
バランスの保てなくなった火竜が崩れ落ちるのと同時に、硬直したままだったアッシュが吐血し、方膝を着いた。
(外し、た……っ!!)
リオレウスは倒れ、苦痛の咆哮をあげながらも、血走った眼で目前のハンターを完全な殺意を籠めて睨む。
アッシュもすぐさま立ち上がろうとする。
頭にもう一撃振り下ろせば確実にとどめを刺せる。
だが、アッシュの体は動かなかった。
―――遠い。
彼の目には、今の光景がどこか遠くで起きていることのようだった。
呼吸の息苦しさも、軋む体も、次第に何も感じなくなって来ていた。
(もう、限界、か……)
アッシュは全身から力が抜け、視界が薄らぐのを感じたが、彼の中に後悔はなかった。
片脚を失った火竜ならば、村のハンター達がなんとかしてくれるだろう。
彼は、ここで力尽き、村の危機を救った影の英雄として、ほんのわずかな間だけでも村長の昔話として語られるのも悪くはないと思っていた。
だが、その考えは数秒の後に消え失せた。
「アッシュ―――」
聞き慣れた声が名前を呼ぶ。
名前。“アッシュ”という名前。
(俺の…?ああ、“俺”の名前だ)
その声に、アッシュは夢から醒めたように彼女の顔を瞳に映した。
気がつけば、彼の隣にはリンの姿があった。
「アッシュ…!!」
リンの悲痛な声に『起き上がらなくては』と思うが、体が動かない。
全身の感覚がなくなりかけている。
「あたしと…一緒に、帰るんでしょ…!?」
「…っ!」
消えかける意識の中で、彼女の言葉はアッシュの胸に深く響いた。
(そうだ。帰るんだ。リンと一緒に…)
『たった数分前の約束を忘れるなんてな』と自嘲気味な笑みを浮かべて、不思議なほど自然にアッシュは立ち上がった。
その時、倒れた火竜が二人に向けて巨大な口腔を開いた。
アッシュは咄嗟にリンを突飛ばそうとするが、彼女は臆することなく、リオレウスを真っ直ぐに見据えていた。
爆音が反響する。
しかし、それは火竜から放たれたものではない。
むしろ、リオレウスの口からは苦痛の咆哮が発せられただけだった。
アッシュは、わけもわからず、リオレウスの片目を潰した物が飛来したと思われる、爆発音のした方へ顔を向けた。
「まぁ、狙いバッチリね!」
「バカ言え!俺を誰だと思ってやがる!」
はしゃぐオカマと無愛想なオヤジ。
アッシュの視線の先には、火竜に片腕を折られたクリフと、彼の代わりにボウガンを構えるジェインの姿があった。
それでもアッシュを狙おうとするリオレウスに、続けて疾風の如く現れた影が火竜の腹部を突き刺した。
「どうやら、まだ俺はガンドウィルのとこに行くわけにはいかないらしいな…っ!!」
陽気で楽観的なくせに、どこか堅実な戦士。
次にアッシュの目に飛び込んだのは、リオレウスの胴にガンランスを深々と突き刺すパグフィの姿だった。
彼は喋り終えると同時にトリガーを引き、零距離で爆発を受けた火竜の咆哮には、もう空の王たる猛々しさはなかった。
「皆……!」
不意に、アッシュは何故リンが動じなかったのかを理解した。
火竜の頭が二人の目前に倒れこむ。
まだ息があり、二人を睨む。が、それだけだった。
もはや抵抗が無駄であると悟ると、リオレウスは頭部を差し出すような形でアッシュを見つめていた。
それは、戦闘の終わりを意味する。
「アッシュ!」
パグフィの声が響く。
それに対しアッシュは頷いて返す。
言わずとも、やるべきことは理解出来た。
だが、今の彼には到底大剣を振り下ろすほどの力は残っていなかった。
「ねぇ、アッシュ」
「…ん?」
友達を呼ぶ時のような自然な声に、アッシュもつられて至って自然に聞き返してしまっていた。
「手、貸したげようか?」
少し意地悪な笑みを浮かべて、リンが問いかける。
その笑顔が眩しいほどはっきり見えたと思った時に初めて、既に雨が止み、空には太陽が雲の隙間から覗いていることに気がついた。
「…ああ、頼む」
リンはアッシュの言葉に満足そうに頷くと、マカライトソードの柄を一緒に握った。
「頼ってね」
リンが呟くように言い、アッシュの返事を待たずに続ける。
「確かに、あたしは足手まといになることもあるけど…それでも、一人じゃどうしようもない時は、あたしを…皆を頼ってね」
顔を合わせず、リオレウスを見つめるリンに、アッシュは頷く。
「ああ」
答えてアッシュも火竜に向き、彼の目付きが変わる。
「いくぞ!リン!!」
「了解っ!」
二人が大剣を持つ腕に力を籠めるのを感じた火竜は、それでも尚、二人から視線をそらすことはしなかった。
ただ、最後に彼らを賞賛する言葉を持たないことを惜しむようにして、ゆっくりと、その瞳を閉じた。
皆がその場から動かなかった。
正確には、戦闘の終わりを知った者達は、皆その場に座り込み、その後は口々に勝利したことを呟いたり、全身の疲労を訴えていた。
アッシュとリンも、座ったまま長いことボーッとしていたが、不意にリンが立ち上がった。
「アッシュ」
「んー…?」
呼ばれ、アッシュがだるそうにリンを見る。
彼女はそれ以上何も言わずに、右手の防具を外した。
アッシュは最初、呆然とした表情で彼女を見ていたが、理解すると自分も同じように防具を外し、ふらふらと立ち上がった。
笑みを浮かべる彼女につられて弱々しく笑いながら歩み寄る。
頭よりも上に高く上げられたリンの右手を遠慮なく叩こうとして…失敗した。
アッシュは、リンの右手を見失い、視界がぼやけたかと思うと、すぐに周囲から音が消えた。
辛うじて、自分が倒れたことに気付いたが、それ以外はもはや何も感じなかった。
意識が深い闇に落ちていく中、泣き虫なリンがまた泣いたりしていないかが心配になった。
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