綺麗な悪魔と醜い天使PDFで表示縦書き表示RDF


前作のリメイクですが、内容も全部変わっていますので読んで見てください
綺麗な悪魔と醜い天使
作:改札口


 それは、季節外れの冷たい雨が降っている日の事でした。
 空は重々しい雲が支配し、地面は青空の涙で濡れてしまい水溜まりもだいぶ大きくなってきています。
 私は溜め息を吐きたくなりました。なにしろ本来なら晴天が続く季節なのです。足下ではリスの親子がつまらなそうに、すっかり湿ったお互いの毛を乾かすようにくっつけています。
 そんな天気の中、彼は現れました。
 
 雨の隙間から最初に見えたのは小さな点でした。それが徐々に大きくなり、人の形を作り、それが人ではないことも時間と共にわかってきました。私は驚きました。
 見間違いじゃないだろうかと、考え直しますが、何よりも彼の存在がそれを否定し考え直しようもありません。
 そう、ひょこひょこと足を引きずりながら顔を歪め私に近付いてくる彼の背中には片方だけの白い翼が生えていたのですから。

 リスの親子は固まって彼を見上げていました。彼はそんなの関係ないと言わんばかりに乱暴に倒れこみました。雨宿りするつもりなのでしょう、ここはそれに最適です。
 私は改めて彼を見ました。
 白い服にこんな暗い日には目立つ金髪、更に白い翼とくれば私に思い浮かぶのは一つだけです。遥か天空にあるこの世の全ての幸せを集めた街の住人、天使。この前出会った二人の旅人はそう言っていました。
 
 その街に悲しみや不幸、苦しみはなく天使達は皆美しい顔をして笑みを絶やさずに生活しているらしいのです。
 ただ、彼は旅人達の話とはかなり違っていました。
 白く輝いていたはずの翼は片方しかなく、泥や雨のせいで斑模様に染まっています。更に衣服も所々破れ、みっともない感じがしているのは否めません。
 きわめつけは、天使の顔にありました。

 旅人の話だと天使は顔に笑みを浮かべ、美しい容姿をしているはずでした。彼の顔には疲れきって憔悴している表情しかなく、また顔が醜くく見えるのはその表情のせいだけはないはずです。
 鼻は大きく、眉毛は濃いしおでこも前に出ています。地上でもなかなか見れない特徴的な顔立ちをしていました。
 彼はしばらく虚ろな目を呆然と空に向けていましたが、気付いた時には目を閉じていました。そしてその状態で何日も目を覚ますことはありませんでした。

 その日の空は真っ青に染まっていました。
 リスの親子は理由もなく走り回ったり、蝶を追いかけ回して喜びを全身で表現しています。 子供のリスが青空を映した水溜まりに飛び込む度に青空は小さく揺れ、また元に戻りました。そんなリスの親子と未だ目を覚まさない天使を交互に意識を送っている時、ある気配を感じて私ははっとしました。
 リス達も、後ろ足でたってじっと遠くを見つめていました。どこか警戒している様子です。
 私もリス達と同じ方向を見ました。天使が現れた日と違い、よく晴れているお陰で平原と隅まで見渡せることができます。

 彼女は、腕を抱えてフラフラしながらこちらに歩いてきました。彼女の上にある雲一つない青空は、その喜びを彼女目指して降り注いでいました。
 彼女が人でないことは、比較的早くわかりました。
 しかしそれは私を安心させることはなく、逆に不安で胸をいっぱいにさせます。リス達はいつの間にか私の体によじ登って、様子を伺っています。
 彼女には、黒い翼が片方だけ生えています。
 悪魔。
 そんな単語が過ぎります。しかし天使同様に、彼女も悪魔らしくありません。

 悪魔とは地下深くに住み、この世の不幸をかき集めるために人の世に現れては悪業を働き、人を惑わし人の命を奪い糧とする天使と対をなす存在。
 その容姿は直視できないほど醜悪で、見ると体の調子を崩してしまうほどだと、例の旅人達が言っていました。
 彼女の表情は苦悶で歪んでいても、美しく、草原に咲き誇る花々も彼女の前では恥ずかしそうに下を向いています。そんな花々には目もくれず、彼女は彼の横に倒れてしまいました。

 私は焦りました。何しろ天使と悪魔は文字通り、すこぶる仲が悪いのです。もしその強力な魔力で喧嘩でもされて、リス達が巻き添えを食らったら大変じゃありませんか。
 ですが、私の心配も杞憂に終わりました。
 目を覚ました天使は、横で苦しそうに胸を押さえている悪魔を見て驚いて飛び起きました。そしてこう尋ねたのです。
「だ、大丈夫ですか?」
 しかし悪魔は返事が出来ないくらい、苦しんでいるのです。天使はなぜ悪魔が苦しんでいるのか、容易に理解出来たのでしょう。自分のぼろぼろの服を脱ぐと、そっと悪魔の全身に被せました。
 そしてより影が濃い場所へと悪魔を誘導します。

 これは二人の会話からわかったのですが、普段地底で暮らす悪魔は陽の光にとても弱いのです。天使の迷いのない行動が、その時の悪魔を救ったのです。
「ありがとうございます」
 天使の布を顔に被せたまま上半身を起こし、悪魔はか細い声でお礼を言いました。すると天使は顔を真っ赤にして、とんでもない、当たり前ですよ。と返します。
 慌てた様子に悪魔が首をかしげると、天使は恥ずかしそうに呟きました。
「お礼、言われるのなれていないもので」
 クスリと笑って悪魔は顔にあった天使の服を取り、天使を見て微笑みました。
「それは……私と一緒ですね」
 目を丸くする天使と、優しく微笑む悪魔の間に柔らかい風が吹き抜け青空に透き通った空を突き抜けていきました。

 二人は私を挟んで背中合わせなり、ぽつりぽつりと何日もかけて会話をし始めました。外は晴れ続けて、リス達も遊びに飽きてしまったのか二人の周りに座りおとなしく耳を傾けています。
 輝く緑の草原を見ながら天使は口を開きました。
「何で僕がここにいるか知りたい?」
「いえ、無理にというわけでは……」
 遠慮がちに言う悪魔に、天使は小さく笑います。
「でも言うよ。君のコトも知りたいからね」
「え?」
「ほら、僕が言ったら君も言わざるを得なくなるだろ?」
 そう言った天使は、また顔を上に向けました。私にはそれが、天を見て目を細める天使の顔が見えたような気がしました。

 遥か天の上、そこに楽園があります。
 天使はそこにいました。住んでいました。
 他の天使同様、そこで生まれそこで育ちました。
 しかし、天使はいつも一人でした。友達はいません。家族もいません。
 その理由の全ては、彼の顔です。楽園には美しいものしかありません。天使も、陽の光も、植物も、階段の角でさえ美しいのです。
 しかし彼の顔は醜いのです。
 ただでさえ醜い顔なのに、周りは皆光り輝くように美しいのです。更に美しいモノにしか免疫のない他の天使達にとって、彼はかなり異質なモノに映りました。

 物心ついた時に目を覚ますと両親は消えていました。書き置きも何もありません。
 近所の住人に聞いても、仕方がないとしか言わず何も教えてくれません。
 彼は、その時からずっと一人で過ごしました。
 家の中でも、外でもです。
 だれも彼を見ようとしません。
 天使で溢れかえっている大通りの真ん中で立ち止まっても、自然と彼の周りには何もない空間がぽっかりと空いてしまいます。彼はそのまま泣き叫びました。
 日が経つうちに自分の存在を消していこうとするそのセカイが、堪らなく寂しかったのです。しかし、幾ら泣こうと喚こうとセカイが振り向くことはありませんでした。

 そして独りになって長い年月が過ぎました。

 彼はふらふらと目的もなく歩いていました。いつどおりセカイに彼の存在は皆無です。
 しかしその日、彼は見つけてしまったのです。紫色に輝くする髪止めを。
 彼の脳裏に、この世に生を受けての最初の記憶が甦ります。自分に触れる、暖かな手の温もり。聞くだけで安心する歌うような声。彼は我を忘れて叫びました。
「母さん!!」
 彼は人込みを掻き分けその人物まで行こうとします。
 が、その前に幾つもの手が立ち塞がりました。
「放せ!放せぇぇ!」
 叫びながらもがきますが母親はこちらを向かず、また彼をがっちりと地面に押さえ付けている力も緩む気配はありません。
 久しぶりにセカイが彼に示した反応は、拒絶でした。
 彼は右手を伸ばし、必死に母の名前を呼びます。まるで幼子が泣き叫ぶように。
 しかし、紫色の髪止めは無情にも金色の光に飲まれて消えてしまいました。

 彼は街を追放されました。
 理由は、騒ぎを起こしたから。ただ、本当の理由は明白です。
 そしてそれを、彼も理解していました。
 だから羽根を片方千切られて雲の上から突き落とされても文句を言いませんでした。呪詛など思いもしませんでした。
 落ちて行く途中流した涙は雨粒と混じりあい、宙へ消えました。

 話し終えた天使は、照れくさそうに笑って言いました。
「情けないよね。母親じゃなかったのかもしれないのに」
 しかし悪魔は笑うことなく立上がり、天使の横に座ります。そして口を開きました。
「私も、貴方と似たような理由で追い出されたんです」
「……」
「だから、ただの同情かもしれないけど、わかるんです貴方の痛みとか、苦しみとか」
 悪魔はそう言って微笑んで天使を見ました。
「頑張りました。貴方は頑張りましたよ」

 それを聞いた天使の目は一瞬だけ大きく広がりましたが、すぐに伏せてしまった為に表情はよく分かりません。

 私は思いました。
 もしかしたらその言葉こそ彼が待ち望んでいたモノではないかと、セカイから与えられのを待っていた言葉ではないかとなんとなくですが、思ったのです。
 頭をくしゃくしゃと撫でられて、暖かい体に身を任せてその言葉をかけられるのが、彼の今まで生きてきた証しとなるのではないか。私は空を見上げました。
 どこまでも遠い空が、そこにはありました。

 その夜。彼は静かに歌を歌い始めました。
 掠れている声でしたが、空気を震わし地面に溶けていくそれに私は引き込まれました。
「それは何ですか?」
「何って、ただの歌だけど……ごめんね。下手くそで」
 頭を掻いた天使に、悪魔はぶんぶんと首を振って口を開きます。
「ううん。すごく綺麗な声ですよ」
 どうやら悪魔の世界には歌というものが存在しないらしいのです。天使が一つ一つ題名を言いながら歌うのを、悪魔は耳を澄ませて聞いています。
 リスの親子も、じっと聞き入っています。
 星が輝く夜空に、天使の歌声が吸い込まれていきました。

 それから何日も経ちました。初めは180゜の位置にいた天使と悪魔も、今では同じと場所で同じ時間を過ごしていました。
 しかし二人に残された時間余りないことは、二人ともわかっているようでした。
 悪魔の体に異変が見られ始めたのです。悪魔にとって地上の日差しや星の光でさえ毒なのです。
 それを打ち明けた時、心配そうな天使に悪魔は言いました。
「大丈夫。私、地下よりもずっとここが好きだから。ほら、風の音とか、暖かい日差しとかね」

 だから、幸せ。

 笑った悪魔に、天使はただ目を逸らすことしか出来ないようでした。
 そして別れの日は唐突に訪れました。

 その日も例の如く空は晴れ渡り、草原は風に吹かれて様々な模様を作り出していました。
 天使は鼻歌を歌いながら、悪魔に催促します。
「ねぇ、今日くらい歌ってくれたって良いじゃない」
「恥ずかしいから」
 と言って弱々しく微笑む悪魔に、天使が肩をすくめた時でした。
 ぴくりと身を震わせると、天使は空を見上げました。厳しい目をしていました。しかしすぐに悪魔の方に近付いて、悪魔の目の前に座り笑って言いました。
「僕も幸せだ」
「え?」
「だから僕は――」
 泣きそうな笑顔を悪魔に向けて、天使は走り出しました。
 私からも、悪魔からも離れただ闇雲に真っ直ぐ走って、そして飛びました。

 天使の想いが、私に直接響いてきました。
 聞こえるはずがないのに。
 彼の最後の言葉が、私の身を震わせました。
「ありがとう」
 遥か天空から落ちてきた雷が彼を打ち据えました。
 悪魔には見えているのでしょうか。
 粉に変わっていく天使の姿が、その顔に残った微笑みが。
 なぜ雷が彼の上に落ちたのか分かりません。他の天使たちが、彼の存在を消したかったのか。
 悪魔と天使が親しくなったからなのか。
 唯一分かっていることは、彼がいなくなったこと。それだけです。とても唐突で、残酷な事実。

 悪魔は、その光景を目を見開いて見ていました。
 しかし叫びませんでした。ただとても綺麗な涙を流しただけでした。
 それから悪魔は一人で幾つもの夜を過ごしました。黙ってあの綺麗な涙を流し続けたまま。
 そんなある夜のことです。悪魔は歌を歌い始めたのです。
 その声はとても澄んで、空の果てまでも響き渡るのではないかと思うくらい高く、想いが詰まっています。

「私は、頑張れたかな」
 静かな余韻の中、悪魔は呟いた。顔は、暗闇を見つめたままです。
「彼みたいに、笑えるかな」
 自信ないよ。と力なく言う悪魔に、私は何も出来ません。想いを伝えることも出来ません。自分の不甲斐なさに溜め息を吐きたくなります。

 その問いの返事を待つかのように弱りきった体で、悪魔は歌い続けました。

 そして夜が開けました。
 彼女は、もう歌っていませんでした。
 目を閉じ、虫のような微かな息でこの世にとどまっています。私は決めました。
 彼女の問いに答えなければなりません。
 力をふり絞り、私は百本以上の枝を天にかざしました。


 天使が最初に歌った歌を、私は奏でました。
 葉と葉、枝と枝が擦れぶつかりあうその音で。
 悪魔は最後まで目を開けることはありませんでした。
 でも、彼女の流した涙が、私の想いが伝わったことを知らせてくれました。
 そして最後まで演奏し終わった時、彼女の体は粉となり風に乗って遠くの空へ消えていきました。

 多分あの天使と悪魔は呆れるくらい優しくて、それと同じくらい自分の事を遠回しにして生きてきた。
 それはとても損な生き方だと皆、とくに今までの二人のセカイは思うでしょう。

 でも私はそれで良いと思うんです。
 それが彼等の生き方です。

 変わらない毎日を過ごしながら、私はいつも大空に問いかけることが一つだけあります。地上に根をはやし、木陰の下で何人もの旅人を休ませながら想うのです。

 貴方達は今、幸せですか?















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