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ナタリア姫と忠実な騎士 作者:ナツ

本編

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あなたの忠実な騎士その2

 
 「まだ戻らないって、それおかしいだろ」

 クリストファーは滞在している貴賓館の一室でミカエルの報告を受け、いぶかしげに眉をひそめた。

 昼過ぎに華の宮を訪れた際に応対に出た侍女が、真っ青になって城門の正面入口をうろうろと彷徨っているのを見つけ、ミカエルが詳細を訪ねたところ『昼過ぎに出かけたナタリア姫が、まだ戻ってきていない』と慌てていたというのだ。
 まさか供もつけず、一人で城下に出るほど愚かではあるまい。
 ミカエルがそう指摘すると『でも他に探せる場所を思いつかなくて』と泣きそうになっていたらしい。


 話を聞き終わり、反射的に窓の外を見る。
 日が傾き始めて、それほど経ってはいない。
 淡い紫と茜色のグラデーションに彩られた空は、まだ明るかった。
 ただ戻らない、というだけでそれほど気を揉む時間帯ではないようにも思える。

 「はい。なので殿下のお許しが頂ければ、私も探索に加わってきます」

 ミカエルの表情がいつになく硬い。

 ナタリア王女の姿が消えた。

 もし、それが本当なのだとしたら一大事だ。
 今、この王宮に滞在している外国からの賓客は、ラヴェンヌ王国のクリストファーしかいない。

 ――求婚を拒まれた挙句、腹いせに王女を攫ったのでは。

 そんなありえない疑惑を掛けられたとしたら、身の潔白が証明されるまで、最悪軟禁されることも十分考えられる。ミカエルはおそらくそこまで考えて焦っているのだろうが、クリストファーは単純に王女を心配していた。

 何かあったのは間違いない。
 どうしたっていうんだ、リア。


 クリストファーは、瞳を細めて思案深げに俯いていたかと思うと

 「その前に、さっきミケが言ってた侍女を揺さぶってよ。なんか知ってそうな気がする。リアがほんとにいなくなってるんなら、彼女付きの近衛騎士が動いてないのは変だ」

 と顔を上げて、そう言った。

 「承知致しました。何か分かりましたら、すぐに戻って参ります」

 短く答えて、ミケが部屋を出ていく。
 クリストファーはその後姿が完全に消えたのを見て「じゃ、俺はアイツを呼んでみるかな。直接対決……にはならないだろうけど」と物騒に微笑んだ。

 貴賓室の外に控えている衛兵に、言付けを頼む。

 「内密かつ至急でよろしくね」

 クリストファーが念を押すと、まだ若いその兵士は、生真面目に敬礼のポーズを取り、物凄い速さの急ぎ足で去って行った。この国の貴賓館の中には<廊下を走るな!>というポスターでもあるのだろうか。


 その頃、王太子であるクロードは、今日は朝から執務室に籠り、彼の担当であるビオエスタ地区の灌漑事業についてのたまりにたまった書類を必死に片づけていた。

 「はあ……。私に決済を仰ぐ前に、文官たちが書類を分けて、先に必要な関連資料を揃えておけば、もっと早く済むんじゃないかな」

 朝からずっと缶詰状態の彼がそうぼやくと、筆頭文官であり、かつてクロードの家庭教師でもあったヴァレンタイン伯が、にやりと笑みを浮かべる。

 「今更、何をおっしゃいますか。地区担当文官と工事請負業者との癒着を防ぐため、定期的にこうして抜き打ちで全ての書類に目を通す、とお決めになったのは殿下御自身ではありませんか」

 「そうだけど。でも今この時期に、執務室に籠りっきりなのは、何かと不都合なんだよね」

 「本当に殿下は、昔から兄馬鹿でいらっしゃる」

 目に入れても痛くない程可愛がっている妹姫、ナタリア王女の結婚が決まりそうだというのに、ここしばらくクロードは彼女の顔すら見ていない。

 「そうだ、エドワルドはどうした?」

 喋りながらも手と目はせわしなく動いている。
 ヴァレンタイン伯は「確か、本日ご領地からお戻りになられたか、と」と答えた。彼がエドワルドに曲がりなりにも敬語を使ったのを耳にして、王太子は「じゃあ、うまくいったんだな」とにっこり微笑んだ。


 リセアネの星の宮から戻ってすぐ、今度はナタリアを訪ねたエドワルドだったが、年配の侍女に「お出かけになられております。すぐにお戻りになられるかと思いますが……」と不在を告げられた。

 自分が王都を離れていた間、毎日のようにクリストファー王子が華の宮を訪問していた、とフィンに聞かされたばかりだった。
 今日もあの王子と出かけているのだろうか。

 嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。

 前髪をかき上げ、口を引き結ぶ。


 後出しが、卑怯だと?
 それをあなたが言うのか。
 笑わせるな。

 私がどれだけの年月、彼女を見守ってきたと思っている。
 姫に会いに訪れる他国の王子たちを、どんな思いで迎え入れてきたか。

 純真で無垢な彼女に近づく男たちをこの手で殺してやりたい、と思ったことなど一度や二度ではない。

 それでも、彼女の幸せがそこにあるのなら、自分はどうなろうとかまわない、と必死に言い聞かせてきたのだ。

 彼女以外を愛することは出来ない。
 姫が他国に嫁がれた暁には、おそらく生涯独り身を通すことになるだろう、と己の行く末に自嘲の笑みが浮かぶ。

 それとも誰か、探しただろうか。
 茶色の豊かな髪に、灰黒色の傷つきやすい瞳をした心優しい、彼女に良く似た女性を。
 ――この広い世界のどこにもいないだろう人を。

 他国へ嫁がせることが、王陛下の本位ではないというのなら、もう遠慮はしない。その為の手も打ってきた。

 どこにいるんだ、リア。
 早く、君に会いたい。


 くすぶる想いを抱えたまま、一度宿舎に戻ろうとしたエドワルドだったが、彼を追って走ってきたらしい衛兵に呼び止められ、怪訝な顔で立ち止まった。

 「はあ、はあ……。ここにいらっしゃったのですね! ようやく見つけました!!」

 どれほど走り回ったのだろう、額に玉のような汗を浮かべている。

 「私を探してくれていたのか? 済まなかった、何か用だろうか」

 エドワルドが尋ねると、言いにくそうに何度か口ごもった後、若い兵士は直立不動の姿勢を取り、何故か声をひそめてこう言った。

 『私たちの姫のことで話がある。一人きりで、俺の部屋に来い。クリストファーより。追伸、剣を抜いたら罰金だからな。』

 「…………は?」

 「私が言付かった伝言は、以上であります!! 失礼いたします!!」

 まだ頬に幼さの残る若い衛兵は、オブラートに包んで伝言を伝えるという術を知らなかったのかもしれないが。

 言うに事欠いて『私たちの姫』だと――。

 エドワルドは、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、素早い足取りで王宮に隣している貴賓館へと向かった。

 クリストファーが滞在しているのは、貴賓館の中でも一番大きな部屋だ。従者のミカエルには、続きの一部屋が与えられている。
 少し迷って、王子の部屋をノックするとすぐに「どうぞ」と返事があった。

 「失礼いたします。お呼びと伺いまして」

 怒鳴りつけたいのを堪え、慇懃に挨拶してから扉を開けると、そこには王子だけではなく、ミカエル、マアサ、リセアネの四人が揃ってエドワルドを待ち構えていた。

 「これは、一体……」

 流石にこの状況は予測できなかったらしく、エドワルドは、混乱したかのようにそこにいる面子を見渡した。

 マアサはすでに目を真っ赤に腫らしているし、リセアネ姫も震えながら青ざめている。ミカエルだけが冷静に「どうか落ち着いて下さい」と彼女たちに声を掛けていた。

 「時間がないから、簡潔に言う。途中で口を挟むなよ」

 珍しく厳しい顔つきで、クリストファーが続けた。

 「ナタリア姫がいなくなった。ここにいる侍女には『星の宮へ行く』と言っていたそうだ。だが、リセアネ姫いわく、今日は一度もナタリア姫は星の宮に来ていないらしい。つまり、星の宮へ渡ったあとの彼女の行方が途絶えている、というわけだ。心当たりは?」

 いなくなった……だと?

 息が止まるかと思った。
 だが、一刻を争っているということも同時に理解する。
 呆けている場合ではない。
 たった今この時も、彼女がどこかで泣いている気がした。

 王子の言葉に引っ掛かりを覚え、エドワルドは「星の宮へ渡らなかった可能性は?」と問うた。

 「ふうん、意外に冷静じゃないか。リセ、それを見せてやって」

 「ええ、殿下。――エドワルド、これを見て。あなたと別れた後、気分が良かったからそのまま庭を散歩していて、見つけたの。この髪留めに、見覚えなくて?」

 銀細工に金剛石ダイヤモンドが散りばめられた優美な細工の髪留めを見て、エドワルドは思わず額に手を当てた。新しくはないが、磨かれ大切に使い込まれたものだと、一目で分かる。

 王女ともなれば、多くの宝飾品を所有しているはずだ。
 それなのに、5年も前の贈り物を今もなお使ってくれていたのか、と心が歓喜に震えた。

 「これは、私がナタリア王女の15歳の誕生日に贈ったものです。……これが、星の宮の庭園に?」

 「そうよ。ねえ、姉様が私たちの姿を偶然見つけて、逢引かなにかと勘違いしてしまった、なんてことはないわよね。……ああ、あんな事、せがまなければ良かった!! ずっとエドワルドが義兄様にいさまになればいいと願ってきたから、待ちきれなかったの。でも、もし私のせいで姉様がショックを受けて、どこかへ消えてしまわれたのだとしたら……。姉様。姉様っ……!!」

 不吉な可能性に思い至ったのか、とうとうリセアネは泣き出してしまった。

 「お気を確かに、王女殿下。きっと見つけてみせますから」

 「エドワルド、ごめんなさい……。私が我儘だったから!! 本当に、ごめんなさい!!」

 細い肩を震わせしゃくり上げるリセアネは、エドワルドには昔から小さな妹のようにしか映らない。そのリセアネに「姉様と結婚されたら、私の兄様になるのだから、もう『リセ』と呼んでくれなくては駄目よ」とねだられたことを思い起こした。

 ナタリア姫に聞かれたというのか、あのやり取りを。
 サッと血の気が引くのが分かる。
 何も知らない姫は、どれほど驚いたことだろう。
 妹姫を愛称で親しげに呼ぶ私の声に。

 目の前が暗くなる。
 ギリッと唇を噛み締めると、鉄錆のような味がした。

 「大事おおごとにしたくない。リアなら、きっとそう言うだろう。侍女殿の話では、どの城門の門番も姫の姿は見かけていないということだった。この王城のどこかにいると思って、間違いないだろう」

 「分かりました。では私は、もう一度、華の宮と星の宮の庭園を見て回ります」

 マアサが気丈にそう答えると、リセアネも「では、私は光の宮を探してくるわ」と後に続く。

 「では、私はそれ以外の場所を」

 ミカエルは軽く礼を取って、素早く部屋から出ていく。

 「私も心当たりを探してみます」

 とにかく時間が惜しい。
 エドワルドは、普段とは別人のようにしっかりとした声色で指示を出すクリストファーに頷くと、部屋を飛び出した。

 「……一刻待っても見つからなかった場合は、クロに知らせて、捜索隊を組むしかないだろうな」

 そうなったら面倒だなという表情を浮かべた王子だけが、一人部屋に残された。誰かに迷惑をかけることをとても嫌がるナタリアのことだ。見つかった後の彼女の心が心配になる。

 無事でいろよ、リア。

 心の中で強く祈って、フッ、と短い息を漏らす。

 俺だって、かなり本気になりかけてたんだけどな。
 アイツのあの様子じゃ、すぐにでも見つけてきそうだ。

 どうやらこの国では、お姫様を迎えに行くのは王子ではなく、融通の利かない頑固で一途な騎士の役目らしい。



 
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