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ポケットティシュー配りの少女
作:雛祭パペ彦


 足元にあるダンボール箱を見下ろしながら、ポペ子は途方に暮れていた。箱の中身は、大量のポケットティシューで、まだ2箱半、およそ2500個が残っているのだ。

「ぜんぶ配って来いよコラ! 1個でも余ってたら日給払わねえぞコラ! ずっと見張ってるからなコラ! ズルしたら逆に罰金払わせるぞコラ!」

 バイト先の893はそう言っていたものの、見張っていないことくらいはポペ子も知っていた。しかし、たとえ見張られていなくても、ズルをして2000個以上ものポケットティシューを処分するのは、案外むずかしかった。

 とにかく、ポペ子は配りまくった。

 そして、夕方のラッシュ時が過ぎると、なんとか残り800個近くにまで減らすことができた。
 大都会の繁華街ならばいざ知らず、ポペ子がいるのは地方の小さな駅前周辺だった。だから、帰宅ラッシュの時間帯が過ぎてしまえば、あっというまに人の姿が少なくなる。
 それから数時間のあいだ、底冷えがする寒空の下、ポペ子は必死になって、半ば投げつけるようにして、通行人にポケットティシューを配り続けたが、午後11時近くになっても、まだ500個以上も残っているという体たらくだった。

 ポペ子は、ぜんぶ捨ててしまおうかと思った。

 しかし、それは出来なかった。
 バイト先の893の話によれば、たとえ配りきれずに残ったポケットティシューを捨てたとしても、必ず発覚する。
 1つや2つ落ちていることは珍しくもないが、それが10個以上ましてや数百個ともなれば、それを見つけた人間の苦情が、ティシューに付属している広告のスポンサーを通じて893の元へ届くというのだ。

 それなら燃やしてしまおうと、ポペ子は思った。

 ポペ子は、大量のポケットティシューを燃やすのにちょうど良い橋架下を知っていた。そばには釣り船がすれ違えるくらいの幅の川があるので、火事の心配はない。すでに深夜0時をまわっていたので、人目につく恐れも少なかった。
 その橋架下には、黒褐色の鉄錆が浮いたドラム缶があった。たまに、ホームレスの皆さんが、ここで暖を取るために使っているのだろうと、ポペ子は思った。

 ライターを取り出し、ポケットティシューに火をつける。

 ポペ子は、それをドラム缶の中に落とした。そこには、前もって大量のポケットティシューを敷き詰めてある。
 まず、ナイロンのパッケージが燃えて、つぎにスポンサー広告の紙が燃えて、10枚ほどのティシューの束へと燃え移っていく。
 みるみるうちに炎は広がり、疲れ果てたポペ子の表情を照らし出す。ドラム缶から火を借りて、ポペ子はタバコを喫いはじめた。

 ポペ子は暖をとりながら、退屈そうに、燃えさかる炎を眺める。

 とりあえず、これで売れ残りのティシューは全部無くなるし、バイト代も受け取れる。その一方で、わずかながらの後ろめたさも感じていた。
 2本目のタバコを取り出し、ポペ子が、ぼおっとしながらドラム缶を眺めていると――ふと、燃えあがる赤い炎のなかに「人影」が映し出された。

――かわいい顔をした、少女が1人。
――そばには、大人の男女が二人座っていた。きっと両親なのだろう
――三人は、テーブルを囲んで食事をしていた。
――皿の中心には、上品に盛り付けられた魚の切り身。
――それを、女の子はフォークとナイフを使って、器用に口へと運ぶ。
――三人とも、楽しそうに笑顔を浮かべている。
――とても幸せそうだった。

 少女たち3人は、盛装をして食事をしていた。幼いときに両親を亡くしているポペ子には、無縁な情景だった。
 幼いころのポペ子の食事といえば、養護施設の大広間で食べるのが当たり前だった。炎に映し出された少女と同じ年齢のころ、皿に盛り付けてあったのは、良くても冷めた塩鮭の切り身だった。

 しばらくすると、ドラム缶の炎の勢いが弱くなってきた。

 先に放り込んだポケットティシューは、だいぶ燃え尽きていた。炎に映る幸せそうな情景も、ドラム缶の中へと身を乗り出さなければ、眺めることが出来なくなっていた。
 慌てたポペ子は、残りのポケットティシューをドラム缶へとブチ込む。
 すると、炎は勢いを取り戻し、ふたたび、目の前に幸せそうな家族の団欒が現れた。

――あいかわらず、楽しそうに少女は笑っていた。
――そばにいる両親も、笑顔を浮かべている。

 それに触発されるようにして、ポペ子の頬の強張りも緩んでいった。自分が得られなかった幸せに嫉妬するどころか、胸が弾んでいた。ドラム缶から立ち上る大きな炎を前にして、身体だけでなくポペ子の心も暖まっていた。

――唐突に、少女から笑みが消える。
――そばにいた父親と母親も、顔色を変えて椅子から立ち上がった。

 炎の幅はさほど広くないので、少女たち三人の周りの様子を、ポペ子は知ることができない。
 何が起こったのだろうかと、ポペ子は、燃えさかる炎に向かって身を乗り出した。

――父親が血相を変えて、ドレスを着ている少女を抱きかかえる。

 大事なところで、また、ドラム缶の炎の勢いが弱くなりはじめた。橋架下を吹き抜ける風は、ますます強くなっていた。
 いまドラム缶の火を消すわけにはいかなかった。炎の中の家族に、何らかの異変が起こっているのだ。続きが気になる。
 軽いパニック状態に陥ったポペ子は、残っているポケットティシューを、ダンボール箱にあるだけ、ドラム缶へと放り込んだ。
 吹きすさぶ強風も手伝い、ドラム缶からは、ごおっと火柱が立った。

――炎の中には、泣き叫ぶ少女の姿があった。
――炎に映っているだけではない。
――炎に包まれた少女が、炎に映っているのだ。
――テーブルが炎をあげている様子も、炎に映っていた。
――父親に抱きかかえられたまま、少女は目を大きく見開き、まさに火ダルマとなって、泣き叫び続けていた。

 ポペ子が見守るなか、ドラム缶の炎に映る少女は、次第に炎そのものへと変わっていった。














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