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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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8 僅かに差した光

「また本を読んでいらっしゃるのですか?」
 ティナは窓辺のヴィルヘルミナにおそるおそる尋ねる。彼女は今日は銀糸の刺繍の入った白いドレスを身に纏っていた。たまに差し込む日の光がドレスの刺繍に反射して、蝶の模様が光の絵を描く。漆黒の髪は白いドレスに映える。もしこれで、その鋭く冷たい眼差しを緩め、口元を綻ばせれば、お姫様の中のお姫様だろう。
 その清楚さや麗しさは当然同性であるティナを落ち込ませるけれど、比べてもしょうがないほどの差異となると、落ち込むのも馬鹿馬鹿しくなる。
 ティナは字が読めないというのに、なぜか近従となることを許してもらえた。けれど、彼女が女王から命ぜられた仕事は、何一つ進まないままに数日が過ぎていた。
 まず、病弱な王女を健康にするも何も、ヴィルヘルミナは無言でティナを拒絶したまま。会話さえままならない。近従になろうとも、受け入れてもらったわけではないことはその態度から容易に分かる。
 そして、魔術書の解読はあれ以来行き詰まってしまった。暇を見つけてはライムントに鍵を貸してもらい、図書室にこもっては辞書や図鑑などを調べていた。けれど例の魔術書には古い言葉も多く混じっている。普通の文字も読めないティナは、まずは言語習得をしなければどうにもならない事が分かっただけだった。
 それでも少しでも仕事をしようとティナは奮闘していた。折りをみては彼女に話しかける。お天気の事、庭の草花の事、飛んでいる鳥の事。日々話題を探してみるけれど、大抵は無視された。このままではいつクビになるか分からない。けれど、諦めるわけにいかなかった。
「ずっと本ばかり読んでいらっしゃいますけれども、外には出られないのでしょうか? 今日はお天気もいいですし、お散歩などどうでしょう? お庭の薔薇が綺麗でしたよ?」
 いつものように無視されるかと思ったけれど、何に反応したのだろうか。ヴィルヘルミナは顔を上げてうんざりとティナを見やる。
「外には出るなと言われている。日に焼けると肌が荒れる」
 珍しく返答がありティナは驚くけれど、この機を逃すわけにいかないと言葉を継いだ。
「そうなのですか? ですが、多少のお日様の光は体を丈夫にいたします!」
 母や祖母にそう言われて外で思い切り遊び続けた結果、年頃になってそばかすに悩むことになった事はこの際伏せておいた。ヴィルヘルミナはじろっとティナを見ると、あからさまに不機嫌な顔で返す。
「肌荒れだけじゃない。日に当たると背が伸びる」
「え、まさか、背が高い事を気にされているのですか?」
「当たり前だ。大きな女は嫌がられるから。男は皆、口にはせずともそう思っている」
(へえ)
 自らが小柄なせいもあったけれど、確かにティナは自分より頭二つほど大きな女性は見た事は無い。しかし、ヴィルヘルミナの背の高さは毅然とした彼女らしく、似合いだった。
 悩みなど無さそうな完璧な姫が抱える劣等感が新鮮で、ティナははじめて彼女に親近感を覚えた。
 ヴィルヘルミナは、むくれた顔のまま続ける。
「それに、この情けない姿をあまり人に見られたくない」
「情けない? なぜ?」
 ヴィルヘルミナは黒曜石のような瞳でじっとティナを見つめた。
「この姿は恥だと思っているから」
「うそ、そんな! 王女様はこんなに美しくあられるのにですか! 私、今までにこれほど美しい女性を見た事が無いです!」
 何の冗談だとティナは驚愕した。その顔を見て、ヴィルヘルミナは意外そうに目を丸める。
「美しい? 私が? 本気で言っているのか?」
 ティナは思わず立ち上がって力説した。
「もちろんです! 背の高さは美点でしかありえないです! ほら、見て下さいよ、私のこの背丈。子供みたいで嫌になりますが、これでも小回りが利いていいかなって考え直す事にしてるのです。自信は自分を強くします……って、これは母の受け売りなのですが」
(王女様、人生の半分以上損してるって!)
 あまりに勿体なくてそう励ますと、彼女はふっと肩の力を緩めて短く息を吐いた。
「随分と前向きだな。いや、能天気と言えばいいのか」
「能天気とも言われますよ。でも、そう言われた時は前向きなのと言い返すのです。そうしたら、屁理屈言うなって怒られたりもするのですが……とにかく、なんでも心の持ちようです」
「心の持ちよう、か」
 頷いてふふふと笑うと、ヴィルヘルミナはどこか遠くを見る目つきでティナを見た。
 そして、ふいに寂しげに目を伏せると、問う。
「ところで、魔術書の解読は進んでいるのか?」
「あ、ええと」
 突然嫌な方向を向いた話題に、ティナは動揺した。
「進んでないのか」
「ええ……そうなのです、資料が足りずに……申し訳ありません」
 しゅんとすると、ヴィルヘルミナは呆れた。
「先ほどの勢いはどうした」
「それとこれは話が別です」
「全く別に思えないが。さて、字が読めないのはどう前向きに考えるんだ?」
「……うう」
 ティナが口ごもると、突如ヴィルヘルミナはぷっと吹き出した。その輝くような笑顔に、ティナは目を見張る。まるで突然花が咲いたようで、薄暗い部屋に光が射したかのようでもあった。
「あ! 王女様、絶対笑った方が可愛いです!」
「王女様は止めろ、あと可愛いっていうのも」
 ぞっとしたような顔にティナは首を傾げる。
「じゃあヴィルヘルミナ様ってお呼びすれば良いですか」
 笑顔を消したヴィルヘルミナは、少し考えた所で口にした。
「それも長い。……ヴィルと呼べ」
「ええ! ヴィル? ――って、そんな畏れ多い!」
 とっさに呼んでしまって、ティナはあわあわと口を塞いだ。
「って、あんまり思ってないだろう、お前。遅刻はするし、妙な説教はするし」
「説教、って、今のがですか?」
 ヴィルヘルミナは頷く。
「ヒルデガルドではどうしていた? お前は普段通りに過ごせばいい。堅苦しいのはライムントだけで十分だ」
「あの王宮執事……」
 ライムントの口癖を思い浮かべたとき、すかさずヴィルヘルミナが口を開く。
「『勤続三十年、王家の事はお任せください』のな」
 口まねにティナは吹き出す。釣られたようにヴィルヘルミナも吹き出し、部屋には笑い声が響きわたる。やがて笑い声が収まる頃、幾分表情を和らげたヴィルヘルミナはティナに言った。
「お前の言語習得は私が受け持とう。厳しくするが、問題ないな?」
「え? 王女様が?」
「ヴィル、だ」
 即座に訂正され、ティナは、ヴィル、ヴィルと口の中で呟いてみるけれど、どうもしっくり来ない。その理由に思い当たってティナは口を開く。
(そうだ。ヴィルって、どっちかっていうと男の子の愛称だもの。女の子を呼ぶにはおかしいわ)
「あの、ヴィーナとか、ミーナの方がお似合いですが」
 言った瞬間、刺すような視線でギロリと睨まれ、ティナは仕方なく彼女の提案を呑み込むことにする。
「え、ええと、ゔぃ、ヴィルが、教えて下さるのですか?」
 ヴィルは呼ばれた名に満足そうに頷く。
「ああ。早く解読しよう。あまり時間は無いと聞いているだろう?」
「ええ、でも半年あると」
「半年しか無いと考えた方がいいな、そこは。私もいつもは手伝えない。時は有限だ、先んじる必要がある」
「……はーい」
 宿題を急かす村の女たちのようだと、ティナが少々うんざりすると、ヴィルはくすりと笑う。
「資料が無いと言っていたか」
「ええ、古語で書かれている部分も多いので、余計に分からなくって」
「ライムントに古語の辞書を取り寄せてもらうように頼もう」
「ああ、ヴィルのおかげで、なんだかできそうな気がしてきました。――うまく解読できるといいですね!」
 なんだか心が軽くなったティナがそう言うと、すかさず「お前がやるのだからな!」と釘を刺される。ティナは悪い癖が出たと反省しつつも、ヴィルという少女とのこれからの生活が少し楽しみになって来ていた。
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