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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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7 王家に男児が生まれない理由(わけ)

(しっかり釘を刺されてしまったな)

 ヴィルはとぼとぼと回廊を歩いて自室へと戻る。背中に当たる月光がヴィルの影を頼りなく映し出す。長い髪、華奢な細い体。決して体力を付けたりせず、筋肉がつかないように、背が伸びすぎないように、日に当たらずに細々と生きて来た。
 それでも生まれ持ったものに逆らう事はできないらしい。ひょろりと伸びた背はこの年頃の女にしては高すぎる。さほど運動をしているわけではないのに、体にはどんどん筋肉が付き、硬く筋張っていく。そして、先ほどのようにたまに飛び出す本来の自分に、ヴィルは自分でも制御が効かないことがある。
「いつまで誤摩化せるものか」
 いっそ秘密を暴かれれば――そんな事を考えることもあった。だが、国民の命の重さを考えて、すぐに首を振って打ち消した。

 肥沃な大地そのものを全て流してしまう大洪水については、歴史書の冒頭に書かれている。国の成り立ちの根幹がそこにはあった。
 ヴィルは何度も読み返した歴史書を思い浮かべる。それは子守唄代わりに聞かされ続けたおとぎ話と混じりあいながら、頭の中で一人の男の物語として形を成して行く。


 ――この国が国の形を取る以前のこと。始祖ヴィルヘルムがこの地に辿り着いたとき、民は度々発生する水害に苦しめられていた。彼は北にそびえる霊峰ノルデンベルクの麓の村、ヒルデガルドの魔女――シュメルツェと協力し、民を纏めて治水に乗り出した。そして土地に流れる大河シュプルングの上流に大きな堰を作り、また下流には堤防を作った。そうして水を治めたヴィルヘルムはそのままこの肥沃な土地の王となったのだ――


 ヴィルが好きなのはそこまでの英雄譚だ。
 しかし、おとぎ話は必ずしも幸せな結末を迎えるとは限らない。始祖の美談には続きがある。英雄色を好むとはよく言ったものだ。続き――それはヴィルヘルムの裏切りと魔女シュメルツェの呪いだった。


 ――ヴィルヘルムはシュメルツェと恋に落ちるが、当時既に妻を持っていた彼は、彼女を置いて王城へ一人戻ってしまう。裏切られたシュメルツェは彼を恨み、妄執に取り付かれて、彼の息子を彼の代わりにとさらおうとした。その後も、王家に男児が生まれると、洪水の兆しと共に王子をいけにえとして渡せと魔女の子孫が訪れるようになった。当然王家は屈する事無く、王子を渡さない。
 記録には〈シュメルツェの魔女〉を密かに処分したということや、逆に領地を与えるなど、取引をしたことも書かれている。しかし、魔女への迫害も優遇も功を奏さない。何をやっても呪いは消えず、持ち込まれた兆し通りに洪水は発生した。
 繰り返される水害に治水工事の財源も尽き、税を納める国民の不満もたまって行く。そして、ある世。とうとう暴動が発生し、解決策に王子をいけにえにとの声が上がり始めた。王子一人の命で国が救われるのならば、王家の義務としてそうするべきなのではと。
 魔女の呪いと国民の不満の板挟みになった王家に、王子を姫として育てればどうかと提案した者がいた。
 まさかと思いつつそれを試してみた所、不思議なくらいにうまくいった。魔女は現れず水害も起こらなかった。何かの偶然かもしれないが――うまくいってしまったのが、この国の王子にとって別の不幸の始まりだったのかもしれない。
 それ以降、王子は生まれないことになり、国は女王が治める事となる。それは王家にだけ伝わる秘密、決して漏らしてはいけないものだった――


 長い間、王家という狭い世界で受け継がれて来た伝承が元になっているからだろうか。ヴィルからすれば、どうにも偏っているように感じる事もあるし、矛盾を感じたりもする。
 まず、洪水という悪を全てシュメルツェの呪いということで済ませているけれども、本当にそうなのだろうか。そもそも協力を申し出たシュメルツェがあえて水害を起こしたりするだろうか。
 幼いヴィルは母に尋ねたが、『裏切られた女の恨みを甘く見るのではありません』と逆に女心について諭されてしまった。
 自分で歴史書をいくら捜してみようとも新たな発見は無かった。そもそも、過去の洪水で流された書も多い。改編の年度を見るに、王家に残る書物は洪水の後、口承を元に書き直されたのではないだろうか。その際に少しずつ事実が書き漏らされ、王家に潜む魔女への悪意が追加されたのではないかとヴィルは予想していた。
 とにかく、伝承は形を変え、おとぎ話では魔女の呪いで王子が生まれないことになったとされる。しかし、元となる実話は魔女の呪いを除けば意外に現実的なものだった。
 生まれた王子は王女として生涯独身を通し、その存在を隠して来た。もちろん本当に独身である必要は無く、ひっそりと妻を娶った王子もいると聞く。
 ヴィルもそうなる予定だったが、そうもいかない問題が発生した。世継ぎがヴィル以外にいないということだ。今までは王子が生まれようとも、女王を継ぐ本物の姫が生まれて来ていたのに、ヴィルには姉妹がいなかった。そして今後生まれる予定は無い。そのため、女王になると思われているヴィルには、既に花婿候補が大量に押し寄せている。だからこそ、母も必死で方法を探し出して来たのだろう。
「体が変われば心も変わる。大した事は無い」
 幸い出会いを極力排除してきたおかげで、好きな女がいるわけでもない。今は男と結婚すると聞くだけで身の毛がよだつような気分だけれど、魔術が成功した暁にはこの気持ちはきっと消えてなくなるのだろう。ならば――問題ない。
「大丈夫――俺はきっと上手くやれる」
 ヴィルは自分自身に言い聞かせるように呟く。
 歴史書に書かれないだけで、歴代の王の中ではもしかしたらヴィルのような選択を迫られた人間がいたかもしれない。国の為を思い、民の為を思い、煮え湯を飲むような想いをして、乗り越えて来たのかもしれない。王になるという事、国を治めるという事はそういう事だ。
 彼は幼い頃からずっとそう教えられて来たのだった。
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