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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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6 魔女と女王と悪巧み

 緩く吹き込む風にカーテンが大きく靡くと、その隙間から陽光がキラキラと薄暗い部屋に舞い込み、光の線を散らした。
 その窓辺では王女ヴィルヘルミナが長椅子に寄りかかり、足を投げ出すようにして本を読んでいる。ドレスに包まれた足が長く見えるのは、服のデザインのせいだけでは無いだろう。
(足、長い……いいなあ)
 羨ましさからじっくり観察すると、彼女は今日は春にしては随分と暖かいというのに厚手の長袖の青いドレスを着ている。色が爽やかだからか、襟が詰まっているというのにあまり暑そうには見えない。涼しげな表情が余計にそう見せるのかもしれないけれど。
「あのーう」
 ティナはこちらを見ようともしないヴィルヘルミナにおそるおそる声をかけた。
「お、おはようございま、」
「――もう昼過ぎだが。お前、勤めの初日にすぐ寝坊とはすごい度胸だな。しかもなんだその髪は。ぼさぼさじゃないか。やる気はあるのか」
 鋭く挨拶を遮られ、ティナは部屋を出たくなった。言われずとも爆発して拡散した髪の事は知っていた。しかし、寝坊のせいで膨らんだ髪は、いくら梳かしても頑固に反発して全く纏まらなかったのだ。
 ふんと笑ってさらりと髪を揺らすヴィルヘルミナに、心の中で呪いを吐きつつもティナはへらへらと笑った。
「……ど、度胸と根性だけはあると、母にも言われてます」
 そう言って、母の怒号を思い浮かべる。いくら怒られても全くへこたれず同じ間違いを犯すティナに、アエナはよくそうやって誉めてくれた。いや、図太いと言われた気もしたけれど、ティナは頭の中でいいように置き換えていたのだ。
 ヴィルヘルミナの傍に近寄ると、彼女は呆れたようにため息をついて手元の本を閉じる。
「それはなんだ?」
 言われて初めて、ティナは自分が魔術書を抱えたままだということに気が付いた。
「あれ! あ、持って来てしまいました!」
「それは……魔術書か。なんだ、つまり役立たずは見た目だけか。では、早速魔術を行おうというのか?」
「あ、ええと」
 なんだかものすごく失礼なことを言われた気がするけれど、黒い瞳が放つ迫力に圧されてティナは口をつぐむ。すると彼女は、一人で会得して勝手に話を進めた。
「そうか。内容は大体知っているし、覚悟が揺らぐ前にさっさとやってしまった方が良いと思っていた」
 そしてヴィルヘルミナは小さく息を吐くと立ち上がり、ティナの方に向き直った。
「ああ、そういえば女王陛下も王女様はご存知だとか、そんなことをおっしゃって――」
「母上に会ったのか?」
「ええ、昨日の夜、仕事の件で細かい打ち合わせをしていただきました」
「なるほど、それで寝坊か」
「いえ、ではなくて……あの」
 魔術が使えないならばクビかもしれないと、ティナは昨日の女王の顔に震えながらじっとヴィルヘルミナの手元の本を見る。分厚くいかにも難しそうな本だった。部屋を見回してみても、本棚にはびっしりと難しそうな本が並んでいる。どうやら随分な読書家らしい。
(じゃあ、もしかしたら、この魔術書も楽しく読んでくれるんじゃない?)
 その考えに辿り着いたとたん、ティナは深く考えもせずに口を開いていた。
「あの、王女様はよく本を読まれるのですか?」
 そう問うと、ヴィルヘルミナはあからさまに嫌な顔をした。
「お前、なんで急に話が飛ぶんだ。頭は大丈夫か?」
「いえ、私の中では一応繋がってはいるんですが」
 どう説明しようかともじもじするティナに、ヴィルヘルミナはズバリ聞いた。
「私に本を読むかと問う――では、お前はどうなのだ?」
「え、ええ、ええと」
「読まないのか。――ふうん」
 ヴィルヘルミナは目を細めて何か考えたかと思うと、ティナの腕の中から魔術書を奪い取る。そして部屋の中をぐるりと歩いた。やがてティナの背後から低い声がする。
「――まさか、だが」
 重い空気ごしに背筋を撫でられたような気がして、ティナはびくりと体を震わせた。
「お前、字が読めないなんていう事は無いな?」
「…………」
「母上は、優秀な魔女がやって来るとおっしゃったが、まさか優秀な魔女が字が読めぬなどという事はあるまい」
「も、もちろん、読めますとも! 昨晩もそ、その本を解読しててっ、それで朝まで眠っていなくって!」
「さぞかし捗っただろうな? 一晩ならば、もう解読は終わっただろう?」
「ああ、ええと、材料がプエラリアということは……」
「それだけか?」
「いえ、ウミナナ――あ、いえ、なんでもないです!」
 言わずにいようと思っていた材料が口に出かかって、ティナは慌てて口を手で覆う。その挙動不審な態度に、ヴィルヘルミナは不機嫌な顔でティナを睨んだ。
「じゃあ、その本を朗読してみせよ。ちょうど退屈していたのだ。たまには読み聞かせてもらうのも楽しいかもしれない」
 指差されたのは、先ほど彼女が窓際で読んでいた本。革の表紙の下には白い紙が何重にも折り重なっている。表紙には『シュトラント王国の……』と厳つい文字で書かれていた。辛うじて自分の国の名前は分かったけれど、それ以外の部分は意味が分からなかった。
(……あ、無理、これは絶対無理)
 そう思いつつ一頁目を開いたところで、大量の文字の波がティナを襲い、彼女の根気は瞬く間に尽きる。彼女の度胸と根性も、文字だけには通用しなかった。ヴィルヘルミナの溜息が聞こえ、部屋には重苦しい空気が漂った。


 ◆


「母上、お伺いしたい事がございます」
 ヴィルは、言い訳し足りないとしつこく追いすがるティナを振り切って、母である女王の部屋に参上した。不可解で堪らない。あの聡明な母王が、どうしてあんなでき損ないの魔女をよこしたのか。
「ヴィルヘルミナ、どうしたの。息が上がっているわ。走っては駄目よ、体が弱いのだから」
 こめかみを滴る汗を絹でできたドレスの袖で拭うと、「お召し物が汚れます!」と血相を変えた傍付きの女官がハンカチを手に駆け寄った。女王の心配も女官の小言も半ば無視をして、ヴィルはさらに女王に迫る。
「あの新しい近従についてお聞きしたい事がございます」
 その言葉を聞いて、女王はすぐさま人払いをした。
「なに? さっそく粗相をしでかしたの?」
「粗相どころではありません。あの娘、全く役に立たないではないですか」
 ヴィルはティナが遅刻して来た事から始まり、字が読めないという事実までもをさらけ出した。
 しかし、女王はさほど驚く事も無く頷いた。
「ああ、あの子が昨日徹夜で魔術書とにらめっこをしていたとライムントが言っていたわ。それで遅刻してしまったのね。熱心で結構ではないの」
「いえ、問題はそこではなく、字が読めない事です」
 いまいち噛み合ない話に苛立つヴィルは、話の流れを修正した。だが、女王はのんきなものだった。扇をぱっと開くと艶やかに輝く唇を覆う。
「字くらいは、問題ないでしょう」
「なぜです」
「あなたが教えてあげればいいから」
 その安易な提案にヴィルの頭がたちまち沸騰する。
「――どうして、俺が!」
 跳ねるように叫んだヴィルを、女王は優しい表情で微笑みながら威圧した。
「"わたくし"でしょう、ヴィルヘルミナ?」
「――わたくしがなぜそんな事をしなければならないのでしょう」
 ヴィルは丁寧に言い返しながらも、母親を睨んだ。
「国の為には仕方が無い事。分かってちょうだい」
 女王は笑顔を消すと、この話題が出る度に繰り返した言葉をこれまで通りにヴィルに言う。
 あれは十二の頃。幼いヴィルが己の運命を受け入れられずに髪を切って反発したときも、この寂しげな顔で何度も説得された。ヴィルが諦めるまでずっとだ。
 あれ以来『どうして俺が、こんな目に遭わなければならないんだ』という想いは常に胸を焼き続けていた。王家に生まれた定めだと、諦めようと自分に言い聞かせてみても、心のどこかが反発する。『じゃあ、俺は一体何の為に生まれて来たんだ』と。
 その問いが聞こえていたのだろうか。答えるかのように女王が口を開く。
「これも、大水害が再び起こるのを防ぐため。国を、国民を守るためなのよ」
「……過去の伝承通りに洪水が起こるというのですか」
「ええ。歴史を見れば明らかなの。悲しい事にね。――だから、魔女にあなたの事を知られるわけにはいかない。あの優れていない魔女がやって来た事は、計画通りだったの」
「計画通りとは?」
「魔女たちは偏屈でずる賢いでしょう。だから逆の命を言い渡したのよ。『優秀な魔女を送れ、使えない者は決して送るな』という命に反してあの鈍い魔女を送ってくれて、私はとても喜んでいる所だったの」
「ですが、せっかくの魔女も使えなければ意味が無いのではございませんか」
「使えるようにするのはあなたの仕事になりそうね。でも、あの子が字が読めないのは、本当に幸運だったのよ。だって、何も知らない魔女に偽って魔術をかけさせることができるのだから」
 ヴィルは女王の言葉を頭の中で反芻した。
「魔女にこちらの秘密を明かす事無く利用できる、ということですか?」
「正解よ。そういうことね」
「母上はやはり聡明です」
 魔女を散々に言った母も十分ずる賢いような気がしたけれど、不敬に当たるので黙っておく。
「じゃあ、あなた、引き受けてくれるのかしら?」
 まるで選択肢が与えられているような物言いにヴィルは苦笑いをすると、あの小さな魔女を思い浮かべる。
 最初はあまりののんきさに腹を立て、虐め抜いて追い出してやろうと思っていたのだ。あんなとろくさい女に傍をうろちょろされるのはごめんだった。穏やかな生活があっという間に台無しになりそうだ。ヴィルには追い出す力は無いけれど勝手に出て行くのは止められない。さっさと出て行けばいいと思った。
 しかしあの顔を見てその気持ちが削がれたのだ。転んでも真っ直ぐ前を向いていた、すみれ色の眼が妙に印象的だった。それから、振り乱したままの柔らかそうなくせ髪も。薄暗く色褪せた世界に住んでいたヴィルにとっては、あの色は妙に鮮烈で眩しく興味を引かれた。なぜだか追い出せなかった。
 ……まあ、今日には再び追い出したくなって、こうして後悔しているのだが。
 この様子では追い出してもすぐに連れ戻されるだろうし、諦めるしかなさそうだった。しかし、どうしても一抹の不安は残った。
「…………本当にばれないでしょうか? 城の者でさえ、ばれないようにと今までほとんど近づけなかったというのに……」
 臣下でこの事を知っているのはライムントと、衛兵の数人だけだった。それに慣れたヴィルは、今さら新しい人間を入れるのはどうしても不安だった。
「幸い魔女の森には若い男はいないそうよ。だから、あなたがしとやかな王女らしく振る舞えば、決してばれる事は無いと思うけれど? たとえば――その"男"のような口のきき方を直すとかね」
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