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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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5 王女をより女性らしくする為の術

 そのまま放置されたティナは、突如現れた「勤続三十年、王宮執事ライムントでございます」と妙に自信満々に名乗る中年の男によって、あてがわれた部屋へと案内された。
 勤続三十年であれば、若く見積もっても四十代だろう。白髪の混じった茶髪や、目尻の笑い皺などを見ると確かにそう思える。しかし、顔よりも印象的な鳩胸のせいで、妙に若く見えた。
「お怪我をされていらっしゃるようですね」
 どこに潜んでいたのか、追いかけっこの果ての醜態を見られていたようで、ティナは赤くなる。
 部屋に入るなり侍従が氷を差し入れてくれて、早速おでこと膝を冷やした。膝の痣は赤黒く酷い状態だったけれど、歩けないほどではない。一番心配だったおでこも鏡を見ると、軽く赤くなっただけで済んでいて、ティナはようやくほっと一息つけた。
 氷嚢を頭に乗せて、ぼんやり辺りを見回す。部屋はティナの家と同じくらいの広さがあり、やはり廊下と同じく石造りのようだった。窓は大きく、全て曇り無く磨かれている。室内は燭台に煌々と照らされて明るい。床に敷かれた絨毯も、刺繍の入った肘掛け椅子もどちらも落ち着いた深い赤だった。どうやら部屋は赤で統一されていて、カーテンも茶に近いが赤だ。見た事も無い高級な家具やら布たちに囲まれ、ティナの気持ちは浮き立った。
 しかし、その後部屋に持ち込まれた夕食は村で食べるものとは全く違い、何でできているものか分からないものが多かった。冷めた食事の割には美味しく食べることができたけれど、温かいできたての料理を食べ慣れていたティナは、あっという間に家が恋しくなった。
「鶏をあぶったのが食べたいなー」
 鉄の鍋で塩をふって皮がパリパリになるまでじっくり焼くのだ。香ばしく油の滴る肉を皆で切り分けて食べる。こんな風にひとりぼっちで食べるのではなく、皆で食卓を囲みたい。叶わぬと知れば、母や家族の温かさが余計に恋しかった。



 その日の夜。疲れから早めに床につこうとしていたティナは、女王に再び呼び出された。
 暗く静かな廊下に案内役の女官とティナの二人分の足音。ティナの古い木靴が石畳とぶつかり足音を立てると、布の靴を差し出され、履き替えさせられる。羽根のように軽く、暖かく、柔らかい。感触に感動しつつ、眠い目を擦りあくびを噛み締めて謁見の間に向かうと、その隣の女王の私室に招き入れられる。
 広い部屋の四隅に置かれた燭台が心細く部屋を照らす中、中央の肘掛け椅子に人影があった。一瞬白い顔だけが不気味に浮いているように見えてティナは目を疑う。よく見ると、漆黒のドレスと長く黒い髪がそう見せているようだった。娘と同じく美しい容貌を持つ女王は、娘とは随分違う柔らかい声色でティナに語りかけた。
「ティナ、お前に秘密裏に頼みたいことがあるのです」
「な、何でしょうか」
 "秘密"という言葉に眠気が覚め、気も引き締まる。
「この魔術書にある魔術をお前は使えますか?」
 差し出されたのは古い本。その厚みにぎくりとしながらティナは恐る恐るそれを手に取って開く。そこに書かれた細かい文字を、ティナの頭は全力で拒絶した。
「どういったご理由でこの魔術を?」
 戸惑ったままに問うと、女王は張りつめた声で言う。
「王女をより女性らしくする為の術です。深く考えず、そこに書かれている通りに行えば良いのです。できますね?」
「ええと、読んでみなければなんとも……」
 たじろぐティナを見て、女王は小さくため息をつく。
「使える者を、とヒルデガルドには伝えたから、この程度を使えないようでは困るのです。当然使えるのですね?」
 闇に浮いた女王の顔は妙な迫力で、ティナは使う使わない以前に字があまり読めませんなどとは、とても言うことができずに首を縦に振る。
 なんといっても、アエナがティナに命じた。簡単な仕事だと言ったし、母ができると言ったのだからきっとできるに決まっていた。それに持って来た荷物の中には伯父から譲り受けた辞書があることを思い出したのだ。
「あの子の十七歳の誕生日――秋まで、半年しか期限は無いのです。それより早い分は全く問題はありません。ですが、遅れることと、失敗は絶対に許しません。慎重に進めて必ず成功させるのです。いいですね」
 ティナは迫力に圧されて、再びぶんぶんと首を縦に振った。
「あの、これ、秘密裏ということは……王女様もご存知ないのですよね?」
「……ヴィルヘルミナは了承済みです」
 一瞬女王が泣きそうな顔になったのをティナは不思議に思いながらも、魔術書を胸に抱いて部屋を出た。



「それでは、何か必要なものがございましたら、私、勤続三十年、王宮執事のライムントに申し付け下さいませ。王家の事、王宮の事ならばなんでも把握しておりますので、全てお任せください!」
 帰り道に部屋の前にティナを送り届けたのはライムントだった。彼は鳩胸をさらに張って、どことなくしつこい自己紹介をする。毎回言っていることを考えると、『勤続三十年、王宮執事』、これは揃えで彼の肩書きなのかもしれない。
「それから、衛兵になんでも言付けて下されば、すぐに参りますので」
「衛兵のリオです。よろしくお願いします」
 ティナよりも年下だろうか。小柄で猫のような目をした少年兵は、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。自信なさげに背を丸めている。そっけない挨拶に、ティナがよろしくと微笑むと、少々照れくさそうにぺこりと頭を下げた。



 部屋の窓から満月が南の空に浮いているのが見えた。既に夜半を過ぎていた。眠ろうとしたけれど、先ほどの女王の恐ろしい顔が瞼の裏に張り付いたようになって眠れなかった。少し悩んだ末に、ティナは寝台から抜け出した。眠れない時には苦手な本を読めばいいと思いついたのだ。
 筆記机に魔術書を置いて燭台の光で照らす。いつもは表紙を見るだけで訪れる睡魔なのに、今日はなぜか訪れず余計に目が冴えた。仕方なく頁をめくって文字を追おうとして気が付いた。どうも魔術の名前と効能らしき部分が見当たらない。ほかの魔術の頁を見るに、効能が書かれていたのはどうやら一つ前の頁らしい。よくよく観察すると、そこには破られた痕跡がある。
 不穏なものを感じるけれど何しろ古い魔術書だ。何かの折りに破れたのかもしれない、そう思って、まずは方法が書かれた部分の解読を始めた。
「うわ……読みにくい……」
 酷い悪筆で書かれた魔術書に文句を言いながら辞書の表紙をめくる。伯父の辞書の見返しには文字が順に並んでいて、それぞれの読み方を示していた。幼い頃に無理矢理覚えさせられた懐かしい表を見ながら、ティナは魔術書の言葉の綴りと表を比べて発音を必死でひねり出す。
「んと、『し』いや、『しゅ』か。それから、せ、いぶん。しゅせいぶん」
 つなげて発音すると意外とすぐに言葉は意味をなした。
「――主成分って書いてある? ええと、プエラ、リア、と、ウミ、ナナフシ?」
 辞書を調べつつ読んで行く。だが、ティナが知っているのは、プエラリアという豆科の植物だけ。あとはどうやら名前を見る限りは海のものっぽいなと思う。
 ティナが持ち込んだ図鑑は薬草作りの教科書である野草図鑑だけだったから、彼女はさっそくリオに伝言を頼んだ。ライムントがすぐに対応してくれて、海の生き物の資料を多数持って来た。その有能さにさすが胸を張るだけあると感心しつつ、ティナは解読を続ける。
「ウミナナフシって――う、うえええ」
 取り寄せた図鑑を調べると、どうやらこれはバッタに似た海の虫だ。
 実のところティナは虫はあまり好きではない。幼い頃は平気だったのに、あるときじっくり観察してしまったせいで、その造りの奇妙さに目がいってしまったのだ。あとは小さな生き物の脆さがひたすらに怖かった。ティナの一握りで命を失う、その脆さが。
 幼い頃に潰してしまった虫の感触にしばし呆然とするけれど、やがてティナは気を取り直し、続きを解読する。どうやら概要が次の二行で書かれているようだった。じっくり音読したあと、言葉を一つ一つ辞書で調べる作業を繰り返す。それから言葉を繋ぎ合わせて、意味の通じる文を作る。
 そうして一刻ほど経った後、ようやくなんとか意味の通じる文章が完成した。
「混ぜ合わせ、煮詰めて、コップ一杯ほどを変化するまで飲ませる……うわぁ……!」
 味を想像すると涙が出そうになる。目を逸らそうとして、次の頁に付け加えられた一文が目に焼き付く。難しい言葉だったけれど気になって再び解読すると『服用時期/個体の幼少期、成長期に使用すると一番効果が高い』ということだった。
 なるほどと、ティナは薬の効能について思い当たった。女王の『王女をより女性らしくする為の術』という言葉の意味が分かった気がしたのだ。
 王女ヴィルヘルミナは確かに今が成長期に当たると思われる。彼女は、よく言えば華奢だけれど、悪く言えばめりはりの無い子供のような体だった。確かにもうちょっと女性らしい柔らかさを身につけると、もっと魅力的になるだろうと思われた。
 つまり、この薬を飲めば女性らしくなるのかもしれないと、ティナは人のことを決して言えない自分の子供っぽい体を思い出した。
(こ、これ飲めば、私ももっと大人っぽくなれるのかも)
 色っぽく変身した自分を想像してごくりと喉を鳴らすけれど、よこしまな考えにウミナナフシの外見が割入った。
(あぁ、あれを飲むのは無理だわ)
 ヴィルヘルミナには材料は内緒にしよう……ティナはそう考え、解読を続けようとした。しかし、ふと窓を見るともう夜が明けようとしていた。たった二行を解読するのに夜中かかった事を知り、ティナは愕然とする。
 魔術書に書かれた方法はまだあと五頁ほど続いている。分量や火の入れ方やころ合いなどは、もはや専門的すぎて分からない。それでも『お前はできる』という母親の言葉を胸に、果敢に調べようとしている間に、ティナは夢の世界に誘われていた。
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