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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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4 相手は王族、王女さま

 辿り着いた王宮の一室でティナは大きなため息をついていた。
 もう日はとうに沈んだ後だった。風に揺れた炎が、部屋の天井にオレンジ色の暖かな光をゆらゆらと踊らせている。
「はああ」
 初めて見るかやぶきではない天井。何でできているのだろうか、とにかく高い位置にあるし、なにより平らだ。木でも打ち付けているのかもしれないけれど、あんな高い場所にどうやって。そんな事を考えながら天井を見上げていたティナは、背を反らしすぎて、とうとう後ろに倒れそうになり、実際よろけて傍にあった長椅子に仰向けに倒れ込んだ。
「うわー!」
 あまりの柔らかさに感動しているところで、頭上から落ち着いた声がかかった。
「何がそんなに珍しいのだ。反り返って見るほど、上に何かあるか?」
「だって、天井があんなに高いんだもの。村の一番大きな家でもあんなに高い所には無いし、第一かやぶきじゃないし」
 ティナは天井を見たまま、声の主の問いにぶっきらぼうに答える。
「削り出した石を組んで建てているのだが、そんなに珍しいか? 逆に、かやぶきとはなんだ? 私は見た事が無い」
 少々馬鹿にされた気がして、ティナはムッとして声の方に目を向けた。そして直後飛び跳ねるように椅子から起き上がった。
「あ、ああ、あの!」
 そこには黒髪の美少女が立っている。鋭い光を宿した瞳も、長い髪と同様に真っ黒だ。
 肌は透き通るように白く、青白いといって良いくらいだ。少々不健康そうな顔色には似合う、冷たい笑みを浮かべている。
 見下ろされるような視線に、彼女の背がかなり高いのに気が付いた。体を締め付けないふんわりとした青いドレスを着ていて、すらっとした細身の体にはよく似合っていた。だが、冷たく固い表情と併せて見るとかなりちぐはぐで、ティナは僅かに戸惑った。それに、固い口調と重い印象の声も外見には似合っていない。だけど、その口調は長としての母の口調に似ているような気がした。
(この女の子は?)
 ティナが待っている人物であるかを確認する為に、ここにやって来る前に練習した最大限丁寧な口調で問う。
「ヴィルヘルミナ様であられますか? わたくし、今日から王宮に派遣されました、ティナでございます」
(ああ、やっぱり似合わないっ)
 "わたくし"という響きに、自分で言っていて腰の辺りがむずがゆくなる。
 黒髪の少女は眉を寄せ目を吊り上げると、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ヴィルヘルミナは私だが……まさか、お前が? 私に真の女性らしさを教える為に近従がやって来ると聞いていたが、お前なのか?」
 冷たい声で問いただされ、ティナは怯んだ。
「女性らしさ? そんな、お教えできる事などございませんが……」
「――じゃあ、今すぐ帰れ。役立たず」
(なんですって?)
 一体なんなのだろう、この攻撃的な物言いは。ティナはさすがにムッとするけれど、それを必死で押し隠す。相手は王族、国で一番偉い人達なのだ。だから偉そうなのは当たり前。出だしから機嫌を損ねるわけにはいかない。
「いいえ、女王陛下に命ぜられたのですから帰るわけには参りません」
 先ほど真っ先に目通りしたのは書簡の送り主であった女王陛下だった。そして女王が最初にティナに命じたのは『魔術で病弱な王女を健康にして欲しい』ということだった。
(病弱? 本当に? 顔色は悪いけれど、随分猛々しいお姫さまじゃない)
 ティナはふと、なぜ魔女が呼び出されたのだろうと謎に思う。王宮には高名な医師もいる。わざわざ民間療法に近い魔術に頼る事も無いような気がする。
 疑問に首をひねるティナの前で、王女は苛立たしげに問うた。
「お前は今何歳なのだ? 子供じゃないのか?」
「十六でございます」
 むきになってそう答えると、王女はその涼しげな目を見開いた。
「嘘はいけない。とても私と同じ歳には見えない。こんな未熟者……母上は一体どういうつもりだ」
 気にしている所をぐさりとやられ、一発殴ってやろうかとティナは思う。しかし、相手は王族、王女さま。心の中で呪文のように唱えて思いとどまる。
「未熟者ではありません! 村では一人前扱いされてました!」
 本当のことを言えば余計に馬鹿にされそうで、ティナは真っ赤な嘘をついた。だが、王女はそれを無視して「シュメルツェの末裔だと警戒していたが、どうやら無駄だったようだ」と吐き捨てた。
 嫌悪の滲んだ声にティナは伯父の話す昔話を思い出した。
「……あの、シュメルツェがどうかされました?」
「その魔女の名を聞くのは不愉快だ」
「どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもない。知らないのか。――この国に王子が生まれなくなったのは水の魔女シュメルツェがさらうからだという"伝説"を」
「あの大地の王と水の魔女の"おとぎ話"の事ですか」
 あえて言い直すと、王女は眉を吊り上げた。
「伝説だ。史実にも書かれている」
 ティナは呆れる。あんな無責任なおとぎ話を本気で信じているなんて。それを元に魔女を厭うなんて。街の者でも、ここまではっきりとした差別は行わない。王族が魔女を嫌っていることは話を聞いて知っていたけれど、先ほど対面した女王はティナに対して随分丁寧な対応だった。だからティナは少し安心していたというのに。
 もしかして、賢そうなのは外見だけなのだろうか。何となくそぐわない態度をティナは不審に思う。
「いいえ。それは単なるおとぎ話でしょう。まさか、それで魔女はお嫌いなどとおっしゃるのでしょうか」
 そんなわけ無いですよね? と確認したかったのに、
「何も無いのに伝承が伝わるとでも思っているのか。現にこの国には王子がいないではないか!」
 王女は怒りを滲ませた声でそう吐き捨てると、ティナを置いて去ろうとした。
(なんでこの程度のことでそんなに怒ってるのよ!)
 ティナは王女の過激な反応がいまいち理解できないまま慌てて後ろを追う。ここで追い返されては落第者決定のようなもの。「もう戻って来たの、やっぱりね」とまたアエナや村の者にがっかりされるのが目に見えるようだった。
「お待ちください」
 王女は無視してずんずん回廊を進む。彼女は決して急いでいる訳ではなさそうなのに、ティナは全く追いつけない。悲しいことに、どうやらそれは足の長さのせいだった。
「待って、ください」
 久しぶりの追いかけっこにティナはいつしか必死だった。ぜいぜいと息を上げながら階段を一階二階と駆け上がる。三階に辿り着いた時には、王女は廊下の奥にある、ひと際重厚な扉のついた部屋へと向かっていた。
「――ちょっと、待ってって言ってるじゃない!」
 思わずそう叫んだとたん、ティナは階段の最後の一段で足をひっかけて派手に転ぶ。
「わ!」
 べたんと顔を床に打ち付ける。大きな物音にようやく王女が振り返るけれど、すぐに前を向いて進み出した。
「ったぁ……」
 石の床でおでこと膝を打ち付けて、すぐには立てなかった。じんじんとする痛みに顔をしかめながらも、ティナはぐっと立ち上がり前を行く王女の背中を睨んだ。
(負けるもんですか)
 何もせずにクビになってたまるものかと、ティナは苦し紛れに大声で叫ぶ。
「お待ちください! 私、村を背負ってこちらにやって来ているのです。追い出されては行く所が無いのです。なんでもやりますから、どうかお傍に置いて役に立たせてください!」
 回廊の中でティナの叫び声がわんわんと反射した。王女はさすがにその声に驚いたのか、足を止めて肩越しにティナを振り返ると、見たことが無いものを見るような目でまじまじと見つめる。
 ひっつめていた亜麻色の髪は半分解けて、視界が半分になっていた。もしかしたらおでこは青い"こぶ"になっているかもしれない。かなりボロボロの状態だと想像がついたけれど、ティナは構わずに王女を食い入るように見つめた。
 やがて王女は、「お前、しつこいな」と大きくため息をつく。そして「どうせ追い出せはしない。母上が魔女を呼んだという事は、覚悟を決めよという事なのだから」と呟くと、苦しげに目を伏せた。
「覚悟?」
 ティナは問うけれど、王女はそれに答えず「せいぜい邪魔にならないようにするのだな」と言い捨てて部屋の扉の奥に消えた。
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