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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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3 可愛い子には旅をさせろ


「ええ! 私を派遣するって?」

 ティナの家――つまりは長の小屋に辿り着いたティナは大声で叫んでいた。足元には摘んで来たばかりのセリが苦々しい香りとともに散らばる。
 ティナが帰宅したのは話し合いが終わった直後だったようだ。村人が解散した後に残るのは母と伯父だけで、家は妙にがらんとしていた。
 お帰りという言葉の前に母が言ったのは、「王宮に派遣する魔女はお前にする事にした」との言葉だった。
「ああ、お前が適任だろう。なにしろお前は偉大な魔女の血を継ぐ魔女だから」
 村の長を務めるアエナはあっさりと命じた。そしてぷかぷかと煙を上げるパイプを一息吸うと、ふうと吐く。かやぶきの屋根に煙は吸収され、ほどなく霧散した。
 亜麻色の髪とすみれ色の瞳はティナと似ているようで似ていない。母の髪は癖が無く、瞳の色も母の方が深く大人っぽかった。何より、すらっとした長身を見ていると血の繋がりを疑う事さえある。
 母の大人っぽい仕草も、それが似合う外見もティナの憧れだったけれど、今はそれを羨む余裕はなかった。
「で、でも、私っ……」
「修行不足でろくな薬も作れない。遊んでばかりのくせに、口先だけで修行したいと言う。――だが、〈シュメルツェの魔女〉になるつもりならば、今回の仕事は適任だな、いい修行になる」
「なにその凄まじい皮肉っ! どこが適任なのよっ! 悪い冗談は止めてよね! 王宮ってことは、重大な仕事なんでしょ!」
「大したこと無い。どうせ横暴な王家などに使える者を遣るつもりは無かったのだ。お前のような落ちこぼれでちょうどいい」
「落ちこぼれ?」
 その言葉は聞き捨てならない――ティナは憤慨した。
「私だってそうなりたくないから努力してる。きっとやればできるし、大体――遊んでばかりって、それは、皆が相手にしてくれないから!」
「お前に大事な仕事を任せると大変なことになるのが分かってるからな。簡単な仕事でさえまともにできないんだから、仕方ない」
「でも、今日だってちゃんと真面目にセリを摘んでたのよ?」
 ほら――と、ティナは足元のセリを指差した。
「そのことだが、ベルダがセリを頼んだのにまだ届かないと訴えていたぞ? 夕食に使うと言っていただろう? 今頃持って来てどうする。期限さえ守れないのか?」
「でも、夕方までにとしか言われてなかったんだもの」
 ティナが言い訳すると、アエナは鼻で笑う。
「言われずともそのくらい分かるのが普通だ。それに……セリに毒セリ――オオゼリが混じってるように見えるが。お前皆を殺す気か?」
「毒⁉」
 ティナはぎょっと目を剥いて足元の草から飛び退いた。そして野草の汁のついた手を思い出して、部屋の端に置いていた水瓶に飛びつくようにして手を洗った。
「ね、ねぇ、これって皮膚から吸収する⁉ 爪の間とか?」
「さあな。図鑑を読めば分かるんじゃないか?」
「――読んでる間に死んじゃったらどうするのよ‼」
 こんな時まで素っ気ないアエナにはもう頼れない。まさか命が無くなるようなことはないと思う一方で、なんだか息苦しくなって来て、ティナはとにかく手の感覚がなくなるまで必死で手を洗った。
(うわああ、まだ死にたくない……!)
 そんなティナに、アエナは冷めた眼差しを向ける。
「毒があるとも知らずに混ぜていたのか? また"読まず"に絵だけで判断したのではないだろうな? 根まで引き抜けば違いは明らかだろう? そう書いてあったはずだが」
「うっ、それは……」
(なんでそんな大事なこと、教えてくれないのよ! いくらなんでもひど過ぎる!)
 手を拭きながら母の後ろにいた伯父をちらりと睨むと、彼はやれやれといった調子で肩をすくめた。
「言い訳も屁理屈も結構。口先で誤摩化すな。いくら頑張ろうとも結果を出さねば意味がない。お前は仕事の華やかな面しか見えてないようだけれど、仕事とはそういうものではない。私たちの仕事は特に小事が大事に繋がるんだ。少しの間違いも許されない。それがお前には全く分かっていない。だから何も任せられない」
 アエナの厳しい言葉に、ティナは反論できずにぎりと奥歯を噛み締めた。冷えきった指先がじんじんと痛みだす。まなじりに涙が溜まり視界が歪むのが分かったけれど、涙をこぼすことだけはぐっと堪えた。
 そんなティナを見てアエナは息を小さく吐くと表情を和らげる。優しい母の顔がちらりと覗いて、気が緩んだティナは思わず涙を一粒こぼしてしまい、慌てて指先で拭った。
「……今度のは簡単な仕事だ。一度でいいからじっくり丁寧にやり遂げてみることだ。ちょっととろくて間が抜けてるが、根性だけはあるんだから、お前には絶対できる。そう思え。いつも言ってるだろう? 自信は己を強くすると」
 アエナは説教を終えると立ち上がった。ティナは一方的に話を切り上げられて慌てて追いすがる。王宮行きの話はてっきり説教の一環で意地悪を言われているのかと思っていたのだ。撤回されないということは――まさか。
「ちょ、ちょっと! 母さま! うそ、今の本気なの?」
「もちろん本気だ。もう前金はたんともらってるから、仕事が終わるまで帰って来るんじゃないよ。中途半端な事をしたら、家の恥――それどころか村が潰れる。成功無しには、二度と帰れないとお思い」
 ティナは自らの置かれた境遇に愕然とした。今の話を聞く限り、つまり母は役に立たない落ちこぼれを厄介払いに王家に売ったということにならないか。はたして、それは大事な一人娘にすることだろうか。
「――――っ! 母さまの意地悪!」
「意地悪で結構」
 母の表情は楽しげでもあった。それがティナの癇に障り、彼女は思わず叫んでいた。
「いいわよ、分かったわよ! しっかり仕事をこなして、私も一人前だって認めてもらうんだから!」



 ティナの出て行った部屋は嵐が過ぎ去ったかのようだった。彼女が落としたままのセリの香りだけが部屋に微かな安寧をもたらす。アエナはそれを一束拾うと香りを嗅ぐ。そして、扉の向こうで頭から湯気を立て、草を踏み分けてどしどしと歩く娘をじっと見つめる。
「良かったのか、アエナ。危険じゃないか? 俺は反対だぞ」
 イザークの声が部屋の中に響く。
 アエナは活火山のような娘の様子に、そっとため息をつく。だが娘を甘やかす事はしない。これまでも、これからも。あの子の為に。
「大丈夫、あちらもこちらの助力が必要ならば、ティナに下手なことはできないよ。それに――あの子にはシュメルツェの加護がついているから」
「加護か? どちらかというと村全体を覆う呪いかと思ってたがな。まあ、ティナには厳しい環境が必要なのは分かるよ。でも、だからと言って王宮は可哀想だろう。あいつらは俺たちを嫌っているんだから」
 イザークはそう言って顔をしかめる。アエナと違って親の話を素直に聞いていた兄は、その分深く昔話が身に染みているようだった。
 しかし、そこまで素直ではないアエナは、今の疎外された村の状態は、若者の将来に影を差すのではないかと昔から危惧していた。アエナ自身、もっと広い世界を見たいと若い頃には願ったものだった。
 自分が見ることが叶わなかった世界が、今娘の前に広がっている。もう少し若ければアエナは自分で役目を買って出ただろうと思った。だが、彼女には長としての役目がある。だから代わりに娘に広い世界を見て来て欲しい。そしてひとまわりもふたまわりも大きくなって帰って来て欲しい。
 アエナは小さく息を吐くと、村の中でも特に娘に甘い兄を説得する。可愛がるのと甘やかすのは違う。厳しくしてくれと何度頼んだか分からないが、彼女の願いも空しく、彼は姪可愛さにティナに甘いままだった。
「だからいいんだ。あの子はこの村にいると皆に頼り切ってしまう。少々突き放されるくらいがちょうど良い。私でさえ、ついつい甘やかしたくなるからね。皆あの子を子供だと思っているが、もうあの子も十六。可愛い子には旅をさせろと言うだろう?」
「だがな、せめてもうちょっとましな言い方を……」
「ああでも言わなければここを出て行かないよ、ティナは。ここはあの子にとって居心地が良過ぎるから」
 それに、自分も追い出せなかっただろうとアエナはひっそりと苦笑いをした。
「でもよ」
 アエナは、納得していない兄の顔をきっと鋭く睨んだ。ティナの母はこの自分なのだ。
「兄さんは口出ししないでくれ。私は誰が何と言おうと、この絶好の機会を逃すつもりはないんだから」
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