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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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20 魔術書の著者は

「――……ってわけで、ヴィルは姫になる為に魔法薬を飲もうとしてるのよ」
 伯父に追求され、洗いざらい吐かされたティナは項垂れた。一番重要な秘密を暴露してしまったため、誤摩化そうとしても、どう誤摩化せばいいか分からなかったのだ。
「性別を変える魔法薬なんて聞いたことないけどなあ……」
「私だってそう思ってたけど。でも実際にあったんだもの」
 伯父はいぶかしげにティナを見下ろす。そして問うた。
「本物だったら天才だぞ。誰が書いたんだ、その魔術書は」
「え?」
「本には著者がいるだろう、普通」
「ああ、そういえば」
 ティナは三たびがさごそと鞄を漁ると、鞄の底に沈んでいた魔術書を取り出した。
「ん? なんか見覚えが…………」
 伯父はそれを手にとって、ぱらりと表紙をめくったとたん、「わっ」と目を剥いてそれを取り落とす。
「どうしたのよ、ちょっと! 大事な借り物なんだから止めてよっ」
 慌ててティナが拾い、睨み上げると、伯父は蒼白な顔をしてわなわなと震えていた。
「――これ、どうしたんだ? どこにあったんだ?」
「え? 女王陛下から預かったんだけど」
「……これ、昔俺が書いた……奇術の入門書…………なんだけど」
「え――き、奇術――?」
(奇術って、あの奇術?)
 そういえば昔、伯父がティナに見せてくれた気がする。帽子から鳩を取り出したり、カップの中からボールを消したり。――たいてい失敗していたけれど。
「でも、これ相当古いみたいなのに」
 伯父は困ったように髪をかき混ぜながらも、誇らしげに胸を張った。
「凝った造りだろ。こういったものは、おどろおどろしさを出した方がそれっぽいだろ? いかにも本格的! ってな感じで高く売れると思ってさ。実際売れたし」
 それを聞いてティナの頭が高速回転した。伯父が売れたと言う本。それがもしカガク書ならば、彼は今本物の"カガクシャ"としてもっと活躍しているはずだった。
「まさか、昔売れたのってこの本なの⁉ カガク書じゃなくて?」
 図星を指された伯父はしょんぼりとする。
「いや、まあ……若気の至りと言うか……しょーがねえだろ、カガクなんか誰も信じねえし、奇術の方が取っ付きやすいかなとか、俺を変人扱いする奴らに目にもの見せてやろうとか…………とにかく、あの頃金に困ってたんだよ!」
 ティナの冷たい視線に、伯父はとうとう開き直る。
 確かにこの伯父ならやりそうだ――そう思いつつも、ティナはどこか納得いかない。あの魔術は、奇術なんてもので言い表せない代物だ。ティナは確かに見たのだ。"雄"の蛙が卵を抱えるのを。あの時の興奮を思い出して、ティナは叫んだ。
「でも、本当に変わったわよ! 蛙がね! "雄"だったのに、"雌"に変わったの! 見たんだもの、私」
 伯父は困惑したままの声色で説明する。
「この国の蛙はな、未成熟の個体にある一定の濃度の生理活性物質――って言ってもさすがに分からないか。まあ、薬みたいなもんだ――を与えると、雌に変化するんだよ。"カガク"を利用した奇術だ。俺の作ったものの中では会心のできだったんだぞ? 良くできていただろう?」
「うそ。――じゃ、じゃあ、ほ、ほら、蛙に変身するっていうのは?」
「一時的に蛙みたいな色つやになるお遊びの薬だが? ならなかったか?」
 ティナはそのお粗末な内容に呆れつつ、結局それさえも成功させられなかった自分にがっかりする。
「何杯飲んでもならなかったわよ」
 伯父はぎょっと目を剥く。
「まさか飲んだのか? あれは塗るんだが。ほら、粘性が高くて肌に密着しやすかっただろう?」
「う、うそ――ちゃんと書いておいてよ! 紛らわしいじゃない! インチキ奇術師!」
「んだと! よく読んでから言え! ちゃんと書いておいた。――ほら、ここに」
 よく見ると説明の最後に『※飲み物ではありません』とミミズが這ったような悪筆で書いてある。ティナは落書きかと思ってしっかりと見落としていた。
(ああ、私の字が下手なのって……もしかしておじちゃんに似たの?)
 思い当たって冷や汗をかく。がっくり肩を落としたティナに向かって伯父はため息をついた。
「だいたい、あれはいくらなんでも飲めないだろ? 材料も材料だし、大々的に注意しなくても誰も飲まないと思ったんだが」
(た、確かにあれは飲めないと思ったのよ……だってダンゴムシ――)
 ライムント、他、実験台の皆様ごめんなさい――ティナはあの汚泥のような薬を思い出しつつ、心の中で必死で謝る。そして彼らの胃腸の丈夫さに感謝しながら、もう一つの魔法薬に想いを馳せた。
「――ってことは、あの性転換の薬を飲んでも、ヴィルは変身しないってことよね」
 ある意味ほっとしたけれど、別の大きな問題が残っていることを思い出して、ティナは頭を抱えた。
「っていうかよ、なんで変身の必要があるんだ? 魔女を恐れるっていっても行き過ぎだろ」
「洪水を起こすくらいの魔力を持つって思ってるのかもしれないわ。女王陛下はこの魔術書を信じ込まれてたし、ヴィルだって、おとぎ話を信じ込んで、魔女を嫌ってた」
「だとしても魔女相手だけに適当に誤摩化しておけばいいだろうが。わけわかんねえ」
「それは――」
 ヴィルは何と言っていたか――思い出して、説明しようと頭を整理していると、ティナの頭の中でようやく色々繋がった。今まで王子が生まれたとしても問題にならなかったのはなぜか。それなのに、ヴィルがどうしてそこまでしなければいけないのか。
「それが、どうやら今まではそうしてたみたいで、里子に出したり、姉や妹に王位を譲ったり。でも、ヴィルは……そうだ、一人っ子だから跡継ぎが必要でっ――でも、王子として女の人と結婚したらどうしても男だってことが広がっちゃうから……。だから、変身して男の人と結婚しなきゃいけないんだ!」
 思わず涙声で叫んで頭をかきむしったとたん、ひっつめておいたティナの髪の毛が解けて爆発する。伯父はティナの動揺からそれが真実であると分かったのか、初めて見知らぬ王子に向けて心からの同情を示した。
「男と男が結婚? ああ……そりゃあ……悲惨、だな。ってか無理だろ」
 ティナもそう思いたい。だけど、あの女王陛下ならここで諦めず、何かもう一つくらい、とんでもない策を用意していそうだった。
(まず、あれだけの美貌だもの。男でもいいと言う相手がいるかもしれないし!)
 ふと思い浮かんだ考えにティナはぞっとした。鳥肌をふるい落とすように叫んだ。
「あーもう! そんな不幸な結婚なんか、絶対させるもんですか!」
 それを聞いた伯父が眉を上げると驚きを含んだ声で問う。
「なんだ? もしかして、お前惚れてるのか? そのヴィルって王子様に」
 一瞬ぐっと詰まった後、ティナはライムントがするように背筋をぐっと伸ばした。
(ここまで来て、何を恥じることがあるの。何を躊躇うことがあるのよ!)
「そうよ、文句ある?」
 戦う覚悟を持って、くわっと噛み付くように叫ぶと、伯父はにやりと笑った。
「いいや、全然。そういうことならば――アエナを説得にいくか? あいつも城に行くんだからよ、ちょうどいいじゃないか」
「行くわ。――今すぐに」
 ティナは乱れてしまった髪をリボンで縛ると、挑むように霊峰を見上げた。
 伯父はそんなティナに驚き、目を丸くした。
「今から登る気か? ここまでずっと走って来て、疲れてるんだろうが?」
「平気よ、このくらい。さっき休んだから、なんてことないわ」
 もちろん疲れ果てていた。ふくらはぎはぱんぱんに腫れていたし、足の指にまめもできていた。でもヴィルの顔を思い浮かべると、体の底からいくらでも力が湧いてくるような気がした。
 なにしろ急を要するのだ。村に戻ってから使者を送るよりも、自分が行く方が早い。幸い、体力には自信がある。母の戻りをただ待つなんて、できそうになかった。
「この仕事は、私の仕事よ。誰にも譲れないわ」
 息巻くティナを見て伯父は仕方なさそうに笑うと、気合いを入れるかのように腕まくりをした。そして、ティナの前で一歩、霊峰へと続くけもの道へと足を進める。
「じゃあ俺も付き合おう。大人げない喧嘩もここまでだな。どうせならおとぎ話は有効に使ってやろうぜ。――物語は幸せな結末の方が皆喜ぶんだから」
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