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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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18 『勤続三十年』の忠誠心

 ティナはカツカツという小さな物音に目を覚ます。
 疲れて眠ってしまったらしい。既に外は真っ暗だった。ここに入れられた時にはまだ外は明るかったのに。もう夜半に近いのかもしれない。時間の感覚はまるでなかった。
 ライムントはあまりにティナに冷たかった。ヴィルに対して感じた温かさは、ティナの勘違いだったのだろうか。王宮執事は、やはり最高権力者である女王には逆らえないのかもしれない。
 ティナは辺りを見回す。閉じ込められた部屋は牢なのだろう。床には何も敷かれておらず、冷たい石がむき出しとなっていた。壁もやはり石造りで、押しても引いてもびくともしなかった。
 諦めきれずに扉の向こうにいる見張りの兵に話しかける。
「ねえ、ここから出して」
 無駄だと分かっていた。ここに入れられて暫くずっとヴィルの置かれた境遇を叫び続けたけれど、全くの無視だった。それどころか、ようやく反応があったかと思うと、ろれつの回らない口調で孫の自慢話をされる始末。扉に開けられた小さな窓からよくよく観察すると、かなり歳のいった兵のようで、耳も遠いようだった。
 ティナの知る秘密はおそらく王宮でも伏せられているのだろう。だからこそこうして、耳の遠い老人が見張りに立っているのだ。
「なんだあ? まだ孫の話が聞きたいのかあ。そうかそうか」
「ちがうって!」
「わしの孫はなあ、三十年もここで仕えてるんだぞー。わしが引退してからもずっと王家の為に働いているんだ」
「はいはい……おじいさんも王宮に上がってから、勤続五十年、王家に仕えられたんですよね」
 何度も繰り返し聞かされて覚えてしまった。兵士には自慢の孫とひ孫がいて、どちらも彼と同じく王家に忠実に仕えているらしい。代々、王家に信頼を置かれるようになったのは、実に彼の忠実な勤務態度のおかげだそうで。兵士の若い頃の苦労話が再び始まるのを恐れ、ティナは無駄だと知りつつ話を先取りして遮る。
 しかし、
「わしはこの腕一本で王家をお守りして来たんだぞ。わしのあとを継いで、孫にも兵士になって欲しかったんだがなあ、あいつは変に頭が良かったからなぁ……」
 予想通り始まった自慢話にティナが大きなため息をついたところで、視界の端に灯りが散らついた。
「おんやあ?」
 現れた人影に老兵士が目を丸くする。
「珍しいなあ。その孫がやって来たぞ」
 その人物の顔が覗き窓から見え、びっくりしてティナは飛び上がる。
「おじいさま、お務めご苦労様です。辛かったらすぐに言って下さいね、リオと変わらせますから」
 人影は老兵士の耳元で大きな声で言う。
「はっはっは! まだまだ若いもんには負けんぞー! わしはなあ、何たって五十年もここで働いていたんだからなあ!」
 張り切った大声が届くとともに扉が開き、大きな影とそれよりは少しだけ小さな影が部屋にすばやく忍び込む。
「ラ、ライムント!」
「しっ」
 背を丸くして、いつもとは随分印象が違うけれど、確かに彼だった。そしてその後ろには一人の愛らしい少女がじっとティナを見つめていた。
「殿下に泣きつかれてやって参りました。どうかお逃げください」
「でも、どうやって?」
「身代わりを用意しました」
 そう言って彼は後ろを振り向いた。ティナは驚いて問う。
「――彼女は?」
「私の息子です。共に王家にずっと仕えておりますよ」
「え」
 まずその可愛らしさと、息子という言葉にティナは度肝を抜かれる。
「あなたが無事に逃げるまでは、身代わりを務めさせてもらうから」
 どう見ても少女の少年はそう言ってにやりと笑った。ティナはその猫のような目と澄んだ声に聞き覚えがあり、さらに目を丸くした。
「あ、あなた、あの――」
「衛兵のリオだよ」
「うそっ」
「とにかく急いでください。怪しまれます」
 自分より美しいヴィルにはもう諦めの境地でいたけれども、今度は自分よりもリオが可愛らしいと知った衝撃で固まっていたティナは、ライムントの声にはっとした。そうだ、今はそれどころではないはず。
「急ぐって、なにかあったの?」
「例の魔術が失敗しそうなのです。作り直した魔法薬を殿下が飲まれましたが、未だ変化がございません」
「え? でも、蛙ではうまくいったじゃない」
「きっとあの呪文は、魔女が口にしてはじめて力を発揮するのでしょう」
 呪文? ティナは少し考えて、やはりあのおまじないが誤解されていることを知った。
「でも、あれ、適当に言ってただけなのに……」
 ライムントはティナの告白にしばし閉口すると、頭を掻いた。
「そんなものは言い訳にしかとられないでしょう。女王陛下はまたあなたに薬を作らせよと命令されると思います」
「でも私、もう何を言われても薬を作ったりしないから!」
 ティナがむきになると、ライムントは苦笑いを浮かべて首を振った。
「殿下はさすがによく分かっていらっしゃる。『大人しく薬を作ってくれるようなヤツだったら良かったのに』とおっしゃいましたが、本当に頑固でいらっしゃるようですね。だから殿下は心配なのでしょう。陛下は、女王としてならばいくらでも非情になれるお方ですから。次に失敗すれば、あなたの命はありませんし、それに……」
「何?」
 急にしんと部屋に沈黙が落ち、ティナは不安になる。
「いくら魔女でも、拷問・・されたら平気ではないだろう?」
 言いにくそうに口をつぐんだライムントの代わりにリオが口を挟み、ティナは青ざめた。拷問、その響きがまずあまりにも耳慣れない。
「お逃げください。ヒルデガルドへ」
 ライムントの言葉にティナは首を横に振った。
「何言ってるの、じゃあヴィルはどうなるのよ」
「あなたは先日おっしゃった。殿下をお救いする方法を調べると。私はそれに賭けたいのですよ。あなたの言葉通り、今のままでは何も解決しません。もし変身が上手くいこうとも、殿下のお子にまた同じ事が起これば、あまりにいたたまれない。古き悪習は今改めねば」
 ティナは、ライムントの目の中にいつも通りの王家に対する忠誠心を見た気がした。彼は『勤続三十年』の忠誠心から、王家のために女王を裏切ろうとしている。肩書きは決して口先だけのものではなかった。
「……分かったわ」
「頑張れ。応援してる、殿下の為にも」
 父親同様、真剣な目をしたリオがティナを励まし、ティナは彼にも心から感謝する。
「ありがとう、すぐに戻るから。あなたたちの為にも」
 そう長い間は誤摩化せない事は分かった。もしティナの逃亡がばれれば、この親子も処罰されるだろう。
「ヴィルが――皆が幸せになる方法、きっと見つけてみせるから」
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