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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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17 魔女だけの言葉

(一睡もできなかった……)
 朝の光がカーテンの隙間から漏れ始め、部屋はぼんやりと明るくなっていた。
 ティナはヴィルが部屋から去った後、自分に何ができるのだろうと必死で考え続けた。
 どうしてもヴィルのしようとしている事は納得いかなかった。たとえ、民の幸せの為だとしても、誰か一人の犠牲の上にそれは成り立っていいのだろうか。
 確かにヴィルは命は取られない。だけど本来の自分というものを殺す事には変わりない。それは本当に生きている事と言えるのだろうか? それを知っているティナが止めないのは見殺しにしているのと同じではないかと思えて仕方がなかった。
 そうして、おそらくこの犠牲はヴィルだけに留まらないのだろう。もしかしたら、今までにも同じ苦しみを乗り越えて国を支えた名も知らぬ王子がいたのかもしれない。
 何より、ティナは〈王子であるヴィル〉を失うのが辛すぎたのだ。
 彼が女性になってしまうことは、彼に恋をしているティナにとっては彼が居なくなってしまうのと変わらない。彼だってあんな風に言っていたけれど、完全に納得しているとは思えない。だって、悔いが残ると言っていたではないか。
「私には、できない。やっぱり間違ってる、そんなの」
 ひとまずはシュメルツェの呪いというのは一体なんなのか。本当に避けることができないのか。確かめるまで待ってもらうのだ。
 魔法薬は一瓶だけしか作っていない。ならば、それを壊せばヴィルは変身できない。ティナはひらめいた考えに、ぐっと手のひらを握りしめた。

 ◆

 朝食の味は覚えていなかった。
 ティナは呼び出された広間に足取りも重く辿り着く。
 そこではヴィルが蝶の刺繍が入った白いドレスを身に纏い、中央に仰々しく描かれた円陣の上に背筋をピンと伸ばして立っていた。
 同じ衣装を纏っているのは見たことがあるのに、今、ティナの目には、その姿は男性にしか見えない。大きな戦いに挑もうとしている兵士というのは、きっとこんな顔をしているのではないだろうか。
(――どうして気が付かなかったのかしら)
 細くはあるけれど、肩にも丸みは無く、幅も広い。腰の辺りの直線的なラインは、子供のものというより大人の男のものだった。頬も柔らさを失いつつあるのが分かる。何よりその漆黒の瞳が持つ光は随分と猛々しく、人を威嚇するかのように鋭い。
(もっと早く気づくべきだったのに)
 そうすれば、女王の意図にも気付くことができた。企みを知れば、きっと魔法薬を作り上げる事もなかったのだ。
 後悔してもしきれない。だけど、今は悔やむよりもせねばならないことがある。
 ティナは円卓の前に進むと、昨夜ライムントに貰った指示書の通りに一人の観察者としてそこに座った。重苦しい雰囲気に息苦しさを感じて周りを見回すと、一つしかない出入り口は固く閉じられていた。ティナの後ろでは覆面の兵が二名、儀式をじっと見守っていた。
 ライムントは足の先までの長さの、まるで司祭のような大げさな恰好をしてヴィルの前に立つと、ティナの作った魔法薬を美しいガラスの器に注ぐ。
 好機はあまりないはずだった。距離は跳ねれば二歩で届くかどうか。それまでに拘束されてしまえば、もう手だてはない。なんとかあと一歩でも近づく機会をティナは狙った。
 平静を装いつつ、後ろの兵の様子を伺い続ける。だが、彼らは精鋭らしくまったく油断などしない。あくび一つ、咳一つの隙もみせなかった。
 焦るティナの前で、やがてヴィルはガラスの器を持ち上げた。そのとき、ライムントが大げさな声でティナを呼ぶ。
「魔女ティナよ、これに、呪文を」
 呪文? 一瞬首を傾げかけたけれど、例の仕上げに言っていたおまじないだと気が付いた。ティナはこれを好機だとはっとして立ち上がり、ヴィルのそばに寄った。
(今を逃したら終わりよ!)
 緊張で震える手を握りしめて、できるだけ荘厳な声で言った。 

『ギラ・スロカ・ロプロシヴァ』

 やはり村に伝わる古い言葉だ。本来ならば『お姫様』という意味の『タプトタクス』と言うところを、ティナはあえて今『ロプロシヴァ』と言う。それは古い村に伝わる言葉で、『王子』。『本来の王子の姿に戻れ』――ティナの願いだった。
「呪文など本当に必要なのか? 適当に言ってたのかと思っていた」
 静まり返る広間の中、魔術書を一緒に解読したヴィルだけは、いぶかしげにティナを見て囁いた。ティナはそこでにっこり笑うと、ヴィルの手にあったガラスの器を思いっきり払いのけた。
「わ――ティナ! 馬鹿、なにをするんだ!」
 ガシャンとガラスの割れる音が響いた直後、ティナは兵に拘束される。分かっていた事だけれど、いざそうなるとその暴力的な力に身がすくんだ。
「ティナを離せ!」
 ヴィルが叫び、兵が一瞬怯む。けれど、それまで傍観していた女王が立ち上がると、兵はティナを後ろ手で拘束して女王の前へと運んだ。
「やってくれましたね」
「これで、ヴィルは変身できないわ」
 ティナは恐怖をぐっと堪えて女王を睨み上げる。
「そうかしら?」
「だって、もう私は薬を作ったりしません」
 ティナは精一杯の虚勢を張るべくふふんと鼻を鳴らすけれど、女王にはまだ余裕があった。逆にヴィルと同じく美しい顔を歪ませて、ハハハとさも愉快に笑う。
「魔術書の解読――それをヴィルヘルミナがなぜ一緒に行ったのか。考えた事はなかったの?」
 ティナはそう言われて初めて思い当たる。確かに、なぜ王女自らティナの教師になる必要があったのか。
「まさか、私の言語指導は――」
「ヴィルヘルミナがあなたと一緒に実験を行う為の口実ね。魔女の薬の作り方はこちらにはどうしても分からない事だったから。あの魔術書を予め試していないとでも思っていたのかしら? もちろん事前に解読させたのよ。でも、いくら薬師に魔法薬を作らせてみてもうまくいかなかった。だからあなたを呼んだの。きっと、作る者が魔女でなければならない理由がどこかにあるのだと思って」
「魔女でなければならない理由……?」
 確かに魔法薬の生成だけならば、ティナがいなくとも魔術書だけで行えるはずだ。そしてティナが行った実験の中には、魔術書には書いていない特別な手順が一つだけある。ティナがおまじないだと思っている――例の『呪文』だ。
 女王は頷く。
「今あなたが唱えたような呪文――魔女だけの言葉には辞書がないのよ。ようやく全ての手順を手に入れたわ」
 ティナは、知らずにやっていたその行動が魔法に関連していた事に驚愕する。いや、しかし――
(まさかあの適当な呪文が本当に?)
 どう考えても納得いかない。
 女王は憐れみを込めた目でティナを見つめた。
「何も知らないままで居てくれたら村に帰してあげられたのに。――さて、ヴィルヘルミナ。どうするの? この娘の命は惜しいでしょう。あなたはもう魔法薬を作れるわよね?」
「彼女を離せ。人質にするまでもない。俺の覚悟は前から決まっている。母上!」
 ヴィルは珍しく激した様子で、女王に向かって吠えた。
「"俺"ではないでしょう。その男のような言葉遣いを止めなさいと何度言えば分かるのかしら。それで、本当に覚悟ができているとでも言えるのかしら?」
 ヴィルはぐっと言葉に詰まる。
「あなたがそんなだから、念には念を入れる必要があるのよ。国民の命を背負っているのだから、失敗は許されない。失敗した時の為に第二、第三の策が必ず必要なの。娘を捕らえておきなさい、ライムント」
「は――」
 ライムントは従順な顔でティナを広間から連れ出そうとする。
 ティナは激しく抵抗する。
「ちょっと、やめて。あなたヴィルが大事じゃないの! 昨日言ってたじゃないっ」
「さて、なんのことでしょうか。私は王宮執事として、王家の為に働くだけでございます」
 ライムントはそう言っていつものように胸を張る。もしかして双子、もしくは二重人格なのではないか、そんな事を考え舌打ちするけれど、彼は眉一つ動かさない。
「ティナ! ――ティナ!」
 後ろにヴィルの叫び声が響くけれど、拘束されて振り向く事もできない。ヴィルの声が消え、ティナの後ろで扉の閉じる重い音がした。
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