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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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14/22

14 最初で最後の逢い引き

 魔法薬を完成させる事に熱中している間に、日々は瞬くように過ぎて行った。
 ティナの努力の甲斐もあり、比較的飲めそうな萌黄色の魔法薬は完成し、蛙を使った実験で、ある一定の効果を発揮したようだった。ようだ、というのは、ライムントに預けておいた実験体で結果が出たのが今朝の事で、ティナは成功という結果だけ聞いて、肝心の効力を教えてもらえないままだったからだ。ティナはそのままプエラリアを集める為の旅に出かける事となっていた。
 納得いかなかったけれど、ライムントがティナが戻るまでに実験結果をまとめておいてくれるというので、ティナは大人しく出発の準備を進めた。
 あれからヴィルは結局何も言って来なかった。本気でヒルデガルドに付いて来るつもりならば、もっと綿密な計画が必要だと思っていたのだけれど、そんな話し合いはもたれること無く、出発の日がやって来てしまった。
 きっと婚約者とのデートで忙しくて、忘れてしまったのだろう。あれは、気まぐれに望みを言ってみただけなのだろう――そんなことを考えると、どうしてもどろどろとした悪感情がお腹の中で渦巻いて、ティナの胃はシクシクと痛んだ。
 ティナはこのところ珍しく食欲を無くしていて、少々痩せてしまっていた。城で出される手の込んだ料理が、まったく美味しくないのだ。元々肉のない上半身だけがさらにふくよかさを失うけれど、下半身はそのままだった。ティナは念願の減量も残念な結果に終わり、別の意味で打ちひしがれる。
(ああもう! こうなったら、家でやけ食いよ)
 使用人の通用口を出たとたん、空に立ち上る大きな雲が目に入った。残暑の名残を残すムッとした空気にティナはげんなりする。故郷へのみやげと、プエラリア用の大きな籠を手に、用意された二頭立ての荷馬車に駆け込むと、馭者に出発を告げる。
 門に差し掛かった時、城門の脇の茂みから、どこか見覚えのある影が現れる。頭に大きな帽子をかぶり、簡素な男物の衣装を着ているが――隠しても隠しきれない黒い瞳が真っ直ぐティナを見つめていた。
「ちょ、ちょっと止めて!」
 ティナは馭者に馬を止めてもらうと、人影の前に走りよった。
「ヴィル! そんな恰好で何してるの!」
 小声で叫ぶと、ヴィルは着ている服を軽く引っ張る。
「衛兵から普段着を拝借した」
「待って、そういう事ではなくって」
「約束しただろう? 一緒に行く」
「だめよ、王女が護衛も付けずにこんなこと。大体ばれたらどうするのよ!」
「ばれないよ、その護衛を黙らせて来たから。ほら、前に失敗した魔法薬で」
「うそ――いつの間に……取っておいたの?」
「確実に腹を壊す特効薬だからな。有効利用させてもらっただけだ」
「なんてことしてるの!」
 ティナは悲鳴を上げる。しかし、ヴィルはいたずらっ子みたいに笑うだけで、全く気にしない。そして、突然ティナの手首を掴むと、ヴィルは素早く馬車の荷台に乗り込んだ。



 流れ込む青い風と、濃く鮮やかな木々の緑が胸を洗った。
 水分をたっぷりと含んだ空気を大きく息を吸込むと、ティナは、「空気が、濃い」と目を丸くするヴィルに笑いかけた。
「ここからは獣道だから、馬車はここまでなの」
 馭者に留守番を頼むと、ティナはヴィルに手を差し伸べる。彼は恐る恐るのようにティナの手を取った。大きな手に驚きつつもヴィルと手を繋ぐ。しなやかで冷たそうな外見とは違い、その手は堅く、そして温かかった。
 雑草を掻き分け、小川の飛び石を越えると、ヒルデガルドの森。獣道は二つに分かれ、右側の道は村へ、そしてもう一つは薬草の森に繋がっていた。
 懐かしさに背を押され村へ足を向けたかったが、ティナのお腹がぐうと鳴り、足止めをする。
「まずは昼食だな」
 ヴィルが呆れたように笑う。
 ティナは赤くなり、誤摩化すように目を逸らした。と、たわわに実った木の実が目に入り、ティナは叫ぶ。
無花果いちじくの実よ! 今が旬だった!」
「無花果?」
 だがティナの背では届かない。飛び跳ねて取ろうとしたティナを遮って、ヴィルが実に手を伸ばす。
「これか?」
「その大きなのを二つ取って。おしりが少し割れてるのが美味しいの」
 ヴィルは少し背伸びをすると、二つちぎる。濃い紫色の皮に包まれた、ふっくらとした実がティナの手に乗せられる。
 ティナが割れ目から半分に割ると、赤く熟した果肉が現れる。濃厚な甘い香りが漂い喉が鳴ったが、まずはとお客様にとヴィルに差し出す。
「……これ、食べられるのか?」
 僅かに顔が引きつっているのは、きっと“はらわた”にも似た果肉の形状のためだろう。ティナも最初気味が悪くて食わず嫌いをした事を思い出して、くすりと笑った。
「もちろん! 甘くて美味しくて、体にもいいの。あとね、肉を果汁に付け込んで焼くとすごく柔らかくなって美味しいんだから!」
 それでも口をつけないヴィルを見て、ティナは仕方なく、自分の分を半分に割ると、果肉にかぶりついた。口の中で粒がぷつりと弾け、甘い芳香が鼻から抜けた。
「ん――――! あまい!」
 続けて二口目を頬張るティナを見て、ヴィルは恐る恐る実を口に入れた。そして目を丸くする。
「……うまい」
 思わずと言った様子で漏らしたヴィルだが、男装をしているせいで全く違和感がなかった。ティナは一瞬遅れて彼女の不注意を衝いた。
「あ、言葉遣いがなってない!」
「お前以外、誰も聞いてないから、構わない」
 にっと笑うと、ヴィルは残りを口に放り込んだ。

 食後のデザートにといくつかの無花果をちぎると、ティナはバスケットを手に、ヴィルと共に森の中に入った。
 道なりに桃や梨などの様々な果物を摘みつつ、小川を辿って森の奥へと向かうと、そこには泉が湧いていた。霊峰ノルデンベルクの雪解け水がここで湧きだすのだ。木漏れ日が蒼く透き通った水に反射し、宝石のように煌めいていた。
「綺麗だ」
 ヴィルが感嘆のため息を吐く隣で、ティナは誇らしげに胸を張った。ティナの育った森だ。まるで自分を誉められたかのように嬉しかった。
「そうでしょ?」
 泉の淵に腰掛けると、持って来たティナの昼食を二人で分け合う。鶏の薫製と野菜を詰めたパンが二つ。量は少なかったが、途中でちぎった果物を添えただけでご馳走だった。

 食事を終えると二人は早速プエラリア摘みをはじめた。
 プエラリアは蔓状の植物だから樹木に絡み付いているはず。ティナは木陰を重点的に探り、やがて特徴的な紫色の小さな花房を見つけた。
「花だけってことは、まだ実はなってないのかしら」
 だとすると期限に間に合わない。顔を翳らせたとたん、ヴィルが視線を上げて指差した。
「あれは違うのか?」
 ヴィルの指先を見て、ティナは首を横に振る。
「それはカビリア。プエラリアとはちょっとちがうのよ。まず花の色をくらべて見て。同じ紫でもカビリアに比べて色がくすんでるの。それでもわからなかったら葉で判断して。葉が大きくて脈が浮いていないのがプエラリア。豆科だからはさやに入っているわ」
 熱心に指導すると、ヴィルはふうんと感心した声を上げた。
「立場逆転だな。いつもが嘘みたいだ。字も読めないのにどうやって覚えた?」
「これは小さい時に伯父や近所の人たちが教えてくれたの」
 そうやって皆ティナを甘やかしたのだ。向上心の無いティナに危機感を覚えた母が皆を諌めるまでの事。そして、ティナは字を覚えず、成長はその時で止まったまま。
 恥ずかしく思いながら、ティナはプエラリアの花に手を伸ばす。実が隠れていないかと思ったのだ。だが背が足りず、再びヴィルを頼る事となった。
 ヴィルが何かを見つけ、尋ねた。
「じゃあ、あれは?」
「あ、上の方のヤツはきっとそう!」
 頭上に木漏れ日に光る淡い黄緑のさやを見つけたとたん、ティナは思わず興奮した声を上げる。
「でも、あれは私でも届かない」
 ヴィルが背伸びをするが、あと少しというところで手は空を切る。
「どうしよう、何か踏み台になるようなもの……」
 辺りを見回すが、大きな岩や切り株があるだけで、移動可能なものは見つからない。
 そのときヴィルが突然ティナを抱きかかえた。
「え、なにして」
「これなら届くだろう?」
「ちょ、ちょっと! 重いでしょ!?」
「ちびだから軽い」
「なにそれ!」
 ティナの文句にも構わずくつくつと笑うと、ヴィルはそのままティナを高く持ち上げる。子供の頃に伯父にしてもらった『高い高い』によく似た恰好になり、ティナはぎゃっと叫んだ。
「文句言わずに早くとれ」
「わ、わかったわよ!」
 いっそ楽しげなヴィルの顔を見て、ティナは抵抗を諦める。バランスを取りながら、慎重にプエラリアに手を伸ばす。そしてさやを右手に掴んだあと、その奥に葉に隠れた大きな房を見つけたティナは思わず欲張った。左手を伸ばし、蔓に指先が触れた瞬間、
「ちょっと待て、わ――そんなに乗り出すな!」
「きゃ!」
 体勢を崩したヴィルが慌ててティナを下ろすが、遅かった。互いに重心が崩れ、ヴィルは地面に尻餅をつく。
 そして、勢い余ってヴィルの胸に頬を埋める形になったティナは、直後驚愕で声を失った。
(え、え――? うそっ)
 薄い服越しに感じる胸には柔らかさが全くない。ティナもほとんど無いけれど、ここまで無いのはおかしかった。そして、改めて考えると、おかしいのはそれだけではない。細くはあるけれど、華奢ではあるけれど、彼女を今しがた持ち上げた腕の強さは、やはり女性のそれではない。
 慌てて顔を上げようとしたティナだったけれど、一瞬早くヴィルの手が髪に手を埋めるように上から押さえ付け、動きを封じられる。ティナはいつの間にかヴィルの腕の中にしっかりと抱き込まれていた。
「ヴィル?」
 さらに強くなる腕の力に、沸き上がった疑惑が口から漏れそうになる。
(もしかして、あなたは――)
 ティナがヴィルの腕の中から無理矢理顔を上げ、質問を口にしかけたとき、
「ティナ」
 ヴィルが真剣な顔をしてティナを覗き込む。至近距離で目が合って、ティナはその漆黒の瞳に吸込まれそうだと思った。
「俺は」
 どくどくと胸が激しい音を立て、ティナはきっと耳がおかしくなったのだと思った。ヴィルが目を伏せる。なんて長い睫毛なんだろう。ティナが問いを忘れて見とれかけたその時だった。

「殿下。そこまででございます」

 森に響き渡った聞き慣れた低い声に、ヴィルはぎょっと目を見開いた。いつも冷静沈着なヴィルにしては珍しく慌てた様子だった。
「ライムント、なぜ」
 葉擦れの音と共に大きな木の陰から現れたライムントは、いつも通りに胸を張って、ヴィルをたしなめた。
「王宮執事に抜かりはありませぬ。誤摩化されるとでも思われましたか? 殿下も、その娘が魔女だとお忘れになったわけではないでしょう。それなのに自らを危険に晒されるおつもりですか。殿下の代わりなどいらっしゃらないことを肝に命じて下さらないと……」
 とくとくと説教をはじめるライムントをヴィルはきつく睨んだ。
「これは――――母上の差し金か」
「殿下の身を案じただけでございます」
「あ、あのっ」
 未だヴィルの腕の中にいたティナはゆで上がった顔で、ライムントに向き合った。一触即発の雰囲気が怖くて、何か一言でも言い訳をしなければならないと思ったのだ。
 まず、自分は大それた事は考えていないと。
 だが、混乱したティナは、自分の身体に回っているヴィルの腕の硬さの方が気になって、うまく言葉を継ぐことができない。
 ライムントは、ティナの真っ赤な顔を見て表情を険しくする。そして今までからは考えられないような冷たい声でティナに言い渡した。
「"魔女"は予定通りに急ぎ魔法薬の生成に取りかかるようにと、陛下からの命令です。でき得る限り早く戻るように――くれぐれも、王家に逆らおうなどとは思わぬよう――」
 魔女――その言葉に含まれる差別に気が付き、ティナは青ざめた。胸に何か鋭い刺が刺さったような気分で、ティナは胸に乗せられた重石に苦しみながらもやっと口を開いた。
「逆らおうなんて、そんなこと」
「ではプエラリアを採取後、一人で帰りなさい。護衛を付けましょう。そして言い忘れていましたが、ヒルデガルドには絶対に寄らぬように」
「え?」
 帰りに寄ろうと計画していたティナは驚いた。
「村には寄らずに、プエラリアだけを採ってくるように――陛下の命令です。護衛にはしっかり言い聞かせているから、しっかりと役目を果たすようにと」

 いつの間にか暗くなった空から落ちた雨粒が、ぽつりとティナの頬を打った。先ほどまで晴れていたのが嘘のように、雨脚が急激に強まる。水たまりが瞬く間にできあがり、泥のスープが空から落ちて来る雫に跳ね上がった。雨は抱き合ったティナとヴィルを黒く染めていく。
 ライムントが後ろにいた侍従に目配せすると、彼はヴィルの腕の中からティナを引っ張り出す。
「離せ!」
 抵抗するヴィルはライムントに強引に馬車に乗せられる。森には呆然としたティナだけが残された。



 箱馬車の屋根が大粒の雨に大きく音を立てた。行きとは違う、王女に相応しい乗り物だった。その中でライムントにようやく解放されたヴィルは、無力感とともに言葉を床に吐き捨てる。
「横暴な」
(念には念を入れていたのに)
 ヴィルはティナと二人きりで、彼女の生まれ育った地で、彼女が慈しむもの達を見てみたかっただけなのだ。そんなささやかな最初で最後の"逢い引き"の計画。それは、土砂降りの雨とともに流れていく。
「一言相談して下されば、こんな手段に出ることはありませんでした。今まで、なんでもご相談いただいていたというのに、どうしてですか」
「相談すれば、反対されるに決まっている。お前達はティナを魔女だと差別するばかりで、理解しようとしていないから」
「警戒は当然のことです。ヒルデガルドへのご旅行の計画は随分楽しそうなものでしたが、殿下がいくらお望みになろうと、私どもの目の届かないところで"二人きり"にさせるわけには参りません。――こちらは魔女に連れ去られるかと肝を冷やしましたぞ」
 ライムントは肝を冷やしたと言う割には涼しい顔をしていた。一方、自らの下心に触れられたヴィルは、屈辱で顔が赤らむのを止められない。下世話な想像を否定したいけれど、先ほど自分がとった行動を思い返すと説得力は全くなかった。
(予定通り、だったのか)
 ヴィルは出し抜かれたのは自分だと知る。怪しまれているのは知っていたから、一週間ティナと距離をとり、計画を密かに進めていたのに。しっかりと動きを読まれていたのだ。
「ティナが俺をさらう? そんな事をするものか」
「どうしてそう言いきれるのです? あの娘、何も知らないふりをして、殿下を騙しているのかもしれませぬぞ? "ヴィルヘルミナ殿下"は彼女に随分ご執心ですが、何か特別な感情でもおありなのでしょうか?」
「…………」
 ヴィルは王女の立場を突きつけられ、言葉に詰まる。
「先日ティナが行った実験がうまくいったようです。例の蛙が今朝卵を抱えました。あとは本番用に材料が手に入れば、あの娘はもう役目を終えます」
「利用するだけ利用して追い出すのか。仕事を失えば、彼女は困るだろう」
「もともと半年の任期です。報酬はそのままに早く終わるのに文句は言わせません」
 そう言うライムントは胸を張る。だが、その姿勢がいつもより威勢を欠いていた。やがてライムントはヴィルの刺すような視線から顔を背ける。
「どうかお許しください。私は――陛下のお言い付け通りにしか動けませぬ。陛下は、殿下のご無事を心から願っていらっしゃいます」
 ひっそりと呟いたライムントの言葉は、母と自分の板挟みの彼の苦渋を表していた。その微妙な立場を思いやろうとしたけれども、それでも許すことができないのは、ヴィルの身を今なお焼いている熱情のせいなのかもしれない。
(――ティナ――)
 思わず抱きしめてしまったのは、初めて触れた彼女があまりに柔らかかったから。温かくて――愛しかったから。
 彼女がヴィルの秘密に気が付いたのが分かっても、抑えが利かなかった。
 ――なぜなら、もうすぐ、彼女を抱きしめられる腕を失うことを知っていたから。
+注意+
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