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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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12 漆黒の薔薇と王女改造計画

 女王の部屋には香り豊かな色とりどりの花が大量に生けてある。窓辺は花で埋め尽くされ、そこから溢れた花は執務用の机の周りをも取り囲んでいる。
 埋もれるようにして肘掛け椅子に座るのは、この国で一番高貴な花。漆黒のドレスを纏った黒薔薇のような女王ハイデマリーだった。
 彼女の美しさは、四十になろうという今も、未だに健在だった。娘の瑞々しさは失われたが、代わりに年を重ねた者の貫禄を感じる。まずこの迫力は苦労知らずの小娘には出せないものだった。
 ライムントが彼女に仕え始めたのはちょうど彼女が十になる頃だった。その頃の彼女は淡い色の服が似合う愛らしい少女だった。それから結婚し、子供をもうけ、似合う色も変わって行った。今の衣装を纏うようになったのは五年前から。ライムントには、夫を亡くし、さらに息子を奪われようとしている彼女の決意を表しているように思えてならなかった。


 辺りに漂う香りに咽せそうになりつつも、ライムントはいつものように王宮執事として仕事の進捗報告をしたあと、彼の仕事の一部である、〈王女改造計画〉についても報告をはじめる。
「ティナはようやく例の魔術に取りかかった様子です。この分ですとなんとか秋までに計画は完了するのではないでしょうか。なにしろ、お二人は随分打ち解けていらっしゃいますので……ええ、必要以上に」
「そう、よかった。あなたもようやく実験台から解放されるというわけね」
「はい」
 ハイデマリーは手にした書簡に目を通しながら頷く。書簡は、西国カストックのものに見えた。特徴的な鷲の印章がちらりと書簡の端から覗いている。
 そこに書かれているのはきっと見合い話なのだろう。そう想像できるライムントは、どうして女王がヴィルヘルミナの変貌に関心を示さないのかが分からない。思わず自らの不安をこぼした。
「しかし、素直に喜んでいて良いものか、正直に申しますと分からないのです」
「なぜ? 実験台をそんなに気に入っていたというの?」
「いえ、とんでもありません」
 王女の命令であれば飲まないなどという選択肢は無かったけれども、あれはライムントの自慢の体力を少々損なう代物だった。確かに多少肌の艶は良くなった。だが、腹を壊してはどうにも動けない。他にも衛兵や侍従たちが順に腹を壊し、職務に支障が出ている。それらの問題ごとから解放されて嬉しいに決まっているのだが、ライムントの心配事は別のところにあった。
「殿下は、あのティナという娘に好意を抱いておりますが、よろしいのでしょうか。計画に支障が出るのでは」
「……あの子はきちんと覚悟をしているわ」
「しかし、恋情にまで発展いたしますと厄介ではございませんか。魔術をその身に受ける事を拒まれるかもしれません」
 ヴィルヘルミナが恋する少女を手に入れる為には、今の肉体が必要だった。"彼"と同じ性であるライムントは、若かりし頃の熱病のような激情を抑えるのには相当な苦労があることを、身に染みて知っていた。
「――"恋"ですって?」
 女王は初めてその言葉を知ったかのように目を丸くする。
「そうです。殿下もお年頃でございます。はじめて身近に歳の近い異性が現れれば、恋をされてもおかしくありません」
 昼間の二人の様子を見る限りは、むしろもう戸口は開いているように見えた。あの殿下が笑われた。彼がまだ幼い頃に見せていた無垢な笑顔。自らの背に背負うものを忘れた晴れやかな笑顔。何年ぶりかに見たその光景はあまりにも懐かしく、ライムントの胸を熱くした。
 女王はライムントの進言にも首を小さく振った。
「そうだとしても何の問題も無い。あの子は、国の為に、民の為に、使命を果たそうとしている。その民の中に、想い人がいれば。覚悟は余計に固まるのではなくて? 私はあの子を信じています」
 その言葉の非情さに、ライムントは全身に鳥肌が立つのを感じた。
「まさか、あなた様は、そこまで計算されて?」
「女王ならば当たり前でしょう」
「しかし」
 彼女が"女王"と言う度にライムントは問いたくて堪らない。
『では、"母"としてはどうなのですか』と。
 だが、その質問を無理矢理に払いのけ、ライムントは別の事を口に出す。
「ときに――ティナが、外出許可を求めております。どうなさいますか」
「外出とは?」
「例の魔術に必要な材料を探しに行きたいと申しておりました」
「行かせれば良いでしょう。何か問題でも?」
「ヒルデガルドの森にあるそうなのです、その材料は」
「ふうん」
 女王は考え込むと言う。
「お前が取り寄せるわけにはいかないの」
「あの森は、街の者では迷いやすいですし、プエラリアの判別は慣れた者でないと少々難しいのです」
 実際、最初は取り寄せを頼まれた。しかし、取り寄せたプエラリアには他の実の混入が多く、頼まれた量を確保できなかったと続けて報告すると、女王は渋々頷く。
「それならば仕方ないけれど……。魔女たちに告げ口されては敵わない。監視が必要ね」
「はい」
 ライムントは誰を付き添わせようかと自分の部下を思い浮かべる。ついでに、もう一つ頼まれごとを思い出した。
「それから、もう一つ申し出がありました。殿下と外出しては駄目かと」
「ヴィルヘルミナと? 外に?」
 女王は目を見開き、ライムントは頷く。
「王女の健康の為には、日光浴や外気浴は必要ですと、以前から訴えていまして」
「そういえば、ティナはヴィルヘルミナの健康管理という名目で呼び出したのでしたね。忘れていました」
 女王は少し考え込んだ後に許可を下した。
「そうであれば断るのも、おかしいわね。城の庭くらいなら問題ないでしょう」
「人払いをして、でございますね?」
 女王は頷く。
「あと、日に当たりすぎないようにと強く言っておいて。あれ以上背が伸びては、困るのよ。まあ、私が指示しなくとも、あの子は気をつけるでしょうけれど」
「その辺はお任せください。抜かり無く手配いたします」
 ライムントは女王の前で最敬礼をし、その日の謁見を終えた。
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