挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

11/22

11 魔女の呪いといけにえの王子

 蛙の変身魔法はなかなか成功しなかった。やがて季節は夏になり、快く、かどうかは分からないけれど、実験体を引き受けてくれた侍従たち――衛兵から侍従長、部屋に出入りする大抵の使用人達――が、ライムントを筆頭に、腹痛でばたばたと倒れた。そして、オオクゾクムシが旬――といっても、ティナはあれを食べ物だとは絶対認めないけれど――を過ぎて手に入らなくなったのを機に、ヴィルはティナに言い渡した。
「このままじゃ埒があかない。蛙の変身実験で任期を終わらせるわけにもいかないだろう? 練習を続けながら、本番の魔法にもそろそろ取りかかる必要がある」
 もっともだと思ったティナはすぐさま頷いた。さすがにライムントにこれ以上無理をさせて、王家の大事な臣下を失わせるわけにはいかないとも思っていたし、それにいつまでも王宮に留まるわけに行かない事も覚えていた。期限は半年しかない。気が付けば、蛙の実験だけですでに三月ほど経っていた。
 あまりに進まないのでティナは密かに自称"カガクシャ"の伯父イザークに手紙で助けを求めたけれど、きっとアエナが返事を差し止めたのだろう。助言が城に届くことは無く、結果実験は進展しない。
「それで、魔術書の解読は進んでるのか?」
「え、えええ、と」
 今進めている実験だけで精一杯だったティナは慌てる。
「まだなのか」
「読み書きだけで精一杯で」
 ティナの言い訳にヴィルは不満そうだ。
「もうそろそろ大分覚えただろう? 私がこれだけ見てるのだから」
「ええ。ただ、ほら、ヴィルが貸してくれる本が面白くて、つい入り込んじゃうんだもの」
「ああ……あれか」
 ヴィルがティナの言語習得のために子供向けの本を用意してくれたのだ。最初馬鹿にされたと怒っていたティナだったけれど、意外や意外、渡された本は子供向けに易しく書いてあるものの、中身は大人でも十分楽しめるような内容だったのだ。なにより挿絵付きなのがいい。内容を想像しやすいのだ。
 中には魔法が出て来るおとぎ話などもあり、ティナが作っている魔法薬に関わる話も実際にあった。
「蛙にされた王子様の話とか、すごくおもしろかったわよ。あれって実話なのかしら?」
「実話だろう? 実際、こういう魔術書があるのだから」
 ヴィルはややうんざりした表情で魔術書を見つめた。
「そういえば、ヴィルっておとぎ話を本気で信じ込んでるわよね? 〈シュメルツェの魔女〉の話もだし」
「あれも――実話だ」
 頑にそう言うと、ヴィルはむっつりと黙り込む。まるで最初に会った頃のように殻に閉じこもろうとする彼女をティナは不思議に思った。
「魔女がさらうの? 本当に?」
「『王子が生まれると、魔女が王子をいけにえとして渡せと城にやって来る』、皆知っているおとぎ話だろう」
「でも、魔女はそんなことしないわよ。村でも聞いた事無いもの。大体、もし来たとしても、そんなの無視しちゃえばいいじゃない?」
 ヴィルは一瞬口をつぐんだ。そしてティナをじっと見つめると重い口調で言う。
「知らないのか? 断れば――洪水が起こる」
「え?」
「魔女は、いつでも洪水の知らせを持って城を訪ねて来ていたそうだ。そうして、王子をいけにえにしなければ、実際に洪水が起こった。城の図書室にはその記録もある」
「そんな」
 話がひどく深刻になったのを感じ、ティナは青くなる。仮にも自分の先祖がそんな極悪な事をしていたなどと、思いもしない。先祖を信じたい気もするけれど、事が重大すぎるため、そう簡単に無責任な嘘だとは流してしまえない。
(もしかして、シュメルツェの別称、水の魔女――って、洪水を起こすから、そう呼ばれているの?)
 ヴィルはティナの衝撃を見て取り、少々表情を和らげる。
「確かにおとぎ話なのかもしれない。大げさに反応しすぎているのかもしれないが、王家としては王子を渡すわけにはいかないし、万が一にも洪水を起こすわけにはいかない。そこで誰かが提案した。王子が生まれなければいいと。そうして、その提案を呑んだ王家には王子は生まれなくなり、女王が国を治めるようになった」
 あっさりとヴィルは言ったけれど、ティナののんびりした頭でもさすがに引っかかりを覚える。
「え、でもそう簡単に行くの? 男の子が生まれないようになんて。人が変えられる事なの?」
 ティナが問うとヴィルが微かに緊張したのが分かった。彼女はちらと周りを見回すと、扉の傍に控えている衛兵のリオを見つけて、「ちょっと出ててくれ」と言う。そしてリオが退出した後も声をひそめて続けた。
「詳しい事は知らない。でも、いろいろ策はあるだろう。もし男児が生まれた場合、王子としなければ良いのだから」
「って、どういうこと?」
「――王の子としなければいいだろう? 現にそうやって辺境の地で身分を偽り領主として暮らしている王族もいるかもしれない。それに――」
「何?」
 ヴィルはそこでなぜか口をつぐみ、ティナをじっと見つめた。
「他にも、思いつかないか?」
「え? ううん」
 困ったティナが首を傾げると、ヴィルは「本当に?」と、再度問う。
 漆黒の瞳がティナをじっと見つめ、彼女はその真っ直ぐな眼差しに何度目か分からない戸惑いを感じて俯いた。
 ヴィルは黙り込み、部屋に奇妙な沈黙が流れる。そんな中、ティナは必死で頭を働かせた。
(ヴィルは一体何が言いたいの? 何か言い当てて欲しい、そんな雰囲気なのだけれど……)
 しかし、いくら考えても分からず、とうとうティナが唸りだすと、「分からないなら仕方ない」ヴィルは諦めたように小さくため息をついて、机の上の魔術書を開いた。張りつめていた空気がゆるみ、ティナはようやく肩の力を抜いた。
 ちょうどよく冷えた風が足元を駆け抜け、そのまま魔術書の端をはためかせる。同時に部屋に漂っていた重苦しい空気は流れ去る。
「――今から、例の魔法の解読をはじめようか」
「う、うん」
 ティナは追求を逃れてほっとして頷く。
「材料からか?」
「あ、材料だけは知ってるの。最初に徹夜で解読したから」
「……徹夜で材料だけか」
「うっ、それは言わないで」
「それで、なんだ? 材料は」
「主成分はプエラリアっていう豆。これはヒルデガルドの北の森でしか取れないみたいだから、収穫期の秋になったらさっそく採りに帰らなきゃ。それから……南岸で取れるって言うウミナナフシ」
 一緒に実験を進めている以上、さすがに言わずに進める事はできないだろう。恐る恐る言った材料だったのに、ヴィルは「なんだ、随分ましな材料だ」とほっとした表情を浮かべる。
「まし?」
「プエラリアはどうか知らないが、少なくとも、ウミナナフシは食用だから」
「そ、そうなの?」
「南国でだけ食べられる珍味だと、何かに書かれていた」
「…………」
 引きつった笑みを浮かべるティナを見て、ヴィルは急ににやりと笑う。
「今度の味見はお前に頼もうかな」
「や、止めて、それだけは!」
「好き嫌いしてるから育たないんだ」
 背のことを言われているのかと思ったら、ヴィルの目はじっとティナの胸を見つめていた。ティナは慌てて魔術書を抱き込んだ。
「ひ、ひどい! どこ見て言ってるのよ! 気にしてるのに!」
「気にしてるのか? 何事も前向きに、だろう?」
「前向きになれない事だって少しはあるわよ! そ、それに、ヴィルだって人の事言えないっ……」
 堪えきれないと言った様子でヴィルは吹き出して、あははと大きな声で笑う。彼女がそんな風に笑うのをはじめて見て、あまりの眩しさにティナは驚く。例によって胸が音をたて顔が赤らんでくるのが分かり、それを怒りだと誤摩化すようにティナは怒ったふりを続けた。
「ばかばかばかばか!」
 ヴィルは目を見開く。
「王女に向かってなんだ」
「こんな時だけ王女って言うな!」
「言葉遣いがなってない。さすがにそれは不敬だ」
「ヴィルの真似よ!」
 不敬だと言いつつもヴィルの眼差しは日溜まりのように柔らかい。それを見ているとティナはどうしても愉快になってきてしまい、さっきの胸に関する問題発言は瞬く間に霞んで消えて行く。
 と、そんな和やかな雰囲気に、こほん、と乾いた咳払いが割り込んだ。
 ヴィルとティナがはっと扉を見ると、そこにはライムントが冷たい目でティナを見つめている。
 王女に暴言を吐いているところを見られてしまったことに気が付いたティナは、一気に青くなった。
「あ、あの――」
 しかし、言い訳などできようも無い。
 叱られるのを恐れ縮んだティナの隣からヴィルが一歩前に出て、彼女を背に庇うようにした。その行為にティナが目を丸くすると、ヴィルに対面するライムントも同様に驚いた表情を浮かべた。
「――お茶をお持ちいたしました」
 ライムントはヴィルの牽制のせいか、ティナの無礼について何も言う事は無く、お茶だけを置いて部屋を去る。
 ほっと胸を撫で下ろすティナだったけれど、ヴィルは黙ってライムントの出て行った扉をじっと睨んだままだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ