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シュトラント王国異聞 〜雪解けの魔女と呪われし王〜 作者:山本 風碧
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1 王女ヴィルヘルミナ

 その昔、〈大地の王ヴィルヘルム〉は北の森に住む〈水の魔女シュメルツェ〉と恋に落ちました。
 しかし、大地の王には既に妃がいて、王子までおりました。王は後ろ髪を引かれつつも、その土地を密かに去りました。
 水の魔女は嘆き悲しみ、王の息子をさらっただけでなく、王の元に王子が生まれる度にその子をいけにえとしてさらうようになりました。
 そうして、長い月日が流れる間に、いつしかこの国には王子が生まれなくなったのです。

 ――ヴィルヘルム王伝 第一節より抜粋――





 古い石畳の敷かれた回廊を少女が一人歩いていた。
 曲がりくねった回廊の突き当りには重厚な扉があり、少女の到着を待ち構えたかのように開け放たれる。
 柔らかい絨毯を踏み、少女は部屋の奥へと進む。そして目の前にいる漆黒のドレスに身を包んだ女性を見つめた。
「女王陛下――お召しにより、参上いたしました」
「待っていました。ヴィルヘルミナ。今日は、母としてあなたに伝えたいことがあるのです」
 "ヴィルヘルミナ"と呼ばれた少女は、その黒い瞳に強い光をたたえて、母親である女王を見つめた。彼女が"母として"という時、ろくな知らせがないことをヴィルヘルミナは知っていた。
「何度もお願いしておりますが、わたくしの事はどうか"ヴィル"とお呼びくださいませ」
「王女ともあろう者をそんな風に呼びはしません。ヴィルヘルミナという名はどうしても気に入らないのね」
「始祖であるヴィルヘルム王からいただいた名だとは存じております。けれども、私には不相応に思えます。自分が自分でないような、そんな気分になります」
 昔の名で呼んで頂きたいだけです――そんな本音を隠したままに、ヴィルは優等生の回答をする。女王の前では良い娘でいなければならない。昔、自らに課した決まりごとだった。
 優しい母を演じるようにして、女王はヴィルに柔らかく語りかけた。
「お前には苦労をかけてすまないと思っているの」
「いえ。父上も、母上もご苦労がお有りなのはよく分かっておりました」
 ヴィルの父であるエアランゲン公は、五年前、彼女が十一歳の時に亡くなった。そしてその時に彼女の重く険しい運命は定まってしまったと言って良い。
 ヴィルはその事を母の前では決して口にしない。母の努力はよく知っていた。何度も見合いをして再婚を考えたことも、その度に心労でげっそりと痩せてしまった事も。しかし、いくら努力をしても母は父を忘れることだけはできなかったのだろう。問題は解決することなく、いつの間にかこんなにも時間が経ってしまった。
 ヴィルは女王の浮かべた完璧な作り笑いを見つめる。昔はもっと柔らかく笑う人だった。あの笑顔が完全に消えてしまったのは、ヴィルが髪を切った時だ。あれ以来、彼女は作ったような笑顔しか浮かべない。ヴィルが王女の仮面を被るのと同時に、母も冷酷な女王の仮面をずっと身に付けるようになってしまったのかもしれない。
「ところで、ご用は何なのです?」
 ヴィルが促すと、女王は表情をかげらせて重く閉じた口を開く。
「――あなたの新しい近従が見つかったわ」
「近従? ライムントがおりますし、必要ないと思うのですが」
「いえ、今だから必要なの。名目上は近従だけれど、いずれは、あなたがより王女らしくなるように、心身ともに女性らしくなるように、働いてもらうつもり」
「ああ」
 ヴィルの瞼の裏に、昔見せてもらった魔術書が蘇った。古く、解読が難しい古代の言葉が混じったその本。腐りかけた表紙に朽ちかけた羊皮紙が不揃いに挟まれていた、本と言って良いのか分からないような代物。触れるだけで呪われそうな、忌まわしい外観だった。辛うじて解読できたのは、その魔術の効能だけと聞いた。しかし、今の王家はその怪しげな魔術に縋るしかない所まで来てしまっていた。
 それは最後の手段だった。夫を亡くし年老いた女王がそう言うのは、ヴィルの妹の誕生を諦めたという事。"来るべき時"が来たのだと、ヴィルは女王の言葉から知る。
「…………心身ともに、ですか」
 そう呟くと、舌の上に苦いものがじわっと広がった。
 避けられない運命だとは分かっている。けれども、自分が何者かを知ったあの日の事をヴィルは忘れられなかった。あれ以来、ヴィルは己の存在を厭い、他人の目を恐れ、自分の殻に閉じこもり続けている。
 しかし、その時がもうすぐ終わろうとしている。彼女は今までの偽りの自分から解放され、別の人間――真の王女――に生まれ変わる。
「王女らしく、か」
 窓から流れ込む春風が、ヴィルの漆黒の髪を一筋さらって空中へと靡かせた。
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