熟れた林檎も時には甘酸っぱく。縦書き表示RDF


原作よりも、少し小五郎がクールに仕上がっております(笑)
熟れた林檎も時には甘酸っぱく。
作:十字松あやめ


「先生、今日は誰かと会われるんですか?」
栗山さんにそう尋ねられたのは、お昼を食べているときのことだった。
法律事務所のわりと近くにある、小さなレストラン。静かなこの場所は、忙しすぎる毎日に疲れてしまった身と心を、すっかり癒やしてくれる。二人のお気に入りの場所だ。
「あら、どうして?」
「いえ、なんか、今日の先生はやけに機嫌がいいですし、時計をしょっちゅう見ていらっしゃるし、あと、髪をよく触っていたりしますし……」
彼女はそこで一旦言葉を切ると、にまっとして言った。

「デート、でしょ?」

なっ!?

口に運ぼうとしていたサンドウィッチが、ぱさり、と空しく落ちていく。幸い、すぐ下の皿にうまく着地したけれど。
「あらっ、図星ですか〜?」
どこか楽しそうにしている栗山さん。
自分の頬にそっと手を当ててみる。

……熱い。

「先生、どちらが誘ったんですか?先生?旦那様?」
「……あの人よ」
そう、誘ってきたのはあの人。一週間前に、携帯にメールが入っていたのだ。かなり歯切れの悪い、しかもぶっきらぼうな言葉で。だけど、
「いつなら空いているか?」
最後に付け加えられたその言葉は、それはつまり、私の予定に彼が合わせる、ということ。あの人だって、探偵業が忙しいはずなのに。

それはつまり、あの人なりの優しさ。

確かに、柄にもなく舞い上がってしまう自分が、そこにはいた。
「……そんなに分かりやすかったかしら?」
なんとか冷静になろうと、深呼吸をしてから言う。
「はいっ♪」

……恥ずかしい。
にこにこして料理をパクつく彼女は、あっ、と声をあげた。
「洋服とか買いました?」
「え?」
「デートの服ですよ。まさか普段着なわけないでしょう?」
「これで行くつもりだけど……」
これ、というのはごくごく普通のスーツ。本当は服を買いに行きたかったけど、時間がなかったのだ。今日のデートだって、家に仕事を持ち帰ったりして、やっとの思いで時間を作ったくらいだ。
まあ、一応パンツではなくてスカートだから、我慢しようと思っていた。
でも……。
「駄目ですよ〜!せっかくのデートなんだからお洒落しないと!」
彼女はガタンと立ち上がると、にっこりして言った。
「午後の仕事は私がしておきますから、先生は洋服を買いに行って下さい!」
…午後の仕事は、書類の作成などの事務的なものばかり。別に栗山さんがやっても何の問題もないのだけど…。
「先生と旦那様の仲は、妃法律事務所最大の問題です!私は先生の助手なのですから、二人のデートを支援するんです!」
いろいろと理由をつけているけれど、多分このことで一番楽しんでいるのは彼女だ。なんだか少し、悔しい気もする。
……でも、お言葉に甘えてみようかしら。
「じゃあ、悪いけどお願いできる?」
「もちろん!さあ、そうと決まったら早く食べてください」
まだ午後はたっぷりあると思うけど…。
そんなことを考えながら、残っていたサンドウィッチを口に入れる。
「それじゃあ、これ」
二人分のお勘定を、テーブルの上に置く。
「今日は私に奢らせて」
「えっ!?いいんですか?」
普段は一緒に食事をしても、各自でお金を出している。
「午後の仕事をしてくれるんですもの。当然よ」
「で、でも…」
「いいからいいから!それじゃあ、頼んだわよ。また明日ね」
小さく手をひらひら振って、店の外に出た。
街路樹の緑が涼しげな歩道を、ヒールの先がコツコツと小さく叩いていく。
「デート、ねえ…」
そっと呟いたその言葉は、爽やかな空気にすうっと溶け込んでいった。


○●○●○●


何の変哲もない日曜日。俺はいつもの机の上に、競馬新聞を広げていた。
「ただいま〜。ごめんっ、コナン君。お腹すいたでしょ?って、あれ…?」
目をぱちくりさせて俺を見る蘭。
「何だ?」
「お父さん?今日日曜だよ?競馬行かないの?」
…と、はてなを連発している。俺が日曜に競馬にも行かず、こうして家にいるのはよほど変らしい。
「ああ、今日はちょっと、な…。あっ、そうだ。コナンだったら、『博士の家に行く』って言ってたぞ」
「そうなんだ…。でも珍しいね、お父さんが競馬行かないだなんて。どうして?」
空手の練習が終わったばかりだというのに、もうテキパキとエプロンを付けている。自分の娘に言うのもなんだが、毎回感心してしまう。

…アイツに似たのか?

ーあの日。撃たれたところがまだ痛むだろうに、無理して飯を作ってくれた英理が、ふわっと頭に浮かんでくる。
俺達の別居の原因にもなったのだが。
「どうしてもこうしてもあるか。気が進まねえだけだ」
「…!?」
蘭が、エプロンの紐を結ぶ手をはたと止めた。
「どうしちゃったの、お父さん!? 私、何か変なものでも食べさせちゃったかしら?」
甚だ失礼な野郎だ。
「おいっ…」
軽く睨み、ほらっと手元にあった競馬新聞をひらひらさせると、
「なんだ〜。安心したわ」
そう言って笑みを漏らすと、飯を作ると言って上に行ってしまった。


再び一人になる部屋。
俺はあらかた目を通した競馬新聞を畳むと、窓の外に目をやった。
《毛利探偵事務所》とでかでかと書かれたその窓は、あまり景色を眺めるのには適していない。
手近にあった一枚に手を掛けがらっと横に引くと、《探》と《偵》の字が重なって、そこにだけ若葉が爽やかな外界の空気が姿を現した。
「まだ、待ち合わせの時間までかなりあんのにな」
大人げない自分が笑えてきて、〔眠りの小五郎〕も所詮こんなもんだと思ったりする。

思えば、日曜のこんな時間に家にいるのは随分久しぶりだ。普段なら麻雀、競馬、酒、ヨーコちゃん主演の映画……。
必ずと言っていいほど、外でぶらぶらとしているのだ。

でも、今日は違う。麻雀の誘いは断り、競馬もこうして新聞を読むに留め、酒に関しては、家でさえ、ビール一本も手をつけていない。テレビをつけると流れてくる、ヨーコちゃんの映画の宣伝も、今日だけは完全無視だ。

全てはアイツとの、英理との約束のため。

前に、俺が遅くまで麻雀にふけっていたせいで、アイツとの約束に遅れてしまったことがあった。
あの時は蘭がとりまとめた約束だったのだが、今日のは俺から言い出したことだ。何が何でも遅れる訳にはいかない。
だから、今日は家でおとなしくすることに決めたのだ。
……にしても、暇だな。

とりあえず、事務所の宣伝にもなっている窓を閉めた時、タイミングよく蘭の声がした。
「お父さん、ご飯できたよ!」
「分かった!今行く!」
事務所兼自宅は、不便なこともけっこう多い。叫び返しながら、窓を閉めていて良かったな、と思った。
階段をのぼりながら、辺りを漂っている飯の匂いに、思わず鼻をひくつかせた。
蘭は、飯を作るのがうまい。手早く、見た目も美しく、そして何より美味しく作ってくれる。

……でも、思えば。

…アイツの飯だって悪くはなかったな。

なんて、そんなことを考えながら、ドアを開けた。


6/16のアニメの二人に触発されて書きました(笑)
この後の二人がどうなったのかは、皆様の想像にお任せします。
…きっと、いい雰囲気の二人が見られたんじゃないのかな?













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