その夜。布団の中で、一夜は今日の出来事を源二に話した。既に二人とも服を着た後の、寝物語に。
二人にはまだ子供はいない。結婚すらしていない。若い源二には重い話と分かっていたが、千菜の働きたい気持ちも、それがわがままなのかどうなのかと悩む気持ちも分かり、一夜まで少々落ち込んできてしまったのだ。大学生相手に育児休業の話題など「年上の彼女」としてはしない方がいいことかもしれなかったが、これまでのことから彼を信じて重い心をぽつりぽつりと漏らした。
源二が夕食を済ませて帰って来たため、多少遅い時間となったが眠る前に彼の部屋へと一夜は寝巻き姿で入り――そのままなりゆきで、だが二人には必要な前段へと突入し――、その後眠る前に一つのベッドの中で、今日千菜が訪ねて来て、彼女がそのようなことを悩んでいた、ということを話したのだった。
しかし春に彼女の子供を見に行ったことを話したところ、一夜に「子供が欲しいのか」と察しよく尋ねた源二だ。今日の話で一夜が何を不安に思っているのかも分かったらしい。
「……でも、育児休業って男も取れるんだろ」
寝転んで自分を見上げる源二にそんな言葉を返され、一夜は逆に面食らってしまった。話題になっている北條は元より、そんな源二など想像つかない。一夜は座っていた膝の間に手をつくと、首をぶんぶんと横に振り長い髪を乱した。
「ま、まあ、それはそうだけどさ!」
「俺はどっちでもいいよ」
「育児休業とるの!??」
「そっちじゃなくて……まあ、お前にそうしろと言われれば、こっちも一旦は考えざるを得ないよな。受け入れられるかどうかは別として。どっちでもいいっつったのは、そうじゃなくて、仕事続けるでも、辞めるでも、大変なのはお前なんだから。一夜が後悔しないように、決めればいいと思う。俺が産むわけでも、身体壊すわけでもないんだし、職場の人に何か言われるのも、再就職先探すのに苦労するのもお前なんだし。仕事しないで子供育てたいっつうんなら、それはそれで俺が頑張るし」
本当に大学生かと思うほど源二は淡々と将来計画を話し、最終的には一夜の気持ちに任せようとしてくれている。
一夜は驚いた表情を浮かべて、思わず源二のTシャツを握り締めた。何だよ、と彼に睨まれてしまうが今度は首を軽く振り、落ち着いて話をする。
「……ありがとう。そう言ってくれて、嬉しい。確かに自分の年齢考えると、育休取ってそのあと復帰するのも、再就職も厳しいけれど、うち貯金なんてほとんどないから働かなきゃいけないし」
そう言った後、また源二が「悪かったな」と彼自身を責めるように言うので、一夜はこれまで以上に大きく首を振る。
「ううん! それはいいんだ、源二の所為じゃない。私が年くってるのももう仕方ない。この年齢で初産も大変だって分かるけど、そうしている人もいっぱいいるし、それでもこうしようって二人で決めたんだからさ。……何より子供に寂しい思いさせたくないから。もしその子の傍に居た方がいいって思うなら、源二がどんな会社に入れるかだけど、その時には私が一度仕事辞めて、どんなところでもいいから後から働けるところ探すし。」
――そう。生活費を稼ぐため忙しいからと言って、自分の父親や母親のように離れていきたくはない。生まれる子供に、自分たちのような思いをさせたくない。一夜はそれだけは心に決めて源二を見た。その眼を見返してくる彼に、自分の気持ちは伝わっていると信じたい。
「先のことはどうなるのか、分からない。それでも、源二の大学卒業後にそうしようって決めたから」
一夜の年齢から、家庭を持つのは少しでも早い方がいいに違いない。しかし年が嵩むごとにリスクと制限が増えたとしても、それでも互いが納得する生き方を考えた。その結果、暗い夜が訪れることがあれば、その時に二人で一番いい方法を考えればいい。
「だからその時その時で、一緒に話し合って考えていこうよ」
笑顔でそう言った前向きな一夜の言葉に、
「分かった」
と源二は真面目な顔で頷いた。そして、一言。
「一夜は、強いな」
源二は、顔の上に落ちた長い髪を指で掬って一夜をじっと見上げる。一夜は「へ?」と不思議そうな顔をして否定した。
「そんなことないよ!」
昔から臆病で数え切れないほど悩み、長い間自分の気持ちや現実から逃げて、十も年下の源二に何度も叱咤してもらって優しさを貰った。そしてようやく、彼に手を握ってもらった状態で強くなろうとしているのに。こんなのは見せかけだけの空元気だ。
「いや。だから、俺も――頑張る」
そう言うと彼はむすりとした顔をして、髪を指から抜き、掌を額に当ててその表情が見えないようにした。
最初に源二の手を引いたのは、一夜。彼はその背中を追いかけて、追い抜こうと足掻き、そして此処まで走ってきた。今は二人で手を繋ぎ隣を歩いているようだが、それでも一夜が先を行き彼が焦って追いかけたり、源二が先を行ってしまい彼女が焦ったりを繰り返すのだろう。
そして自分たちが、生まれてくる子供が幸せになるように、時に歩みを一緒にして、時にその世界を共有して生きていく。
それが毎日の生活として存続する――など、何と幸せなことだろうか。また朝が来て、隣に居る彼が彼女を起こす。巡り巡る、その単調な日々をただ守りたい。
それは何よりも簡単なことで、何よりも難しいことかもしれないが、この尊い想いが自然に持続する限りは、きっと大丈夫だろう。
そして一夜は、源二の胸にぽすんと凭れて眼を閉じる。不安が溶けていき、早春の夜、今日も安らかな眠りにつこうとする。
日々是好日――これからも毎日毎日が、平穏無事なよい日であることを、願って。
だからひとまず、此れは是にて――めでたしめでたし。
~END~
2008年12月のシリーズ第1話から足掛け2年半、この続編第2弾は2008年11月から1年半と文字数の割には長い連載になってしまいましたが、ここまでお付き合いくださった皆様、最後まで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました!!
どれほどお礼を言っても言い足りません。お読みくださったこと、ありがたい応援コメントやお気に入り登録、拍手ぽちりをくださったことなど、様々な方法で励ましてくださった多くの方に改めて感謝申し上げます。
2人の人生はこれからも続いていきますが、これはこれでひとつの「作品」となるよう、一旦区切りをつけました。ですが拙作にも関わらずこちらの続編を望んでくださるリクエストを、連載中からたくさんありがたく受け取っておりました。
いつも申し上げますように、私も拙くとも一人のモノカキとしてこれからたくさんのことに挑戦したいため、この2人のお話だけを書き続けられずご期待に添えないのが心苦しいですが、2人は自分の中でもしっかりと生きておりこんな日常生活でよろしければ、これまでの3作品で書き切れなかったエピソードなど物語のネタはいくらでも浮かんできます。
というわけで数ヶ月おきの不定期更新にはなりますが、リクエストをお受けして、これからも時々2人のお話を書くことにしました(2012年2月現在)。ただし長編ではなく、ちょっとした小話(物語ではなく一エピソードごと)の短編集となります。R18内容も含まれるため直リンクは貼れません。お手数ですがムーンライトで「ネムリヒメ」でご検索いただくか、個人サイトの方で情報をご確認くださいませ。
自分が書きたかったもの、皆様のリクエストから短編を書き綴ろうと思います。皆様の中でも、どうぞこれからの彼らをご想像くださいv
2人のことを好きになってくださり、本当に本当にありがとうございました!!
takao
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※ なお、他の甘甘らぶらぶな連載作品も日々書き続けております。興味持ってくださった方は、作者ページや作品ページなどから個人サイト「碧落の砂時計」へとお越しくださいませ!
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