源二のそんな小さな秘密も知らず――。ある日曜日、二人はホームセンターへと買い物に出かけた。
所帯臭い話であるが、食料品や日用品など一週間分の買い出しは平日忙しい二人にとっては重要事項だ。源二との付き合い方に一夜が慣れ、彼も精神的に落ち着いてきた高校生くらいの頃から、荷物持ちとして源二が借り出されることも増えてきた。
それでも予定が合わなかったことが多かったが、彼が大学生になった今は平日にも空き時間があり、車での移動も出来るため一夜も彼を誘いやすい。
何よりも二人は一応「婚約者」だ。そして彼は成人している。もう何も恐れることなく対等に頼ることもでき、こうした日常を満喫していてよいのだ。一夜は口には出さなかったが、彼や世間に対して気を遣わなくなってよくなってきたことには内心では嬉しく思っていた。
そうは言っても、これだけ歳の離れた若い「彼氏」を人に見られることが――もう弟だとか言い訳をしなくてもよい分、一夜には照れ臭く、誰にも会いたくはないという抵抗が起こる。
相変わらず年齢のことを気にしている一夜だが、それでも少しずつ変化もしてきている。それが先日の素直に甘える様子にも見られるだろう。だからと言っていきなり年甲斐もなく、べたべたと甘えるわけでもないのだが。
そうした考えもあり、本日は知り合いに会わないよう少し離れた場所にある、さりとて無駄にガソリン代を使わないよう近隣の都市のホームセンターへ買い物に出かけた。
そもそも一夜がアウトドア派ではないこともあり、二人で遊びに出掛けることはあまりない。こういうことがデートの代わりとなっている。それこそ想いが通じる前と変わらない状況だ。
「変わっているね」と一夜は千菜などにも言われたが、一夜自身がこうしている方が楽しく自分らしくいられるので仕方ない。源二にもこんな形でよいかと尋ねたことがあるが、「別に」と大して気にした様子もなく言われたため、自分たちはこれでよいのか、と彼女は思うことにした。
それに――。中学生の時の両親の離婚や、その前からも両親が共働きで忙しかった一夜にとって、子供染みているが、こうした日々の何気ないことを「家族」と一緒に過ごせることはとても楽しかったのであった。
それに彼とは嗜好などの価値観も合う。だから結婚までしようと思ったわけであり、そんな彼と出かければ、所帯臭い買い物でも慣れない場所に出かけて気疲れするよりずっと楽しく感じる。
そのことは源二には言わない一夜だが、いつもどおりにこりともしない彼を連れ出した。源二の性格上本当に嫌なら断るはずなので、むっつりしていることは気にならない。
――しかしこうした日常も幸せだが、そればかりでも味気ない。からりと晴れた夏の空や、友人の話やテレビの中で楽しそうに遊んでいる若者を見れば、いくら一夜でもうらやましく思えてくる。というわけで先日のとおり、今年の夏は恋人らしく彼を旅行へと誘ってみたのであった。
だが一夜は性格上、賑やかなところで大騒ぎするよりも、まったりと土地の物産や雰囲気を味わえる場所に行きたいと考える。おばさん臭いなあと彼女自身も思うが、昔からそういった趣味があったし、源二の方も若いくせにそのように見受けられる。だからこそ気が合うのではないだろうか。
今日の買い物の目的は収納棚をひとつ見繕いたいというのもあったが、その一泊旅行に必要なものを買いたいということもあった。
・・・・・・・・・・
源二に彼の車を運転させながら、助手席で一夜は今度は先日の飲み会でのことを思い出す。一緒だった女性職員たちと、今年の夏はどこかに行かないのかという話になった。「一泊で温泉でも」と一夜が答えると、「海外でも行ってくればいいのに」と皆に笑われた。
ある女性は一週間ほどかけて彼氏と外国へ旅行に行くらしい。見聞を広めることは確かに必要であるが、日々のやりくりに追われ貯金をしたい今はそういった豪遊には使いたくないと一夜は思う。それにそういう贅沢や「はじめて」は、新婚旅行とやらにとっておけばいい――などと考えて、一夜は赤くなってしまった顔をアルコールの所為にしていた。
一夜が源二の小さな心の動きに気付かないように、そんな彼女の心境を彼もまた知る由もなかったが、既に旅行の場所も、一夜の希望で海辺の温泉と決めてしまった。
一応、「婚前旅行」とも言えるが、長年同居している二人に二人きりの夜が「特別」という感慨はない。それでも二人でこのように泊まりがけで出かけることは初めてであり、口には出さないがお互いこっそりと楽しみにもしているのだった。
そこでわくわくしながらあれもこれもと必要なものを物色する一夜と、それを渋々といった様子で追いかける源二であったが――。
「あ……!」
そのホームセンターで、とある売り場を通りかかった時だった。一夜が突然驚いたような声を上げた。
「あー、鎌田さん」
そんな彼女に声を掛ける一人の茶色い髪の青年。
――先程のとおり、知り合いに会いたくないという理由から、同じように中途半端に近場へと出掛けようとする人々は他にもいるだろう。よって「こういうこと」も予想の範疇であったが……。
驚いた表情をしている一夜の斜め後ろにはもちろん源二が、一夜の目の前には……同僚の青年・和田が、和田の横には一人の女性が立っていた。女性の方は一夜も見たことがある、今春入社した若い女性であった。
――しまった……! 会っちゃった……。
一夜は表情を失った。すーっと背中を冷たい汗が垂れていくような感覚がある。
万事休す、だ。何も言わなくとも、和田には分かったのではないか。隣の男が一夜にとって特別な男であると。確かに数年後には結婚する予定なのだから、堂々としていればよい。法律的に悪いこともしていない。……ただ、恥ずかしいだけなのである。
しかし見られたのが和田でよかった、とも一夜は思った。彼ならいくらでも口止めでき、頭もよく空気も読める。下手に年嵩の上司や噂好きの女性たちに見られるよりはずっと運がよかった。
和田も一緒にいる女性が彼女か何かで一夜も同じように弱味を握れればよいのだが、彼は女友達が多そうで、誰が本命なのか噂も多い。だからこの女性もどうなのか分からない。
逆に一夜の場合、こんな若い男と一緒に居れば、彼女の日頃の様子から「他の」可能性は考えてもらえないだろう。昔使っていた「弟だ」という言い訳も、きっともう通じない。今の自分の安心しきっている表情に、女としてのそれが表れている。
「海、行くんですよ、来週、皆で。その買い出しです」
しかし固まっている一夜に、和田の方からいつものように話し掛けてきた。
彼の隣にいる女性も、一夜の顔は何処かで見たことがあると思っていたらしい。和田の態度から同じセンターの職員だと確信したらしく、ぺこりと頭を下げてきた。和田よりも明るい色の髪がさらりと揺れる。
「ふーん、どこの?」
一夜もまたあえて後ろの源二を無視して、和田と話を続けた。源二は察しのよい男だ。気配がしないので、もう遅いかもしれないがあえて他人のふりをして、何処かへ去って行ったのだろう。
しかし和田から職場の青年たちで来週行くという海岸の名前を聞いた途端、彼女は古典的にもひっくり返りそうになった。
――行くとこ、同じじゃないかー!!
折角の初めての婚前旅行がどうしてこんなことになるのか。彼女は内心泣きたくなる。
◇拍手&簡易メッセ◇
個人サイト>「碧落の砂時計」TOPへ
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。