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その18 裸の付き合い。
 非常灯の薄暗い明かりが、旅館の曲がりくねった狭い廊下をぼんやりと照らしている。その中を、一夜と源二の二人はぺたぺたというスリッパの音を立てながら歩き、目的の場所へと辿り着いた。
 一夜がパンフレットで確認したところ、家族風呂も深夜零時まで入れるようだ。防犯上、大丈夫なのかと彼女は心配にもなるが、古い風合いを残しながらもメンテナンスやリフォームなどはきちんとしているような心配りが感じられる旅館なので、どうにかなるだろうと開き直ることにした。
 色々とあった一日で、遠くまで来たこともあり一夜は既に疲れていたが、これも思い出作りだと余力と好奇心を奮い立たせる。
 十代の性欲盛んな時期でもなく、この先の人生の「伴侶」との風呂ひとつで騒ぐことでも興奮することもないと思うが、そういうことを今まで避けていたので、三十路の今でもいちいちこうしたイベントに驚かされている。

 対する源二はというと、アルバイトなどで未成年のうちから社会に出ていた割には、真面目な性格から肉体的な女性経験は一夜以外にないと彼女は聞いている。
 健康な青年男子にしては変な奴だなあと、彼の必死の気遣いも知らず一夜は勝手なことを思うが、こうして一緒に家族風呂のドアを開けても源二は無表情のままなので、奴は本当にワクワクしているのか、と疑いたくなってしまう。
 しかし一緒に風呂に入るかと誘ったのは彼の方なので、やはり一般的な二十歳の青年同様、こういういやらしいことは嫌いではないのだろうと、一夜は自分を納得させた。

 そんなことを考えている一夜をさておき、源二は手際よく「使用中」と書かれた看板を外に出し、中に入ると早々に木の鍵を掛けた。
 裸になる場所なので防犯カメラなどなく、こんな造りではいくらでも犯罪ができてしまうではないか、と職業柄、一夜は心配になってくる。しかし源二が目の前で浴衣をばさりと脱ぎ始めたので、そんなことを考えている場合ではなくなってしまった。
「め、酩酊者の入浴は禁止しますって、書いてあるけど……」
 セックスなど数え切れないくらいしてきたものの、こんな公共の場所でこんなことをしてよいのかと、一夜は妙な背徳感を覚え始めていた。確かに入浴を楽しむだけなら何も問題はないのだが、先ほどの指を舐め合った出来事とも相まって、目の前の男から何やら不穏な空気を感じるのである。
 一夜はここにきて往生際悪く、恥ずかしさから浴衣も脱げずにぐずぐずとしていた。すると、そんな彼女に源二が一言。
「そう思うんだったら、水でも被って酔い冷ませ」
「何それ、ひどいなあ!」
 ぱんつ一枚の奴にそんな偉そうで冷たいことを言われる筋合いはないぞと一夜は思うが、源二はこうして昔から彼女には容赦ないところがあった。
 しかしそういうところは他の女性の前では見せないようなので、捻くれた愛情表現、もとい自分に心を開いている証としたいような気も一夜にはしているが、それでも水を被ろうとは思わない。

 とは言っても、一夜もまだ酔っている状態と言えばそうである。酔っていなければ、こんなことは恥ずかしくて出来ない。しかし逆にこの状況に緊張し、酔いも冷めそうな気分になってくる。
 ――そう思うと酔ったノリで、このまま突き進んだ方がいいのかもしれない。
 そう考えた一夜だが、相変わらず引き締まっている源二の日焼けした身体を横目で確認すると、三十路の身体をこうした場所で見せるのが嫌になってしまい、更に襟をもじもじといじっていたが、
「脱がねえの?」
と横から声を掛けられる。
 ――ああもう、この直球エロオヤジ!!
 支離滅裂な悪口を隣の青年に対して思う一夜であるが、自分の意思でついてきた以上、人のことばかりも言えない。
 しかし三十路の肌が恥ずかしいなんてことも言いたくない。そういう目で源二に見られたくないからである。そうは言っても十歳の年の差は埋まることなく、これからも身体は老いていく一方。結婚するからにはそれは覚悟せねばならないのだが……。
 泣き上戸な一面もあるのか、そう考えているうちに一夜が段々と落ち込んでくると、
「先行ってるぞ」
源二はそう言い残し下着も取り去ると、さっさと小さな浴場へ入っていってしまった。

 ――え? え? えー? 私が急に部屋戻ったらどうする気だよー!!
 一夜は強引にでも手を引いてもらえなかったことに、勝手と言われようとも少し残念な気持ちになる。と言いつつも部屋に戻るわけでもないのだが。
 第一、裸の彼に甘い言葉をかけられて、浴衣を脱がされるなどというシチュエーションに耐えられるわけもない。二人で裸になった後、連れ立って歩くのも何か滑稽な気がした。
 一夜はそこでようやく服を脱ぎ、手早く長い髪をアップにすると、細長いタオルで身体の前を隠す。
 テレビの取材やパンフレットでは、もちろんのこと身体にバスタオルを巻いてリポーターやモデルが入浴しているが、公共の湯船にタオルを入れることは通常禁止されている。だからバスタオルなど浴槽には持ち込めず、身体を洗うフェイスタオル程度のものを一夜は恥ずかしいところを隠すために当てる。それも浴槽に入る時には、取り払わなくてはいけない。
 それは源二も同様で……ということは、彼も最後には局部を――って何を考えているんだ! 私はーっ! と一夜は裸のまま壁に頭を打ち付けたい気持ちになりながら、源二が湯を被っている音を脱衣所で聞いていた。

 行為の場合はそういう目的ということで全裸になることも割り切れるが、やはり皆で使う場所で入浴以外の目的を持って裸になるということは、一夜にはいけないことのように感じてしまう。
 ……こんなばかなこと考えるのって、やっぱ、酔ってるから……だよね。
 そう結論付けた一夜は、酔っ払いなのにお風呂に入って、倒れてしまわないように気をつけないと、と思いながら、旅の思い出作りのためと、彼と和解できた喜びに背中を押されて、狭い脱衣所と浴室を繋ぐ引き戸を開けたのであった。

 ・・・・・・・・・・

 中にあったのは小さな洗い場と、檜の香りがほのかにする木の四角い浴槽だった。ガラス窓から見える外の小さな庭は、夜の照明に緑の葉を黒々と光らせていた。
 源二は既に風呂に入っているとばかり思っていた一夜だったが、彼は持ってきたもう一本のタオルで身体を洗おうとしていたところだった。
「汗かいてたから」
 源二は一夜から目を逸らしてそう言うと、石鹸を泡立て始めた。木の腰掛けに座る彼をちらりと横目で見ながら、一夜もその隣に腰掛けを用意して座る。彼の腹の下にタオルが掛けてあったことに、彼女は少し安心した。しばらくは目のやり場に困ることはなさそうである。
 彼女もまた身体の前のタオルを取れずにいるものの、後ろが丸見えであることが何か矛盾している気もした。しかしあえて考えないよう、源二はこういう順序で身体を洗っていくのか、とのんきな感想を抱いていたが、ふと思いつきで口を開いた。
「体、……洗ってあげようか?」
 触れられるのは恥ずかしいが、触れるのは嫌いではない。安心するからだ。それに内心、その逆を提案されたら困るので先手を打った、とも言える。
 こういうところでは、そういう楽しみ方もあるのだと、一夜は女の子だけの会話で聞いたことがある。だから彼女は洗いにくい背中を流してやろう、くらいの気持ちで提案したのだった。

 ちなみに二年前、婚約が決まった夜、いつも以上に激しくなった行為が終わりぐったりしてしまった一夜を、当時まだ高校生だった源二が風呂場に抱え入れ、シャワーで綺麗にしてくれたという思い出ががある。
 その時と違いこんな風に意思を持って一緒に「入浴」するのは初めてなので、一夜は何をすればよいのか分からなくなるが、旅のいい思い出になることはしたく、ただ二人で湯船に浸かるだけではこの源二のこと、満足しないのではないかと思っていた。

 一夜は源二からもう一枚の石鹸のついたタオルを渡される。湿ったタオルは彼女の身体に張り付き、最初は胸や下腹部を隠してくれていたが、手を動かして泡を立てているうちに、ぺろりと剥がれてしまった。
 彼の視界に気になる三十路の裸体が飛び込んだかもしれず、これはいけないと一夜が慌てて手で隠すと源二に鼻で笑われる。それを拾い上げながら、彼女は「何だよ」と少し赤くなって彼を睨む。
「何、今更照れてんだよ」
 ――なんで、源二はいつも余裕なんだよー!!
 一夜は逆にそう突っ込みたいが、彼の言うことは本当にいつも「ごもっとも」なことが多い。一体誰が彼をこんな風に育てたのかと思ってしまう。
 一夜は観念してタオルが下に落ちてしまうことを諦めた。とりあえず太腿には引っかかっているので最後の砦は隠れており、源二の背中側に座っていれば見えることはないと気付いたからであった。

 タオルは中々泡立ちにくい。そして結構、滑りやすい。一夜はタオルを使うことをやめると、ぬるつく自らの手のひらを泡立て、直接、源二の広い背中や肩を洗っていた。
 手入れもしていない、日光を浴びている男性の肌はごつごつしたものであったが、それでも石鹸の膜が間に入り、そこを滑らかに摩ることができた。
 身体を洗われると気持ちがいいと言っていたのは一夜の女友達の言だが、源二は気持ちよく感じているのかと一夜は疑問に思う。
「ねえ……きもち、いい?」
 無言であるのも耐え切れず、一夜は思わず背中越しに尋ねた。勿論それは、彼女としては性的な意味ではなく、単純な快不快の意味合いで尋ねたことだ。
「……」
 源二が何も答えないので、やはりこんなことされても嬉しくはないんだろうか、と一夜はため息をつきそうになる。触っている彼女としては中々楽しく、手触りと彼の体温の心地よさを感じ始めているものの。

 しかしそこで彼はぐるりと一夜の方を振り向いた。そしてまたにこりともしない表情で、驚いている一夜の腰に両手を沿え軽く持ち上げると、彼自身も腰掛けから降りると浴場の木の床に直接胡坐をかき、彼女の身体をその膝の上に乗せたのであった。
 一夜はいきなりのことに驚いて声も出なかったが、
「こっちも、洗ってやる」
彼女の手から石鹸のついたタオルをとり、見る間に手を真っ白にすると、彼は彼女の肌や果ては膨らみにまで手を添えてきたのであった。
「……っ!」
 喘ぎ、では決してないつもりだが、あやしげなため息をつきながら、こんなことを仕掛けてきたこの男に何か言ってやろうと、一夜が口を開きかけた時、
「そっちも、続けろよ」
源二は命令口調でそう言うと、一夜の手を自分の腹に添えさせ、反対の手はそのままふにゃりと手の中の果実をねじり始めた。
 動いたことによって彼の腹の下のタオルも床に落ち、二人の下に敷かれてしまったことを確認した一夜は、隠れていた源二の身体の一部が既に形状を変えていた様をつい視界に入れてしまった。

 座らされ密着している、肌同士が、浴場の蒸し暑さも手伝って、熱い。
 瞬間、どうにもこの状況に照れ臭くなった一夜は、思わず心の中で突っ込みを入れた。
 ――な、なんか、三流のアダルトビデオみたいなことしてるしー!!
 それでも源二の手の悪戯は止まらず、一夜も仕方なく彼の腹の下へと手を伸ばしていくうちに、素直に官能的な心地よさも感じられるのであった。
 ――ぬるぬるしてるのって……、結構、気持ちいいんだ。
 それはこの年齢でも奥手な彼女には、新たな発見であった。
 ということは、やはり源二も気持ちがいいんだろうか。そう思った一夜は、自分を睨みながらも時々何かを身体の奥から逃がすように息を吐く源二の反応を観察し、あくまで優しく全身を撫でてやる。
 やはり酔っているからか、一夜も段々とこの状況に慣れ、恥ずかしくなくなってきた。そしてその細い指は、彼の望むままに下方向を中心に潤滑する。
 お風呂って恥ずかしいけれど、一緒に入るのはやっぱり気持ちいいのかもしれないなあ……と、裸の源二とぬるぬるしたものを互いに擦り付けあいながら、一夜はのぼせかけた頭でぼんやりと考えていた。
 

◇拍手&簡易メッセ◇

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