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キスを

夜会が終わる頃には、2人に注がれる視線もかなり減って、エルサーナは安堵のため息をこぼす。明日からは、今日の夜会で仕入れた噂話でしばらく周囲がうるさいだろう。それを思うと憂鬱になるが、それでもレイドを選んだのは自分だ。もうこれ以上離れてなんていられないのだから。

ルイズベルト公と両親に挨拶を済ませ、エルサーナはレイドに手を引かれてホールを出る。両親は主催者に近い立場であり、一番最後まで残らなければならないため、エルサーナとは別の馬車で帰ることになっていた。

エルサーナを支えて先に馬車に入れたレイドが、御者に何かを告げてから馬車に乗り込んでくる。

大きな体躯が隣に座った途端、ふわりと香る男物のフレグランスに、ぎゅっと胸が締め付けられた。

あの時も、こうして狭い箱の中、レイドのキスを受け入れた。そのときのことを思い出すと、今でも顔から火が出そうになる。

しかも、レイドはすでに密着する位置に座っていた。意識するなと言うほうが無理だ。

がたんと馬車が揺れて、動き出す。屋敷の門を出たところで、レイドは小窓のカーテンを閉め切ってしまった。

そうしてこちらを向いた瞳には、すでに熱が踊っていて、エルサーナは反射的に息を呑む。間髪いれずに伸びた手が、エルサーナをさらった。

「…っ」

レイドの膝に乗せられて、あまりの恥ずかしさに、厚い肩にしがみついて肩口に顔を伏せる。けれど、レイドはそれを許さず、大きな手でエルサーナの顔を引き上げた。

「すまない、待たせた。…お前の望みどおり、キスを」

ああ。


『キスを』


あの時、レイドがそう望んだのと同じ言葉。

一気に間をつめたレイドの顔に、エルサーナは震えながら目を閉じた。

唇が重なる。一度離れて、今度は深く。5年ぶりの濃厚なキスに、頭の芯がしびれた。何も考えられなくなる。

水音を立てて絡む舌がいやらしい。舌を強く吸われて、声が止まらない。唇に吸い付かれて、なだめるように舐めた舌が、その勢いのまま中に沈む。中に沈んだそれは、エルサーナの口の中を、余すところなくぐるりと舐めて、エルサーナを溶かす。

「あっ、あっ、嫌、だめ…!」

あの時と違い、レイドの手は遠慮なくエルサーナの体に触れている。肩、鎖骨、背中、ウエスト、そして、…胸にまで。

こんな狭い箱の中、2人きりとはいえ、部屋でもないところで、こんな暴挙に出られるとは思っていなかった。けれど、レイドがバルコニーで言ったとおり、キスでエルサーナの体も思考も、ぐずぐずに溶けていく。

レイドのキスは、頬、額、耳と移り、首筋、鎖骨をたどって下りていく。

ドレスの上から触れる手は、久しぶりの感触と重さを確かめるように胸を揺らして、エルサーナは羞恥に泣きそうになる。その上、レイドは狭い席にエルサーナを押し倒して、のしかかった。

「お願い、こんなっ…! だめ、下ろさないで!」

レイドの指が、大きく開いたドレスの胸元にかかり、ぐっと引き下ろす。

白くまろいカーブを描く胸が半分ほどもあらわになり、レイドはふっと息を吐いた。

「きれいだ。変わらないな…」

「あぁっ、いや…!」

ふるんと弾力のあるそこに顔を埋め、エルサーナの香りを堪能して、レイドはその無防備な肌を蹂躙していく。何度もキスを落とし、柔らかくて薄い肌にきつく吸い付いて、赤い跡をいくつも残した。

「やっ、あっ、レイド様ぁっ…!」

切ない声を上げながら、エルサーナの手が、胸に抱きしめたレイドの髪をかき乱す。

このままここで奪われてしまう…とエルサーナが思ったとき、馬車が大きく揺れて止まった。

レイドが、小さくちっと舌打ちをして、エルサーナの体もろとも起き上がる。

エルサーナが乱した髪を指でざっと後ろに流して、エルサーナのドレスの胸元を直してやった。

けれど、その顔は、あふれる艶を隠さない。

「下りるぞ」

短く告げるレイドが、どこか急いているように見える。けれど、エルサーナにも余裕はない。

翻弄された体は甘くうずいていて、震える足がいうことを聞かない。困ったように首を傾げるエルサーナに笑い、レイドは手を伸ばして馬車の中からエルサーナを抱き上げた。そうして外に出されて、エルサーナはあっけに取られて固まった。

目の前にあるのは、小さいが瀟洒な一軒家だ。てっきりウォーロック邸か城に着くと思っていたエルサーナは、混乱してレイドを見上げる。

「レイド様、ここは…?」

「俺が城下に賜っている家だ」

「レイド様の、家?」

「そうだ」

レイドが背を向けると同時に、馬車が走り去る。どうして、ここに。

その疑問は、すぐに解けた。

レイドがドアに触れると、魔術の錠が解除される。エルサーナを連れ込んで、ホールの明かりをつけるのももどかしく、ドアに押し付けてまたキスが始まった。

「あ、ん…! 待って、んっ…、こんなところで、誰か、きたらっ…!」

こんな玄関先では、いつこの家の使用人が来るかわかったものではない。キスの合間に必死に訴えると、レイドはようやく止まってくれた。けれど。

「使用人が来るのは、明日の昼近くになってからだ。この家には今俺達以外誰もいない。だから…声が涸れるまで、好きなだけ啼け」

にやりと笑って恐ろしい宣告を下し、レイドはなす術もなく腕の中で震えるエルサーナを抱いて、2階へと消えていった。

レイド様、お持ち帰り成功ですw って、半分だまし討ちみたいなもんでしょうが…。

さて、馬車のなかでは何とか踏みとどまりましたが。

エル姉さん、がんばれ…。

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