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お茶もお菓子もおいしかった。でも、微妙に居心地が悪いような、いつまでもこうしていたいような不思議な感覚を味わったティータイムを終えて、エルサーナは席を立った。

向かい合っている間中、レイドの視線はずっと自分を捕らえていて、はずされることはなかった。

時折大きな手が伸びて、指や頬にそっと触れる。くすぐったくて、恥ずかしくて、いたたまれなくて、心地よくて、心臓はどきどきしっぱなしだった。

高鳴る胸を押さえて、エルサーナは店主と話しこむレイドに声をかけた。

「私、向かいのお花屋さんを見て…あ、お会計を」

何気なく言いかけて、はっと気づいてあわてて言い直す。

この店では、前はレイドが支払いを済ませるとなんとなく決まっていた。それはレイドにゆかりのある店でもあるし、会計外のさまざまな品物をお土産に持たされるせいでもあるし、何よりレイドが店主と懇意にしているからだった。

ついそのときの感覚で任せようとしてしまったけれど、エルサーナの申し出を、レイドは穏やかに拒否した。

「気にするな。いつもどおりでいい」

「でも…」

「つい癖が出たんだろう。…忘れていないなら、それでいい」

どこか熱を感じる一言に、エルサーナは恥ずかしくて視線をそらした。

自分の気持ちが、あのときのままなんだろうと指摘されたような気がして、顔を上げられなかった。

「あ、ありがとうございます。私、お花屋さんに行っていますね」

そう言って、エルサーナは逃げるように店から出た。往来で深呼吸し、跳ねる心臓を押さえる。

昔、一緒に街を歩いたあの時もどきどきはしていたけれど、外に出て、誰に見られるかもわからない緊張感のほうが強かったと思う。

けれど今日は、甘い、落ち着かない空気にさせられて、レイドの言葉にも、手にも、翻弄された。どきどきしたり驚いたり、恥ずかしくなったりいたたまれなくなったりで、緊張を感じる暇もなかった。

レイドに誘われるまま、引きずられている、と思う。

前は、おびえる小動物を手懐けるようなやり方だったけれど、今は捕食されそうな気がする。

それをうれしいと思う気持ちは、とりあえず頭を振って忘れた。考えたら、逃げ出しそうだったから。

広い石畳を横切って、エルサーナは向かいの花屋の店先で足を止めた。今日は切花だけでなく、いつもは頼んで作ってもらう小さな花かごがいくつも並べられていた。

オレンジ、赤、ピンク、白、黄色、青。

とりどりの花が、小さなかごの中に詰まっている。目を引かれて眺めていると、奥からなじみの若い店員が姿を現した。

「いらっしゃいませ、お嬢様!」

エルサーナの姿を見ると、とたんに笑顔になって近寄ってきた。細身で、人懐こそうな顔をした店員は、この花屋の息子だと言う。

「こんにちは。今日は花かごをたくさん売っているのね」

そう言うと、彼はしまったというように笑った。

「実は、昨日仕入れのときに失敗しちゃいまして。初めて任されたのに、余分に多く仕入れてしまって、親父に叱られました。自分で何とかしろと言われたんで、いつもお土産にお嬢様が買っていってくださるのを思い出して作ってみたんですけど、おかげで女性のお客さんの受けがよくて、売れ行きがいいんです」

「それはよかったわ。お茶会でテーブルに飾るにもかさばらなくてちょうどいいし、見た目もかわいらしいし、女性には喜ばれそうだものね。私もひとついただこうかしら」

「そ、それならこちらなんてどうでしょうかっ」

そう言って差し出されたのは、ピンクとオレンジを基調にした、控えめだけれど品よくまとめられたものだった。

「まぁ、きれいだわ」

思わず感心すると、突然彼がエルサーナの手を取って花かごを渡した。

「あの、あなたをイメージして作ってみたんです! よろしければ受け取ってください!」

「そ、そう…? ありがとう」

青年の勢いに若干引き気味になりながらも、重なった手が離れてくれない。

「お代はいいですから!」

「いいえ、そういうわけには行かないわ」

どうしたものかと困惑していると、後ろから伸びてきた手が花かごを奪うと同時に、さりげなく青年の手をはずした。

「いただこう。いくらだ?」

その低い声に、店員が視線を後ろに動かして、とたんに青くなって『しょ、少々お待ちをっ』と言うなり、逃げるように奥に引っ込んでしまった。

「レイド様」

振り仰いだ顔は、若干眉間にしわがより、不機嫌そうに見える。

「まったくお前は、目が離せないな」

「はい?」

何のことかわからずに首を傾げるエルサーナに小さくため息をついて、レイドは「もういい」と言って花かごを彼女の手に返した。

そして、戻ってきてびくびくと値段を告げる店員に支払いを済ませ、そっとエルサーナの腰に手を当てて促す。

「あの、どうしたんですか?」

と戸惑ったように問うエルサーナを、レイドはちらりと見る。

「虫除けだ」

「虫除け?」

わかっていない顔で返されて、レイドは苦笑した。背後ではあの若い店員が、がっくりと肩を落としている。

「お前も、案外鈍いな。これではあの店員も気の毒だ」

「だから、何のことですの?」

「あの店員、お前にあこがれているんだろう。精一杯のアプローチと言うところだろうな。お前をイメージした花をプレゼントした上に手を握るなど、そのままじゃないか。本当に気づいてないのか?」

レイドの言葉の意味がわからなかった。遅れて理解したエルサーナは、まったく予想外だった様子でうろたえる。

「え、そ、そんな! だって、あの方、私よりもずいぶんお若いですし…」

「年齢など関係ないだろう。年上にあこがれる男もいる。ましてや…これだけきれいなら、誰でも惹かれる」

見とれるように絡みつく視線に、エルサーナの顔が真っ赤になった。

「からかわないで…!」

「からかっていると思うか?」

「そうでないならなんなんですか!」

歯が浮くようなせりふを並べ立てるレイドは、エルサーナの反応を楽しんでいるとしか思えなかった。それなのに、若干むきになって噛み付いた途端。

「…口説いているんだろう?」

にやりと悪人面で笑って切り返されて、頭が真っ白になった。

思考能力の許容範囲を超えて、エルサーナはそれ以上何も言えずに、顔を熱くしたままうつむくしかなかった。

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