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浮き立つ気持ち

短いです。

休暇の前の日から、気がはやって落ち着かなかった。なかなか寝付けなくて、まるで子供のようだと困ってしまうくらいに。だから、予定が午後だけだったのはありがたかった。

前の日は遅くまで眠れなかったけれど、当日はいつもより遅い時間に目が覚めたおかげで、寝不足は感じない。

けれど、起きてからがまた困る。

…何を着て行こうか?

考えてもいい組み合わせが思いつかない。悩んでいるうちに時間だけが過ぎていく。結局一度中断して、朝と昼を兼ねる時間に軽く食事をして、仕切りなおした。

クローゼットを開けて、エルサーナは考え込んでしまう。

しゃれた外出着だと、いかにも楽しみにしていましたと思われるのがなんだか恥ずかしい。

けれど、あまり地味なものも、せっかくのレイドとの外出には物足りない気がする。

ああでもないこうでもないとしばらく悩んで、控えめなオフホワイトのワンピースを選んだ。すそと袖口に花模様があしらわれたそれは、襟が高く、首元に大振りのリボンがあしらわれている。

「おかしくないかしら…?」

鏡を見ながら、気になるのはレイドの目にどう映るかだけ。

化粧はいつもどおり薄く、フレグランスも控えめに。髪はゆるく結って、髪飾りを挿そうとして、やめた。

浮かれすぎてレイドに引かれてはと心配になったからだ。

「ああ、どうしよう…」

落ち着かない。なにせ、2人で町へ出るなんて、5年ぶりだ。

浮き立つ気持ちと、不安な気持ちがない交ぜになって、逃げ出したい気分にすらなってくる。

けれど、一度約束したことだ。覚悟を決めて、エルサーナはエントランスへと向かった。

そこにはすでにレイドが待っていて、エルサーナはあわてて駆け寄る。

「すみません、お待たせしてしまいましたか?」

「いや、気がはやってつい早く来てしまっただけだ、気にするな」

背が高く、がっしりとした体を包んでいるのは、黒のシャツとズボン。上にはゆったりした上着を引っ掛けている。

いつもの制服と違ったリラックスした雰囲気に、エルサーナの心臓が跳ねる。すると、レイドが小さく笑った。

「まるで穴が開きそうな気分になるな。そんなに見るな」

「あっ、す、すみませ…」

「謝らなくていい。俺も今、お前を穴が開きそうなほど見ていたから、おあいこだな」

さらりと告げられ、唖然としているうちに手を取られる。

「よく似合っているな。いつもの侍女服もいいが、今日のは余計にかわいい」

「な、何をおっしゃるんですか、いい年の女をそんなにからかわないでくださいっ」

「からかってなどいない。…本心だ」

「…っ!」

後の一言を低く耳元でささやかれ、エルサーナが真っ赤になって固まっている間に、レイドはさっさと歩き始めた。

レイドは、いつもこうしてエルサーナを動揺させる言葉ばかりを言う。

「レイド様のほうが、私を振り回してばかりだわ!」

小さな抗議の声も、聞こえているのかいないのか。いつも、「エルは俺を振り回すのが上手いな」というけれど、レイドのほうが絶対に上手を行っている。敵うとは到底思えなかった。

城門から出て中央通りを進む道は、人が多い。

「今日は縁日ではないはずだが、いつもよりも多いな」

そう言って、つないだレイドの手の力が、わずかに増した。それだけで、どきん、と心臓が跳ねる。見上げた先には、思案している顔。少しだけ、仕事の顔になっていると思う。

「ああ、フェールの街から劇団が来ていたか。確か広場の使用許可申請が出ていたな」

納得したようにうなずいて、レイドはエルサーナを見下ろした。

「後で見に行ってみるか?」

「はい、ぜひ」

エルサーナがうなずくと、レイドがつないでいた手を、指を絡めるように変えた。うろたえるエルサーナに絶対に気付いているはずなのに、素知らぬ顔で。

「あ、あの、レイド様」

「なんだ?」

知っているくせに、わざと聞き返してくる。手を外そうと控えめに引っ張って見ても、しっかりと絡められている指はびくともしない。

「あの、手。…は、離してください…」

「周りを見てみろ、みんなこんなものだ。気にするな」

「そ、そうですけど、でも!」

「わざわざこっちに注目するような物好きはいない。それとも」

すっと耳元に唇を寄せられる。

「嫌か?」

低い声が、鼓膜を震わせて、脳に到達してじわりとしびれさせる。

「ち、ちが…っ」

震えた小さな悲鳴に、レイドの目に、一瞬獰猛な光がよぎった。もちろんそれをエルサーナに悟らせることなく、レイドは姿勢を戻す。

「なら、このままでいろ。どちらにしても、今日はいつもより人が多い。はぐれたくはないからな」

「は、はい…」

エルサーナに、抵抗する気力はもう残っていない。それなのに。

「正直なところ、俺が手を離したくないだけなんだがな」

ふっと笑って、流し目と共に送られたそんな言葉に、エルサーナのささやかな抵抗など木っ端微塵に吹っ飛んだ。そして。

どうかずっと、この手を離さないで、と。

祈るように、思った。

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