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Shall We Dance?

屋敷へと足を踏み入れると、天井の高いホールにきらめく大きなシャンデリアが人目を引く。久しぶりの光景を楽しむ余裕もなく、すがるような気持ちで触れるレイドの手だけが、エルサーナを歩かせていた。

ホールに進むと、いくつもの視線がエルサーナに突き刺さり、ざわり、と空気が変わる。

(…怖い)

と、レイドが軽く手を引いた。引き寄せられる形になったエルサーナの手を持ち替え、そのまま支えるように腰に手を回す。一連の動作はまるで流れるように丁寧で、エルサーナも思わず目を見張った。

「…なんだ」

「慣れていらっしゃるから…どこで覚えていらっしゃったの?」

素朴な疑問に、レイドは軽く眉を上げた。

「騎士になって城に上がるときだ。俺の恩師だった先代の大隊長が地方伯だったんだが、城に上がったときにマナーや作法で苦労したらしくてな。実力があろうと、そんなことをあげつらう狐や狸がわんさかいるからと、徹底的に叩き込まれた」

「まぁ、狐や狸だなんて」

かすかに笑みを浮かべるレイドの言い草に、思わずエルサーナも小さく笑う。それで、少し緊張が解けた。

中央の上座には、今日の主賓であるルイズベルト公爵と、母である宰相夫人のシルヴィーヌ・ウォーロックが控えていた。

まずはシルヴィーヌの下に赴くと、目を丸くしてこちらを見ている。レイドはエルサーナを伴ったままゆっくりと進み出て、一部の隙もない騎士の礼をとった。

「ウォーロック公爵夫人、シルヴィーヌ・ウォーロック様でいらっしゃいますね。騎士団団長を拝命させていただいております、レイド・グランツと申します。このような場に私のような無粋な輩が出向いて申し訳ない」

「はじめまして、グランツ様。無粋だなんてとんでもない、いつもライトがお世話になっておりますわ。それにしても、エルと一緒だなんて、いったいどうなさったの?」

さすがに事前に知らされていなかったらしい夫人は困惑した様子で、2人を交互に見る。

「ライトに代役を頼まれました。急なことではありますが、どうかご容赦いただければ」

「まぁ、ライトがご迷惑を。あの子の気まぐれには本当にあきれてしまうわね。申し訳なかったわ。どうぞゆっくりしていらしてね」

「感謝いたします」

疑問が解けたシルヴィーヌは、レイドを快く迎え入れてくれた。

それから、気を取り直したシルヴィーヌが老公爵に紹介するのにあわせて、頭を下げた。

「叔父様、ライトリークが急にこられなくなったそうですわ。代役と言っては何ですが、代わりに騎士団長のレイド・グランツ殿が来てくれました」

椅子に座った老公爵は、ひげを生やした柔和な面立ちの紳士で、急なことにも動じずに鷹揚に構えている。

「お初にお目にかかります。騎士団団長を拝命させていただいております、レイド・グランツと申します。このたびはお誕生日誠におめでとうございます」

口上を述べ、礼をする姿は、そこらの貴族の男性にも引けを取らない。

それどころか、堂々たる体躯に礼装もよく似合い、かもし出す静かな迫力もあいまって、会場の視線を釘付けにしてさえいる。

「よくいらっしゃった。ライトリークの気まぐれは今に始まったことではないが、騎士団の仕事は勤まっておるのかな?」

「はい。うまく付き合えば非常に有能です。パートナーとして、欠かせぬ人材です」

「なるほど。騎士団の評判はここのところとみに上がっていると聞いておる。今後も励まれよ」

「はい。ありがとうございます」

そうして向き直った、しわの刻まれた相好が崩れた。

「おお、エルサーナ、元気にしておったか?」

「はい、大叔父様。ご無沙汰して申し訳ございません。お誕生日誠におめでとうございます」

「ありがとう。1年見ぬうちにまた美しくなったのう。こうして顔を見られて何よりだ。未だに仕事に励んでおるのか?」

「はい。王妃陛下のお心遣いもいただき、何不自由なく勤めさせていただいております」

「それはなによりだ。今日はゆっくりしていくがいい」

「はい。ありがとうございます」

それを機に、レイドにエスコートされて壁際に陣取る。そうすると、自分達に注がれる視線が気になって、どうも落ち着かない。

組み合わせの珍しさもあるだろうが、下世話な視線も混じっている。それに、物問いたげな婦人達の視線が、一番痛い。

「ずいぶん気がたっているな」

その言葉に見上げれば、レイドが柔らかい視線で見下ろしていて、急に恥ずかしくなった。

「そんなことありません。別に、何も気にしていません」

「何を気にしていないって?」

からかうような言葉に、ぷいっと横を向いて意思表示をすれば、レイドがくすりと笑う。

「そういえば、ライトはどうしたんですの? 急に行かないなんて言い出して、着替えもせずに帰ってきて…」

「血なまぐさい話は、この場には不似合いだな。後で話してやる」

それだけを告げ、レイドは話を打ち切った。ライトのただならぬ様子も気になるが、ここ2~3日忙しかった騎士団の「仕事」に関係している話なのだろう。とすると、確かにこの場に似つかわしい話題ではない。気になったけれども、エルサーナもこの場は引き下がった。

「何か飲むか。それとも、踊るか?」

ホールには楽団の音楽が始まっていて、華やかなダンスが行われている。

「レイド様、踊れるんですの?」

無邪気な一言に、レイドは笑った。

「ずいぶんと失礼なことを言う」

「ご、ごめんなさい!」

失言にあわてて謝罪するが、レイドは気にした様子もなくエルサーナの手を取る。

「まぁ、そう思われても仕方がないがな。俺はダンスは苦手だ。城に上がる時に教わったくらいで、夜会も出るより警備するほうが多かったからな。だが、お前の足を踏まない程度にはできるだろう。せっかく来たのに、壁の花でいることもない」

「で、でも」

けれど、レイドはしり込みするエルサーナをエスコートしたまま、さっさとホール中央の踊りの輪に進んでしまう。

「あの、レイド様」

「せっかく楽しみにしてきたんだ。踊ってくれ」

殺し文句でエルサーナを黙らせて、レイドは腕にエルサーナの華奢な体を引き寄せた。

すべるように動き出した手に導かれて、足が覚えていたステップを刻み始める。

レイドの動きは、優雅というよりは精巧といったほうが当てはまるような気がする。正確なステップは無駄がなく、洗練されている。力もあるせいか、エルサーナは時々ふわりと宙を舞っている感覚さえ覚えた。

「レイド様、お上手ですね」

「そうか。自分ではよくわからん」

レイドがダンスを踊れることも知らなかった。踊れると言うことは、相手もいたはずで。エルサーナはなんだか面白くない。

「今まで何人の方と踊ってらしたの?」

「…なんだ、気になるか?」

「そんなことありませんわ!」

からかうような声に、すねたように見上げるレイドの顔が近い。ダンスの密着度が、ひどく恥ずかしかった。

「そうだな、片手で足りる程度だ。こういうものは訓練と同じだろう。剣の型を覚えるように、正確な動きを覚えただけだ。相手は皆俺よりも大分年上のご夫人ばかりだったが、その覚え方が悪かったんだろうな。散々花がない、優雅さが足りないとダメ出しを食らってばかりだった」

そうして、レイドは少しだけ耳元に唇を寄せる。

「今回のライトの申し出には、食いついた。お前と踊れるなら、無条件で引き受けてやる、と」

それから、さらに一段声を低くして、

「きれいだな。誰にも見せたくないくらいだ。来た甲斐があった」

なんて言うから。

エルサーナは、レイドの腕の中で真っ赤になってうつむくしかできなかった。

レイドのタラシっぷりはエル限定です。

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