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向き合えない弱さ

二人の関係は、特に隠していたわけではない。けれど、好奇の目にさらされるのはいまだに苦手で、だからエルサーナは人目を忍んで会うことを好んだ。

もちろんそれは、エルサーナの過去を知るレイドも承知の上で、なるべく人目に付かないところを選んでは、エルサーナとの逢瀬を重ねた。

時には二人で町に出ることもあったが、そのときは人ごみにまぎれられるよう、城下でイベントがある日、もしくは夜や午前中に人目が少ない時間帯を選んだ。

常にそうしていたせいか、気づいている人もいるかもしれないが、大きくうわさになるようなこともなかった。

ただ、こうして隠れるように会うことに、罪悪感がなかったわけではない。

このままではいけないのではないかと思いつつ、エルサーナはそれを許してくれるレイドに甘え続けていた。レイドのくれる居心地のよさに、溺れた。

触れる手も、重ねるだけのキスも、何も言わずに待っていてくれるやさしさも、逆にエルサーナが前に進むための決意を鈍らせていることなど、自身では気づかずに。


そんなある日。

「舞踏会ですか? 私が!?」

「ああ。陛下が遊説中で私は城を離れられない。シルヴィーヌもお前を同行したいと言うしな」

宰相執務室に呼び出され、父に告げられたのは、ここ一年ほど回避していた舞踏会への出席命令だった。母の名を出されて、エルサーナはうつむく。

「ロベルとライトにも行くよう言っておいた。叔父上の誕生日を祝う会なのだから、行かないわけにも行くまい」

「それはわかっておりますが…」

エルサーナにとっては大叔父にあたる、ルイズベルト公爵の生誕を祝う舞踏会だ。公爵はすでに齢70を超え、表にはほとんど出てこない。ただ、生誕を祝う舞踏会だけは毎年開かれていて、親類縁者が多数集う。


だからこそ行きたくないのだと言えず、エルサーナは唇を噛んだ。


エルサーナの結婚がつぶれていく端から、その噂話を周囲に発信して行ったのは、親類の夫人たちからだった。

エルサーナは、根掘り葉掘り聞いてくる親族達のそれを、心配してくれていると思っていた。誰かに聞いて欲しかったのもある。聞かれるままに吐露した心情を、彼女達は心配そうに、夜会や茶会で吹聴して回ったのだ。

彼女たちに悪気があったとは思っていない。事実、彼女達には悪意はなかっただろう。けれど、噂話も社交の手段と心得ている女性達に、エルサーナの話は格好のネタになったわけだ。あっという間に、エルサーナのことは、社交界に知れ渡る。

それは、悪意がないからこそ、止める手立てがない。受け流せばいいとわかってはいても、うまくできない。

夜会で遠巻きに自分を見る目の多さに、恐れた。『大変だったわね』と近づいてくる人間を、信じられなくなった。

彼女たちが、久々に夜会に出た自分をどんな目で見るのか、どんな風に探ってくるのか、どんな風に他人に話すのか。それを考えるだけで、吐きそうになる。

「これは命令だ。もう一年にもなる。不幸なことは忘れて、これを機会にまた表に出ればいい」

その言葉に、エルサーナは愕然とする。

父はまだ、私の結婚をあきらめていない。わかってくれたと思っていたのに、ただ自分が立ち直るための猶予を与えただけだったのだ。

すでに、20を大きく超えた年齢の自分は、そろそろ嫁ぎ先も狭まってくる。完全に途絶える前には何とかしたいと言うのが父の本音なのだろう。


(私はまだ、駒のまま)


屈辱に、エルサーナは、震えるこぶしを強く握った。

それと同時に、専属侍女の仕事を認めてもらえていないと言う事実が悔しくて、情けなかった。

「わかりました、舞踏会には出席いたします。けれど、表舞台に舞い戻るのはお断りいたします。どうしてもとおっしゃるなら、シェルミラ様のご許可をいただいてからにしてください。私は今、シェルミラ様の専属侍女です。王妃陛下に無断で職を辞すことはできません」

低く押し殺した声にも、父は動じた様子はない。こんなことを言い出すのも、想定の範囲内なのだろう。

「エル、もう十分だろう。お前のことを思って言っているのだ。こういうことは早く忘れるに限る」

「私はもう怖いんです! 誰かに言われるままに流されるのは嫌! 命令ならば、義務は果たします。でも、それ以上はほっといてください! 失礼いたします!」

言うだけ言って、エルサーナは逃げるように宰相執務室を後にした。

父の言いたいこともわかる。けれど、それはエルサーナにとっては強者の弁にしか聞こえなかった。

そんなに簡単に忘れられるなら、こんなに何年も立ち止まったりしない。しかも、半年前には、原因となった元婚約者とトラブルがあったばかりで、そんな気分になどなれようはずもない。

それに、今となっては、エルサーナが寄り添いたいのはただ一人だけだ。ほかの男性など、視界にも入れたくない。今、包み込むように守ってくれるレイドの腕の中から出るなんて、考えられなかった。


けれど、…レイドのほうはどうなのだろう?


ふと不安に駆られ、エルサーナは廊下の途中で足を止める。

レイドはやさしい。それに、慎重で、エルサーナの気持ちも十分わかってくれている。強引な行動に出ることもないし、これまで一緒にいて、不快や不安など、一度も感じなかった。

でも、それをレイドが不満に思っていたら?

面倒な女と思われていたら?

前の婚約者のように、手を出せないことを憤っていたら?

寄り添いたいのは自分のほうだけだったら?

それに、エルサーナは今のこの関係が心地よくて、結婚など考えたこともなかった。考えたくなかったと言ってもいい。「結婚」の2文字で、今までのこの心地よい関係が壊れてしまうのが怖かった。

そのうえ、自分は公爵令嬢。相手は騎士団長とはいえ、平民出だ。身分はつりあっていない。もしもこの先まで関係を進めたとして、簡単な道でないのは目に見えている。

そして、いまだにエルサーナには、その険しい道に立ち向かう勇気がない。

「レイド様は、どう思っていらっしゃるの?」

小さくつぶやくと、ひざから力が抜ける気がした。よろよろと壁に手をついてしゃがみこむ。

いつ愛想をつかされるかわからない。それに気づいたら、また何もかもから逃げたくなった。

こうしていつまでも立ち止まってばかりいる自分を、どう思っているのだろう、一向に前を向かない自分に、いつまで付き合ってくれるのだろう。

わかっている、このままではだめだということは。

レイドが守ってくれることに甘えて、ぬるま湯につかりすぎた。

だけれど、出る勇気が出ない。打開する覚悟がつかない。


だってまだ、レイドからは一言も将来の話を聞いたことがない。

それに、2人の仲が知れたら、また回りからいろいろ言われるかもしれない。

身分が違いすぎて、父にも反対されるかもしれない。

また周囲の心無い噂や行為で、レイドが自分を見限ったら?

もしもまた、結婚できなかったら?


嫌だ…嫌だ!

レイド様と離れるくらいなら、このままでいい…!


しゃがんで、目を閉じて、耳を塞ぐ。

自分の息遣いと、心臓の音しか聞こえない。

こうして何も見ない、何も聞かない、なにも言わないまま、ただレイドのそばにいられればいいのに

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