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歩き始めた想い

お久しぶりです。レイド×エル投下~。お待たせしたので少し長めです。

レイドは治療師の部屋までエルサーナを送った後、仕事に戻っていった。さすがに申し訳なさも頂点にあったから、エルサーナとしてはそちらのほうがありがたかった。もしかして、その辺を悟って気を使ってくれたのかもしれない。

エルサーナはわき腹、腕、肩に打ち身を負っていて、ひどく打ちつけたひざは歩けないほど腫れ上がってしまった。治療師の治癒術で、痛みはかなり和らいだが、それでも3日の安静、4日の休養が必要と診断されて、1週間仕事を休む羽目になった。

元婚約者は拘束され、専属侍女への暴力ということで5日間の投獄の後、実家に戻されたと女官長から聞かされた。その後、地方の別宅で謹慎させられているらしいが、又聞きの話なので本当のところがどうなのかはわからない。いずれ、彼の実家から形ばかりの侘びの品が届いただけで、本人からの反応は一切ない。

身分差や地位の差から言えばきわめて非礼なことではあったけれども、忘れたいエルサーナにとっては、その方がありがたかった。


自室のソファで体を休めながら、王妃シェルミラが見舞いによこしてくれた本を開く。結局事は王妃の知るところとなり、自らエルサーナの見舞いに出向いて、あれこれと小言を言われてしまった。どうして黙っていたのかとか、不埒な男には気をつけなければだめだとか、そういう時は大声で助けを呼ばなければいけないとか。

もちろん、それが姪を心配するが故のものとわかっているので、エルサーナには反論などできるはずもなかったが。

渡された本は、城下で女性に人気の恋愛小説だそうだ。なんだろう、そろそろ恋愛でもしろという忠告のつもりだろうか。と、勘繰りをしつつページをめくる。

けれど、目は紙の上をつらつらとすべるだけで、ちっとも頭に入ってこない。

逆に、頭の中を占めるのは、レイドのこと。頭から追い出そうとしても、居座ったまま消える気配もない。


ゆるぎない大きな体躯、鋭いまなざし、一見恐ろしげな顔。けれど、触れる手は繊細でやさしく、エルサーナへの気遣いを忘れることはなかった。

凪いだ湖のように大きく、静かで、落ち着いた雰囲気。

腕の中の、泣きたくなるような安心感。


口数の多い人ではなかったが、その沈黙は居心地悪くはなかったと思う。

あの時レイドが来てくれなければ、どんな恐ろしい目にあっていたことだろう。それを思うと、今でも恐ろしさに体が震える。

守ってくれた。助けてくれた。

レイドを思い出すのは、そのことばかりだ。歯止めも、利かないくらいに。



数日後、エルサーナの傷も癒え、醜いあざもきれいに消えたころ、菓子折りを持って彼女は騎士団団長室の前にいた。

ここに来るには、結構な勇気がいった。こんな風に、自ら男性の元に足を運ぶなど、今までしたことなんかなかったからだ。もちろん訪ねる理由も思いつかなくて、お礼と称して菓子折りを届けることを思いつくのがせいぜいで。

変に思われないだろうかと、逃げ出したくなる足を必死で石造りの床に縫いとめながら、ようやくドアを遠慮がちにノックした。

「入れ」

短い応えに、心が震える。この間とは違う、硬い声の調子にさえ、心臓がどくんと高鳴る。いったい自分は、どうしてしまったんだろう。

(抑えなくちゃ。落ち着いて…心を揺らしてはだめ)

自分に言い聞かせて、深呼吸をしてゆっくりとドアを開ける。

「失礼いたします」

するりと滑り込んだ部屋で、レイドがわずかに目を見開いて、エルサーナを見ていた。

「何だよ、エル。何しに来た?」

お手本のように優雅な礼をしたエルサーナに、レイドに変わって応えたのは、弟のライトリークだ。

レイドが騎士団長に昇格してからしばらくたって、抜擢されて副団長になったのは、ついこの間のこと。そのライトリークに『黙ってて』と視線を送ると、エルサーナは緊張しながら、ゆっくりとレイドの執務机の前に進み出た。そして、水色の薄紙にきれいに包まれた箱を差し出した。

「あの、グランツ様に。先日、ご迷惑をおかけしたので」

「迷惑などとは思っていない。あれが俺の仕事だ」

そっけない一言に、落胆する。箱を持つ手が震えた。けれど。

「元気になったようだな。安心した」

わずかに目元を和らげての言葉に、エルサーナもほっとして肩の力を抜いた。そのレイドの声は、エルサーナを気遣ってくれたその夜と同じ優しさに満ちていて、胸が熱くなる。

「言い方が悪かったようです、申し訳ありません。お世話になったお礼です。助けていただいたのは職務の範囲内でしょうけれど、その後華月宮と大ホールの往復に付き合って、治療師にまで見せていただいたのは、グランツ様のご好意でしょう? 本当に助かりました。ありがとうございました」

「なにあんた、そんなことでエルの気を引いたわけ?」

茶化すライトをきっとにらみつけると、『怖っ』と首をすくめて見せる。

「わざわざ気遣いいただいてすまない。そういうことならば、ありがたくいただこう」

そう言って、レイドは差し出した包みを受け取ってくれた。


ああ、用事が済んでしまった。もう戻らなければ。


どうしてか後ろ髪を引かれながらも、エルサーナはそっと頭を下げる。

「あの…では、私はこれで」

そうして戻りかけた体を、背後から響いたいすの軋みが引き戻す。

「華月宮まで送ろう」

その声に驚いて振り向いて見れば、レイドが立ち上がったところだった。ひゅうっ、と口笛を吹くライトを再びにらんで黙らせて、エルサーナは困ったように首をかしげる。

「でも、お仕事なのでしょう? ご迷惑では…」

「ちょっと席をはずすくらい、たいした影響はないだろう。何かあれば、ライトがやるだろうしな」

「こっちに振るなよ!」

すかさず吼えるライトを放って、レイドが手でドアへと促す。廊下に出ると、肩を並べてゆっくりと歩き出した。

そっと横目で盗み見てみる。見えるのは、分厚い肩よりももっと下だ。ライトリークよりもだいぶ背が高い。

その顔は、昨日と違って明るいところで見ても、やはり一見すると目つきが鋭く、無愛想で怖い印象だ。けれど、物腰は穏やかで、しぐさや雰囲気も落ち着いている。

と、レイドが小さく笑った。

「何か言いたいことでもあるのか? そんなに見られては落ち着かない」

「あっ、も、申し訳ございません!」

思わずまじまじと見てしまった自分が恥ずかしい。みるみる頬が熱くなっていく。けれど、レイドはどこか甘さのにじむ声で言う。

「だが、そうしてあなたに見つめられるのは、悪くない」

ぱっと顔を上げると、わずかに和らいだ目元が、じっと自分を見下ろしている。それ以上見ていられなくて、床に視線を逃がして、きゅっと手を握り締めた。

手のひらには、汗をかいている。心臓もどきどきとうるさくて、足元もどうしてかふわふわとおぼつかない。

(ああ、どうしてこんなにぐちゃぐちゃなの? どうしたらいいのかわからない。どうしたらいいの?)

千々に乱れる気持ちを必死に押さえて、なんとか話題を変えようと試みる。

「あの、ライトがうるさくて、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしているのではありませんか?」

小さな声で話しかければ、くすりと笑う気配がする。

「なかなかのはねっかえりだが、やるときはやりますよ。あいつを引き抜いたのは俺だ。勝算もなくさせているわけではないので、ご安心を」

「それならいいのですけれど…」

それきり、沈黙が下りる。それ以上の話題も探せずに、どうしたらいいのかと途方にくれる。

ふと気づいたレイドの歩調は、あくまでゆっくりとしていて、エルサーナにあわせていてくれているのがよくわかる。

女性の扱いに慣れているのかどうか、疎いエルサーナにはわからない。だからだろうか、つい聞いてしまったのは。

「あの、レイド様は、誰にでもこんなにお優しいんですの?」

口に出た言葉に、はっとしてあわててレイドを見上げる。

「ご、ごめんなさい! あの、今のは深い意味はなくて…!」

「誰にでもこんなことをしているわけではない。あなたにはこうしたいと思った。それだけだ」

わずかに柔らかい視線を流されてそう返され、エルサーナは高揚する内心で、器用にも困惑する。

今のは、どういう意味だろうか。エルサーナだからと思っていいのだろうか。それとも、別の意味? いったい、どう取ればいい?

悩んでいるエルサーナを見守る、穏やかな視線にも気づかずに。

「ライトには…」

「はい?」

不意にかけられた言葉に、顔を上げる。硬質なあごのラインは、ライトと違って精悍な印象を受ける。

「あなたがこのようにかわいらしい方だとは、聞いていなかったな」

「は。…え?」

レイドを見つめる瞳が、零れ落ちそうに丸くなる。まるで子犬の目のようだ、と、レイドは内心でつぶやく。

「俺は、ライトに危険視されているようだな。あなたの悪口を散々吹き込まれた上に、最低な女だからあなたに近づくなと釘を刺された。だが、今見る限り、そのような方ではないらしいな」

意味がわからず、エルサーナはいぶかしげにレイドを見上げる。なぜライトが、わざわざレイドに自分の悪口を吹き込まなければならないのだろう?

「要するに、俺があなたに近づかないように牽制しているつもりなんだろう。あいつはなんだかんだ言いながら、あなたが大事で仕方がないようだな」

「ら、ライトから何をお聞きになったの…!?」

恐々とした問いかけに、レイドはくすりと笑う。

「聞かないほうがいい。内緒にしておく」

「ひどいですわ! 二人で私を笑いものになさってたのね!?」

恥ずかしさに思わず声を上げれば、レイドの目がさらに柔らかく、まるでいとおしげに自分を見つめているようにさえ見えるから、勝手に頬が熱くなる、。

「どこをどうしたらそうなる。俺はあなたがかわいいという話をしているんだが」

その上、しれっと言い放たれた一言に、エルサーナは震えながらうつむくことしかできない。

「あいつも姑息なやつだ。俺の好みを知りつつ遠ざけようなどと、小ざかしい真似を…っと、失礼した。あなたのような方に聞かせる言葉ではなかったな」

乱暴になりかけた言葉をとっさに引っ込めるところが、今までの鷹揚な態度とは裏腹に少し子供っぽく見えて、エルサーナもついつい笑みを浮かべる。

「いいんです、ライトと会うといつもそんな感じですし。お気になさらないで」

「そういっていただければありがたい」

そうして、まもなく華月宮の大扉が見えてくる。ここから先は、レイドといえども入場には許可がいる、奥の宮だ。

足を止めて、名残惜しくレイドを見上げると、鋭い視線と目が合う。

「俺がそうしたいからしているだけだ」

「…え?」

つぶやかれた言葉に聞き返せば、レイドが黙って自分を見つめている。少しの間のあと、さっきのエルサーナの問いに答えているのだと知れた。


もっと知りたい。この人が何を思っているのか、何を見ているのか、どんなことを話すのか。

…もっと。


「いろいろなうわさがあったことは知っている。ライトが俺を牽制すればするほど、俺はあなたを知りたいと思っている。あなたが嫌でなければ。…断りにくければ、ライトを通じて言ってもらえればいい。少しでいい、考えてもらえないだろうか」

控えめなその言葉に、胸が熱くなった。

この人に自分を知りたいと思ってもらえることが、こんなにもうれしいなんて。同時に、断られること前提で話を進められていることに、少しだけ拗ねたような気持になる。

「そんな、断るなんてことしません! そんなこと、思ったりしないわ! どうしてそんな風におっしゃるの?」

「俺はライトと違って、女性受けするたちではないのでな。こうして保険でもかけておかなければ、誘いをかけることもままならない」

あまり表情が動かないから見逃してしまいそうだけれど、レイドの口調や目元に、どこか面白がっているような調子があるように見えて、エルサーナは首をかしげた。

「そうでしょうか…? 本気でそう思ってらっしゃるようには思えませんけど…」

にやりと凄みのある顔で笑んだレイドに、『もうっ!』と怒って見せて、エルサーナは改めて彼の精悍な顔を見上げた。

「怖いと思うのは一瞬だけです。ちゃんと見れば、あなたの目は誰よりもやさしいですわ。…言葉も、しぐさも。女性受けは…わかりませんけれど、少なくとも私には、それであなたを遠ざける理由にはなりません」

きっぱりと断言すると、レイドの目元がわずかに甘くなった。

「確かに、ただでさえ怖がられるのは自覚しているから、勤めて穏やかにと心がけてはいるが、どうしても外見で敬遠されてしまうのだがな。けれど、面と向かってそう言われたのは、初めてだな」

「どうしてかしら。私にはそちらの方が不思議。ほかの方には見る目がありませんのね、きっと」

微笑みながらも、エルサーナの言葉は揺らがない。逆に口説かれている気分だと、レイドは内心で苦笑する。

「そうか。俺はあなたのおめがねにかなったというわけだ。それは光栄だな」

レイドの大きな手が、恭しくエルサーナの手をささげ持つ。

「また会おう。あなたとはもっと知り合いたい」

そういった瞳にこもった熱に飲み込まれるまま、奪われた指先にそっと口付けが降るのを呆然として見つめて。

レイドが小さく笑って去って行くのを、エルサーナは固まったまま見送るしかできなかった。


団長さんは貴族の娘さんたちには不人気なんでしょうねー。コワモテの平民出なので。でも、そっちにもてないだけで、それなりに経験値ありますよ!

なんか、ツボを心得ている感じw

次回はまた少しお待ちください。ごめんなさい。

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