第三話『約束』―1
第三話です。
相変わらず挿絵は、有ったり無かったり色着きだったりラフだったりかもしれませんが、一週間毎更新を目指して頑張ります。
(現段階で挿絵は描いていません/苦)
十二分割という事で、相変わらず一話が長いですがお付き合い頂けると幸いです。
灰色の髪をした少年が、絵本の散らばった三人用のソファーの上で、満面の笑みで鼻歌を歌っていた。その隣には縫い跡のまだ新しい傷を左目に持った少年が座っている。抜糸を済ませたばかりの真っ赤な瞳が、リズムにのって揺れる灰色の髪を眺めていた。
「久し振りに外に出れるし、お菓子買ってもええって言われたし、ええ事だらけじゃなぁー」
何を買おうか。その事で頭がいっぱいの灰色少年を見ながら、赤眼の少年が不思議そうに瞬きした。動かすと違和感はあるが、左目は正常に見えている。世界が赤く映ることもない。
灰色少年は、髪と同じ灰色の瞳を赤眼へ向けた。
「潤は何欲しい? オレは飴かなー。すぐには無くならんし! でも、チョコも捨てがたいわぁー」
「泰騎君は……凄く、えっと……普通そうなのに……何でここに居るの?」
良い言葉が思いつかず、言葉を詰まらせながら訊ねる潤に、泰騎は目をぱちくりさせた。
「普通? 普通に見える? ほんまに?」
身を乗り出し、灰色の瞳を輝かせて訊き返す泰騎に、潤は更に不思議そうに頷いた。
「そんなん言われたの、初めてじゃわ! えへへ、アリガトー」
礼を言われたが、思った事を言っただけだし、礼を言われる意味が理解できない。潤にとって泰騎の言動は不可解な事だらけだ。
泰騎が、話の続きを思い出して言葉を続ける。
「何でここに――って、セートーボーエイ? って、まさやんは言うとった。よう意味はわからんけど。で、『お父ちゃん』と『お兄ちゃん』って人――あ、お兄ちゃんってのは二人おってな。ご飯作る時使う……アレ、えっと、包丁? でザクザク刺したら、三人とも血と、何か色々いっぱい出て、動かんようになったんよ。こりゃ、おえんなぁーって思ってな。ずっと前に絵本で見た『お巡りさん』のところへ行ってな。その事言うたら、なんか遠い所に連れて行かれて、閉じ込められたんじゃけどな。まさやんが出してくれたん。じゃから、ここにおるん」
「へぇ……そうなの……」
独特の方言も相まって、潤には泰騎が何を言っているのかよく理解出来なかった。取り敢えず、理由は定かではないが、泰騎が父親と兄二人を刺殺した事だけは解った。
自分と年齢に大差ない子どもが、自分より大きな大人を――と考えたところで、泰騎が再び身を乗り出してきた。
「それよりな! 何買うか考えとかんと、次はいつ買い物連れてって貰えるか分からんよ!」
またしても頭の中をお菓子でいっぱいにしている泰騎を見て、潤がたまらず吹き出した。
肩を震わせて笑っている潤に、泰騎が瞬きを忘れる。
「は……初めて笑った」
「え……そうだっけ? だって、さっきから泰騎君、必死にお菓子のことばっかり言うから……」
お菓子に一生懸命な泰騎の姿が、余程可笑しかったらしい。そんな潤を、泰騎は気まずそうに制止した。
「あー、ちょい待って。その『君』って付けるの、やめてくれん? なんか、ムズムズするわ」
「じゃあ、何て呼べば良いの?」
「そんなん、名前だけでええよ」
「たいき?」
人を呼び捨てした事のない潤にとって、新鮮な試みだった。気恥ずかしさから、疑問形になってしまう程だ。
泰騎は満足そうに笑うと、大きく頷いた。
そこで、目が覚めた。
(あぁ……ちっこい潤見た所為かな……えらい昔の夢――)
未だに晴れない胸の靄を意識の外へ追いやり、泰騎はベッドの上で身を捩る。肌と掛け布団が擦れた。
隣からは、規則正しい寝息が聞こえる。
ベッドから抜け出すと、そこらじゅうに脱ぎ散らかされている服を手に取り、着始めた。ベッドに寝ている人物を眺めてみる。
自分より二歳年上の、女性だ。数ヶ月前に、馴染みのキャバクラで出会ったのが始まりだった。泰騎にとっては、よくあるパターンだ。彼氏は居るが、遊び相手が欲しい。そんな理由で、ゆるく一緒に居る。今回も『彼氏と喧嘩した』とか何とかで、呼び出された。
三ヶ月も経てば、もう会う事もないかもしれない。好きだから一緒に居るわけだが、その『好き』は、広い意味で使われる『like』であり、『love』ではない。つまり『自分にとって都合が良い相手』という意味の『好き』だ。
もし、この女が『彼氏と別れて泰騎と付き合う』と言おうものなら、女は泰騎にとって『都合の悪い相手』になる。そこが泰騎にとっての別れ時だ。
都合さえ良ければ、性別も年齢も見た目も、泰騎にとっては然したる問題ではない。
(ほんま、彼氏がおるのにワシんトコ来るとか――)
サイテー。それが、泰騎が相手を『好き』になる最大の要因だ。
(ちっさい潤は出て来るし、あんな夢見るし、なんかモヤモヤするし……ワシ、何か悪い事したかな)
いや、現在進行形で悪い事をしている。泰騎は自嘲気味に笑うと、頭を掻きながら窓から外を見た。もう明るい。太陽は高く昇っている。
(もし、『嫌な予感』が今までで一番、最悪なヤツじゃったら――)
無意識のうちに、カーテンを握る手に力を込めていた。カーテンを放し、ゆっくりと息を吐く。
数人の顔が順繰りに、脳裏に浮かんだ。
(殺さんと……)
胸中で、噛み締めるように呟いた。
背後で気の抜ける声がした。
「あれぇ? 泰騎、起きたの? 朝ごはんはぁー?」
ベッドの上で女が目を擦っていた。
泰騎は皺の出来たカーテンを整えると振り返り、笑顔で答える。
「おはよ。すぐ作るわ。材料テキトーに貰うで」
もう『お早う』『朝ごはん』という時間ではないのだが。
ともあれ、泰騎は欠伸をしながら台所へ向かった。
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