いつものアレ
「ん? おかしいな、壊れてしまったのかな…。動かない…。仕方ないな…、おーい母さん、新しい『アレ』を持ってきてくれ」
そう促された母親は、地下倉庫に新しい『アレ』を取りに行き、父親に渡した。
「そうそう、これこれ。これさえあれば…」
父親は『アレ』の、ボタンを押す順番と回数を間違えぬよう慎重に、赤のボタンを二回、白を一回、黄を五回の順に押して、横にスライドさせた。『アレ』は「ウィーン…」と低音を鳴らして上下に動き、微調整の済まされていた新しい『アレ』の動作は完璧であった。
そんな『アレ』の一連を見ていた娘は母親に言った。
「使うならやっぱり新しい『アレ』よね、ちゃんと動くし」
娘の言葉に、母親は当然のように答えた。
「そりゃ高かったもの。買った甲斐があったというものだわ」
そして、ご満悦な父親は『アレ』に、
「よし、もう戻っていいぞ」
と言い、『アレ』と呼ばれていた人間は、金持ちが『機械ごっこ』と称する悪趣味なこの道楽から早く解放される事を祈りながら、地下倉庫に戻っていった…。