VR乙女ゲームがデスゲーム化した結果『職業(クラス):悪役令嬢』のわたくしが真っ先に狙われてしまう問題
※注意点:
最初から最後までVRゲームの仮想空間内のお話になっており現実の肉体的接触はありませんが、ネカマ、ネナベ、微BL、微GL等変態てんこ盛りになっております。苦手な方はご注意下さいませ。
あとマニアックなゲームネタが多めですので、本日付の活動報告にてネタ解説記事を上げております。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/590758/blogkey/1382812/
▼第1話 ~レフィーナとメルティと状況説明~
「いたわ! レフィーナ嬢よ! みんな、であえであえー!」
街の外に広がる草原に冒険者ギルドの依頼で薬草を摘みに訪れたわたくし達の周囲を、色とりどりのドレス姿の美少女達が取り囲みました。
手にはそれぞれの得意武器。剣や槍や鞭や弓矢やアフリカ式投げナイフ等、実に個性豊かです。
「レフィーナさん、どうしますか? 素人いじめはあまり趣味じゃないのですが……」
「囲まれたままだと戦闘狂の貴方はともかくわたくしが危険です。正面突破あるのみですわ」
「仕方ないですね……」
わたくしの唯一の派閥メンバーの子――エプロンドレスとフリルカチューシャで身を包んだメイドさん――が、小さい背中でわたくしを護るように一歩前に踏み出しました。
「ヒャッハー! 悪役令嬢狩りだァーーーっ!」
妙にテンションの高い雄叫びを上げて、赤毛を快活なポニーテールに纏めた令嬢が槍を抱えて突進してきます。……うん。彼女の職業はきっと『戦車』ですわね。
「ハっ! 悪役令嬢側についた自分の判断の愚かさを地獄で後悔することねメイドちゃん!」
「自動戦闘に頼りきりなうちは、僕には傷一つつけられませんよ」
弾丸のような勢いで繰り出された槍の一突きを、メイド服の子メルティは左手に持った銀色のトレー(その実体はミスリルシールド)で軽くいなし、無防備な手首に手刀を叩きつけました。
デュクシ! とコミカルな打撃音。
「ひぎい! う、腕が! 私の腕がーーーー!」
VRゲームでは標準装備の痛覚遮断機能が働いている筈な割には悲惨っぽい叫びを上げて、赤い粒子のようなダメージエフェクトを飛散させつつ、先の令嬢は右腕を押さえながら花畑をゴロゴロと転がりました。
その隙にメルティはわたくしの手を掴み、周囲を牽制しつつ囲みの突破を図ります。
「……はぁ。どーしてこーなったんでしょう……」
乱戦にもつれ込むのを他人事のように眺めつつ、わたくしは投げやりに呟くのでした。
さて、ご挨拶が遅れました。
わたくしはレフィーナと申します。とは言いましてもここVR乙女ゲーム世界での名前です。本名はN川T子と言いましてごく普通のしがない公務員……のようなものです。
情報通信が発達した22世紀の今ではVRゲームも随分発達し、乙女ゲームすらVR化してしまっております。
それで今わたくしが“入り込んでる”のは、とある天才プログラマが開発したと言われるファンタジー狩猟ゲーム『ドラゴンハンター』のメインシステムを転用することで恋愛のみならず冒険や戦闘まで臨場感たっぷりに仕上げた言わばファンタジーバトルロイヤル乙女ゲーム。
その名も『プリンスハンター』!
……この時点で開発者の頭のおかしさが伝わるとは思いますが、悔しいことにゲームとして良くできているんですよね。
例えばタロットカードの大アルカナをモチーフにした22の職業からメインクラスとサブクラスを一つずつ選べる、自由度が高くて割とバランスも取れたキャラクターメイキングとか。
他にも狩りゲーの資産をこれでもかと活かした多種多様なモンスターとの血沸き肉踊るバトルシステムとか。勿論モンスターのみならずプレイヤー同士で潰し合う事もできますわ。
あと運動が苦手な女子へのサポートも万全で、コンピューターがソツの無い動きで代わりに戦ってくれる自動戦闘機能も完備です。……但し一部の変態に言わせるとパターンが読みやすくて弱いそうですが。
それから、武器で直接攻撃する「物理戦」の他にも、権力や財力で相手に社会的ダメージを与える「社会戦」システムまで搭載されていて、単に目先の戦闘が強ければ生き残れる世界でも無いのです。
そういった物理戦や社会戦を駆使して邪魔な令嬢を妨害したり退場させたりしつつ自分はお目当ての攻略対象と仲良くなる、旧時代の多人数型ボードゲームやカードゲームに近い遊び方で、戦略とかプレイングスキルが重要になるのです。
さて、そんな『プリンスハンター』のゲーム世界で遊んでいたわたくし達でしたが、これがいわゆるデスゲーム化してしまいました。
システムメッセージによると、ログアウトできないのとゲーム世界での死が現実の死に直結するとのことですわね。
それだけだと「あるある」で済むのですが、わたくしのメイン職業が大アルカナで言うところの『塔』でサブ職業が『運命の輪』、いわゆる名家の悪役令嬢なものでして――
要はPKご用達の職業みたいなものですので、皆疑心暗鬼になったのか「殺られる前に殺れ」とばかりに皆さんが攻撃をしてきて、しかもその襲撃を撃退すればそれが更に噂や憶測を呼びまして今ではメルティと合わせてサーバー内随一の危険パーティと認識されているようですわ。
わたくしとしましては「今こそ手と手を取り合って皆で生き残る術を探そうではありませんか」と主張したのですが、職業と悪役顔のせいか殆ど聞き入れられなかったのです。
ついでにお話ししておきますと、わたくしとメルティとの出会いはデスゲーム開始直後頃に王宮内で彼女が他のプレイヤーに苛められていたのを助けたのがきっかけでした。
喋り方や戦闘スタイルからもお分かりのように、彼女はいわゆるネカマでしたので派閥――他のネットゲームで言うパーティやチーム相当――に入れてもらえず、途方に暮れていたところをわたくしが拾ってあげましたの。
メルティはメイン職業が大アルカナだと『女司祭/侍女』、サブ職業が『力/剣士』と戦うメイドさん的なキャラメイクで、システムやデータにも詳しく合理的なプレイングを得意としていますのでわたくしの盾兼参謀役として働いて頂く代わりに苦手な社会戦ではわたくしが庇護するという共闘関係を築いている訳です。
「はあ。ここまで来れば安全でしょうか。追いかけては来ないようですね」
おっと。回想してる間に囲みを抜けて逃げ切ったようです。乱戦の際にメルティが鮮やかな動きで何人かを倒していましたから実力差に怖れをなしたのでしょう。
まあ倒したと言っても手足の捻挫で全治3日ぐらいに収めてますし、正当防衛の範囲内ですわ。
「ご苦労様でした。ちょっと遠回りになりましたが次は森で暴走猪退治を――」
「はあーっはっはっはっは! そうは問屋が卸さへんでえ!」
……一難去ってまた一難。わたくし達の安寧の日々はまだ遠いところにあるようです。
■DATA BOOK―――――――――――――――――――――――――
『16:塔/悪役令嬢』
対人妨害スキルに特化した、社交界の狂戦士。その分攻略対象の好感度を上げるアプローチに乏しく、正に「邪魔者は全て消せ!」を地で行くプレイングになりがち。
代表スキル:≪高笑い≫
チャージスキル。あなたが次に仕掛ける社会戦の成功率とダメージを上昇させる。目安はスキルレベル1で+20%、スキルレベル10で+75%。使用回数制限有り(1日に1回)
『10:運命の輪/名家』
公爵家や侯爵家のお嬢様。他者を圧倒する地位と権力と財力が特徴。
代表スキル:≪揉み消し≫
アクティブスキル。あなたがしでかした悪事を一つ「無かったこと」にできる。使用回数制限有り(キャンセルする悪事フラグのランクやスキルレベルによりクールタイムが増減)
『7:戦車/元気娘』
「押しても駄目ならもっと強く押せ!」なタイプの積極的な女子。色んな意味で健康的な肉体を武器に戦う脳筋。
代表スキル:≪猪突猛進≫
パッシブスキル。あなたが移動中に行う武器攻撃のダメージを上昇させる。目安はスキルレベル1で+5%、スキルレベル10で+20%。
武器攻撃なら全ての種類に有効なので例えば走りながら弓矢を撃っても何故か強くなるが、仕様ではなくバグらしい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――■
▼第2話 ~ベルベット嬢とゴーレムと暗黒物質~
「レフィーナさん! 危ない!」
メルティが、わたくしを後方へと引っ張った直後に、轟音と地響きを上げて、今まで立っていた位置に巨大な岩の拳が落ちてきました。
「これは……ゴーレム!?」
「ふっ! レフィーナ嬢を葬るために≪M&A≫と≪R&D≫を駆使して創り出した自信作や!」
わたくしが見上げた先には、身の丈10メートルを越える大きさの岩石で出来た巨人の頭部、要塞の胸壁のように囲われた位置からこちらを見下ろす、鮮やかな黄色いドレスの令嬢の姿。
彼女は職業が『節制/商家』・『魔術師/錬金術師』で潤沢な資金を武器に迷惑兵器を量産する発明家、ベルベット嬢です。
「そこのメイドちゃんがどんだけ強かろうと、生身でこのゴーレムを倒そうとするんは無理やで!」
「そんなの、やってみなければ分かりません」
ゴーレムの頭上から煽ってくる令嬢に向けてメルティは戦闘狂の笑顔を浮かべ、黒竜の角を研いで作った魔剣バルムンクを抜きました。
刀身部分が凶悪に反り返った、乙女ゲームに相応しくない形状の武器が血を求めるように黒光りします。
体格差に怖気づくこともせずわたくしを護ろうとするメイド服の子に、わたくしは手にした扇で口元を隠しつつ語り掛けます。
「メルティ、相手が無生物なら遠慮は無用、存分にやっておしまいなさい。操縦者の方はわたくしで受け持ちます」
「はいっ!」
返事と共にメルティが一歩踏み出し、ゴーレムの強烈なパンチをするりと狭い場所に入る時の猫のような動きで避けつつ、カウンターで一撃。
「喰らえ、≪アーマーブレイク≫!」
デュクシ! と打撃音が響き、続いてゴーレムの全身に亀裂が入りました。防御力低下スキルの効果と思われます。
「な!? 何ちゅー非常識な火力やねん……≪修理≫! ≪修理≫や!」
慌てたベルベット嬢が手元の投入口に金貨をちゃりんと落とすと、ゴーレムの亀裂が瞬く間に塞がって行きました。
「あー、回復されるのは厄介ですねえ」
「ふははは! ほれ、謝るなら今のウチやで!」
「じゃあ、一撃でぶっ飛ばしちゃいましょうか」
そう言って剣を収める代わりにメルティが取り出したのは、真っ黒くて楕円形をした謎の物体でした……他のRPGで見た暗黒物質に似てるような……?
「せーのっと」
それを振りかぶってゴーレムに投げると、
デュクシ!
……何ということでしょう。暗黒物質(仮)はゴーレムの胸に大穴を空けて貫通し、遠くの空まで飛んで星になってしまいました。
「な、何でやねーーーーーん!?」
胸の大穴から崩壊が広がり、瓦礫になって崩れ落ちるのに巻き込まれたベルベット嬢が落下中にも関わらず命懸けのツッコミを披露する姿には感動すら覚えます。
そして瓦礫に埋もれて気絶した彼女に駄目押しの一撃を。
「ほーっほっほっほっほ! 身の程を弁えなさいな!」
キャラ作りして≪高笑い≫を交えつつ、メニューを呼び出します。半透明の板にコマンドがずらりと並びますがその中で『ログアウト』だけは灰色になっており実行できません。
とりあえず社会戦の項目を開き、ターゲットは目の前のベルベット嬢。流石に幽閉とか国外追放はあんまりだと思いますしそこまでの制裁は成功率も低くなりますので手頃なところで「バッドステータス:預金封鎖」を1週間ぐらいでしょうか。
ちなみに社会戦での最大ダメージ項目は国家反逆罪で断頭台送りです。考えた人は鬼かっ。
「っと、社会戦の攻撃成功ですわ。これで1週間は大人しくなるはずです」
鎖のエフェクトがベルベット嬢のがま口財布に巻きつくのを確認してメニュー画面を引っ込めつつ、気になった点をメルティに尋ねます。
「ところで、さっきの暗黒物質、あれは一体何なんですの?」
「あぁ。黒パンです」
「……は?」
黒パンって、あのライ麦から作る、固くて酸っぱくて不味いパンの事ですか?
「実は黒パンにはバグがあって、毎日少しずつ硬くなるのですが、その硬度に上限が設定されてないからほっとくとどこまでも硬度が上がるんですよ。それで、投擲のダメージは使用者の【筋力】と投擲物の硬度に比例しますので一定日数で最強の武器を超えてしまうと」
「……何でそんなバグが今まで放置されてたのでしょう……?」
「そりゃあ、『プリンスハンター』のお嬢様は狩りゲーの庶民と違って黒パンなんか縁が無いですから……」
確かに、サロンなんかで見るのはどれもふわっふわの白パンばかりでしたわね。というかこのゲームに黒パンが存在することすら今初めて知りましたし。
そうして乙女ゲームの奥の深さを噛み締めつつ、わたくし達は残ったギルドの依頼を片付けるのでした。
■DATA BOOK―――――――――――――――――――――――――
『2:女司祭/侍女』
黒と白の戦闘服に身を包んだ、尽くすタイプの仕事人。他の令嬢と比べると身分の点で不利があるが足りない分は愛と健気さで補え。
代表スキル:≪家事マスタリー≫
パッシブスキル。料理や掃除や裁縫の成果が上昇する。目安はスキルレベル1で+3%、スキルレベル10で+15%。
『8:力/剣士』
剣を使った戦闘の専門家、物理攻撃力は全職中最強を誇る。但し強すぎる女性は攻略対象に引かれることもあるので要注意だ。
代表スキル:≪アーマーブレイク≫
アクティブスキル。単体を対象に武器攻撃を行い、命中したら相手に「バッドステータス:服破れ」を付与する。
服破れ中の相手は回復するまで防御力が低下する。目安はスキルレベル1で-5%、スキルレベル10で-20%。
『14:節制/商家』
金に物を言わす成金の実業家。異国の珍しい料理やドレスを駆使して殿方の興味を集めよう。但し愛だけはお金で買えないぞ。
代表スキル:≪M&A≫
アクティブスキル。財力にあかせて物品を手に入れたり企業体を乗っ取ったり役人に一つ命令したりできる。
このスキルを使用する際は適切な金銭コストを別途支払う事。
『1:魔術師/錬金術師』
真理の探究に全てを賭ける研究者。時間と材料さえあればポーションから禁断の古代兵器まで大体何でも創り出す。
代表スキル:≪修理≫
アクティブスキル。無生物限定で、単体を対象にしHPを回復させる。材料や代金が必要な場合は予め用意すること。
――――――――――――――――――――――――――――――――――■
▼第3話 ~レオンハルト王子(左利き)とトゥウィンクル嬢と好感度イベント~
その日の依頼を全て完遂し、街の冒険者ギルドに戻ってくると、思わぬ展開がありました。
「レ、レオンハルト殿下にクリストファー様、これは御機嫌麗しゅう」
王宮の外、しかも下町にある冒険者ギルドの入り口前でまさかの遭遇。
彼らは『プリンスハンター』の攻略対象の中で人気NO1とNO2のキャラ、金髪碧眼で文武両道の完璧超人であらせられるレオンハルト王子(左利き)と、銀髪眼鏡で線の細い頭脳派なクリストファー公爵令息です。
陽光を反射したかのようなキラキラしたイケメンエフェクトが眩しいです。
わたくしは慌てて淑女の礼を取り、こっそりメルティをデュクシと音を立てて蹴っ飛ばし同じポーズをさせました。
「よい。ここは非公式の場、楽にしたまえ」
そんなわたくし達を、レオンハルト王子(左利き)はすっと手で制しました。さりげない動作なのに彼がすると様になってる辺り、イケメンは得です。
ただやはり周囲の景色に対して高貴な装いのお二方はひどく浮いております。これというのも各種イベント発生条件を満たすと攻略対象キャラの方がプレイヤーの居る場所にワープするというバグと紙一重の仕様のせいでしょう。
「ところで、余のもとに多数陳情が挙がってきているのだが、レフィーナ嬢よ、そなたが他の令嬢達に個人的な感情で嫌がらせを繰り返しているというのは真であるか?」
レオンハルト王子のブルーの瞳が鋭利な輝きを帯びました。
さて、この展開はゲームシステムとしての社会戦無双抑制装置の一つと言われていて、要は社会戦で他プレイヤーを攻撃しすぎると攻略対象からの好感度が下がるという仕様なのですわ。
そして社会戦を仕掛ける際に特に要注意なのがこのお二方なのです。レオンハルト王子は好感度が下がりすぎると即、国家反逆罪で断頭台送りというとんでもないバッドエンドが待っておりますし、クリストファー様はこの王国の宰相の跡継ぎということもあって法を重要視しており法に則らない私闘や私刑を嫌うため好感度の下がり幅が大きいのです。
なので手遅れになる前に、警告のメッセージも兼ねてこのようなイベントが発生する仕組みになっているのですわ。
「御前に申し上げます。聡明な殿下には既にご存知とは思いますが、いずれの場合も先に攻撃を受けたのはわたくしの方で、嫌がらせではなく正当防衛だと主張いたしますわ」
「ふむ……だがそなたの反撃は指先を針でさされたら心臓を槍で刺し返すかの如く、いささか過剰な報復になっておらぬか?」
胸に手を当てて釈明するわたくしにレオンハルト王子は再度鋭い視線投げかけます。
確かにわたくしの場合、毎朝システム画面を開くと『~~嬢から社会戦を仕掛けられました。防ぎました。』のログが並んでいて、職業が社会戦特化な事と戦闘狂のお供で毎日ボス級の強敵を狩ってる関係でレベルも極端に高くなっているのとで防御力の数値がバカ高くて実質ノーダメージだったりするのですが。
それでも毎日攻撃を仕掛けられるのは良い気分しませんし反撃の一つもしないとナメられますので返礼として軽く「バッドステータス:自宅謹慎」をプレゼントしていた訳です。
社会戦ダメージとしては朝のご挨拶代わりとも言える軽微なものですが、多人数に毎日毎日送りつけていたら≪揉み消し≫も間に合いませんしいつの間にか悪評が累積していたというところでしょうか。
さすがに国家反逆罪は避けたいところですし、今後は少し自重しなければなりませんわね……
「それに、レフィーナ様は正当な反撃と主張されますが、真に正当な手続きとは法に則って告発し正当な裁判を経ることです。武力や権力や財力で相手を屈服させる手法は僕としては認める訳にはいきません」
眼鏡を指で押し上げつつ、クリストファー様も穏やかな声で諭してきました。恐らくは彼のわたくしに対する好感度は既にどん底近いと思われますが、それでも苛立ちを表に出さないのは宰相の息子として公明正大でなければならない責任感という設定の賜物でしょう。
その分、好感度が上がってもなかなか感情を表に出さないため、一部の乙女からは「張り合いが無い」とか「草食朴念仁」とか「鈍感眼鏡」とか酷い言われようだったりしますが。
それはさておき、これからの方針を考え直しつつも「心に留めておきますわ」と話をまとめにかかったところで、底抜けに明るい声が聞こえました。
「あ! レオンハルト王子にクリストファー様! 奇遇ですね!」
鮮やかなピンク色のドレスを着た一人の令嬢が小走りで駆け寄ってくるのが見えます。彼女はトゥウィンクル嬢で、職業は大アルカナで言う『恋人/ヒロイン』、妨害よりも攻略対象へのアピールに特化していて、社会戦の防御力も比較的高いといういわゆるパッケージヒロイン系、まあ一般のRPGで例えると『勇者』のようなものですわ。
「クッキー焼いてきたんです! 良かったら食べて下さい!」
満面の笑みで包みを二つ取り出して、お二方に手渡しました。
言葉遣いも所作も宮廷で通用するレベルには達していませんが、ゲームですのでこの程度では無礼討ちにされたりしないようです。でなければ未成年プレイヤーの大半がゲーム序盤で退場してしまいますし。
「あぁ。頂こう」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「それでですね! 今度また一緒にお茶会とかどうですか? あたし最近紅茶にハマってまして、色々な煎れ方を勉強中なんです!」
「イベントは終わったようですし、あちらは放っといて、わたくしたちは撤収しましょうか」
「は、はい」
トゥウィンクル嬢が好感度上げ態勢に入ったのを横目で見つつ、わたくしはメルティを連れてその場を離れることにしました。
■DATA BOOK―――――――――――――――――――――――――
『6:恋人/ヒロイン』
愛される運命を背負った、物語の特異点。攻略対象にアタックをかける手段の豊富さが武器。但しヒロインだからと言って楽に勝てる程甘くはないし、ポテンシャルの高さゆえに悪役令嬢と並んで周囲からのマークが厳しい。
代表スキル:≪一生のお願い≫
アクティブスキル。攻略対象に何か一つお願いをする。聞いてもらえるかどうかはスキルレベルや好感度次第。使用回数制限有り(1週間に1回)
「一生のお願い」なのに何回も使えるのはバグのように見えるが一応仕様である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――■
▼第4話 ~ギルド長と依頼遂行と召喚状~
「そう言えば、レフィーナさんは王子達の好感度には執着しませんよね」
「未成年には興味はございませんもの」
あれから1週間ぐらい経過したある日、わたくし達はいつもの冒険者ギルドにある食堂スペースでダラダラしていました。
「その点、ここのギルド長は大人の男性の魅力に溢れてて素敵ですわ。人生の酸いも甘いも噛み分けた目元の皺とか、鍛え抜かれた筋肉とか、哀愁漂う頭髪とか。やはり男は30……いえ、40からが本番ですわ」
「レフィーナさん、そっち側の趣味の人だったんですね……」
「でも残念な事に、あの方、妻子持ちですから攻略対象に入ってないのですわ」
頬杖をつきつつ溜め息を一つ吐くわたくし。
今まで毎日のようにここ冒険者ギルドの依頼を遂行してたのも、愛しのギルド長からお褒めの言葉を賜りたかったのが主目的でしたが……
とうとう昨日にこのゲーム最強の敵である魔王城地下に封印された邪神を倒してしまって(メルティが黒パン2個投げて秒殺でした)、常設を除いた全ての依頼をコンプリートしてしまいましたの。
「そう言うメルティはどうなんですの? 何の目的で乙女ゲームに参加してますの? 目当てのイケメンキャラでも居るのですか?」
「ぶふぉっ!? い、いえっ、そういうのは全然無くてですねっ!?」
ひとしきり慌てた後メルティは「内緒ですよ?」と前置きして語り始めました。
「僕はデバッグのお手伝いでこのゲームに入ってるんです。実はこのゲームのメインプログラマが僕の大学時代の後輩で、僕が大学祭の時に展示用に作ったVR狩猟ゲームを使い回してるのですが、何分学生が組み上げた物ですからバグが多くて……」
「ちょっと待って! その狩猟ゲームってもしかして……」
「はい。『ドラゴンハンター』の作者です。一応……」
「そうだったの。それでやたらバグ技に詳しかったり戦闘の時にヌルヌル動いたりしてたのですね」
色々と疑問が多い子でしたが、これなら納得ですわ。
でも本来は迂闊に喋るべきでない話のような気がしますが、やはりデスゲームの緊張感がそうさせたのでしょうか。
思えば、戦闘の際もわたくしが被弾しないよう気を遣いつつ、更にプレイヤー相手なら重症を与えないよう手加減して戦ってましたもの、予想以上に気を張ってるのかもしれませんね。
その結果、精神的に弱ってきたことが原因で秘密を吐露してくれたのなら、わたくしも秘密を抱えながら接するのはアンフェアというものでしょう。
「メルティ、わたくしも実は今まで内緒にしてきたことがあります。このデスゲーム設定のことですが、実は偽情報なのです」
「え? それはどういう――」
メルティが不思議そうに聞き返した、その時、
ばあん! と大きな音を立てて、ギルドの入り口から複数の人影が乱入してきました。
「レフィーナ嬢、国家反逆罪の容疑で連行させて頂く!」
王家の紋章の入った白銀の鎧に身を包む正規兵の登場にギルド内がざわめきます。
メルティがわたくしを護るように間に立ち塞がりますが、ここで剣を抜くと彼女まで重罪に宣せられてしまいます。とりあえず首根っこをひっ掴んで早まった行動に出ないよう抑制することにしました。
そうしているとやがて、正規兵の隊列が左右に割れ、間から一組の男女が進み出てきました。銀髪に眼鏡のクリストファー様と……そして、勝ち誇った笑みを浮かべたトゥウィンクル嬢です。
クリストファー様はわたくしの前で片膝を突くと、1枚の紙を取り出します。
「こちらが殿下からの召喚状です。……申し訳ありません。僕には殿下を止められませんでした……」
その召喚状に書かれた罪状としては、「数多の令嬢を物理的・社会的に傷つけた罪により」と書かれています。まあ社会戦の一環としてはありがちな名目ですわね。
……ただ社会戦は全て正当防衛ですし、物理戦に至ってはわたくし自身が手を下した事が一度も無いのは釈然としませんわ。
「クリス様が謝ることはないわよ。今まで散々、邪魔な相手を闇に葬って来たのが今度は自分が葬られる番になるだけだもん。うふふ、得意の社会戦で負けた気分はどうかしら」
トゥウィンクル嬢がニヤリ、と歪んだ笑顔を浮かべました、正直、ヒロインがやって良い顔じゃありません。
「しかし、犯した罪に対して罰が大きすぎます。殿下の決定が法より上位に位置するとはいえ、このようなことが常態化すれば国体が維持できなくなる恐れがありまして……」
「成程。≪一生のお願い≫をレオンハルト王子に使ったのですね」
「だったら何だって言うのよ! メイド風情があたしに意見するんじゃないわよ!」
図星を突かれたからか、トゥウィンクル嬢は苛立った声を上げてメルティをデュクシ! と突き飛ばしました。よろめいた彼女をわたくしが慌てて支えます。
「クリストファーさん、その誠実さを見込んで一つだけお願いがあります。レフィーナさんに着替えの為の時間を与えて下さい。逃げも隠れもしませんが最期の時を美しい姿で迎えさせてあげたいのです」
「そんな! 認められる訳が無いわ! 逃げる気に決まってるでしょ!?」
「……いえ、分かりました。僕の責任で許可しましょう」
「ご配慮、感謝いたします」
そうして一旦クリストファー様達を退出させたメルティは、
「さて、じゃあ急いで仕込みをしてしまいましょうか。あとさっきのでトゥウィンクルさんのサブ職業が推測できました。ほぼ間違いなく『吊るされた男』でしょう。反撃に有用な情報になりそうです」
先のトゥウィンクル嬢に負けずとも劣らない、黒い笑みを浮かべるのでした。
▼第5話 ~対決と暴露と決着~
さて、あれから自室で紫絹をふんだんに用いた最高級ドレスに着替えたわたくしは今、断頭台に繋がれております。
周囲にはレオンハルト王子にクリストファー様、その他騎士見習いのアルバート様や宮廷魔術師のフレデリック様や神官のミシェル様と言った攻略対象の面々、後はメルティにトゥウィンクル嬢を始めとしたプレイヤー陣がちらほらと。
一応プレイヤー陣の見物は自由になっておりますが、首を落とすのを見て楽しい人はそうそう居ないでしょうし、人数としてはこんなものですわね。
「懐かしいですわね、この感触も」
首を固定した木枠を撫でつつ、しみじみと呟きました。
実際のところ、断頭台は初めてではありません。ゲーム中ずっと『悪役令嬢』キャラを使い続けてきましたので、かけられた回数は二桁、他プレイヤーを断頭台送りにした人数に至ってはのべ三桁以上になります。
なので別にこの状況に対する屈辱とかショックとかはそれほど感じませんが、デスゲームと聞いて尚他人を断頭台送りにする神経が信じられませんわ。最近の若い人のモラルの崩壊が心配です。
「レフィーナ嬢、何か言い残すことはあるか」
「特に無いですわ。もし泣いて命乞いすることを期待してたならご希望に添えずごめんなさいましね」
レオンハルト王子の言葉に傲然と返します。あと後半はどちらかと言うとトゥウィンクル嬢に向けての挑発も兼ねてます。
案の定彼女は悔しそうに呻きますが、何か言うより先に神官のミシェル様から「気分が悪いのですか、処刑の様子を無理に見ることはありませんよ」と肩なんか抱かれて頬を赤らめてました。
うーん……乙女ゲームの世界でこんなことを言うのも何ですが、男子も女子もチョロい子ばかりですわね。
やがて、王子の合図――イケメン特有の指パッチン(左手)――によって断頭台の大きな刃が軋んだ音と共に垂直落下し、
ばっさりと、わたくしの豊かな金の髪が切断され、宙を舞うのでした。
「――な!?」
王子が、そして彼のみならずこの場にいるほぼ全ての方が、目を見開いて絶句します。
まあ気持ちは分からないでもありません。断頭台の刃はわたくしの髪だけを切り落とし、首の後ろで止まっていたからです。
「レフィーナさんっ!」
駆け寄ったメルティが、刃をどけて戒めを外し、わたくしを解放して立ち上がらせました。
「わたくしとしては半信半疑でしたが……上手く行くものですのね」
首の後ろで短く切り揃えられた髪をいじりつつ、わたくしはドレスの襟元から丸い暗黒物質を取り出します。
「黒パンが無ければ即死でしたわ」
水分を飛ばしてカチカチになるまで硬くした黒パン、これが断頭台の刃を受け止めてくれていたのでした。黒パンバグ、恐るべし……。
そこに、トゥウィンクル嬢が怒りの声を飛ばしてきました。
「ちょっ! 何よそれ! イカサマじゃないの! 無効よ無効! もう一度やり直しなさいよ!」
「いえ、その必要はありません。レフィーナさんの罪……という言い方は正直釈然としませんが、償いはもう果たしました」
「はあ!?」
いぶかしむトゥウィンクル嬢にメルティが得意気に説明を続けます。
「このゲームのシステムでは、刑を執行するタイミングで罪科フラグを一旦リセットすることになってるんですよ。でなければ、死に戻りした時に同じ罪で再び裁かれる無限ループになりますから。それで、今回の国家反逆罪の場合は罪科フラグをリセットするトリガーが『断頭台の刃を落とした時』になってるんです。つまりその結果死んでも生き延びても関係なく、今のレフィーナさんはもう罪科フラグ無しの清い身体ということです」
何度聞いてもこの手の説明は面倒臭くて脳が理解を拒否するのですが、結論をかいつまんで言いますとわたくしはこれで無罪放免ということみたいです。
「ですよね? クリストファーさん」
「……ええ。こういうやり口は大変不本意ですがこの国の法律に従うなら仰るとおりです」
余程想定外の事態だったのか、頭痛を堪えるように額を押さえておられます。……これはまた一気に好感度が下がりそうな予兆ですわね。
「さて、レフィーナさんを不当に陥れようとしたことは許したくありません。ゆえに僕からもこの場を借りて告発したいことがあります」
攻守逆転、メルティは邪悪な笑顔でトゥウィンクル嬢を手で指し示します。
「この人は卑劣な嘘で皆様方を騙していました」
「な、何を出鱈目を――」
「トゥウィンクルさんの職業、それは、『恋人/ヒロイン』ともう一つ、『吊るされた男/男の娘』……つまり、彼は男子なのです!」
メルティの無慈悲な暴露に、刑場はこの日一番のざわめきに包まれました。
「な、何言い出すのよこの駄メイドはっ! 一体何を根拠に!?」
あからさまに狼狽えたトゥウィンクル嬢に、メルティは落ち着いた様子で言葉を続けます。
「簡単な消去法です。あの時、ギルドの施設で僕を突き飛ばした際の【筋力】がやけに高かった事ですね。乙女ゲームの特性上、パワー重視の職業は決して多くありません。該当するのは『戦車/元気娘』と『力/剣士』と『吊るされた男/男の娘』と『審判/騎士』の4つのみ」
確かに、メルティの身体スペックを考えますと普通は突き飛ばした方が手首を傷めてしまいそうですわね。
「その中で『戦車/元気娘』は槍スキル、『力/剣士』は剣スキル、『審判/騎士』は盾スキルをそれぞれ得意としていますから、対応する装備を身に着けていないのはその職業に就いていないということです。それにトゥウィンクルさんは頑なにメイン職業のスキルしか使っていませんでしたから、サブ職業を隠す理由となるとこれしか思い浮かびませんでした」
「そ、そんなのっ! 戦略上の理由で実力を隠してるだけよっ!」
「では今ここで、サブ職業を明らかにしてそのクラススキルを一つ使ってみてくれますか? でなければ≪アーマーブレイク≫を撃ち込みましょうか?」
「うっ……ぐっ……」
職業『吊るされた男/男の娘』――
乙女ゲームにあるまじきこの頭のおかしい職業は、身体能力の高さと引き換えに攻略を目指す場合の運用が非常にシビアになるのです。
攻略の目があるのが、最初から『男の娘』であることをバラして相手に引かれつつもまず友情から始めてじわじわと少しずつ好感度を重ねていく方式。あと一つは『男の娘』であることを隠して好感度がMAXになった時点でカミングアウトして「もう男でも良いや」という気にさせる方式。
しかし最悪なのが今みたいに中途半端な好感度の時に暴露されてしまうケースです。これまで積み重ねてきた信頼と好感度とを全て失い、文字通り『吊るされた男』になりかねません。
余談ですがバッドステータスの「服破れ」は身体のラインが露わになるので男の娘の天敵なのですわ。
「……トゥウィンクル嬢……その、すまぬ。余はそなたの想いに応えることはできぬ」
レオンハルト王子がドン引きした目でトゥウィンクル嬢から距離を取ったのを皮切りに、潮が引くようにざざあっと彼女の周囲から男性キャラ達が離れて行きます。
ついさっきまで彼女の肩を支えていた神官のミシェル様も、「あ、私はそろそろ礼拝の時間が」と言い残してそそくさと歩き去って行きました。
「え!? あ、あの! レオンハルト王子!! クリストファー様!! アルバート様!! フレデリック様!! ミシェル様ー!!」
彼女のあまりに悲痛な声も、去って行ったイケメン達を繋ぎ止める鎖にはなりえません。
「そ、そんな……! あたしはただ、薔薇の香りにむせるような禁断の恋に憧れてただけだったのにいいいいいいいぃぃぃっ!!」
遂に彼女は両手で顔を覆い、泣き崩れてしまいました。……腐ってやがりますわ。
「悲しい、事件でしたね……」
一仕事終えた探偵のような顔でメルティが呟きます。王子達に比べるとトゥウィンクル嬢に向けた目は同情のこもったもので、下手につつくとブーメランになって帰って来ることを危惧してかそれ以上の追及はしないようでした。
■DATA BOOK―――――――――――――――――――――――――
『12:吊るされた男/男の娘』
乙女ゲームの前提を覆す禁断の核兵器。そこらの令嬢との違いを見せ付けて攻略対象を虜にしよう。
代表スキル:≪あててんのよ≫
アクティブスキル。接触状態の単体を対象に、「バッドステータス:困惑」を付与する。肩車や馬乗りの体勢が使いどころ。
格闘ゲームで言うところのピヨらせて大技を叩き込む際の起点になるスキル。
『20:審判/騎士』
王家と法の守護者にして防御に長けた鉄壁の乙女。多彩な盾スキルによる守りは正に難攻不落であるが心の扉はきっと彼からのノックを待っている筈だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――■
▼最終話 ~天災プログラマーとお役所仕事とエピローグ~
「ええ!? デスゲーム環境下での感情と行動への影響調査あ!?」
「そういうことですわ。あと声が大きいです」
事件から数日後、いつもの冒険者ギルドでわたくしはメルティとトゥウィンクル嬢に自分の立場を説明することにしました。
結局、あれからトゥウィンクル嬢はウチの派閥で保護して扱き使うことになりましたの。『男の娘』とバレたことで全てを失い、その結果「バッドステータス:没落」を受けてしまい他のパーティに引き取り手があるとは思えませんのでそのまま野垂れ死にさせるのも寝覚めが悪いですし。
「わたくしは総務省外郭団体の調査員で、ゲームの運営会社と協力して偽のデスゲームを企画して、一般国民の極限状態での行動傾向を調べているのですわ。協力的になる人や攻撃的になる人の割合とかゲーム内での殺人事件の個別事例を調べたりして、今後の法案に役立てますの」
「天下りじゃないの! 貴重な税金をそんなどうでも良い事に使いやがって!」
「あ。この話は『特殊機密保全法』の対象内になりますので、ゲームから抜けてもブログやSNS等で言いふらさないで下さいね。警察の捜査対象になりますから」
「確かに、こういう話が世間一般に広まるとデスゲームの信憑性が薄れますね……それで、この話を僕達にしたということは?」
付き合いが長いだけあって、メルティは何か異常があったことに感づいたようです。
「そうですわね……それでメルティの知恵を借りたいのですが、本来はゲーム時間で1ヶ月経過した時点でこのデスゲームが終了になる手筈だったのですが、昨日でその1ヶ月なのにシステムから何もアナウンスが無いのが気になります」
「ああ。それは多分デスゲームモードバグですね」
「は?」
事も無げに言うメルティに思わず脳がフリーズしそうになりました。
「えっとですね、『ドラゴンハンター』の時にこんな事もあろうかとデスゲームモードという隠し機能を作ったんですよ。とりあえず痛覚遮断を無効にしてログアウト禁止な設定で」
「はあ……」
「そしたら、本来はモードの変更はプレイヤーが誰もログインしてない時……まあ定期メンテとかですね……でしか変えられない仕様なので」
「えっと……まさか……」
「デスゲームモードになったら誰もログアウトできないのと、全員ログアウトしないとデスゲームモードを終了できないのとで、いわゆる堂々巡りを起こしちゃったみたいですね」
「みたいですね、じゃないですわよおおおおおっ!」
思わずメルティの脳天にチョップを叩き付けてしまいました。デュクシ! といつもの打撃音。
「だ、だって、普通デスゲームなんか使いませんからデバッグの機会が無かったんですよ!」
「ちょっと待って! 痛覚遮断無効って何よ? まさかこの前モンスターと戦って怪我した時にめっちゃ痛かったのって……」
「それです。デスゲームモードと言っても本当に死ぬ訳じゃないですので代わりに気を利かせておきました。多分致死ダメージを受けたらVRがトラウマになるぐらい痛いと思いますよ」
「思いますよ、じゃないわよおおおおおっ!」
トゥウィンクル嬢まで一緒になってメルティにチョップを浴びせかけました。デュクシデュクシ。
それにしても、先日の断頭台を黒パンが防いでくれなかったらと思うと、首の後ろに薄ら寒さを感じますわ……
「あれ? でもわたくしの時はそんなに痛みはありませんでしたが……」
「レフィーナさんは、僕と一緒に毎日高レベル敵と戦ってレベルが上がってますから」
HPや防御力が上がった結果、本来はかなり重い筈の攻撃を受けても掠り傷にしかならなかったということみたいです。
「ほんとにもう、こんなバグだらけだなんて聞いてませんわよ。もはや天災プログラマーですわね……」
「僕だって、リハーサルとかもせずにいきなりデスゲームモード使うとは思いませんでしたよ。これだからお役所仕事は……」
いい加減な仕事が重なった結果のハイブリッド惨事ということですわね。メルティと二人して、ずーんとテーブルに突っ伏します。
「一応、バグレポートは後輩の子に送っておきましたから、暫くすればログアウトできるようになる筈です」
「暫くって、どのくらいですの?」
「……現実時間で……2、3時間ぐらいかな? 場合によってはもうちょっと……」
わたくしから目を逸らしつつメルティがほざきました。ちなみにこのゲームの中はVR技術による時間加速を最大限に利用していて、ゲーム内時間の1ヶ月が現実の1時間に掃討します。昔のゲーム名人の方も「ゲームは1日1時間」と仰ってましたので今回も本来はそれだけの時間で終わる筈でしたのに。
「まあ、そこはもうとやかく言ってもしょうがないので諦めることにします。それとあと1点、今朝何故かクリストファー様からお花と恋文が届いたのですが」
花束でなく一輪挿しのお花が届く辺りクリストファー様らしいですが、残念ながらわたくしにはギルド長という心に決めたお方が居ますもので……
「何ですって!? クリス様、あたしというものがありながらこんな女に浮気だなんて! ち●こが生えてる女はそんなに駄目だと言うの!? 差別だわ!!」
それは、余程腐ってない限り駄目なんじゃないでしょうか……
「そっちはきっと好感度オーバーフローバグですね。好感度の数値は8ビット処理で、理論上はプラス127からマイナス128までの範囲を取れて、その内実際の好感度はプラス100からマイナス100までの値に収まるのですが、大きな変動があるとオーバーフローを起こして一周してしまうんですよ」
メルティがまた訳の分からない呪文を唱えます。
「きっと、レフィーナさんへの好感度がどん底の時に断頭台でルールの穴を利用して生き延びたのがトドメになって、一周回って好感度がプラス100になったんじゃないかと」
「……幾らバグを出せば気が済むのですか」
「他には僕が把握してる限りで、魔王2回討伐バグに呪われたプルトニウムのティアラ誤訳問題、新年にならず謎の13月が始まってしまうバグに全裸カウンターで極大ダメージを返す裏技に、あとは王子達と野球拳ができる隠しコマンドのデマが無責任に広まったことも……」
「ちょっとその話詳しく」
指折り数えるメルティに顔を接近させて食いつくトゥウィンクル嬢。絵面だけ見ると侍女を組み伏せようとするご令嬢なのですが中身は普通のカップリングですので残念ながら百合色の塔は建造されません。
そんな光景に周囲の男共が沸きあがる中、愛しのギルド長の方に目を向けると、偶然窓の外に見知った人物が歩いているのを発見しました。
「げ。クリストファー様」
まさかここに入る気でしょうか。正直なところちょっと顔を合わせるのに躊躇してしまうわたくしは即座に行動に出ることにしました。
「メルティ、トゥウィンクル嬢、裏口から逃げますわよ」
風の如き速さでギルド常設依頼の薬草摘みと害獣退治を受けると手下2人の首根っこを掴んで裏口にダッシュします。
「おぅ。仕事頑張れよ」
渋い声で応援して下さったギルド長にわたくしも極上の笑顔を返しました。万が一この方の見てる前で口説かれたりしたらあらぬ誤解を招きますし、逃げるのは当然の選択ですわ。
クリストファー様も決して悪い人では無いのですが、ヒョロくて頼りない男性は恋愛対象ではなくせいぜい庇護対象ですし。
「失礼します。レフィーナ様がこちらにいらっしゃるとお聞きしました」
「きっと聞き違いですわ。それでは御機嫌ようっ」
有無を言わさず裏口を出て大通りを駆け抜け、そのまま町の外へと向かうわたくし達。
VR世界の人工的な景色ではありますが、どこまでも続く青い空に新緑の草原がわたくし達の行く先に広がります。
「ほーっほっほっほっほ! わたくし達の戦いはこれからですわ!」
「ちょ、それ、続かずに終わるフラグですし邪神とか強敵は軒並み倒し尽くしてますから戦いも消化試合ですしっ!?」
「ふっ、あたし達はようやく登り始めたばかりだからね、この果てしなく遠い男の娘坂をっ!」
「なんでそこで複数形なんですか!? トゥウィンクルさん一人ですよね!? あとむしろ下ってますよね腐海に!?」
もう暫く、このちぐはぐながら賑やかなメンバーで冒険するのもきっと悪くないですわね。
ご愛読ありがとうございました。TAM-TAMの次回作にご期待下さい。