挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
辺境の老騎士 作者:支援BIS

第4章 中原の暗雲

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

97/184

第10話 ジュールラント戴冠





 1

 ウェンデルラント王、崩御。

 翌朝王都をこの衝撃的な知らせが駆けめぐった。
 ただちにジュールラント王太子が重臣たちの支持を受け王位継承宣言を行った、という知らせとともに。

 バルドには緊急の呼び出しがかかった。
 バルドは迎えの使者とともに、カーズとジュルチャガを連れて王宮に参内した。

「バルド・ローエン将軍。
 よく来てくれた」

 場所も謁見の間、周りにはずらりと重臣が並んでいるだけあり、ジュールラントの言葉遣いは改まったものである。

「メルカノ神殿より神官殿が到着しだい正式の戴冠式を執り行うが、戴冠の日付けはさかのぼって今日であると記録されることになる。
 すなわち余の言葉は、すでに戴冠し正式に王位に就いた者の言葉として聞いてもらわねばならぬ。
 さて、バルド将軍。
 卿にはある任務を受けてもらいたいのだ。
 リシオネル子爵。
 説明を」

「は。
 昨日、王太子殿下であられたジュールラント陛下は、重臣数名とともに、ゴリオラ皇国およびガイネリア国それぞれの全権大使と会談をなさいました。
 主な議題はシンカイ国の侵略に対抗するための三国の連携について、並びに近日中に東から襲い来る魔獣の大群に対抗するための三国共同部隊の結成および運用についてでありました。
 今般の戦で捕らえたグリスモ伯爵により、恐るべき陰謀が明らかになりました。
 すなわち、近頃わが国に起きていた不審事件について、その背後にシンカイの策動があったこと。
 シンカイは近々中原諸国すべてに対して宣戦を布告し、大陸制覇に乗り出すであろうこと。
 これと連動し、魔獣を操る亜人たちが魔獣による大軍団を編成しており、五百匹以上の魔獣がオーヴァの川辺から中原諸国に襲い掛かって来るということ。
 王太子殿下には時々に両国に密使を放って、得られた情報を伝達しておられました。
 このうち、バルド将軍に関係の深い魔獣関係のことについてさらにご説明いたします。
 バルド将軍は、コルポス砦で見事魔獣を撃退なさいましたが、少なくとも、ツガート砦、ゼアノス砦の二箇所がほぼ同じ時期に魔獣とおぼしき敵に襲われ壊滅していたことが判明いたしました。
 そしてゴリオラ皇国ではやはり辺境部の四つの砦が魔獣に襲われほぼ壊滅。
 ガイネリア国では三つの砦が魔獣に襲われましたが、ジョグ・ウォード将軍の活躍により二つの砦は守られたとのことです。
 昨日の会議では、この異常な事態をグリスモ伯爵から得られた情報と総合すると、大侵攻の準備としての軍事演習に類するものと考えるべきである、との結論に至りました。
 そして、敵の規模と三国の動員可能な戦力を考えたとき、三国で合同の部隊を作り運用しなければ対抗不可能であるとのことから、ただちに三国共同部隊を結成すること、集合の場所はロードヴァン城、日にちは十月四十日とすることが決定されました。
 詳細はこの資料にまとめてございます」

 と子爵は説明し、皮紙の束をバルドに渡した。

「ということだ、バルド将軍。
 ゴリオラ皇国のマノウスト伯爵が(めい)の随行にかこつけて来訪したのも昨日の会議のためだ。
 ガイネリアの大使はその少し前、商隊にまぎれて入国していた。
 シンカイの侵攻について情報を与えても、テューラとセイオン両国の動きはにぶい。
 尻に火が付かないと動かないだろうな。
 最悪の場合、シンカイとのあいだで密約を交わしている可能性もある。
 実際に遙か西方のシンカイが中原全体を相手に戦争を始めたとして、真っ先に攻め込まれるのはわが国であり、その次がテューラとセイオンになるだろう。
 ガイネリアからみればこの三国が防波堤になってくれるわけで、むしろ魔獣の大群に対する防衛にガイネリアは関心がある。
 だから国力からみれば破格の戦力をガイネリアは三国共同部隊に派遣してくれることになった。
 ゴリオラ皇国も、シンカイからみれば地形的に攻め込みにくい位置にあるため、大陸侵攻の動きについては当面様子見の立場だ。
 魔獣討伐には強力な騎士隊を派遣すると約束してくれた。
 シンカイの侵攻については、諸侯に呼び掛けて防衛の準備を行うが、急ぐのは魔獣への対応だ。
 三国共同部隊を作ることには早々に同意が得られたのだが、問題はそのあとにあった」

 ジュールラントは両の額を指でもんだ。
 何か頭の痛いことがあったのだろう。

「部隊が有効に行動するためには、指揮権を一本にしぼらなくてはならない。
 ところが三国とも、その指揮権は自国の騎士が持つべきだと主張して譲らないのだ。
 もめにもめたあと、マノウスト伯爵がこう言った。
 辺境の英雄バルド・ローエン卿がパルザムで大将軍に就かれたとのこと。
 ローエン卿がその三国共同部隊の指揮をお執りになられるということであれば、わが国の騎士たちも納得しましょう。
 するとすかさず、ガイネリア大使がこう言ったのだ。
 それは素晴らしいお考えですな。
 ローエン卿の号令にならば、わが国の勇士たちも従うでしょう。
 ただし、その前に、わが国のジョグ・ウォード将軍と決闘してこれを破り、武威をお示しいただけますかな、と。
 余は是非もなく、この条件を飲んだ。
 バルド将軍には軍の指揮はさせない約束であったし、そもそも一時的な代役として将軍職を受けていただいた。
 その前言を翻すことになり心苦しいのだが、魔獣の爪牙(そうが)に掛けられんとする中原の民衆を守るため、どうかこの任を受けると言ってほしい」

 王位に就いたジュールラントにこうまで言われ、どうして断れるだろう。
 バルドは応諾の返事をするしかなかった。




 2

 案内されて別室に下がったバルドは、数名の文官から関係事項の説明を受け、資料を読んだ。
 資料には、捕縛されジュールラントの前に引き出されたグリスモ伯爵が、呪いの言葉とともに語った恐るべき陰謀が記されていた。

 話は十四年前にさかのぼる。
 この三年ほど前にパルザムの西にあったカリザウ国では王家の血統が絶え、ファーゴ公とエジテ公が共同で国を統治する二公時代に入っていた。
 十四年前、つまり四千二百五十八年にカリザウ国とパルザム王国のあいだで、モルドス南路の使用をめぐっていさかいが生じた。
 急激に発展しつつあったカリザウの主要都市の燃料需要をまかなうために、それまで利用していた狭いモルドス南西路だけでは足りなくなっていたのだ。
 このいさかいは武力衝突を生み、翌年に両国は開戦文書を取り交わして戦争状態に入った。
 初年は激しい衝突をして両国はともに痛手を受けた。

 小競り合いを続けながら両国が体力を養っていた四千二百六十一年、グリスモ子爵のもとにシンカイ国のルグルゴア・ゲスカス将軍が訪ねてきた。
 二人は以前からの知り合いであったが、ルグルゴア将軍は驚くべき提案をしてきた。
 グリスモ城は、パルザムがファーゴとエジテを攻めるときの喉元といってよい位置にあるから、偽って降伏して戦力を隠しておけば、確実な勝利を祖国にもたらすことができる、と。
 シンカイはこれを助けるための資金を提供してきた。
 グリスモ子爵は、ファーゴ公およびエジテ公と相談のうえで、パルザム王に降伏を申し出たのだった。
 それからしばらくのあいだ、ファーゴとエジテでは騎士養成を急ぎ、余剰戦力をひそかにグリスモに送った。
 シンカイの資金援助は続き、グリスモの秘密戦力は充実し、またファーゴとエジテの戦力も増大していった。

 ところがのちに戦況が変化した。
 パルザム王は北部や西部の有力諸侯を動員してファーゴとエジテとその周辺の都市群に、東西から波状攻撃を仕掛けたのだ。
 この状況でグリスモに戦力を死蔵しても意味がないとグリスモ伯爵は判断し、パルザム王に援兵を送るのに紛れてより多くの援兵をファーゴとエジテに差し向けた。
 この援兵と増大していた戦力が物を言い、戦況は次第にカリザウ国に有利となっていった。
 そしてついに四千二百六十九年、ファーゴを攻めていたパルザムの主力軍を撃破し、主将であったパルザム王太子を討ち取った。
 パルザム軍は総崩れとなり、カリザウ国では余勢を駆ってパルザム王都に攻め上がる構えをみせた。
 その隙をウェンデルラント王子とナパラ・フジモ将軍が突いた。
 二人は見事な連携で電撃的にエジテ公を討ち取ると、返す刀でファーゴ公をも捕らえ、たった一日のあいだに勝敗を逆転させた。
 ファーゴとエジテはパルザム王国に降伏し、ここにカリザウ国は消滅した。
 三年前のことである。
 敗れたとはいえ二公の族は大きな勢力を持っていたから、それぞれの都市の領主として認めることで従属させた。
 実はこのときグリスモ城にわずかな戦力でも残してあれば、ウェンデルラント王子とナパラ・フジモ将軍の横腹を突くことができたのであり、グリスモ伯爵は、おのれの読みの甘さが祖国を滅ぼした後悔にさいなまれることになる。

 この日から、復讐の準備が始まった。
 相変わらずひそかにシンカイ国の資金援助を受けながら、ファーゴとエジテは戦力を養い、グリスモ城に送った。
 戦時でもないのに騎士が大量に移動すれば目立ってしまう。
 商隊にまぎれこませたり、野盗退治の巡回を利用するなどして、一人、また一人と騎士たちをグリスモ城に込めたのである。
 二年をかけてようやく準備が調い、ファーゴとエジテが反乱を起こし、カッセから出撃するであろう王軍を殲滅する日が来た。
 これほどの反乱が起きれば、パルザム軍は王自身か王子が率いることになる。
 そうでなければ王家の威を示せないからであり、戦争後に協定の条件を話し合うこともできないからである。
 そして、パルザムの弱点は、王の子が王子一人しかいないこと、王子には妻さえないことである。

 グリスモ伯爵の胸に燃える怨念の炎は、さらなる復讐を求めた。
 このころにはグリスモ伯爵にも、シンカイの真の狙いが大陸制覇にあると分かってきていた。
 グリスモ伯爵は、ルグルゴア将軍に対し、パルザム王家への復讐に協力を要請した。
 条件は、パルザム王ウェンデルラントと将軍ナパラ・フジモの暗殺、および王子ジュールラントに絶望を味わわせて殺すこと。
 見返りは、復讐達成ののち、グリスモおよびグリスモに従属する地域がシンカイ国に臣従することである。
 これはカリザウ国の復興を願うファーゴとエジテに対しては裏切りとなるが、グリスモ伯爵にも待てない事情があった。
 老齢と病気のため、余命がいくらも残されていなかったのである。

 ルグルゴア将軍は、これに応じた。
 そのときルグルゴア将軍は、実に奇怪な陰謀をグリスモ伯爵に教えた。
 今、オーヴァ川のほとりでマヌーノたちが、魔獣の軍団を調えている。
 総勢五百匹を超えるすさまじい大群だ。
 オーヴァ近くに置かれた砦を襲撃しながら訓練が進んでいる。
 やがてシンカイ国は中原に覇を唱えるために動き出す。
 それと相前後して、魔獣の大軍団が諸国を脅かすだろう、と。

 やがてグリスモ伯爵は、王都に放った間諜からの知らせにより、ウェンデルラント王が重い病にあることを知った。
 また、ナパラ・フジモ将軍も、まもなく死ぬであろうことを知った。
 ジュールラントに絶望を味わわせるという条件がどう果たされるのかは分からなかったが、軍を率いてのこのこやって来れば、自らとどめを刺すことができる。

 このように真実を語り、最後にグリスモ伯爵は、こう告げた。
 ジュールラント王太子よ。
 ルグルゴア将軍は約束を果たすだろう。
 ウェンデルラントは間もなく死ぬ。
 ナパラ・フジモもだ。
 そしてお前は絶望して死ぬのだ、と。

 報告書をここまで読んだバルドは、文官たちにいくつかの質問をした。

 まず、シンカイという国の狙いは何か、と訊いた。
 これについては、文官たちの意見もまとまっていないという。
 そもそもシンカイはこれまで他国からの侵入を許したこともないが、他国の領土を攻め取ったこともない国なのである。
 内情は分からないものの国は豊かなのは間違いなく、今さら他国を侵す理由が分からない。
 大陸に覇を唱えるといえば聞こえはよいが、この世界、つまり大障壁の内側には名も数もつかみきれないほどたくさんの国がある。
 版図が広がれば統治が困難になるのはいうまでもなく、いたずらに遠方の地を攻め取っても維持する費用が増大するばかりなのだ。
 したがって侵略の対象とされる範囲も予想しにくいが、現在中原の大国として名が上がる国のうち、メルカノ神殿自治領を除いた地域への侵攻を、今としては予想しているとのことだった。
 すなわち、パルザム、テューラ、セイオン、ガイネリア、ゴリオラの各国である。

 次に、報告書の中にあるルグルゴア・ゲスカス将軍とは、かつて物欲将軍と呼ばれた人物と同一人物なのかどうか、と訊いた。
 これについても、文官たちの意見は定まらないという。
 もし同一人物であれば百歳は過ぎているはずである。
 当然別人が名前を受け継いだのだろうと考えられる。
 だが、グリスモ伯爵自身は同一人物であると信じている。
 別人であるとしても、先代に匹敵するほどの実力と影響力を持っていることは疑いない。

 また、マヌーノたちが魔獣の群れを使役するなどということがあるのか、と訊いた。
 これについても、はっきりした答えはなかった。
 マヌーノが奇妙で邪悪な力を持つことは、広く信じられている。
 マヌーノの目でにらまれた獲物はまったく体を動かせなくなるといわれる。
 しかし魔獣にまでその力が及ぶかどうかは知られていないし、まして自由自在に操れるなどということは記録にない。
 こちらからマヌーノの住む地を侵さない限り、マヌーノが人間を襲ったという話も聞かない。
 ただ、ガイネリアのジョグ・ウォード将軍が魔獣の群れを撃退したとき部下が数人のマヌーノを目撃している。
 グリスモ伯爵の口から、マヌーノが魔獣たちを操っているという話が出たことが偶然とは思えないのである。

 バルドは、グリスモ伯爵は嘘を言わないだろう、と思った。
 十の言葉のうち一つが嘘と分かれば、残りの九つも嘘だろうと相手は安心してしまう。
 グリスモ伯爵の狙いはジュールラントを恐怖させることなのだから、その言葉は真実でなければならない。
 ただし、グリスモ伯爵自身の知識が誤っているということはあり得る。
 とにかくマヌーノの特性や能力について分かっていることをまとめて提出するよう、バルドは文官たちに命じた。
 そのとき、伝奏官が入室してきて、王からの伝言を伝えた。

「今朝、ナパラ・フジモ将軍がご帰幽になられました。
 将軍の衰弱と死は毒によるものと分かり、長年忠実に仕えた家宰が犯人として捕らえられたとのことです」




 3

 報告書には、さらに事件の調査報告がつづられていた。
 悪化する一方の王陛下の手当のため、医学博識ゼノスピネンが王都に呼び戻された。
 ゼノスピネンは、処方されていた薬の中に、常用すれば毒性を発揮するものがあることを見抜き、取り調べの結果主治医が犯人と判明した。
 だが病状はすでに治療不可能な状態にまで進んでおり、ゼノスピネンにも手の施しようがなかった。

 不思議なことに主治医は、国と王家への忠誠は捨てていないようにみえる。
 王その人への敬愛も失っていないという。
 それでいて王を殺さねばならないという強い確信を抱いている。
 ただその理由がまったく見当たらない。
 何の恨みがあるわけでもなく、どんな問題があるわけでもないのだ。
 王を殺そうとする思考とそれにまつわる記憶が、それ以外のまともな部分の思考や記憶と、まるでつながっていない。

 ナパラ・フジモ将軍に対する陰謀が浮上したため、急きょ調査官が派遣された。
 調べによりナパラ将軍の体調不良が毒のためである疑いが濃くなり、現在調査を進めている、とあった。
 残念ながらこの調査は間に合わなかったようだが。

 また、ジュールラントを襲ったゼンブルジ伯爵の場合、ジュールラントを殺さなければならないと考えているが、その理由は本人にも分からない。
 分からないことを不思議がりもせず、ただ殺さねばならないと強く思っているのである。
 伯爵の部下たちも、突然の命令にとまどいつつ、伯爵の恩義に応えるため、また伯爵の正義を信じて従ったという。
 道理で毒の用意もできていなかったはずである。

 同じときジュールラントを襲った近衛騎士は、驚いたことに伯爵と示し合わせたわけではなかった。
 ただいつのころからかジュールラントを殺さなければならないと思い込み、たまたま機会が訪れたのがあの日だったというのだ。

 いずれの犯人についても、その行動は奇々怪々といわねばならない。
 理由も脈絡もなく、ただ意志だけがある。
 まるで、どこかの誰かに考えをすり込まれでもしたかのように。





 4

 次にバルドは、三国代表会議の記録を読んだ。

 まずシンカイの中原侵攻については、今のところ各国ともはっきりした方針は持てない。
 グリスモ伯爵がそう言ったというだけでは、具体的な対策を取る根拠にはなり得ないからである。
 ただ各国とも近年のシンカイにはきな臭いものを感じており、戦争となった場合には共同して事に当たるべきだという認識では一致した。

 いずれにせよシンカイが中原を制覇しようとした場合に真っ先にぶつかるのはパルザムであると思われる。
 旧カリザウの諸都市を指嗾(しそう)してパルザム王直轄軍に痛手を与えたことも、その準備であるとすればつじつまが合う。
 事実とすれば到底許されない非道であるが、王と大将軍の暗殺はパルザムの国力を()ぐ上で非常に有効である。

 パルザムは現時点で動員可能な防衛能力の大半を、シンカイへの備えとせざるを得ない。
 それでも辺境騎士団をまるごと対魔獣部隊に出すという決断を、ジュールラントは行った。 
 パルザムがシンカイの侵攻に耐えるうちに、いかにテューラやセイオンを巻き込んでいくかが防衛成功の鍵を握る。
 状況によってはガイネリアの早期参戦や、ゴリオラ皇国からの援軍も見込めるかもしれない。
 そのためにも三国で歩調を合わせて対魔獣防衛を成功させる必要がある。

 三国とも、ここ数か月のうちに自国の砦を魔獣に襲われており、その異常な数と行動を見ているため、この問題への危機意識は強い。
 グリスモ伯爵の言う五百匹に達するという数がそのまま信じられるかどうかはともかく、統制されたかのような行動を取る魔獣の群れが多数潜んでいることは疑いない。
 各国の東部諸都市の安全のために見過ごせない脅威であり、早期に討伐する必要がある。
 だが自国の騎士たちを他国の騎士の指揮下におくわけにはいかない。
 それは自国の騎士たちの不満を呼ぶだろうし、真っ先に使いつぶされないともかぎらない。
 お互いにそこまで信用し合える関係ではないのだ。

 ではなぜ、そこでバルドの名が出たのか。
 この点については、会議のあと、ある重臣が直接ゴリオラ皇国全権大使マノウスト伯爵に尋ねた。
 実は最近皇都では、ゴリオラの騎士を助けて英雄的な冒険を成功させたバルド・ローエン卿の物語が貴族から民衆にまで広く伝えられ、非常な人気を呼んでいるらしい。
 大勢の吟遊詩人がその冒険譚を歌い語り、皇宮前の広場には壁画が彫られているという。
 何より、今回の派遣候補に挙げられる何人かの有力騎士が、ローエン卿の武勇と人格を賞賛しているという。

 ガイネリアについては、別の事情が判明している。
 本年四月、辺境競武会が開催されている最中のロードヴァン城に、ガイネリア王の使いが来た。
 この城にいるはずのバルド・ローエン卿とわが国のジョグ・ウォード将軍は前々から因縁のある間柄であるから、ぜひ決着をつけるべく決闘の場をガイネリア王が設けたい、とする申し入れだった。
 これを聞いたジュールラントは、ローエン卿はパルザム王家に対する貢献から王の賓客として王都にお招きしているところであり、現在のところそのような企画には同調できない、と返事をした。
 その場は引き下がったガイネリアであるが、どうも王その人がジョグ・ウォード将軍の志に感動し、ぜひ二人を対決させたいと強い願いを持っているようであり、臣下たちもその王の願いに染められているような様子なのである。
 辺境競武会の終了後、パルザムの北東に位置するいくつかの都市を訪問しようとしたジュールラント一行は、ジョグ・ウォード将軍率いる巡回部隊に遭遇し、通行料を要求された。
 随行の高官たちはこの無礼な申し出に激高したが、ジュールラントは平然と金を払い、通行料を払ったからには護衛してくれるんだろうな、とジョグ・ウォード将軍の配下を大勢借り受けて、都市まで護衛させた。
 今回の申し出にはそうした背景があると考えられる。
 外交や防衛の観点より私的感情を優先させているともいえる申し出なのであるが、騎士道にはかなっている。
 しかも、ジョグ・ウォード将軍が勝利して連合部隊の指揮権を手にすることができれば国益にもかなうのだから、考えようによっては個人的関係を理由にうまい提案をしてきた、ともいえる。
 もちろんガイネリアの王も外交官も、暴風将軍ジョグ・ウォードが六十歳を過ぎた老騎士に負けるなどとは思っていない。





 5

 それにしてもジュールよ、とバルドは心の中で呼び掛けた。
 お前は大変な重荷を背負っているのだな。
 大国の王の長子であると分かりパルザムに迎えられたお前を、おそらく多くの者がうらやんだろう。
 幸運な男だと。
 だが今お前の座っている椅子の居心地は、決してよくない。
 次から次へと難問が降りかかってきて、しかもお前はそれを捨てて逃げ出すわけにはいかないのだ。

 しかしのう、ジュールよ。
 その椅子に座っているのがお前であったことは、この国の人民にとっては幸いであった。
 ふるさとを捨てて旅に出たわしにこんなことを言う資格はないかもしれんがな。

 耐えよ、ジュール。
 やがて歩みを共にしてくれる者たちが現れる。
 きっと現れる。
 それはお前自身の忍耐が生む徳にひかれて集まる者たちだ。
 その者たちが本当の意味でお前の支えになる。

 もうこうなれば、中原の軍が指揮できるかできないかなど、言っておる場合ではないのう。
 やらねばならんのなら、やるだけだ。

 それにしても、ジョグよ。
 そんなにわしと闘いたいのか。
 わしを殺したいのか。
 ずいぶんと晴れがましい舞台を用意してくれたのう。
 よかろう。
 今度こそ正面から貴様を本当にたたきのめしてくれる。
 二年前のわしと今のわしが同じと思うなよ。

 ちょうど二年前の十月、バルドは決闘の最中に右腕が動かなくなり、ジョグの前に膝を突いたのだった。
 思い返せば腹が煮える。
 あのときジョグは、殺そうと思えば殺せたバルドを見逃した。

 そうじゃったのう。
 このわしを。
 このバルド・ローエンを。
 あのはな垂れ小僧のジョグが見逃してくれたのじゃったのう。

 復讐じゃと?
 お返しをするのはこちらじゃ。
 待っておれよ、ジョグ・ウォード。
 わしがお前を殺してやる。





(第4章「中原の暗雲」完)




7月1日「三国共同部隊(前編)」(第5章「諸国戦争」第1話)に続く
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ