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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第4章 中原の暗雲

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第6話 コルポス砦救援(後編)

※第3章と第4章のあいだの資料編に、「マタジロウ氏による登場人物イラスト集」を掲載いたしました。主要人物勢揃いです。



 6

 浮き足立つ兵士たちを叱咤(しつた)しながら、バルドは砦の外に出ていた者を中に入れ、門扉を下ろさせた。
 近づいて来るのは、青豹(イェルガー)が十匹と、フクロザルが十匹だ。
 バルドは顔をしかめた。
 最初に襲ってきたのが十匹の青豹と十匹のフクロザルだったはずだ。
 いずれも何匹かを倒していた。
 その死骸はバルドも見た。
 なのに、今近づいて来るのはどちらも十匹。
 どうしたらこんなばかげたことが起こるのか。
 これでは、まるで。
 まるで減った分だけ補充されたかのようではないか。
 それに、こやつらは確かに集団行動をしている。
 目の赤い光をみれば魔獣に疑いないのだが、魔獣に最もふさわしくない行動を取っている。
 砦にたどり着いた魔獣たちは、人間を見上げ、威嚇の声を放ち始めた。

  まるで誘っているようじゃのう。
  げせん。

 ()せないことだが、考え込んでいる場合でもない。
 見渡してみれば、兵士たちの目にはおびえばかりが浮かんでいる。
 この目をしゃんとしたもののふの目に変えるには、どうしたらいいか。
 決まっている。
 見本をみせてやればよいのだ。

  シャンティリオン!

 とバルドは鋭く副将を呼んだ。

「はっ!」

 すでに白銀の鎧姿に着替えたシャンティリオンは、りりしい返事を返した。
 その背後に立つ、やはり鎧姿の二人の随行騎士に向かい、バルドは、

  騎士ツァーガリー。
  騎士ナッツ。
  おぬしたちにも仕事をさせてやろう。
  あそこの大盾をそれぞれ持ってこい。

 と命じた。

「はっ。
 ありがたき幸せ」

「将軍とともに戦えるとは、光栄の極み」

 と二人の騎士は不敵な笑顔をみせ、バルドの指示に従った。
 ここまでの道行きで、お互いの人格や武徳の片鱗を感じる時間はあった。
 また、主君であるシャンティリオンがバルドに向ける素直な尊敬が、この二人にも影響を与えている。
 まとう装備も立派なものだし、身のこなしをみていれば、腕利きの武人だと分かる男たちだ。
 一流の騎士を二人も従者代わりに使うことにあきれていたバルドだったが、今はその幸運に感謝していた。
 この四人なら、戦える。

 バルドたちは、徒歩で東門から出た。
 青豹と戦うには、本当は毒矢で弱らせてから盾持ちと槍使いを組み合わせて攻めるのがよい。
 だがここに毒はない。
 馬を使えば馬が殺されてしまうし、騎乗のままでは防御がしにくい。
 二十匹の魔獣が一度に襲ってきた場合が問題だが、何とかしなければならない。
 ここはどうしても攻めに転じる必要があるのだ。

 魔獣たちが見える位置にまで回り込んだ。
 それはあちらからもこちらが見えるということである。
 青豹の一匹がこちらに走ってきた。
 まるで、まずは一匹で様子見をするといわんばかりに。

 大盾を持つツァーガリーとナッツには防御に専念するように命じてある。
 バルドは二人のあいだに立ち、シャンティリオンには背中を守らせている。
 バルドもシャンティリオンも左手にはカイトシールドを持っている。
 走り寄る魔獣をにらみつけながら、バルドは古代剣を抜いた。

  スタボロスよ、出番じゃ。

 太古の魔剣は青緑の燐光を放った。
 いや。
 まぶしく光った。
 ただしこの光はバルドにしか見えない。
 剣から流れ込んでくる温かい力が、活力を高めてくれるのを感じる。

 魔獣が跳躍してバルドに襲い掛かった。
 バルドは古代剣を振りかざして魔獣の顔面を打った。
 盾持ち二人は、バルドの動作を見てその邪魔にならない角度に盾を調整した。
 古代剣は魔獣の額のまん中から入り、喉までを斬り裂いた。
 魔獣は地に落ち、けいれんしたが、致命傷を受けたことは明らかだった。
 砦の壁の上から見守る兵士たちが、どよめきを上げた。
 切っても突いても死ななかった不死身の怪物が一撃で葬られる光景は、彼らの目に希望の火を灯したはずだ。

「お見事」

 と小さく賛嘆の声を上げたのはシャンティリオンだ。
 そこにすかさず二匹の青豹が走り込んできた。
 防げっ、と盾持ち二人に命じた。
 二人の随行騎士は、手応えの大きさに驚きながらも、きちんと魔獣たちの初撃を防いだ。
 一匹の魔獣が盾の下に潜り込んで、右側の騎士の右足に爪を突き立てた。
 が、上質の鎧はその攻撃に耐えた。
 衝撃は体に入ったはずだが、騎士は態勢を崩さなかった。
 魔獣が体を引く前に、その前脚をバルドの剣がないだ。
 斬り落とすには至らなかったが、深い傷を付けることができた。

 押さえ込めっ、と右側のツァーガリーにバルドが命じたのと、左側のナッツが、

「来ますっ」

 と警告の声を上げたのが、ほとんど同時だった。
 左側の青豹は、いったん下がって助走をつけて飛び掛かってきた。
 魔獣は盾を飛び越えながら左の騎士の兜に一撃を加え、バルドが左手の盾を突き上げていなしたため、そのままバルドの頭上を通り越えた。
 頭上を通過する一瞬を捉え、シャンティリオンの剣が魔物の腹を捉えた。
 魔獣の上げた悲鳴は、その攻撃がじゅうぶんな効果を持っていたことを教えた。

 シャンティリオンは素早く振り返り、バルドと背中合わせになった。
 バルドはそちらを見てはいないが、シャンティリオンが驚いているような気配を感じた。
 それもそのはず。
 シャンティリオンが今帯剣としているのは、アーゴライド公爵家が襲蔵する魔剣〈青ざめた貴婦人(イーレ・シチェル)〉なのである。
 その恐るべき切れ味をもってすれば魔獣といえども両断できる、とシャンティリオンは信じていた。
 だが実際に魔獣に魔剣を打ち込んでみたところ、両断どころか、傷を付けるのがやっとだった。
 魔獣というものの恐ろしさが分かっただろう。

 もっともバルドにいわせれば、青豹の魔獣という強敵にただ一撃で有効打を与えるなど、さすがに上等の魔剣であり、さすがにシャンティリオンだった。

 バルドは前に飛び出し、ツァーガリーが動きを封じていた魔獣の背中に痛打を浴びせた。
 恐らく背骨に重大な損傷を受けただろうに、その獣はバルドに襲い掛かった。
 バルドが身を引くと、ナッツが素早く盾を振り回して魔獣をはじいた。
 そこで再びバルドが前に踏み出して、青豹の首に致命の一撃を加えた。
 後ろではシャンティリオンが魔獣とやり合う音がする。
 足を狙え、とどめはわしが刺す、とバルドは声を掛けた。

「心得ましたっ」

 と律義にも返事をしてシャンティリオンは青豹の無事なほうの足に斬りつけた。
 このときにはバルドは振り向いており、一瞬動きを止めた魔獣の頭部を真っ二つに切り砕いた。
 バルドは、退くぞっ、と号令を掛けた。
 三人はそれぞれ了解の返事を返した。

 騎士の実力は、進攻(しんこう)を見るより却退(きやくたい)を見たほうが分かる。
 前に進んで敵を破ることは勢いに乗れば誰でもできるが、損害を抑えつつ味方と歩を合わせて退(しりぞ)くことは、訓練と胆力を要するからである。

 その点、この四人は、次々襲い来る魔獣にも態勢を崩さず、じりじりと一定の速度で手堅く後退したのであるから、第一級の騎士たちであることは疑いもない。
 しかもそれを、まったく初めての連携で行ってみせたのだから、この場に王軍の軍監でもいれば、思わず感嘆のうなり声を上げたであろう。

 盾持ち二人が二匹の青豹を抑えたすきに、頭上を飛び越えてきた青豹がその強力な右前肢をバルドの左側頭にたたき付けた。
 バルドはちょうどフクロザルをたたき落としたところだったので、これを迎撃できなかった。
 反対方向に頭を振って衝撃は逃がしたものの、ダメージは通った。
 しかし今のバルドは、そんなものでびくともしない。
 ポルポ入魂の革の兜が守ってくれている。

 驚いたことに、二匹のフクロザルをはじき飛ばしたばかりのシャンティリオンがくるりと反転して、バルドに一撃を与えた青豹の額に魔剣を打ち込んだ。
 素晴らしい反射神経だったが、これは悪手だった。
 剣ははじかれ態勢が乱れ、シャンティリオンは青豹に押し倒されてしまった。
 シャンティリオンの喉元にかみつく青豹の首を、バルドが斬り飛ばした。
 首を失った青豹の体を蹴り飛ばし、バルドはシャンティリオンの右手を引いて起き上がらせた。
 全身鎧の騎士が転倒した場合、近くにいる味方が起きるのを助けるものなのだ。

  頭はたたくな。
  手がしびれる。
  魔剣といえど刃こぼれするし、折れるぞ。

 はい、とバルドの言葉に返事したシャンティリオンは、起き上がりざまに、飛びついてきたフクロザル二匹をたたき落とした。
 すかさずバルドはその二匹の頭をたたきつぶした。

 そうこうしているうちに、東門にたどり着いた。
 バルドたちの勇戦に活力を得たのか、槍を持った兵士たちが魔獣を牽制してくれ、うまく門の中に滑り込むことができた。
 槍先を()み折って頭を突き出してきた青豹は、古代剣の餌食になった。
 門が閉まると、用意された何本もの丸太が扉をしっかり押さえた。

 差し出された水を飲み干し、バルドはわざと大きく息をはいた。
 それにつられるようにシャンティリオンと二人の盾持ち騎士は脱力した。
 へたり込んだ、といってもよい。
 短い時間ではあったが、これほど密度の濃い戦闘はめったにない。
 兜をはずし水を飲むその顔は、たくましい笑みに満たされている。

 砦の兵士たちがその周りに集まり、鎧を脱がせて風を送ったり、水や糧食を渡し、奮闘振りを口々にたたえている。
 バルドの周りにも何人かがやって来た。
 その目はもはや死んではいない。

 みれば、先ほどバルドにこれまでの戦況を説明した騎士がいる。
 それなりの地位の騎士のようだ。
 その騎士に命じて、八人の兵を東門の番につけると、シャンティリオンとその随行二人に声を掛けた。

  よくやった。
  パクラに行っても通用する働きぶりだったぞ。
  ひと休みしたら、今度は西門から出る。

 三人は実によい声で応諾を告げた。
 だがそれに異を唱えた者がある。

「将軍閣下。
 私どもに戦い方を教えてくださるのではなかったのですか」

 戦況を説明してくれた騎士だ。
 名前は確かレイ・コバク。

  騎士レイ・コバクとともに戦う者はいるか!

 バルドの上げた大声に、何人もの兵士たちが応じた。
 じゅうぶん戦える人数だ。
 十匹の青豹のうち生きて動いているのは五匹。
 フクロザルは七匹残っているが、いずれも手傷を与えている。

 安全をとって、全身鎧の者だけを出撃させた。
 三人を一組とし、一人には槍を持たせ、二人には盾と片手剣を持たせた。
 たちまち六組が編成できた。
 バルドは城壁の上から指示を出し、二組で一匹を相手させた。
 フクロザルは追い払うだけでよい。
 青豹を倒してしまえばどうということのない敵なのだから。

  あわてるな!
  魔獣とて不死身ではない。
  一撃では傷を付けられぬが、十回打撃を与えればよいだけのこと。
  首に攻撃を集中してやつらの命を削り取れっ。

 まったく同じ場所に攻撃を加えられるものではないから、実際には十倍の手数でも倒せない。
 それでも、攻撃を続けていれば、確かに効く。
 それを実感するにつれ、やがて兵士たちの士気も上がった。

 いささか危ない場面もあったが、一人も失うことなく青豹を全滅させた。
 もしもいつかジャミーンの居住区で戦ったような大物の青豹だったら、とてもこうはいかなかったが、幸い今日の青豹は二回りも三回りも小さい。
 鎧を着け直したシャンティリオンたちは、バルドの横で戦況を見守っている。

「パクラでは、いつもあのような敵と戦っているのですね。
 パクラの騎士は、みなバルド将軍のような豪傑なのですか」

 この言葉に郷土愛を刺激されたバルドは、思わず、

  こんな老いぼれと比べるでない。
  ご当主のガリエラ・テルシア様は言うに及ばず。
  筆頭騎士のシーデルモント・エクスペングラーは若いころのわしをしのぐ騎士じゃ。

 と答えた。
 シャンティリオンと随行の二人の騎士が驚いた顔をしたのに気分をよくしたバルドであるが、あとになってこの発言を後悔することになる。

「将軍閣下!
 北北西の方角に新たな敵が出現。
 シロヅノ十体ですっ」

 物見の声を受けて、バルドは新たな敵を確認した。
 決断は早かった。
 まず、シャンティリオンと二人の随行騎士に盾と馬上槍の装備を命じた。
 外に出ている騎士たちには直ちに東門から砦に入るよう命じた。
 手すきの者たちに、北門の前に丸太や石塊(いしくれ)を落とすよう命じた。
 また、予備の槍の準備を命じた。
 そして自分も槍と盾を取ってユエイタンにまたがった。

 大型のシロヅノだ。
 馬と同じほどの体高がある。
 骨格はごつく、体重は馬を上回る。
 初速はそれほどでもないが、加速を付けたときの勢いはすさまじいものがある。
 その頭部には名の由来である、ハンマー型をした白い大きな角が生えている。
 シロヅノの突撃は、魔獣化していなくても歩兵には防げない。
 シロヅノと戦うには、馬の機動力が必要だ。
 バルドたち四人は西門から打って出た。

 ユエイタンが走る、走る。
 素晴らしい速度で走る。
 後ろの三人は大きく引き離される。

 先頭のシロヅノの正面から飛び込むとみせて接敵寸前に左側から回り込み、首筋に深々と馬上槍を突き込んだ。
 そのまま槍から手を放し、襲い来る巨大な角をかわして魔獣たちの左後方に走り抜けた。
 魔獣が転倒し後続の何頭かが巻き込まれた気配を後ろに感じながら、バルドはそのまま大きく左回りの円を描いて走った。
 やはり、おかしい。
 普通ならシロヅノたちはバルドを追いかけ始めるはずなのに、そのまま砦のほうに向かって行く。
 だが、続く三人もうまく槍を突き込んだため、群れの突撃速度はにぶらせることができた。
 バルドは西門の前に回り込んだ。
 打ち合わせ通り、替えの槍が何本も立て掛けてある。
 ユエイタンを走らせたまま、槍をつかみ取って北門に向かった。
 シロヅノたちは、門への頭突きを始めていた。
 あらかじめ戦力を()ぎ勢いを殺し、また門の前に丸太や石塊(いしくれ)を落として足場を悪くしていなければ、門は破られていたろう。

 その一頭の首の付け根に横から槍を突き込むと、素早く離脱した。
 シャンティリオンたちがこれに続く。
 あとはこの繰り返しだった。
 そしてさんざん魔獣たちを弱らせたあとで、古代剣で首を刈り取っていった。
 見ている者はさぞ驚いているだろう。
 何しろこの短い鉈のような剣を馬上から振るだけで、首が完全に断ち落とされてしまうのだ。
 この剣の不思議な光が見えない者にとっては、魔術的な剣技にみえるだろう。

 最後の魔獣の命を絶ったとき、大きな歓声が上がった。
 見上げれば、城壁の上に兵たちが鈴なりになって、手に持つ武器を天に突き上げている。
 武器を持たない者は、こぶしを振り上げている。
 バルドも古代剣を上げて、これに応えた。
 歓声は一段と大きくなった。

  そうじゃ。
  わしたちは、勝ったのじゃ。

 ふと。
 バルドの直感が何かを捉えた。
 振り向いたその目に、遠くの岩山で何かが動くのが映った。
 その気配は一瞬で消え去ってしまった。





 7

 バルドは七日間コルポス砦にとどまった。
 騎士レイ・コバクたちは、死者を葬り、けが人の手当をし、食料と薬品をミスラから取り寄せた。
 魔獣の襲来はもう起きなかった。
 そのあいだ、バルドは魔獣との戦い方を教えた。

 八日目。
 事の次第を王太子宛の報告書にまとめ、騎士ツァーガリーと騎士ナッツにことづけると、シャンティリオンと二人で砦をあとにした。






5月10日「剣匠ゼンダッタ(前編)」に続く
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