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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第2章 新生の森

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第10話 ゴドン・ザルコスの帰還(前編)





 1

 その後は順調に旅を続け、一行はパデリアから船に乗ってリンツに渡った。
 リンツ伯はバルドとゴドンとカーズとの再会を大いに喜び、またゲルカストの勇者という珍客を歓迎し、とっておきの酒でもてなした。
 と同時に、辺境騎士団の幹部がわざわざ川を渡ってリンツ伯邸にあいさつに訪れるというかつてない事態に、喜色を示した。
 騎士団副長マイタルプがリンツ伯に対し、正規の伯爵としての礼容を示したものだから、その喜色ははじけんばかりとなった。

 バルドはリンツ伯に、ヴェン・ウリルを養子にしてカーズ・ローエンと改名させたことを報告した。
 また、カーズが絶妙のタイミングで現れ一行の危機を救った顛末を物語り、カーズがリンツ伯に世話になったことに礼を述べた。

「ううむ。
 バルド殿の周りではおもしろいことばかり起こるのう。
 わしも旅に同行したいくらいじゃ。
 いやいや。
 するとカーズ殿を引き留めて正解だったのじゃな。
 まあ、行き違いになるといかんと思ったのも確かじゃが、しばらく手元においてみたかったということもあったのじゃ。
 それに、カーズ殿はクラースクには行きたくない様子であったしのう。
 それにしても、養子か。
 バルド殿の。
 うらやましがる奴が大勢いそうじゃな」

 その夜リンツ伯は、バルドとゴドンだけにある話を聞かせた。
 ザルコス家の秘蔵の武具が売りにだされているというのである。
 少なくない量をリンツ伯が買い取っている。
 現物を見たゴドンは、これは自分の城にあった物に間違いない、と言った。

 愉快な話もあった。
 魔獣の毛皮である。
 リンツ伯は、ジュルチャガの報告を受けて、パクラ領では魔獣の毛皮の価値がまったく理解されていないと知った。
 そこで、テルシア家に使者を送り、売って構わない古い毛皮や骨があれば預かりたいと申し出た。
 魔獣の毛皮となれば、わずかな端切れでも高額で売れるのだという。
 防具だけでなく、家具調度や装飾品から杖や小物入れに至るまで、魔獣の毛皮や骨をあしらった品は超高級品なのだ。
 パルザムの王都に行けば、加工の方法を知る職人たちがいる。
 魔獣の種類によって用途は違う。
 そしてテルシア家は、ありとあらゆる種類の魔獣の皮と骨を持っているといってよい。
 バルドが聞いてびっくりするような値段で毛皮は売れた。
 今、リンツ伯のもとには、王都から魔獣の毛皮の引き合いが殺到している。
 ここ何十年もまともな魔獣の皮が売買されたことはなく、大量の備蓄を持つ家が辺境にあるらしいという噂は、鼻の利く貴族や商人の関心をひかずにはいなかった。
 今後もリンツ伯がパクラからの魔獣の毛皮を一括して委託されることになった。
 テルシア家は、経済的に大いにゆとりを得た。 

 リンツ伯は、毛皮の取引ではわしも大いに利益を得ておると言い、豪儀にも馬を一頭贈ってくれた。
 そのエングダルなるご仁がご一行に加わるなら乗り物が要るからとのことだった。
 ゲルカストの戦士は馬にも乗れるということだったので、この行き届いた贈り物はありがたかった。
 ヤンゼンゴは、そのことを考えていなかった自分に大いに腹を立てた。

 前回に比べれば驚くほど少ない日数で、エングダルの住む場所に着いた。
 いざ対面となると、百戦錬磨の戦士であるヤンゼンゴがひどく緊張しているのがおかしかった。
 エングダルがバルドを、「ンゲド」という誇りある戦士への敬称をつけて呼ぶのを聞いて、勇士ヤンゼンゴは目を()いた。
 それはエングダルがバルドを対等の戦士であるとみなしていることを意味する。

 結局、エングダルの心を動かしたのは、騎士マイタルプだった。
 マイタルプは、父オイゲンを幽閉したいきさつや、最後には自殺して、「わが償いをエングダルに告げよ」と書き遺したこと、オイゲンの妻も死ぬまでそのことを後悔していたことなどを、つぶさに語った。
 そして、自分の行いが誤りであったことを認めたうえで、

「エングダル殿が保証人となってくれたことが間違いではなかった、と明らかになることが、わが父の名誉を回復する唯一の道だと、それがしは思う次第にござる」

 と言うに及んで、ついに頑固なエングダルも、氏族への帰還を承諾したのだった。
 翌朝、バルドは皆に、自分とゴドンとカーズはここで別れる、と言った。
 三人でザルコス家に何が起きたか確かめに行くつもりだ。
 すると、エングダルが、

「コイトの街は、そこから遠いのか」

 と訊いてきた。
 遠いどころかコイトの街を通ってメイジアに行くのが最短距離だと、ゴドンが答えた。
 このときになって、やっとバルドも思い出した。
 エングダルに商品を運んできていた商人のコインシル。
 あの商人はコイトに店を持っていると言っていた。
 仲間が迎えに来たから立ち去ると、あの商人に伝えるつもりなのだ。

 エングダルは、コイトに行きたいとも、連れて行ってくれとも言わない。
 相変わらずだ。
 誇り高きゲルカストの戦士は、人間に頼み事など絶対にしないのだ。
 だからこちらがくみ取るしかない。
 バルドは、全員でコイトの街に行く、と宣言した。

 コイトの街の住人たちは、道々で仰天しつつ、この珍妙な一団を迎えた。
 コインシルは驚き喜んで一団を迎えたが、ゴドンを脇に呼んで憂うべき事実を教えてくれた。

 メイジア領は、今、ゴドンの叔父が事実上支配して、自由勝手なことをしている。
 ゴドンの妹夫婦の息子が騎士修行を終えて帰ってきたはずだが、おそらく牢に入れられ人質となっている。
 大領主もこのことは知っているはずだが、もともと内政には不干渉の関係でもあり、賄賂に大金を贈られてでもいるのか、まったく動こうとしていない、といったことである。

 ところで、ゴドン・ザルコスはバルドについて旅に出たとき、領主を妹婿に譲る書類を残した。
 だがコイトの街にはそのような通達はきていないという。
 コインシルの情報網にもメイジアの領主交替をうかがわせるような情報は引っ掛かっていない。
 当然そうだろうと、バルドは思った。
 妹夫妻は領主の座に就く気などなかったはずだ。
 今もメイジア領主は、ゴドン・ザルコスなのである。





 2

 バルドは、わしとカーズとゴドンは用事ができたので、ここで別れると言った。
 だが、皆何かに感づいたようで、誰も別れて帰ろうとしない。
 しかたないので事情を説明すると、協力させろと言いだした。
 戦いになるかもしれないと言ったのが逆効果で、そんな楽しい話からわれわれを除け者にするのかと、ゲルカストたちからも辺境騎士団の騎士たちからも責められる始末だった。
 なぜか全員()る気まんまんである。
 バルドは、大きく深呼吸して気分を切り替え、顔を引き締めると、作戦を立て、指示を与えた。

 まずは人質を奪い返すことと、妹夫婦の安全を確保することだ。
 ありがたいことに、山から城の中に続く隠し通路があるという。
 ゴドンから城内の間取りを詳しく聞き、カーズが隠し通路から人質を助けに向かった。

 ゲルカストの三人は、城の正面に押しかけ、大いに騒ぎ立てた。
 何事かと城の兵士たちが詰めかける。
 じゅうぶんに注意を引きつけておいてから、エングダルは、

「ユーリカ・ザルコスとカイネン・ザルコスを出せ!」

 と怒鳴った。
 下あごから生え上がった二本の牙が、相貌のどう猛さを引き立てている。
 悪魔のような顔つきをした緑の巨人に威嚇され、案の定ゴドンの叔父は、ゴドンの妹夫婦を差し出した。
 二人は城門の外に押し出され、ぶるぶる震えながらも、私たちに何のご用ですか、とエングダルに訊いた。
 エングダルは、手紙を差し出した。
 そこには、ゴドンの字で、「このゲルカストたちは友人だ。今、隠し通路からミドルを救出しておる。しばらく話をするふりをして時間を稼げ。ゴドンより」と書いてある。
 やがてミドル・ザルコスが救出された。
 ゴドン・ザルコスは、門前に姿を現した。
 バルドと辺境騎士団の二人の騎士、そしてカーズとミドルがそのあとに続いた。
 ゴドンは大柄な体軀の持ち主である。
 前から見ても横から見ても丸太のようなその体型は武威で満たされ、たくましさではちきれんばかりだ。

「者どもっ、聞けい!
 城主のゴドン・ザルコスじゃ。
 叔父のクリトプ・ザルコスが、亡き父との約束を破り、城と領地をほしいままにしていると聞き、旅より帰参した。
 人質に取られておった甥は、これこの通り助け出した。
 妹夫婦もここにおる。
 わが忠義の家臣たちよ。
 これよりよこしまな者どもを討つ。
 誤って手向かいいたさぬよういたせ!」

 あまりの大声に、バルドの腰に吊った古代剣がびりびり震えた。
 城壁の上に立ったクリトプ・ザルコスらしき男がわなないている。
 豪傑の名も高いゴドン・ザルコスが帰還したのだ。
 恐ろしき緑の巨人三人と、精強そうな騎士四人を従えて。

「も、門を落とせ!
 弓兵どもっ。
 射てっっっ」

 門番の兵士は、クリトプの命に従わず、逆に、

「門は落とさせはいたしません。
 城主様っ。お入りくださいませ!」

 と叫んだ。
 弓兵のいくばくかはクリトプの命に従ったが、ゴドンの甥はカーズが、妹夫婦はゲルカストたちが守った。
 クリトプは流れの騎士を十数人も雇っていた。
 元からの家臣もいる。
 また、雑兵もいくらか雇い入れていた。
 数では勝てると思ったか、戦いを挑んできた。
 決着はあっという間についた。
 まさに鎧袖一触。

 特に奮闘したのは、ゲルカストの若者メリトケだ。
 メリトケはうっぷんの塊だった。
 ひとの戦いにしゃしゃり出て、人間に一対一で負けるという前代未聞の不名誉記録を打ち立てた。
 くらくらとする頭を振りながら気が付けば敵が倒れている。
 すかさず斬りかかったら、族長代理に張り倒された。
 聞けば自分はあっさりと人間に打ち倒され、その人間をバルド・ローエンは剣も抜かずに倒したという。
 なんと自分は人間にかばわれて命をながらえ、しかも勝負がついて気絶している相手に卑怯にも飛びかかったのだ。
 なんという醜態。
 なんという屈辱。
 ずっとうっ屈をためこみながら、憂さ晴らしの相手を探していたのだ。
 今こそ出番とばかり、向かってくる相手を吹き飛ばしていた。
 ひょろひょろ矢やなまくら剣など、かわす気にもならない。
 打ち掛かってきた騎士の剣をわしづかみにしてへし折り、憎しみを込めてにらみつけたら、へたり込んでしまった。
 構わず持ち上げ、壁にたたき付けた。
 ただしあらかじめ、「敵といってもザルコス家家中の者であるから、やむを得ない場合以外は殺さないこと」と念を押されていたので、けがはさせても殺してはいない。

 結局一人も殺さず、城を奪還した。
 殺さずに制圧できるほど戦力に差があったということだ。
 こちらはろくに傷も受けていない。

 悪者どもは、すべて縛り上げられた。
 雇われ騎士たちは、取り調べが済んだら、特に裁くべき罪状がない限り路銀と食料を与えて放逐する、とゴドンは宣言した。
 命が助かると知って、流れの騎士たちは静かになった。
 叔父のクリトプ・ザルコスが引き立てられた。

「ゴドン。
 叔父に対してこの仕打ちはなかろう。
 お前が留守のときに勝手をしたことは謝る。
 まずは縄を解いてくれ」

 謀反そのものの振る舞いをした人物の言い分ではない。
 この男は、ゴドン・ザルコスを甘い人間だと侮っている。

「叔父上。
 あなたはかつて、わが父が領主を継いだことが気に入らず、先代である祖父の遺命に逆らって兵を挙げた。
 その結果、わが領の家臣たちは同士打ちをし、七人もの命が失われた。
 あなたは決して政治に口出ししないことと、あなた及び子孫がザルコス本家の相続権を放棄することを誓って助命された。
 その誓いを破った罪は重い。
 死以外では償えぬ」

 なめきっていたゴドンの厳しい言葉に、クリトプは顔を青くしてさらに甘言を()こうとしたが、有無を言わせずゴドン・ザルコスのバトルハンマーが、その頭をたたきつぶした。
 中庭は、しんと静まりかえった。

 まさかこれほど早くゴドンが帰って来るとは、クリトプも思っていなかったろう。
 メイジア領のうわさなど届かない遠方を旅していたはずなのだ。
 クリトプが領地の経営に口を出さないことになっているといっても、それはザルコス家内部の約束事であり、臣下や領民が口を出せる事柄ではない。
 何といってもザルコス家の直系であることに違いはないのだ。
 強引なやり方であっても実質的な領主の位置にとどまりつづければ、やがてそれが正しい形であることになってしまう。
 時間というものにはそういう働きがある。
 そうでなくても、あと少しゴドンの帰還が遅れていれば、心ある家臣は逐われ、あるいは謀殺されていたかもしれない。
 よくぞ今戻って来られたものだ。

 リンツに寄らなければ、メイジア領の変事は知りようがなかった。
 リンツに寄ったのはゾイ氏族の者をエングダルの元に案内したからであり、ゾイ氏族の者に遭ったのはドリアテッサを助けたからだ。
 そして、バルドとゴドンとカーズの三人だけであったら、これほどあざやかには城を攻め落とせなかった。
 物事はふしぎなところでつながっており、ひとのためにしたことが、結局こちらを助けてくれている。
 そこに旅というもののおもしろみがあり、生きるということの玄妙さがある、とバルドは思った。




11月16日「ゴドン・ザルコスの帰還(後編)」(第2章最終話)に続く
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