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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第1章 古代剣

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第8話 革防具職人ポルポ(後編)《イラスト:バルド》





 7

 ポルポの家は封鎖されており、その前で、ポルポの妹が泣き崩れていた。
 役人はいないが、やじうまがいる。
 嘆く妹を、ジュルチャガは硬い表情で見ていたが、ゴドンの耳に口を寄せて、

「ちょっと調べたいことがあるんだ。
 ゴドンの旦那。
 わりーけど、しばらくみんなの注意を引きつけてくんないかなー」

 と言った。
 ゴドンは、よし、と答えたもののどうしてよいか分からない。
 と、小さな子どもが通行人の男に突き当たったらしく、男が子どもを怒鳴っている。
 これだと思ったゴドンは、男に近寄り、

「こらー!
 大の大人が小さな子どもをいじめて何とするっ」

 と怒鳴った。
 もともと地声の大きいゴドンだが、腹に力を入れて怒鳴ると、おそろしく大きな声になる。
 みんなが注目しているすきに、ジュルチャガは器用に屋根に上り、屋根板をずらして中に降りた。
 ゴドンは、男相手に人の道を説いて聞かせた。
 すぐにジュルチャガが出てきたので、

「これからは気を付けよ!」

 と言って男を解放した。
 そのあと、バルドたちはポルポの妹に声を掛け、ひとしきり事情を聞いて、力を落とすなと励まして別れた。





 8

 事の次第は、こういうことだったようだ。
 妹は少し離れた果物屋で住み込みで働いているのだが、朝食をポルポに届けに来た。
 鍵を開けて家に入ったところ、人が死んでいた。
 ポルポは作業台の横で寝ていたが、これはいつものことだという。
 驚いて悲鳴を上げたので、兄も起き、近所の人もやって来た。
 役人も来た。
 死んでいたのは馬具職人のトマという男で、ポルポとはよく酒を飲んでけんかしていたという。
 トマの胸にはポルポの使うなめし刀が突き刺さっていた。
 流れ出た血は、作業台を真っ赤に染めていたという。

 役人は、トマがどこかで酒を飲んでやってきて口論になり、ポルポがかっとして刺し殺したのだろうと言った。
 妹は、ポルポが仕事の刀や作業台を血で汚すようなことをするはずがないと訴えたが、取り上げてもらえなかったらしい。
 ジュルチャガは、調べることがあると言ってどこかに行き、一刻ほどで帰ってきた。

「鍵が掛かってた、ってのが一つのポイントだよね。
 あの店は、マリガネンの持ち物だったよ。
 ポルポの店を紹介してくれたっていう大きな防具屋の主人だね。
 合い鍵も持ってるかもしれないね。
 死んだトマって人、あの晩にお酒を飲んでた店、分かったよ。
 飲んでた相手ってのが、マリガネンの店の使用人でね、いかにも犯罪者って感じのやつなんだ」

「ジュルチャガ。
 ポルポの家に入って、何をしたのだ」

「あ、ゴドンの旦那。
 さっきは、ありがとね。
 助かったよ。
 聖硬銀の道具は残ってた。
 魔獣の毛皮はなくなってた。
 これでだいたい話が見えてきたよね」

「いやいや。
 わしにはちっとも見えんぞ。
 何がどうなっとるんだ」

「あ、肝心なこと二つ言い忘れてた。
 マリガネンには息子が二人いてね。
 長男は店を継ぐんだけど、次男は革鎧職人なんだって。
 それとね。
 この街の法じゃあ、人殺しは咎人(ディーラン)に落とされる。
 咎人ってのは、財産を持てないんだ。
 だから財産は全部売りに出される。
 売り上げは領主様のもんになるけどね。
 その金額の分、解放までの年限が短くなるんだ。
 賭けてもいーけど、マリガネンはポルポと財産を買い取るね。
 そうすりゃあ、道具も手に入るし、知識も技術も盗みほーだいだもんね」

 ここまで聞いたら、バルドにも筋書きが見えてきた。
 マリガネンは息子のために、聖硬銀の道具を欲しがったのだろう。
 ポルポの知識と技術も魅力的だったに違いない。
 しかし、一つ分からないことがある。
 魔獣の毛皮だ。
 それはどこに行ったのか。

「はあ?
 何言ってんの、バルドの旦那。
 魔獣の毛皮だよ。
 しかも腕っこきの職人が下ごしらえした、傷一つない見事な川熊の魔獣の。
 どさくさにまぎれてマリガネンのおっちゃんが盗ませたに決まってんじゃん。
 あれが手に入ると思ったから、人殺しまでする気になったんだと思うよ」

 確かに魔獣の毛皮は得難いものだ。
 だが加工は難しいし、使いやすいものではない。
 大して値打ちのあるものでもないと思われた。
 そうバルドが言うと、ジュルチャガは目と口をまん丸に開けて、しばらくあぜんとしていた。

「な、な、な、なんちゅう物知らずな。
 ゴドンの旦那。
 何とか言ってやってよ」

「いや。
 人殺しをするほどの物ではあるまい」

「うわーーー。
 この人もだよ。
 だめだ、こりゃ。
 世の中の常識を知らないにもほどがある。
 あのね。
 あれだけの物だったら、捨て値でも五十万ゲイルはくだらないよ。
 いや、値段の問題じゃない。
 どこの王侯も欲しがるし、あれを扱った店となれば、それだけで箔が付く。
 まあ、今回の場合、表には出せないけど、裏でも欲しがる人はいっくらでもいる。
 賄賂にももってこいだしね。
 そりゃもう、ものすごいもんだよ。
 つかさ。
 パクラじゃあ、けっこう魔獣の毛皮が取れるでしょ。
 それ、どうしてんの?」

 テルシア家では、少ない年でも十匹、多い年には二十匹以上の魔獣を倒す。
 必ず激闘になるから、皮は傷だらけになることが多いが、それなりの数の毛皮が取れる。
 これは倉庫に積んであって、騎士は誰でも自由に使える。
 ひどく加工がしにくいので、普通の革鎧の上からくくりつけたり、内側に貼り付けるなどして使っている。
 魔獣の毛皮は確かに強靱だが、全身を覆うような鎧には仕立てられないので、金属鎧のほうが重宝する。

「なんかが、なんかがひどく間違ってる。
 あのね、旦那。
 たぶんその端切れ二、三枚で、全身用の金属鎧が買えると思うよ。
 すっごく上等の金属鎧が。
 うううっ。
 信じらんねー(ジャン・デッサ・ロー)
 知らないってことも、ここまでくると罪だよね。
 うん。
 やっぱ、この旦那、俺っちがついてないとだめだわ」

 ぶつぶつつぶやいてから、ジュルチャガは大きな声で、こう言った。

「関係者を呼んでの取り調べは、明日の午後に決まったみたいだよ。
 旦那、どうする?」

 バルドは、目を閉じて考えた。
 そして思った。
 この街には、悪人もいるかもしれないが、全体に何かしら清明で筋の通ったものを感じる。
 それは、領主の気性を反映しているのだと思われた。
 そこから、ここの役人は信用してみてよいのではないか、という結論に至った。

  正攻法でゆく。
  今から役所に行くぞ。

 バルドの声に、ゴドンとジュルチャガはうなずいた。









 9

「そうか。
 すると、お前の店の使用人三人と死んだ男がポルポの家に行って酒を飲み、三人は先に帰ったのだな」

「は、はい。
 ポルポは腕のよい職人ですが、短気なところがございました。
 まさか、このようなことになるとは。
 つい魔が差したのでございましょう。
 どうか寛大なご処置をお願い申し上げます」

 取り調べの役人に対して答えているのは、防具店主人のマリガネンだ。
 ポルポをかばう振りをしながら陥れている。
 偽の証人まで用意しているのだから、悪らつそのものといえる。
 横の部屋でやりとりを聞いているバルドは、あきれるばかりだ。

「有罪ということになれば、財産は売りに出されるが、職人では大した財産も持っておらんだろうなあ」

「それはもう、致し方ないことでございます。
 使い古した道具など二束三文の値打ちしかございませんが、何割増しかの色を付けて、手前ですべて引き取らせていただく所存でございます」

「なんと、殊勝なことじゃ」

 取り調べの役人は、打ち合わせの通り、ずいぶん取り調べを引き延ばしている。
 そろそろジュルチャガたちが帰って来るころだ。
 扉が開く音がした。
 役人が取調官に報告をしている。

「そうか。
 うむ、分かった。
 防具屋店主マリガネンよ。
 お前に会ってもらわねばならん者を待たせてある。
 バルド・ローエン卿。
 お入りくだされ」

 言われる通り、隣の部屋に入った。
 バルドの顔を見ても、主人は表情を変えなかった。
 なかなかの狸ぶりだ。

「こちらのバルド・ローエン卿が、ポルポに魔獣の毛皮を預けておられたのだ。
 届け出を受けて、当方の者がポルポの店を探したが、見当たらぬ。
 店主。
 お前、このことについて何か知らぬか」

「このおかたは、確かに魔獣の毛皮をお持ちでした。
 ポルポなら仕立てができると、ご紹介いたしましたのは手前でございまして。
 その毛皮がポルポの手元にないとは、これは何とも面妖なことで」

「心当たりはないと申すのだな」

「はい。
 ございません」

「お前の店には、仕立てかけの革鎧など売るほどあろう。
 似た物が紛れ込んでいたりはせぬか」

「め、めっそうもございません。
 魔獣の、しかも川熊の魔獣の完全な毛皮でございます。
 手前ども、長年この商いをいたしておりますが、あそこまでの物を見たのは初めてでございまして、似たような物などあるものではございません」

「そうか。
 あるはずはないか。
 では、これはどういうことか」

 扉が開き、役人とジュルチャガが入って来た。
 ジュルチャガは、まだ縫い合わせられていない魔獣の革を持っている。
 入って来た役人は、

「店を捜索したところ、魔獣の革が出て参りました。
 主人の部屋の奥の隠し倉庫の中にございました。
 ポルポの家の合い鍵も見つかりました。
 ローエン卿がつけてくだされた下人のジュルチャガは、恐るべき捜し物上手にござります」

 主人の顔は、もはや蒼白である。
 そこに、別の役人が入って来た。

「ご指示通り、店員を逮捕し尋問いたしましたところ、殺人を自白いたしました。
 ただし殺したのは事故で、主人の指示でポルポの店に運んで刃物で刺したと言い張っております。
 ひどい暴れようで、ザルコス卿がご協力くださらねば取り逃がすところでした」

「店主。
 あらためて聞かせてもらいたいことがある。
 これ以上の嘘隠し立てはためにならんぞ」

 マリガネンは、がっくりうなだれた。





 10

 トマを殺した店員は、二十回のむち打ちのうえ、十年間咎人として苦役に就くこととなった。
 厳しい刑だ。
 二十回もむちで打たれたら、下手をすれば死ぬ。
 痛みは何年も続くだろう。
 マリガネンは、相当に大きな罰金刑となった。
 それと別に、今までポルポに払う賃金をごまかしていたことが発覚したので、不足分が徴収されポルポに渡された。

 事件はそれだけでは終わらなかった。
 マリガネンの長男が、手下を引き連れてバルドたちを襲撃したのだ。
 襲ってきた十五人ほどのならず者は、ゴドンが存分にこらしめた。
 これは、役所の裁定をないがしろにする振る舞いであるから、重い罪に問われ、マリガネンは巨額の罰金を申し渡された。
 結局、二つの罰金を支払うことができず、マリガネンはすべての財産を没収されたうえで、家族ぐるみで街を追放された。

 事件解決にバルドたちが活躍したことは役人から聞いたらしく、ポルポと妹から厚く礼をいわれた。
 ポルポは腕を振るって素晴らしい鎧を仕立てた。
 三日のはずが、七日の日子を要した。
 仕立代は要らないとポルポは言い張ったので、相応の金額を妹に渡した。

 鎧を受け取った翌日、バルドたちは旅立つ予定だったが、意外な人物が宿に訪ねて来た。
 前々クラースク領主ハドル・ゾルアルス伯である。
 一代でこれほどの街を作り上げた傑人なのだが、もったいぶったところがない。
 あとでジュルチャガに聞いたところでは、今年八十四歳か五歳だという。
 痩せて小柄だ。
 血色はよく、肌はしわだらけながら艶々している。
 頭頂には毛髪がないが、側頭からは豊かな白髪が伸びている。
 口の周りもあごも、白いひげに包まれている。
 まるで雪のようだ。

「この街に、壁剣の騎士殿と人民の騎士殿がご滞在とはのう。
 聞けば今朝出発とのこと。
 どうしてもひと目会いとうて、押しかけてきてしもうた。
 許してくだされよ」

 と、にこやかに語りかけてくる声は、人なつっこいといってよいほどの柔らかさを持っている。
 これほど生臭さを感じさせない人間は初めてじゃのう、とバルドは感心した。
 さわやかな風が吹き寄せるような気がした。
 それは人格から吹く風だ。
 老いるにしたがい身についてしまう傲慢や独善を厳しく削りながら生きてきた者だけが、こうした気配をまとうことができる。
 随行の騎士二名は、いずれも腕利きと察せられたが、殺気も放たず威圧もせず、ただ静かに後ろに控えていた。
 しばらく談笑して元領主は、

「ささやかながら餞別にお納めくだされ。
 よい旅をのう」

 と言って、バルドたち三人にそれぞれマントを贈った。
 もっともこの場にジュルチャガはいないので、ジュルチャガのマントはバルドが預かった。
 ジュルチャガは、リンツ伯に報告することができたとかで、ポルポの無罪が確定した日のうちに、リンツに向かって旅立っていたのである。
 マントは、派手ではないが丈夫でよい品である。
 バルドは奇異に感じた。

  さてのう。
  少し手厚すぎるのう。
  しかも、ゴドンは領主、わしは領地も持たぬ流れ騎士、ジュルチャガにいたってはただの下人。
  その三人全員に同じほど上等のマントとは。

 この疑問に、もう一つの疑問を重ねれば、おのずと推測が成り立つ。
 もう一つの疑問というのは、なぜこれまでマリガネンの悪事やあのやくざな店員の振るまいが見過ごされていたか、また、なぜ今回の事件で早々にポルポが犯人として捕縛されたか、ということである。
 おそらくこの元領主は、この件の顛末を聞いたとき、不審を感じ調べさせた。
 マリガネンに鼻薬を嗅がされていた小役人がいた。
 それを調べ、処分を決めるのに多少の時間を要した。
 バルドとゴドンに会いたかったというのも本当だろうが、わびと礼の気持ちを示したかった。
 それは、ゾルアルス伯みずからが足を運んだという点で十分なのだが、さらに、三人に同じ物を贈ったという点に、意を含めた。

  なるほど、これは人物じゃ。

 とバルドは思った。
 要するに、〈おぬしたちのおかげで無実の職人を罪に落とさずに済んだ。たちの悪い商人もこらしめることができたし、不正役人も罰することができた。ありがとうよ。手落ちもあったがこの街を嫌いにならんでくれよ〉と言いたいのだ。
 だが、あからさまに現領主の統治に瑕疵(かし)があったかのような言い方をするわけにはいかない。
 だからこそのマントなのだ。
 そう分かったとして、どう答えたらよいのか。
 バルドが頭をひねりかけると、隣のゴドンがにこにこ顔で言った。

「いやあ、実はわしは、ここら辺りでよく食べられている炊きプランが嫌いでござった。
 しかし、この街で食べた炊きプランはうまかった。
 特に、脂の乗ったツァールガと一緒に食う炊きプランは、こたえられんうまさでござった」

 この正直な物言いに、ゾルアルス伯も表情をくしゃりと崩して答えた。

「ほう!
 気に入っていただけたか」

「それはもう。
 それにもまして、焼いたコルコルドゥルをたらふく食べたあとの、卵を混ぜた炊きプランの喉ごしの気持ちよさときては!」

「ほうほう」

「伯はご存じか。
 卵を混ぜた炊きプランは、食べ物にはあらず、飲み物にござる」

「なんと!
 それは知らなんだ。
 が、言い得て妙。
 はっはっはっ。
 プランとコルコルドゥルの二つは、この街が特に力を入れておるもの。
 存分に味わっていただけたようで、わしもうれしいわい。
 愉快、愉快」

 一同は大いに笑った。
 随行の騎士たちも声を上げて笑った。

 その昔、〈初めの人々〉のうち、ミト家とイエコタ家が、プランの栽培に適した土地を探してここにたどり着いた。
 両家は絶えてしまったが、プラン栽培は広く定着し、やがてエグゼラ大領主領が出来た。
 大領主のもとには、上質なプランを育てるための口伝が残っているが、あまりに複雑で手間が掛かるため、まともに実行している村はないという。
 ゾルアルス伯はその口伝を大領主から聞き受け、長い年月を掛けて周りの村々に援助と指導を与えて、ようやく最近本当においしいプランが育てられるようになったのだという。

 バルドはエグゼラ大領主領に来るまで、プランなどという穀物のことは聞いたこともなかった。
 当然、その味も知らなかった。
 エグゼラ大領主領では、小麦のパンより炊きプランのほうが一般的であるので、泊まった先々で炊きプランを食べることになったが、その色は茶色で妙な癖があり、食感も味も、あまりバルドの好むところではなかった。
 ところがクラースクで食べた炊きプランは素晴らしい味だった。
 魚や肉ともよく合った。
 炊きプランとともに食べる魚や肉は、バルドにまったく新しい楽しみを教えた。
 ここに来てよかったと思えた。
 旅の先には、まだまだ見知らぬ美味が待っているだろう。
 生きるためには食べることが欠かせない。
 食べることは生きることだ。
 のたれ死ぬための旅であっても、食べることはやめられない。
 どうせなら最後までうまい食べ物を探して歩きたいものだ、とバルドは思った。







挿絵(By みてみん)
イラスト/マタジロウ氏


8月16日「エンザイア卿の城(前編)」に続く
※くどいようですが、この物語はフィクションです。卵かけごはんは飲み物ではありません。
+注意+
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