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辺境の老騎士 作者:支援BIS

第1章 古代剣

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第7話 ジャミーンの勇者(後編)



 5

 口の中の苦さで目が覚めた。
 薬草をつぶしてバルドの口にねじ込んだのだろう。
 体はあおむけに寝かされている。
 縛られていて身動きはできない。

 ジャミーンたちが何人もバルドを取り囲み、あれやこれやと話し合っている。
 声は甲高く、とてもうるさい。
 と、ジャミーンたちが静かになった。

「お前、通ってはいけない道、通った」

 少し大柄なジャミーンが、人間の言葉をしゃべっている。
 少し発音が聞き取りにくい。
 バルドは、

  そなたたちの土地に足を踏み入れて、申し訳ない。
  子どもの命を助けるために、しかたなかったのじゃ。

 と言ったが、相手はこちらの言葉がよく分からないのか、あるいは聞く気がないようだ。

「古き精霊、お前裁く」

 いましめがほどかれ、立つように命じられた。
 四方から槍と矢を突きつけられて、引き立てられた。
 着いたのは、木の柵で囲まれた広場だ。
 周りは木々に覆われている。
 木々には驚くほど大勢のジャミーンたちがいて、バルドを見下ろしている。
 取り上げられていた古代剣を返してくれた。
 ジャミーンたちが歓声を上げた。
 見れば、広場の反対側に、何かが引き立てられてきている。

 バルドは、自分の目を疑った。

 魔獣だ。
 青豹(イェルガー)の魔獣だ。
 六人のジャミーンが棒のような物を青豹に突きつけ、誘導してくる。

  ばかなっ。
  なぜあの魔獣はジャミーンを食い殺さんのじゃ。
  ジャミーンには魔獣を操る(すべ)があるとでもいうのか。

 六人が持つ棒の先には、何やら青色の物がくくりつけられているようだ。
 魔獣を誘導した六人は、なおも棒を魔獣に向けながら、広場の端に離れていった。
 おとなしくしていた魔獣は、低く唸り声を上げた。
 もはやジャミーンたちの意図は明らかだ。
 この広場は闘技場なのだ。
 魔獣とバルドを戦わせようというのだ。





 6

 頭はまだぼうっとしている。
 体全体がだるい。
 だが、バルドは無理矢理自分を戦闘態勢に持って行った。
 口の中に残った苦い薬草を飲み込み、マントを外して左手に巻き付けた。
 強く深く息を吸い込み、心の中に炎をともす。
 たちまち、頭はさえ、肩や腰の痛みは気にならなくなる。
 神経は鋭敏になり、体温が少し上昇する。

 魔獣は、まだ低くうなっている。
 そのうなり声は、段々と剣呑な響きを帯びてきている。

  盾も鎧もなく、一人っきりで青豹の魔獣と戦うとはのう。
  今までずいぶん戦いをやったが、これほど勝ち目のない戦いも初めてじゃて。

 古代剣が不思議な力を出してくれれば、わずかながら勝ち目はある。
 とはいえ、青豹に剣で攻撃を当てることは難しく、青豹の攻撃をかわすことは、さらに難しい。
 青豹は川熊と同じく三つの目を持つ。
 三目類の獣は、とにかく皮が強靱で打たれ強い。
 こちらは一撃では青豹を殺せないが、青豹は一撃でこちらを殺せる。

  思い出せ。
  思い出すのじゃ。
  今まで、古代剣が魔力を放ったのは三度。
  二度は魔獣が相手で、一度は人間の兵士が相手じゃった。
  そのとき、わしは、何をした?

 青豹が体を沈め、はじけるように、襲い掛かってきた。
 すばらしい速度だ。
 十四、五歩はあるだろう距離を一瞬で詰めて跳躍した。
 バルドは青豹の目を狙って古代剣を振ろうとした。
 だが、敵は速すぎ、剣は短すぎた。
 剣を振り下ろす前に、青豹はバルドの胸に飛びついた。
 とっさに体をひねって顔への打撃はかわしたが、青豹の右前足はバルドの右胸を薙いだ。

 加速をつけすぎたせいか、青豹は、バルドからかなり離れた位置に着地した。
 そのまま少し遠くまで走り、くるりと振り返ると、またも加速をつけて突進してきた。
 バルドの胸当ては、魔獣の爪がかすっただけで、大きく引き裂かれていた。
 魔獣の攻撃をかわし、その動作を見極めながら、バルドは考え続けていた。

  最初のときは、どうじゃった?
  あのとき、わしは。
  右手に剣を持ち、左手は鞘に当てて。
  そして、何と言うた?

 魔獣が再び飛び込んでくる。
 大きく開いた口が、バルドの喉首を噛み砕きにきた。
 バルドは古代剣を振った。
 それは確かに魔獣の鼻面に当たったが、魔獣をひるませることさえできなかった。
 魔獣の両前脚がバルドの肩にかかり、バルドは後ろに倒れ込んだ。
 それが幸いした。
 魔獣は勢いを殺しきれず、バルドの革帽子を食いちぎって、バルドの体の上を通り過ぎた。
 仰向けに倒れたバルドの白髪が、魔獣の巻き起こした風にあおられて乱れた。
 すぐに起き上がろうとしたが、後頭部を打ったためか、一瞬、体が動かない。
 反転して襲い掛かる魔獣の足音が聞こえる。
 バルドの耳には、それが死者の国から迎えに来た愛馬の足音に聞こえた。

  スタボロス。

 思わず知らずバルドがその名を心で呼んだとき、右手の魔剣が青緑の燐光を放った。
 剣から発した温もりが、バルドの体に活力を送り込んだ。
 喉首目がけて飛び込んでくる魔獣の鼻面に、バルドは古代剣をたたきつけた。

「ギャイン!」

 魔獣が悲鳴を上げて、後ろに跳んだ。
 バルドは身を起こし、膝立ちになって魔獣の脳天に古代剣を振り下ろした。
 剣は魔獣の頭蓋骨の半ばまで食い込んだ。
 魔獣は、ゆっくりと倒れて。
 起き上がることはなかった。

 バルドは、両膝を地に着いた姿勢のままで、ジャミーンたちを見上げた。
 一人のジャミーンが盛んに何かを騒ぎたてている。
 その声を聞いて、人間の言葉をしゃべったジャミーンだと分かった。
 何か、あおり立てるような口調だ。
 ジャミーンたちは、そのあおりに乗せられるように、手に手に弓を構えた。
 バルドを射殺すつもりなのだ。

 そのとき、ひときわ大きな声が響いた。
 人間の言葉ではないから、バルドには意味が分からない。
 だが、その声の主は、バルドの近くまで走り込んで、バルドをかばうように立ちはだかり、さらに何かを言いつのった。
 大柄なジャミーンだ。
 ほかのジャミーンより、頭一つ分は身長が高い。
 そのジャミーンの言葉を聞いて、周りを埋め尽くしたジャミーンたちは、弓の構えを解いた。
 最後に大柄なジャミーンは、人言の言葉を話したジャミーンに弓を突き付け、強い口調で何事かを言った。
 言われたジャミーンは、うなだれた。

「人間よ。
 まさか霊獣を、しかも青豹の霊獣を倒すとは。
 お前は、とてつもない勇者だ。
 俺は、テッサラ族の勇者イエミテ。
 お前の名を教えろ」

 大柄なジャミーンの戦士は、バルドを見上げながら、発音は妙だがしっかりした人間の言葉で話し掛けた。
 バルドは、名乗った。

「バルド・ローエン。
 人間の勇者よ。
 俺は帰ってきたばかりで事情が分からん。
 なぜお前は、わが氏族の霊獣と戦ったのだ」

 バルドは簡潔に事情を語った。

「西の山に住むピネンという老人の孫の命を救うため、お前はここを通ったのだな。
 何ということだ。
 オーラ・ピネンとお前は、どういう関係なのだ」

 うまいノゥレ料理を食わせてもらったのだ、とバルドは答えた。
 勇者イエミテは、妙なものを見る目でバルドを見た。
 そして、こう言った。

「われわれはオーラ・ピネンには借りがある。
 お前の目的が分かっていたなら、通行を許した。
 お前は目的を知らせず、われわれの住処をおびやかしたのだから、村長(むらおさ)が古き精霊にお前を裁かせたのは、正しい。
 だが、精霊がお前を認めたのに、お前を殺そうとしたことは村長の間違いだ。
 お前が人間の村に行き、帰りにもここを通ることを許す。
 これを持って行け」

 手渡されたのは一本の矢だった。
 ふつうのジャミーンが使う物より、一回りも二回りも大きい。
 矢羽根は派手な造りをしている。
 通行証代わりになるのだろう。
 栗毛の馬も返してくれた。
 バルドは、ジャミーンの勇者に礼を言い、先を急いだ。





 7

 村では事情を話すと薬を分けてくれた。
 吊り橋の修理にも人手を出してくれるとのことだった。
 バルドは急いで西の山に戻った。
 薬は間に合い、少年は助かった。
 ピネン老人に、たっぷりと料理代を払って、バルドはゴドンと出発した。
 ピネン老人は受け取ろうとしなかったが、無理に押しつけた。
 この集落の人々が、いかに現金収入を楽しみにしていたか、最初の歓迎の様子から明らかだったからだ。

 預かった矢を返すという名目で、バルドはゴドンとともに勇者イエミテを訪ねた。
 いろいろと聞きたいことがあったのだ。
 質問のすべてには答えてくれなかったが、イエミテはいろいろなことを教えてくれた。

 ここに住むジャミーンはテッサラという氏族だ。
 テッサラ氏族は、七つの村に別れて住む。
 七つの村にはそれぞれ村長があり、それぞれ六つの〈青石(せいせき)〉を持つ。
 青石は、人間がいうところの〈魔獣〉を鎮め、指示に従わせる力がある。
 何より大切な宝物であり、人間に売ることも貸すことも絶対にない。

 ジャミーンの信仰によれば、古き精霊が入り込んだ獣が〈魔獣〉となる。
 ジャミーンのそれぞれの村は、それぞれ一匹の〈魔獣〉を捕らえ、〈霊獣〉と呼んで敬う。
 〈霊獣〉が死ねば、中に入っていた精霊は自由になり、また新しい獣に入り込むのだ。

 なぜ、ピネン老人のことを賢者(オーラ)と呼ぶのか、という質問には、俺たちにとっては賢者だからだ、としか教えてくれなかった。
 七つの村すべてで最も強く勇気のある者が勇者になる。
 勇者は、氏族全体の代表だから、人間の言葉はもとより、すべての亜人の言葉を覚えるのだという。

 短い滞在ののち、バルドとゴドンは、ジャミーンの村を去った。

 バルドは、不思議な心地よさを感じていた。
 亜人、というものは人とは相いれない異形であり、未開と残虐そのものだと聞いていた。
 だが、ゲルカストのエングダルと、ジャミーンのイエミテ。
 バルドが相知った、たった二人の亜人。
 いずれも、節義と誇りを知る武人だった。
 下手な人間などより、彼ら二人のほうが、よほど信じられる。
 物事は自分の目で見てみなければ分からないものだ。

 テッサラ氏族の居住地が点在する地域のさらに東には、ほかの亜人の居住地があるという。
 この辺りでは、〈大障壁〉とオーヴァ川とのあいだは、バルドの住み慣れた地域よりはるかに広いのだ。
 魔獣の出没も、それほど珍しいことではないという。
 新しい〈霊獣〉、すなわち集落の守り神とするため、次の魔獣を探すということだった。

 旅をすれば、おのれが無知であることを知る。
 それはよいことだ、とバルドは思った。

 それにしても、鎧がもうぼろぼろで、どうにもならない。
 次の街で、ぜひ鎧を手に入れなければならない。






8月7日「革防具職人ポルポ(前編)」に続く
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